――どうやら生まれ変わりは、本当にあるらしい。
自分がその事実に気づいたのは、小学校低学年の頃であった。ある時を境に、それまで歩んできた自分の人生とは全く異なる人生を歩んだ、何の面白みもない享年二十二歳男子大学生の記憶が蘇った。
そのせいで、純粋無垢であったはずの自我が上書きされて、
今世で僕を産んでくれた両親には、色々と申し訳ない気持ちでいっぱいだ。僕の存在は、彼らから実の子供を奪ったも同然だから。
なので、せめてもの贖罪で肉体に刻まれた記憶を引き出して、我ながら完璧な子供を演じている。演じられているはずであった。
これだけなら多少の罪悪感を抱えながらも、『強くてニューゲーム』という感覚で人生二周目を楽しもうと思っていたのだが、僕が転生した世界はどこかおかしかった。
「今日という今日は捕まえて、更生させてあげるっ!」
「ふんっ! やれるものなら、やってみなさい!」
学校からの帰り道、分岐路で友人と別れた後。激しい物音が聞こえて、反射的にその発生源――上空に視線をやった。
まだまだ明るい青空を駆けながら、可憐な衣装を着込んだ二人の少女が鎬を削っていた。一人はピンク色のフリルがふんだんにあしらわれたドレス姿の少女。
その正体は、異界から来訪した『妖精』という胡散臭さ全開の種族との契約者――『魔法少女』。
もう一人は、魔法少女とは対照的に暗い色のドレス姿の少女。
その正体は、妖精とはまた別の世界出身の『悪魔』と呼ばれる種族との契約者――『魔女』。
そんな女児向けアニメから飛び出してきたような、出鱈目な存在がこの世界には普通にいた。それも、今僕の目の前で戦っている彼女達二人だけではない。
その分布は世界中に広がり、総数を把握できている者は彼女達自身を含めても存在しないだろう。
それだけではなく、「少女」という括りに入っていれば誰がいつ、どこで妖精や悪魔から契約を持ちかけられて、魔法少女か魔女になるか分かったものではない。
一応その存在を管理、規制しようとする法律や団体がなくはないが、それも完璧ではない。魔法少女や魔女の争いによる周辺被害だけではなく、魔女による犯罪は世界中で後を絶たない。
前世を知る僕からすれば、この世界は狂っているとしか言いようがなかった。可愛い魔法少女や魔女がたくさんいて、魅力的にも映ったが綺麗な花には棘がつきもの。
下手に関わろうとすれば、軽い怪我ではすまないだろう。
今世では性別が変わってしまった僕ではあるが、幸いなことに妖精や悪魔のどちらとも縁がない。このまま厄介事とは関わらずに、静かに二度目の人生を送りたいものだ。
前世からの悲願――と言うには、少々危険思想な願いごとはあるが、それは心の奥底にしまい墓の中まで持っていくとしよう。
魔法少女や魔女が存在して、それらに関係する事件が多かったとしても、僕が得られる範囲内の情報では基本的には前世とそこまで差異はなさそうだ。
触らぬ神に祟りなし。そういう考えを徹底して生きていくことを改めて決心し、徐々に集まりつつある野次馬の足元をくぐり抜けて、細い路地にたどり着く。
多少の遠回りになるが、我慢するとしよう。
「――ねえ、そこの君。そんなことを本気で思っているの?」
「え!? 誰!?」
急に死角から声をかけられる。反射的に防犯ブザーに手を伸ばしながら、声の方向に視線を向ける。
近くでは魔法少女や魔女が戦闘を行っていて、多くの人間の注意がそちらに向いている。しかも、そう時間がかからない内に、ほとんどの魔法少女が所属する組織――『管理委員会』から応援の魔法少女が派遣されて、ますます騒がしくなるだろう。
それに野次馬は増える一方で、その影に隠れて犯罪が起きる。よくニュースでも取り上げられる問題だ。
今僕に声を掛けてきた人物も、その類の可能性がある。
周囲の喧騒にかき消されてしまい、防犯ブザーの音や僕の悲鳴が届かないかもしれないが、無抵抗でいるつもりはない。
恐る恐る視線を向けた先には、一匹の黒猫がいた。キョロキョロと辺りを見渡してみるが、誰かが潜んでいる様子は見られない。
どうやら不審者はいないようだ。単なる僕の聞き間違い――と思いたい所なのだが。その理屈が通じるのは前世だけだろう。
今世においては何の慰めにもならない。虫一匹でもこの場にいなければ、それで終わっていたのに。
視線の先には、一匹の黒猫がいる。見間違いようもなく。確実に。
(……どうか、ただの黒猫ちゃんでありますように)
「残念だけど、ボクはただの黒猫じゃないよ」
そんな僕の思いも虚しく、その黒猫は口を開いて意味のある人語を話してしまった。残念なことに、この時点で普通の黒猫である線は消えている。
つまりこの黒猫の正体は妖精か、それとも――。
「――そうそう。君が思っている通りだよ。でも、ボクをあんな
寄りにもよって、二択の中で最悪な方を引き当ててしまったようだ。
「えっと……
今世の自分に相応しい一人称で、目の前の黒猫――の姿を騙る悪魔に問いを投げる。というよりか、人と接する際は普通に一人称は「私」だ。リアルでボクっ娘を通すのは、対人関係で良いことに働くことは少ないので。
僕の問いに対して、悪魔は愉快そうな声で答える。僕の胸の内を切開するかのように。
「またまたー。そんな風に
……君が本当に望んでいることを叶える為の手伝いにやって来たんだよ」
■
「……私が望んでいること?」
「そうだよ。
ボクの渾身の
少女の容姿は黒髪黒目で人間ではないボクから見ても、平均以上に感じられた。外見はまずまずの及第点かな。
ボクの種族は悪魔。人間達や妖精とは違う世界からやって来た遊び人達の集まり。
まだまだ完全な善悪が身についていない少女に声をかけては、彼女達が潜在的に秘めている欲望を叶えると甘言を吐き、契約者――魔女として覚醒させるのだ。
その行為には、深い理由はない。個体差はあるがボクを含めて、どいつもこいつも契約者が破滅していく様や、周囲の人間達が負の感情を撒き散らす様を見るのを楽しみたいだけ。
そんなボクらから人間達を守っているのが、妖精やその契約者である魔法少女。目障りなこと、この上ない。
と言っても、あいつらも自分の『役割』に徹しているだけ。そこまで気にする必要はない。
(……だけど、今日は運がいい。何でか全部は見通せないけど、この子は心の奥底にとんでもない欲望を秘めていて、それを自覚している。
ボクが言うのもなんだけど、よくこの子これまで普通に生きてこれたなー)
年齢に不釣り合いな程に、成熟した――しかし言葉による誘惑で揺らぎそうになる歪な精神性。
これほどの逸材を同族よりも先んじて見つけられて、ボクのテンションはうなぎ登り。さっきから小さな声でぶつぶつと独り言を呟く少女に近づき、もう一度声をかける。
「……ねえ、本当に
「もちろんさ。それを叶える為に、ボクに一言こう言ってくれ。『契約する』と」
「うん。分かった」
気分が高揚していたせいで、少女の一人称の変化には気づかなかった。たとえ気づいていたとしても、ボクは気にも留めなかっただろうけど。
「――契約するよ」
「よし。ならボクの魔力を君に与えよう。次に君の名前を教えてくれるかい?」
少女から「契約をする」という返事はもらったので、次に契約者の魂を縛る為に名前を知る必要がある。それを少女から聞き出そうと思った時。
――異変が起きる。未だに契約が完了していないのに、ボクと少女の間に魔力の
それだけではなく、その
この状態が続けば、ボクは死んでしまう。いや、ただ死ぬだけなら問題ない。元々いた世界で復活するだけだから。
だけど、これは駄目だ。ボクを構成する魔力だけではなく、血の一片すらこの少女は自らの内に奪おうとしている。
「――な、何が起きている!? お前!? ボクにいったい何をしたっ!?」
「?」
それまでのあらゆる者を見下していた態度をかなぐり捨てて、少女に止めるように怒声をぶつける。
しかし、肝心の少女はよく理解していないようだ。首を傾けるばかりで、この状況を打開する為の役には立ちそうにはなかった。
そして、そのタイムロスはボクにとって致命的であった。
「い、嫌だ……クソっ!? ボクはとんだ化け物を――」
断末魔の声を出す暇もなく、ボクの意識は少女に取り込まれてしまった。
■
「あれれ? 何かよく分かんないけど、あの悪魔消えちゃった……。それよりも契約は無事に終わったのかな? これは魔力? 力が体全体に満ちている……これなら何でもできそうだ」
僕に契約を持ちかけてきた自称悪魔の黒猫は、何やら叫び声を上げながら姿を消してしまった。
(まあ、いいか。多分だけど、契約は完了しているだろうし、あの悪魔はいなくても問題ないか。これで、僕も晴れて魔女の仲間入りか)
つい先ほどまで、平穏な生活を送ろうと考えていたことは無視。あの悪魔も言っていたんだ。もう自分を偽る必要はないって。
前世では物理的にも、倫理的にも叶えることが不可能であったこの願いは、この世界に転生し。あの悪魔の後押しもあり実現可能なものになった。
――可愛い魔法少女を大勢集めて、お人形にして飾りたい。それが僕の、禁忌として封印していた願いであった。だが、僕はその封印の一切を取り払う。
「えーと、記念すべき最初の獲物は誰にしようかなぁ」
路地裏から表通りに出て、ふと空を見上げる。そこには、先ほどまで黒色のドレス姿の魔女と戦闘を行っていたピンク色のドレスを着た魔法少女がいた。
あの魔女との間に何かあったのか、彼女の表情には物悲しい色が浮かんでいる。
「うん。最初の相手は彼女にするとしようか」
僕は小声でそう呟きながら、周りの人間に不審に思われないようにしつつも笑みを浮かべた。