――私は歌を歌うことが好きだった。私の声で奏でられた音楽を。紡がれた言の葉を聞いてくれた人達が笑顔になってくれるからだ。
物心がついた時には、玩具のマイクを片手に好きなアニメのオープニングやエンディングを拙い感じで歌っていた。その時の聴衆は両親だったり、幼稚園の友達や先生だったり。
色んな人達がいたけど、彼らが笑って褒めてくれるのがとても心地良かった。それが私の温かい記憶。私の原点。
それは小学校に通うようになっても変わらず、むしろより歌にのめり込むようになった気がする。
音楽の授業や合唱コンクール。その道の先達が、それまで出会ったことがないような人達にまで、私の歌声を届けることができるようになった。
それも、私を――『歌姫』を形作る大事な思い出。軌跡。
――私は、私の魔法が嫌いだ。魔法少女が扱う魔法は、妖精と契約した少女の心に秘められた思いが反映される。たとえそれが醜いものであったとしても。
己の本音が白日の下に晒され、見たくないものでも強制的に向き合わせられる。
――いつものように、大好きな歌を練習していた時。あの日の会合が、私の運命を狂わせた。
『――ねえ、そこの歌声が素敵なお嬢さん。うん君だよ、君。私はルナリス。妖精なんだけど、私と契約して魔法少女にならない? 君の歌声であれば、もっとより多くの人々を笑顔に。何なら、悪魔に魅入られた憐れな被害者である魔女に堕ちた子ですら元に戻せるはずだよ』
淡いシルバーブルーに輝く羽を持つ小さくて、綺麗な妖精が、まるで悪魔のように甘い言葉を囁いてくる。歌うことが好きな私が、歌声を今まで以上にたくさんの人達に届けることができて。
困っていたり、道に迷っている女の子達を正しく導いてあげることができる。まさに私にとって夢のような仕事に思えた。
だから、その妖精――ルナリスの手を取ったのだ。
その選択は私にとって正解でもあり、
繰り返しになるが、もう一度言おう。魔法少女の魔法は、契約者の無意識な願いが具現化したものだ。そして、魔法少女ブルームーンが覚醒した魔法は、『歌声で人を操る』という大凡私が望んでいるものには程遠い代物のはず。
だって、私が好きなのは私の歌を聴いてくれた人達の自然な笑み。断じて、魔法の効果によって作られた紛い物ではない。
それなのに、他人の心を弄ぶような魔法が発現したのは、私が――。
だから、私は自分の魔法が嫌いなのだ。己の魔法を――自分の醜悪な内なる願望を否定する為に、私は歌うことにより一層力を入れた。
決して、魔法を一度も使うことなく。心からの本物の笑顔を、私の歌声を聴いてくれた人達に浮かべてほしいと願いながら。
だけど、魔法少女として魔女と相対する限り、私はこの魔法を使うことを求められる。魔女になってしまった子を
私の魔法を受けて、多幸感に満ちた偽物の笑顔を張り付ける人達。私の言うことを聞いてくれる人達。
仕方ないと理解しつつも、私はやっぱり自分の魔法を好きになれそうにはなかった。
■
「――子、月子。大丈夫かい? さっきからぼんやりとしているみたいだったけど」
「……大丈夫です。ルナリス。少しだけ考えごとをしてただけなので」
心配して声をかけてくれたルナリスに小声で礼を言う。基本的に妖精は魔法少女や魔女にしか視認できないので、端から見れば独り言を呟いているようにしか見えないからだ。
一応ルナリスと今後の方針を話し合った結果、本城さんの家に遊びに行くという名目で、彼女の妹に会うことになった。
訪ねてもいいという許可は、既にもらっている。むしろ、他のクラスメイトからの遊びのお誘いを断るのが心苦しかった。
誘ってくれたクラスメイト達には、「また今度お願いします」と言って私は本城さんと一緒に帰路についた。その道中、私は魔法を使わずに――けれど違和感を持たれない程度に会話の中で、改めて行方不明になった魔法少女フローラや彼女の妹について情報を集めようとした。
と言っても、本城さんに尋ねたいことは昼間の一件でほとんど聞いてしまっているので、単なる世間話にしかならなかったが。
(……しかし、本当に大事に思われているんですね。ご友人や妹さんのことを)
昼間の時とは違って、本城さんは彼女達のことについて楽しそうに――フローラの話題に触れている時は少しだけ寂しげだったが――話してくれた。
そんな儚げも美しい笑顔に、私は見惚れてしまった。
こういう笑顔こそが私の理想の一つとするものであり、私が魔法少女になってから今日まで数える程しか見ることができなかったものだった。
――そう言えば、私にこういう顔を向けてくれる人っていたでしょうか。
多くの人達は、私の歌を褒めてくれた。だけど、それは私個人ではなく『歌姫』――魔法少女ブルームーンを対象としたもの。
両親や小さい頃の友達の何人かは、最初の頃はそうではなかった。ただ純粋に楽しんで、褒めてくれていたのに。気がついたら、彼らもその他大勢の聴衆と同じように私個人を見てくれることはなかった。
どれだけ多くの人に『歌姫』と持て囃されて、笑顔を向けられようと。私が満たされることはなく。
それで無意識の内に願ってしまったのかもしれない。私が見たい表情だけ見ていたいと。
(――なるほど。だから、私には他人の心を弄ぶような魔法が発現したのかもしれませんね)
「……どうかしたの? 天音さん。もしも体調が悪いんだったら、私の家に来るのはまた後日にする? 家まで送るよ?」
「――大丈夫ですよ。気にしないでください。ただ緊張しているだけです。誰かの家に誘われるなんて、前の学校では忙しくてほぼありませんでしたから」
「……なるほど。やっぱり魔法少女って、大変なんだね」
「まあ、それが仕事ですから」
魔法を使用したこともあり、私が魔法少女ブルームーンであることを知っている本城さんと、他にも色々な話題で多少の盛り上がりを見せながら、私達は本城さんの家に到着した。
■
現在、僕は自分の部屋で慌てていた。何故なら、姉さんに渡していた
ただの学友であるのなら、さほど気にもしなかったのだが。その来訪者の正体が魔法少女で、しかもアイドル系魔法少女の中で一番人気があると言っても過言ではない『歌姫』ことブルームーン。
常に『お人形さん』候補を探している僕にとっては、鴨がネギを背負って罠に飛び込んできたように思えて、喜びの声を上げたかったのだが。
リアルタイムでモニタリングしていた時に、例の問題は起きた。何とブルームーンは姉さんに向かって、精神操作の類の魔法を使いやがったのだ。
多分だが、短期間で二人の魔法少女が行方不明になったことの調査か何かで派遣されたのだろうと予測できた。本当であれば、相手も別に姉さんに危害を加えようとするつもりはなかったのだが、それで妹である僕が我慢できるはずもなく。
最後の最後に、まさにブルームーンが魔法を解除しようとした瞬間で、姉さんが持っていた
姉さんが『お人形さん』を所持していることは運良くバレなかったが、ブルームーンに若干の疑念を持たれたことは間違いない。
それだけではなく、何故か家にまで来るという。
(……姉さんに魔法をかけてまで聞き込みをしてたから、僕にも
ブルームーンの魔法に抵抗はできるけど、それをした時点で魔女であることはバレちゃう……)
色々と思考を巡らせるが、八方塞がり。先んじて帰宅中にカチコミをかけようなどと、血迷った考えが出てくる程度には本気で焦っている。
姉さんが魔法少女になる予定がないのであれば、僕の正体をバラすメリットは全くない。姉さんが近くにいる状況なら、なるべく穏便に事を運びたいのだ。本当だよ?
ブルームーンを『お人形さん』にするのは、彼女が一人になったタイミング。だけど、その前に訪れてしまう尋問タイムを、僕が魔女であることを悟られずに乗り越える必要がある。
え? ブルームーンは『お人形さん』にせずに、大人しくしておけって? 何を寝言を言っているんだい。どれだけ危機的状態でも、僕の
焦っているとはいえ、これでもブルームーンには怒りを抱いているのだ。
それに天才的な閃きで、華麗にブルームーンの魔法の効果を逃れる方法も思いついた。
(……ただ祈ることは一つだけ。上手く行きますように)
そう心の中で熱心に祈りながら、僕は自分の頭に片手を置き魔法を発動した。
「――『お人形遊び』」
■
――本城さんのお家の前に着いた。 ごく一般的な一軒家だ。
「ようこそ、天音さん。あんまり気を使わずに、ゆっくりしていってね」
「……お邪魔します」
玄関で靴を脱いだ私は、出迎えてくれた本城さんの母親に挨拶をした後に、二階の本城さんの部屋に通された。
勉強机や、数冊の参考書の類以外では少女漫画が収められている本棚に、大きめなサイズの熊のぬいぐるみ。実に、女子中学生らしい部屋の一例であった。
さらに
差し出された座布団に座り、軽く雑談をした後で私は本題を切り出す。
「……ねえ、本城さん。妹さんにも会って、お話が聞きたいんですけど本当に大丈夫ですか?」
「問題ないよ。操には家にいるように言っておいたから。少しだけ待ってて、天音さん。すぐに呼んでくる」
それから、しばらく待っていると本城さんが妹さんを伴ってやって来た。姉である本城さんに似た容姿を持ち、私の第一印象としては大人しそうに見える。
本城さんの話では、良い子だけど時々自分の好きなことになると暴走してしまうことがある、ということだったのだが、そういう感じは見られなかった。
言い方は悪いが、無機質な雰囲気が自然と
(……いや、この考えはお二人に失礼ですね。妹さんも初対面の人相手で、緊張しているのでしょう。では、さっさと済ませましょうか。時間をかけても、本城さんやご家族にも迷惑をかけますし)
「……すいません。本城さん。ちょっとの間だけですので、妹さん――操さんと二人だけで話しても構いませんか? 少しだけ込み入った話もありますので……」
「別に良いけど……操の負担にならない程度でお願い。まだ、あの子も精神的に傷ついてるだろうし」
「それはもちろんです。五分もかからないと思いますので、安心してください」
「じゃあ、私は廊下で待ってるから。何かあったら、遠慮なく呼んでね。天音さん。
操は天音さんに失礼がないようにね」
「……もう、そんなに何度も言わなくて大丈夫ですよ! 姉さん」
「はいはい」
そう操さんに言い含めた本城さんは退出し、部屋に残ったのは私と操さんの二人だけ。操さんに「驚かないでくださいね?」と軽く注意して、彼女が同意してくれたのを確認した後。私はブルームーンとしての姿に変身した。
それでも、操さんはあまり反応がなかった。その方が楽だと思考を切り替えて、私は操さんに心の中で謝りながら『質問に正直になってくれる魔法』を発動した。
魔法がちゃんとかかっていることを確認した後、操さんにいくつかの質問をした。その内容は、主に『刃』の魔女に襲われた時のことに関して。
しかし、操さんからは特に新しい情報は得られなかった。
(……初めから分かっていましたが、既に得ている情報以上のものは手に入りませんか。まあ、仕方ないですね)
これ以上の魔法を用いた質疑応答は、操さんに負担をかけるだけで無駄にしかならないだろう。そう思って、私は魔法を解除して元の制服姿に戻る。
後遺症がないか、念の為に尋ねる。
「……ごめんなさい、操さん。怖くありませんでしたか?」
「大丈夫です。むしろ、生のブルームーンを間近で見られて眼福でした」
そんなやり取りをして、本城さんに戻ってきてもらい。本城さん達と連絡先を交換した後に、私は彼女達に外まで見送ってもらって自宅に帰った。
(はあ……結局特に成果らしいものは得られませんでした)
(まあ、初日だしね。これから頑張っていこうよ、月子)
(ありがとうございます、ルナリス)
――こうして、私とルナリスは
■
「あー、何とか無事にやり過ごせた……」
ブルームーンの魔法による尋問を、魔女であることがバレずに乗り越えることができて僕は安堵していた。
「いやー、考えた作戦が上手く成功して良かったよ。あの調子だったら、疑いの目を向けられることはなさそうかな?」
僕が考案した秘策とは、ずばり自分自身に対して魔法――『お人形遊び』を使うことだった。発動対象が魔法少女か魔女である必要はあるけれど、僕は魔女であるのでその点は問題ない。
だが、それ以外にこの作戦には欠点があった。
ブルームーンの魔法に抵抗すれば、その時点で僕の正体が露見してしまう。なので、わざと魔法にかかる必要はあるのだが、彼女の質問の内容によってはほぼ高確率で詰んでしまうだろう。
よって、僕自身を一時的に『お人形さん』にすることで、意識を『術者』と『お人形さん』の二つに分割。『お人形さん』の方には、ブルームーンの魔法の犠牲になってもらい。余計な情報を吐きそうになった瞬間には、『術者』の方の僕が肉体の操作して代わりに質問に答えるという隙のない作戦だった。
と自信満々に言ってみたものの、ブルームーンや彼女の契約妖精に僕の体が『お人形さん』化していることに気づかれる可能性もあった。
一応それを防止する為に、姉さん達が部屋に入ってきたタイミングで
これのお陰で、ブルームーン達の感覚を若干狂わせることができて、作戦の成功に繋がったのだ。何か一歩でもしくじったり、間違っていれば、この結果はなかった。
やはり普段からの善行の積み重ねは大事なようだ。ありがとうございます、神様仏様。
(……しかし、まさか自分を『お人形さん』にする羽目になるなんて。この屈辱は忘れないよ、ブルームーン……! 姉さんに『イケナイ魔法』を使った件も含めて、必ず代償を払ってもらうからね)
ブルームーンとは連絡先を交換もしたし、それを使って呼び出して……むふふ。
■
行方不明になった魔法少女や『刃』の魔女に関する調査はほとんど進んでいなかったが、それに反比例するように新しく転校した学校での生活は上手くいっていた。
本城さん――優衣さんとは友達になれ、他のクラスメイト達とも仲良くできている。ただ私が魔法少女であることを伝えているのは優衣さんだけであり、仲良し度は他の人達よりも群を抜いているような気がする。
迷惑じゃないと良いんだけど。
まあ、そんなこんなで私は新生活を満喫していた。今日も優衣さんと途中まで一緒に帰り、近くの『管理委員会』の支部に向かおうと思った瞬間に、その連絡はきた。
『――助けてください! 天音さん!?』
――それは、新しくできた友達の妹からの助けを求める声であった。