――利恵さん、魔法少女フローラを『お人形さん』にして、友人の失踪で落ち込む姉さんを元気づける為にその『お人形さん』をプレゼントしたのだが――。
――僕は少しだけ、そのことを後悔していた。いや、それは嘘だ。僕の勝手な趣味で、姉さんが精神的に弱っていく姿を見たくなかった。
だから、フローラの『お人形さん』を姉さんに「それを本人だと思って大事にしてください」と言って渡したことは間違いだとは思っていない。
ただ一つだけ不満があるとするなら、『お遊び』のバリエーションが尽きてきてマンネリ化してきたことだ。
現在僕が保有している『お人形さん』は二体。ズッ友な魔法少女マジカルライトと『刃』の魔女。
二人の自由や意識を縛った上で、色々と
二人の反応を見て、夜中にコソコソと自室で楽しんでいたのだが、彼女達の感情の揺らぎが鈍くなってきてしまった。それには先ほど挙げた『お遊び』のマンネリ化もあるが、同じ『お人形さん』で短期間で集中的に
確かに僕は壊れていく過程は好きだが、
そういう意味ではフローラの存在は
そんなことを考えながら、僕は自室にて机の上に並べた二体の『お人形さん』を眺めていた。
(……利恵さんの魔法って、花の香りで気分を高揚させたり逆に下げることも自由自在だっけ? その魔法があったら、他の『お人形さん』の精神的ケアもできたり、ちょっとだけイケナイ気分にしてみたり。色々と考えてたんだけどなー)
心の中でため息を吐くが、まあ仕方がないと割り切る。僕にとって
できれば、笑顔でいてほしい。というのは、どこまでいっても矛盾した僕の我儘でしかないのだが。だって、『可愛い魔法少女をお人形さんにしたい』という欲望も僕の本音だから。
(……そう言えば、マジカルライトの時にうっかり殺しちゃった妖精、名前はメルルだっけ。いつ復活するか分からないけど、早めに処理しておきたいなー。妖精経由で、僕の存在がバレるのは回避したいし)
その点を言えば、利恵さんの魔法にはさっき挙げた以外にも期待していた部分がある。それは、一度洗脳してある状態の『お人形さん』にも効く洗脳擬きを施すことができる点だ。
僕の魔法『お人形遊び』の対象は魔法少女と魔女のみで、彼女達と契約している妖精や悪魔はその範囲外である。
だから、僕は彼女達の契約状態を永続的にする為に、『お食事』タイムを設けたりしている。
ちなみに『刃』の魔女がシミターさんを、利恵さんがペタルを『食べる』シーンは携帯で撮影していて、その映像を
ああ、あの時のマジカルライトの
いやー、逆にマジカルライトがメルルを殺した映像を見せた時の慌てぶりも最高だった。今思い出しても、唆られるシチュエーションだよね。これって。
話は逸れたが、利恵さんの魔法で妖精や悪魔を無力化できる可能性もあった。まあ、その肝心の『お人形さん』は姉さんに上げてしまった為、もう関係ない話だが。
そもそも、
契約者と妖精や悪魔との間にある見えない繋がり。それを利用した遠隔での洗脳ができたら一番だけど、そんな都合の良い魔法なんて転がってないよね。
魔法の効果は、契約者の少女個人の願いや性格に依存する。他人を操れる魔法があったとしても、術者はおおよそまともな精神や倫理観を持ち合わせているとは思えない。
そういう子の大半は魔女だろうし、僕の
そんな僕の思考を中断するように、階段の下から姉さんの声が聞こえてくる。
「――操! 夕食だから、そろそろ降りて来なさい!」
「はーい」
二階まで響くその声からは、声の持ち主が精神的な傷を負っているようには感じられない。だが、いくら僕でも友人を突然失ってしまった姉さんの苦しみの一端ぐらいは理解できる。
推測になるが、両親や僕に落ち込んでいる様子を見せないように気丈に振る舞っているのだろう。
でも、あの時――利恵さんの『お人形さん』を渡した時よりも、姉さんは徐々にだが確実に元気になりつつある。それは、一応妹である僕は断言できる。
いやー、僕も身を切る思いで『お人形さん』を渡した甲斐があったものだ。
「早くしなさいよー!」
「は、はい!」
やばい。ちょっとだけのつもりが、思った以上に考え事に耽っていたようだ。姉さんの怒りを微妙に含ませた声が、再度投げかけられる。
最後通告だ。それに返事をして、僕は慌てて部屋を飛び出した。
一階のリビングにて。家族が四人揃って、「いただきます」と挨拶をし食事を始めようとした瞬間。
「……話があるの」
かつてない程に姉さんが真剣な表情で、そう切り出した。その様子に隣に座っていた僕だけではなく、両親も自然と姉さんの次の言葉に耳を傾けようとしていた。
「……あのね、みんな。私、利恵を探す為に……操を守る力を得る為に、魔法少女になりたいんだ」
――は?
■
「はあ……今日も成果はゼロか」
私は自室のベッドに横になりながら、そう独り言を呟いた。
――私の大切な友人、利恵が行方不明になってから数週間が経過した。警察や『管理委員会』の人達が探してくれてはいるが、依然として目撃情報の一つすら寄せられていない。それは、利恵の失踪に関わっている可能性がある『刃』の魔女も同じだった。
もっと本腰を入れて捜索をしてほしいのだが、他の魔女による犯罪は後を絶たないので、どうやらそれは難しいらしい。
下手をしたら、捜索すら打ち切られてしまうかもしれない。そんな話もされてしまった。
当然、私だって他人に任せているだけで満足していた訳ではない。記憶を掘り起こして、利恵との思い出の場所を巡って探した。時間が少しでもあれば何度も、何度も。
しかし、それが実を結ぶことはなかった。
だけど、私は諦め切れなかった。私の不調に気づいただけではなく、私を励ます為に贈り物をくれた
利恵もきっとどこかで、私の助けを待っているはず。そうじゃなかったら、心配させた罰としてほっぺたを伸ばしたり、高くて美味しいスイーツをたくさん奢ってもらうんだから。
というか、もしかしたら利恵が『刃』の魔女に目をつけられたのには、私が操の監視を頼んだことが一因となっているかもしれないので罪悪感もあり。再会できたら、私の方から謝罪すべきと思っている。
だが、所詮は一般人でしかない私では既に手詰まりだった。どれだけ心を強く持とうとしても、やっぱり利恵がいない寂しさは私を蝕んでいく。
「ねえ……私はどうしたらいいのかな?」
寂しさを紛らわせるように、利恵――魔法少女フローラを模した人形に問いかける。
しかし、見れば見る程に精巧によく創られた人形。まるで生きているかのようだ。細部まで丁寧に創り込まれていた。感触すらも、冷たい無機質なものではなく、利恵本人の肌に触っているのかと錯覚する程の出来栄えだ。
私にこういった物の詳しい知識は全くないが、この人形が安物ではないことぐらいは分かる。
だけど、そうすると一つの疑問が浮かんでくる。
(……操はどこでこの人形を買ったのかしら?)
『管理委員会』に所属している魔法少女が魔女を取り締まる仕事以外にも、世間に好印象を与えるべくアイドル活動のようなものに力を入れていることは知っている。
そういうことが面倒だと愚痴を利恵はよく溢していた。
確かそんなアイドル活動擬きの一環として、魔法少女の人形が『管理委員会』の許可の下で発売されている。恐らくは、この人形もそれの一つなのだろう。
改めて操に感謝する。少ないお小遣いを捻出して、なくしたらたとえ夜中であっても、探しに行くぐらいに大切な物をくれたことに対して。
(……だけど、『刃』の魔女――八神さんはどうして操や利恵を襲ったのかな?)
利恵の居場所の手がかりを握るだろう『刃』の魔女。彼女のことも当然調べた。ニュースとして報道されてはいなかったので、情報を集めるのには多少苦労した。
と言っても、完全に規制されていた訳でもなかったので、知ること自体はできた。
八神さんが『刃』の魔女となった、その理由を。
両親が自宅に押し入った魔女に殺されて、その復讐の為に同じ魔女になったようだ。それを証明するように、今まで彼女の被害者は全員が魔女。
操や利恵を除いて。
八神さんのことは同級生だけど、違うクラスのせいもあり彼女個人のことは全く知らないが、魔女になってしまった動機自体は共感できてしまうものだった。
だって、そうだろう。両親や、大事な妹である操を危険な目に遭わせた奴がいたら、私は同じような選択をしてしまうかもしれない。
現に、この事実を知るまで八神さんのことは憎くて仕方がなかった。何なら、今だって同情する気持ちはあっても許せそうにない。
だが、魔女への復讐心を胸に秘めた八神さんはどうして操や利恵の二人を狙ったのか。その理由までは分からなかった。
利恵は私の前から姿を消してしまった。次は操までいなくなり、利恵も帰ってこないかもしれない。
そんな未来は絶対に許容できない。
しかし、一般人の私にはできることなんてない。いや、力があれば良いのだ。その私の思いに応えるように、一つの声がかけられた。
「――力が欲しいのだったら、私と契約するかい?」
■
――自らを妖精と名乗った不思議な生命体のお誘いを、私は反射的に断ってしまった。正確に言えば、保留にした。
だって、魔法少女の辛さは利恵からいっぱい聞いていたから。つい二の足を踏んでしまった。
その私の返答を聞くと、妖精は言った。
「ふーん。そうかい。あまり乗り気ではない女の子を騙してまで、契約を結ぶのは私の主義に反するからね。今回は仕方ない。
だけど本当に力を求める気があるんだったら、私を呼ぶといい。その時を楽しみにしてるよ」
それだけ言って、妖精はいなくなってしまった。まるでさっきまでの出来事は夢のようで、しかし確かに現実に起きたことだ。
今すぐには決められない。だから、少しずつ心の整理をして覚悟を決めるとしよう。まずは家族に説明しないと。
そんな思いを秘めて、私は翌日の食卓の場にて決意を告白した。両親が驚いた顔で固まり、周囲が静寂に包まれる中。私の隣の席から、戸惑いを含んだ声が聞こえてきた。
「――は?」
操だった。普段の彼女であったら絶対にしないような表情で、心底理解できないと物語っていた。
「……姉さんが魔法少女に……」
操の反応に私も驚いていると、彼女はぶつぶつと何か呟いたと思った次の瞬間には――。
「――駄目ですよ!? 姉さん! 魔法少女になっては! あんな可愛いらしい衣装を着て、激しく戦闘で動き回るようなものには、絶対に! 後、危ないですから!」
そこまで一息で言い切った操は正気を取り戻した様子で、私と両親の顔を交互に見たと思ったら赤面して自室に逃げ込んでしまった。
そんな操の姿を見て、私は自分が選択肢を間違ったことを悟る。
私が魔法少女になれば、力を得られるが自分の身を危険な目に晒すことになる。それを、あれだけ私のことを思っていてくれている操は認めたくないのだろう。
私が操のことを守りたいと思うと同時に、彼女も私に
お守り代わりに持ち歩いている
頑張ってください。利恵がそう言って、背中を押してくれた気がした。
「ごめん、お母さんとお父さん。さっきのことは忘れて。操にも伝えてくるから」
そう言って、私は操の後を追いかけた。
■
姉さんや両親から逃げるように、僕はリビングを出て自室に籠もってしまった。布団の中に包まり、先ほどまでの自分の醜態――いや、それはどうでもいい。姉さんが言っていたことが、僕の頭の中でリフレインされる。
姉さんが魔法少女になる。
魔女になり『お人形遊び』という魔法を手に入れてから、頭の片隅にあった邪な思い。大切で、日常の象徴とも言える姉さんが、
――だって、魔法少女になった姉さんを『お人形さん』にしたら、とっても可愛いと思わない?
だけど、それは駄目だ。あくまでも姉さんは家族。『お人形さん』にするべき対象ではない。それを許容してしまうと、ブレーキが一切利かなくなることを理解しているから。
正直何言ってんだコイツ、と思われても仕方ない矛盾っぷりだが本当に最後の一線なのだ。
姉さんは、僕の大事な姉なのだから。
――でも、守りたいと思っていた
コンコン。僕の部屋の扉が軽くノックされて、姉さんの声がした。
■
ノックをするが、操からの返事はない。まあどうせ聞いているだろうから、勝手に話すとしよう。
深呼吸をしてから、私はゆっくりと話し始めた。
「……突然、ごめんね。操。あんなことを言っちゃって。操が私のことを心配してくれていることを分かっていたはずなのに、それを無視するようなことをしちゃって。
大丈夫、もう魔法少女になるなんて言わない。利恵のことは諦めるつもりはないけど、その前に私は操のお姉さんだから。妹の気持ちを蔑ろにするべきじゃない。そんな当たり前のことを思い出させてくれて、ありがとう。……それでね、お詫びに良かったら次の土曜日に『歌姫』のコンサートを一緒に見に行かない? ねえ、聞いてる? 操――」
――何だ、つまんないの。