「どう、かな…?あそこなら、空気もきれいでこれだけの森林なら、人間におびえる必要もないよ。そこで暮らすの、ありなんじゃないかな?」
ハートランド内にある研究施設の中で、開いた檻の前で侑斗の顔をじっと見つめる3匹のハクビシンの親子に侑斗は前かがみになって話しかける。
3匹はじっと侑斗の目を見つめていて、侑斗の言葉に耳を傾けている様子だ。
「兄さん、侑斗さん…何してるの?」
「そういえば、ハルトは始めてみるんだったな。これは、あいつのボランティア活動だ」
「ボランティア…?」
「動物保護らしい。駆除対象となる動物を手の届く範囲で、とな」
侑斗が行う『保護』というのは自分の知っている精霊世界へ移住させることだ。
前世の自分が死ぬきっかけとなったあの戦いから精霊世界はある程度年月は経過しているが、それでもガスタの里では多くの精霊が命を落とし、生態系の回復に時間がかかる。
そのため、ガスタの里にいる人々と侑斗が話し合った結果、侑斗の世界では生きられない、本来では自然の中で生きる動物たちを住まわせ、彼らの管理を里が行うことで決まった。
目の前にいるハクビシンの親子も、了解を得た後は精霊世界へ移住し、その環境の中でカードの精霊へと在り方が変わる。
駆除対象の動物だけでなく、殺処分を待つ保健所にいる動物も対象となっている。
これができるのはハートランドで権力のあるDr.フェイカーの助力があることが大きいといえるだろう。
また、精霊世界への転移装置についてはバイロン達が作った。
皇の鍵の素材となったアストライトとオービタルの動力源となっているバリアライトが2つの世界が融合したことで混ざり合い、それらをはるかに上回るエネルギーを誇るヌメロンライトを使った次元転移装置は精霊世界と今のアストラル世界へ容易に向かうことが可能となっている。
ただし、だからといっていきなり別世界と大々的に交流する準備はどの世界もできていないため、その存在は一部の人間しか知らない。
「でも、侑斗さんって、動物と話せるの?」
「さあな。でもよ、あいつ…昔っから動物には懐かれやすいんだよなー。ま、前世の話聞いちまったら、納得しちまうけど」
侑斗についてここに来ていた蓮は回転いすでグルグルと退屈そうに回りながらハルトに答える。
幼稚園の頃から長い付き合いをしている蓮は侑斗が動物たちと触れ合う様子を何度も見てきた。
幼稚園にあるウサギ小屋で多くの兎たちと昼休みギリギリまで話している様子や凶暴な犬がなぜか侑斗に対してだけはおとなしくしていたりなど。
極めつけは動物園への社会見学に起こった事件だ。
うっかり侑斗が手すりから乗り出してしまって下へ落ちてしまい、ライオンたちのいるエリアに入ってしまう事件が起こった。
先生や職員が大慌てで、ライオンに襲われる前に助け出そうと動いていた。
実際、自分たちの縄張りに入ってきた侑斗をリーダーらしきライオンが近づいて威嚇していた。
だが、助ける準備ができたときにはなぜか侑斗はライオンと仲良くなっていて、背中に乗ったりライオンの頭をなでたりしていた。
そして、そのまま無傷で出ることができた。
そんなとんでもない話を持つ侑斗なら、こういうことも造作もないだろう。
「そっか…絶対に後悔させないよ。僕も、たまに会いに行くから」
3匹の合意をもらえた侑斗がDr.フェイカーの下へ向かう。
椅子に座る彼のそばにあるテーブルにはカプセル型の装置があり、その中にはカードが生成されつつあった。
「新たな精霊が生まれ、彼らのエネルギーを感知したことで、彼らのカードが生成される。最初にそんな話を聞いたときは半信半疑だったが…」
「ずっと、考えていたんです。なんで、No.は今のカードになったのかって…」
すべてのナンバーズが集まり、それらの記録はすべてハートランドにある新型ネットワークにも保管されている。
この新型ネットワークは海馬コーポレーションや遊星を中心とした研究チームが開発しているクリスタルクラウドネットワークで、これにはDr.フェイカーだけでなくバイロンも協力している。
従来のARビジョンやソリッドビジョンを超える、デュエリストの脳内映像を利用したパワービジョンとともに研究がおこなわれており、完成の暁には実物のデッキを持たずにどこでもデュエルができるようになるという。
このネットワークには100枚のナンバーズやオーバーハンドレッドナンバーズ、そしてそれらに関連するカードのデータも保管されている。
それを改めて確認する中で気になったのは《No.39希望皇ホープ》に類似するナンバーズが複数存在することだ。
遊馬自身が生み出したカードである《FNo.0未来皇ホープ》はともかく、《No.93希望皇ホープ・カイザー》や《No.99希望皇龍ホープドラグーン》といった、ホープに関連するにもかかわらず、異なる番号のナンバーズが存在する。
また、ドン・サウザンドが使った本物の1から4のナンバーズも同じように言える。
「ナンバーズは人の心の闇を増幅させていた。けど、どうしてそうなるのかって不思議に思っていたんです。それで、こう思ったんです…ナンバーズはそうした人の心を投影して、今の姿になっているんじゃないかって」
遺跡のナンバーズや《No.00ガスタの魔剣士ユウ》、フォーチュンのような特殊な例もあるものの、多くのナンバーズがまさにそうして今の姿になったと侑斗は思っている。
凌牙が最初に手にした《No.17リバイス・ドラゴン》は当時の彼のデッキに適した存在となっており、都合よくそんなカードが現れたというよりも、もしかしたら凌牙の闘争心と彼自身のデッキに反応して今の姿になったとも考えられる。
それが本当かどうかを検証することは、すべてのナンバーズがそろってしまい、この世界に定着したことでナンバーズ特有の破壊耐性が失われてしまったこともあり、できないことではあるが。
「そう考えると、ナンバーズってのも、ヌメロン・コードの一部かもしれねーな…っと」
「どうしたの?蓮」
「いったん帰る、もうお前のボランティアも終わったみたいだしよ」
カプセルから新しいカードを受け取った侑斗に手を振り、蓮は研究所を出てしまう。
扉が閉まって姿が見えなくなった蓮にウィンダは首をかしげる。
「蓮君、どうしちゃったのかな?いつもらしくない」
「まだ、悩んでるのかも…。あの蓮がここまで悩んでるなんて。それにしても…」
手に入れたカードを一度カードケースに入れ、侑斗は4枚のカードを出す。
1枚は《No.00ガスタの魔剣士ユウ》。
残りの3枚はいずれも人間に近い姿をしているが、いずれも属性が異なっていた。
遠い過去にインヴェルズとの戦い、勝利した3人の戦士の魂のカードだ。
一人は《ラヴァル・フロギス》とともにリチュアの魔の手から逃れたラヴァル最後の戦士であるグレン。
一人はジェムナイトにおいて堅牢さと知略で右に出る者はいないと称された騎士、アゲート。
一人は星座をつかさどる騎士団セイクリッドにおいて星座ではなく月の名を与えられ、各地の種族に力を与えることに尽力した女騎士ルナマリア。
よく見ると、蓮と竜司、瑠那にそっくりな容姿をした彼らは前世の侑斗の仲間だったらしい。
ユウを含め、彼らもまたインヴェルズや創星神にまつわる一連の戦いにおける勝利と引き換えに命を落とした。
そんな彼らが今、カードとなって再び侑斗の手にある。
(不思議な縁なんだね…僕たちって)
「父さん、あいつは帰ってしまったが、話さないでよかったのか?アストラルがアストラル世界から持ち帰ってきたものについて」
「折を見て話す。遊馬君たちにもな。侑斗君、これをみてほしい。オービタル」
「カシコマリ!剣崎侑斗、これを」
アタッシュケースを持ってやってきたオービタルがそれを開くと、その中には大量のエクシーズモンスターのカードが入っていた。
これらの1枚1枚がすべてナンバーズであり、その中には見覚えのあるナンバーズも存在する。
「このナンバーズは…」
《No.1インフェクション・バアル・ベルゼブブ》。
Mr.ハートランドが使った、ドン・サウザンドが生み出した偽りのナンバーズであり、カイトと遊馬に敗れたことで、ほかの3枚の偽りのナンバーズもろともMr.ハートランドとともに灰になったはずのカード。
それだけでなく、ほかにも遊馬たちが言っていた偽りのナンバーズである《No.2蚊学忍者シャドー・モスキート》や《No.3地獄蝉王ローカスト・キング》、《No.4猛菌刺胞ステルス・クラーゲン》もあり、さらには徳之助が一時は犠牲となってしまうきっかけとなった《No.10黒輝士イルミネーター》も存在した。
人間世界とバリアン世界を融合させるため、ドン・サウザンドがかつてばらまいた100万枚のナンバーズ。
それを手にしてしまった人間はバリアン世界のエネルギーに変換されてしまったが、世界中の人間全員をエネルギーに変換する、必要なエネルギーがどれだけかわからない状態だった可能性を考えると、偽りのナンバーズはまだ大量に存在し、このアタッシュケースの中にあるのはその一部に過ぎない。
「この世界に定着したとはいえ、存在することで何が起こるかは想像できない。海外にいるミザエル達にも声をかけて、残った偽りのナンバーズを可能な限り回収している。お前も用心だけはしておいてくれ」
「わかりました、カイトさんたちも気を付けて。じゃあ、あとは僕の出番、ということですよね?念には念を、ということを考えると」
「ああ…アストラルにも手伝ってもらっている。頼む」
先日、Dr.フェイカーから受け取った新型のDパッドとDゲイザーを装着する。
これまで愛用していたものと同様の羽根を模したDパッドとDゲイザーだが、違いがあるのは各所に水色のクリアパーツが搭載されていることだ。
クリアパーツが光を放ち、侑斗の両目の風の目が発動する。
「来い、《ガスタの魔剣士ユウ》!」
「んだよ…相談する相手、間違えてんじゃねーの?」
自室にいる蓮のDパッドから、相手の困惑したような声が聞こえてくる。
「だよなー、俺も…どうかしてるって思う」
「おめーが言うな。ま…でも、びっくりだぜ。お前も悩むんだなって」
蓮の今の電話の相手はラスベガスにいるアリトで、あの戦いの後はそこでボクシングをしており、現在はプロテストを受けようとしているところだ。
「お前、戦いが終わった後、やることできたって言って、あっという間にハートランドシティから出たじゃねーか。よくすぐに見つけたよな」
ヌメロン・コードをめぐる戦いを終え、人間としてよみがえったアリトたちはしばらく、ハートランドシティで生活をし、そのあとでそれぞれやるたいことを見つけて、この街を後にした。
真っ先に出たのがアリトで、詳しいことは何も言わずに出て行った上に1か月以上音信不通となっていた。
ようやく連絡が着て、そこでラスベガスでボクシングをしていることが分かった。
「なんで、そんなに早く決めれたんだよ。俺なんか、もう悩んでいる真っ最中だぜ。特にナッシュを含めたお前らにとって、バリアンがすべて、みたいな感じだっただろ?」
ドン・サウザンドの偽りの記憶から解放されたとしても、アリトはバリアン七皇の戦士として、ドン・サウザンドと決着をつけた後は遊馬と戦うつもりでいた。
だが、バリアン世界の人々は救われ、バリアンでなくなったことで急に自分が進むべき道が消えてしまったことへの喪失感は大きいだろう。
「ボクシング自体には、興味があったんだよ。拳闘士だったからよ。で、その本場といえばラスベガスだろ?だから行った、それだけだ」
「別にラスベガスじゃなくても、ほかにもあっただろ。スパルタンシティとかよ」
「あそこにはゴーシュがいて、まぁ…その、俺はあいつにひどいことを2度もしちまっただろ?気にしてねえとは言ってくれてはいるけどよ、ま…そういうことだ」
生まれ故郷は確かにそこだが、人間として最初に生を受けて、ドン・サウザンドの謀略によって処刑されてから既に千年以上経過している。
もうそこには遺跡を除いて、かつての自分が生きていた時の名残はなく、すでに自分の居場所はここにはないことは実感している。
「ま、そんなに悩むなって、お前らしくねーぞ、これだって思うのがあったら、とりあえず突っ走ってみろよ、じゃあな、そろそろ練習でオヤジがうるせーから」
ブツリと電話が切れ、Dパッドを机に置いて蓮はフゥとため息をついてベッドに転がる。
「それが見つかんねーから悩んでんだっての…」
やろうと思えば、もっと気楽に考えることもできるだろう。
どこかの大学や専門学校への進学を選んで、モラトリアム期間の中で就職活動をして人生を選ぶのが普通だろう。
だが、侑斗たちが確かな自分の道を選んでいる中で、自分だけがそうするというのもどうかという考えもある。
頭を抱える中で、再びDパッドが鳴る。
表示されているのは凌牙の顔写真だ。
「んだよ、凌牙。デュエルなら…」
「蓮、あいつを…璃緒を見なかったか!?」
「璃緒?いや…今日は会ってねえけど…どうかしたのかよ?」
「璃緒と連絡がつかねえ!それで…」
「凌牙、おい凌牙!どうした!?」
急に凌牙の声が砂嵐にかき消されていく。
ネットに異常でも発生したのかと思った矢先に砂嵐の音が収まる。
「久しぶりだな…ホーク」
「あ…?」
凌牙ではない、聞いたことのない誰かの声がDパッドから聞こえてくる。
久々に呼ばれる、前世とバリアンとしての呼び名。
蓮の表情が固まる。
「何言ってんだ、俺は加賀美蓮。番号間違えてんじゃねえのか?」
「いいや、貴様はホークだ。ずっと待っていた、お前に勝つ時を…」
「何言ってんだお前?勝つも何も?誰なんだよ、お前はよ?」
「この私に屈辱を与えた貴様を許さない、決して…貴様に勝ち、私が手にするはずだったすべてを取り戻す。待って…いろ…」
「蓮…蓮!!おい、蓮!聞こえているのか!?」
再び発生する砂嵐の音。
それが収まると同時に、再び聞こえてくる凌牙の必死に蓮を呼ぶ声が耳に届いた。
「ん、ん…」
真っ暗な部屋の中、璃緒がゆっくりと目を開ける。
背中から伝わる背もたれの感触と、両腕と両足を縛る縄の感覚。
目覚めた瞬間の曖昧にぼやけた脳が覚醒するとともに、璃緒は思い出す。
「そうだったわ、私は…」
今日は食材の買い物の日で、璃緒は一人でスーパーへ向かっていた。
だが、急に背後から何者かによってハンカチで口と鼻をふさがれ、そこから妙なにおいを感じると同時に意識を失った。
誰かに捕まったのかということはわかるが、気になるのは今の自分の姿だ。
捕まる前に来ていた私服ではなく、今の璃緒が身にまとっているのは巫女服。
しかも、メラグだった頃の自分が生贄になるときに身に着けていた衣装だ。
「お目覚めですか?我が姫よ。お迎えに上がりました」
扉が開くと同時に聞こえてくる、さわやかで曇りがないような透き通った声。
甲冑を身にまとっているのか、カチャリと金属の音が聞こえ、声の主である男性が近づき、縛られている彼女に向ってひざまずく。
「誰なの?あなたは?」
「長らくの間、姿をお見せしなかったことをお詫びします。しかし…姫、どうか私に真実を見せる機会をいただきたいのです」