「――操さんですかっ!? いったい、どうしたんですか!?」
慌てて連絡をくれた操さんに安否を尋ねる。携帯から聞こえてきた彼女の声は、この前出会った時の平坦なものではなく、切羽詰まったように感じられた。
『――お願いします! 早くしないと姉さんまで――むぐっ!?』
「――もしもしっ!? 操さん!? 聞こえていますかっ!? もしもしっ!?」
聞き捨てならないような言葉があったような気がしたのだが、それを最後まで紡がれることはなかった。突然口を塞がれたかのように、操さんの声は意味を成さないうめき声に変換される。
操さんが助けを求めようとしていて、それを妨害する存在が一緒にいる状況。それを理解した瞬間、その人物は私に接触を図ってきた。
『――状況は理解してもらったかしら? 魔法少女ブルームーン。貴女のお友達の妹は、私が攫わせてもらったわよ』
「――っ!? 確かに私はブルームーンですけど、操さんは無事なんでしょうか!? そもそも貴女は何者で――」
『――質問が多いわ。状況がまだよく分かっていないようね。どっちの方が上か分かるかしら? もしかして、私の傍にこの子がいるのを忘れたの?』
『んー!?』
「操さんっ!?」
話し相手が一瞬だけ、操さんに代わる。いや、あれは話した内にはカウントされないだろう。
私の心配の声は届かず、操さんのうめき声は遠のいていく。すぐに操さんを攫った人物――声色からして同年代であろう少女が、再び話し始める。
『――これで分かってくれたかしら?』
「は、はい……! 何でも言うことは聞きますので、操さんには手を出さないでください!?」
『いい返事だけど、それを聞きたいのは
「……分かりました」
不本意ながらも、私はそう答えるしかなかった。だって、そうしなければ操さんの命が奪われてしまうからだ。
それだけではなく、さっきの操さんが途中まで伝えてくれた言葉。その内容が彼女の姉であり、私の新しい友人にまで危害が及ぶ可能性が示唆されたのだ。
大人しく従う選択肢しかない。
相手から指定場所を聞く。引っ越してきたばかりで、この辺りの地理を完全に把握できていなかったが、幸いにして知っている場所であった。
しかし、そこは人目が全くない廃墟。これから確実に起こるだろう厄介事に一般人を巻き込む心配はないが、逆に通報を受けた魔法少女達の助けも期待できない。
それでも、行くしかないのだ。操さんや本城さんの為にも。
「……月子。大丈夫かい? これは明らかな罠だよ。相手はああ言っていたけど、『管理委員会』に連絡を入れて応援の魔法少女を呼ぶべきなんじゃない?」
「……ルナリス!? それは絶対にしないで! 操さんに何かあったら、本城さんに顔向けできません。それに誰かが犠牲になることが分かっていて、外部と連絡を取れません」
「うーん。分かったよ。私は月子の契約妖精だからね。言うことには従うよ。……だけど、あんな小さな子を人質にするような奴だ。絶対に碌でもない奴に決まっている。でも、相手は自分が優位に立っていると疑ってないはず。そこに付け入る隙は必ずあると思う。諦めないで」
「……はい。ありがとうございます、ルナリス。貴女が私の契約妖精で良かったです」
「そんな縁起の悪いことを言わないでよ、月子。明日にはコンサートも控えているんだしね」
ルナリスとの会話で、多少は気を持ち直した。そうだ。操さんも早く助け出して、万全の状態で明日のコンサートに臨まないと。本城さんや操さんも見に来てくれますしね。
両手で軽く頬を叩いて、覚悟を入れ直した私はルナリスを伴い指定場所へと向かった。
■
あれから三十分後。操さんを攫った相手が指定した場所に私はいた。辺りには人気は全くない廃墟のビル。急いできたことで乱れた私の呼吸音だけが響く。
「本当に大丈夫かい? 月子。顔色が悪いけど……」
「……大丈夫ですよ。変身もせずに、体育の授業以外で全力疾走をしたのが久しぶりだっただけなので。それよりも操さんや彼女を攫った相手はどこに?」
できるだけ気配を殺して、廃墟のビルの中を探索する。そうしていると、壊れてしまったのか扉が存在しない一室に古びた椅子に縛りつけられた操さんの姿があった。
気絶しているのか、彼女はぐったりとしている。
注意深く辺りを見回してみるが、辺りには人影はなく、魔力的な反応も確認できない。
「操さんっ!? 大丈夫ですかっ!?」
「む……?」
少し大きめな声で呼びかけると、操さんは重たそうな動きで頭を上げて私の方を見てくれた。しかし、華奢な体だけではなく、口も布を噛ませられていて声を出せないようにされていた。
(……操さんに必要以上な拘束を! だけど、外傷はなさそうですね。犯人がいない内に助け出さないと!)
慌てて操さんに駆け寄ろうとする。だが、それまで無言――正確に言えば無言ではないのだが――だった操さんは、目を見開いて大きなうめき声を上げた。
「んー!?」
「安心してください! 今助けますから――!?」
「――はい、残念。この子が一生懸命に伝えようとしていたのに、警戒を怠るなんて魔法少女失格ね。ブルームーン」
「あ、貴女は……!?」
操さんを救出することは叶わなかった。近づこうとした私の背後から首に一本の短刀が添えられる。反射的に振り返ろうとするも、短刀が若干肌を傷つけ一筋の血が流れる。
それを見て、私は行動を制限されて、誰何の声を後ろに飛ばす。
「直接お会いできて光栄よ、ブルームーン。それとも『歌姫』と呼んだ方がいい?」
「……わざわざ操さんを人質に取ってまで、私にいったい何の用があるんですか? どんな要求にも従いますので、操さんを解放してくれませんか?」
なるべく刺激しないように、言葉を慎重に選びながら会話を試みる。それが功を奏したのか、私の後ろにいる人物は機嫌良さそうに話し出した。
「ふーん。まだまだ裏で何か考えていそうだけど、せっかくここまで来てくれたんだし、ご褒美に質問に答えて上げましょう。貴女には、この後でいっぱい働いてもらうから」
「それはどういう意味で――」
「しー。今は私が話しているの。黙っててくれないと、あの子がどうなるか分からないわよ?」
肌に短刀が当たらない範囲で、首を小さく縦に動かす。
「殊勝な態度で感心するわ。私の正体が分からなくて、モヤモヤしているでしょうから。まずは自己紹介ね。私は『刃』の魔女よ」
思わぬ相手の正体に、思考が止まりかける。
――『刃』の魔女。私が『管理委員会』から調査をするように命じられた、二人の魔法少女の失踪に関与していると考えられている超危険人物の魔女であった。
(……確か、以前に操さんを襲ったのも『刃』の魔女でしたよね。操さんには、何か秘密でもあるのでしょうか?)
しかし、視線の先にいる操さんは憐れな被害者でしかなく。『刃』の魔女が執着するような何かがあるとは思えない。
そんなことを考えている私を他所に、『刃』の魔女は喋り続ける。
「いやー、
小声で告られた最後の部分には、まるで私に対する恨みや怒りといった感情が込められていたように感じた。おかしい。私と彼女は今が初対面。当たり前だが、そういう類の感情を抱かれる程の積み重ねがない。
それだけではなく、『刃』の魔女の直接的な被害者は操さんという例外を除いて、全員が魔女であった。魔女になる前の彼女が、両親を別の魔女に殺害されたということを考えれば、動機は共感できなくとも理解はできる。
だが、今の『刃』の魔女の発言からはまるでターゲットを魔法少女に絞っているようにも取れた。操さんを人質に取り、私を罠にはめたのは本当に『刃』の魔女なのだろうか。
事前に仕入れていた情報と食い違う。
(……しかし、先ほどの発言を真に受けるのであれば、やはりマジカルライトとフローラの失踪に『刃』の魔女は関わっている――いえ、主犯ですね。
なら、わざと捕まって敵の懐に入り込むのも一つの手でしょうか。二人の行方や『刃』の魔女に感じる違和感も解消できるかもしれません。その前に操さんは必ず解放してもらわないと。いや、何を弱気になっているのです……! 操さんを逃がすことさえできれば、私も変身して戦える。ここに来る前に諦めないと、ルナリスと約束したばかりですからね。抵抗は止めませんよ)
「……一つだけお願いをしてもよろしいですか?」
「ん? 何かしら? 今の私は気分が良いから、一つぐらいは答えて上げるわよ。あ、だけど時間稼ぎして妖精に何かさせるのは駄目。怪しい素振りがあった時点で、人質の子は
「……分かりました」
(……仲間。どうやら『管理委員会』側で把握できていない共犯者がいるようですね。未確認の魔女でしょうか。探知は苦手ですので、どこに潜んでいるかさっぱりですが)
状況は何一つ改善はしていないが、少しでも情報を得られたので前向きに考えるとしよう。動揺をなるべく隠しつつ、『刃』の魔女に懇願する。
「……お願いします。私はどうなっても構いませんので、どうか操さんは解放してもらえませんか?」
「うーん。ちょっとだけ待ってもらってもいい? ……うん。もう一度可愛らしく、
『刃』の魔女の言い方に違和感を覚えるも、彼女の機嫌を損ねる訳にはいかない。指定された内容を復唱しようとした瞬間。不安そうな表情で私を見つめてくる操さん。
そんな彼女を安心させる為に、背後にいる『刃』の魔女には気づかれないように、笑みを浮かべる。私の思いが通じたのか、操さんの表情は少しだけ和らいだ。
「さあ、早く言いなさい。
急かしてくる『刃』の魔女。ますます強くなる違和感だが、気にしている暇はない。
軽く深呼吸をして、口を開く。
「……はい。
そう言い終わったタイミングで、私の体は完全に動かなくなった。比喩でも何でもなく、指の一本すら鉄になったようにビクともしない。
(え? 何ですか、これは? 『刃』の魔女による魔法? それとも彼女の協力者の?)
頭の中身が疑問符で埋め尽くされる。必死になって体を動かそうとしても、それは反映されない。
「ぐふふ。こういったやり方で、魔法を使ったのは久しぶりかしら」
私の異変を気にした――いや、満足そうに声を弾ませた『刃』の魔女は、私の首に当てていた短刀を引っ込めて離れる。
本来であれば、人質を連れて逃げるのに絶好のチャンスであるはずだが、今の私には何もできない。
そんな私に絶望したのか、操さんは顔を下に向けていた。
「むふふ。暴れなくて偉い、偉い。良い子、良い子」
一方の『刃』の魔女はご機嫌そうに、動けない私の正面に回ったと思ったら。まるで小さな子供を相手にするように、片手で私の頭を撫でてくる。
屈辱的な仕打ちに、怒りというか羞恥心が湧いてきてしまい、自然と顔が熱くなる。
「あら? 顔が赤いけど、もしかして恥ずかしいのかな?」
そう悪戯好きそうに嘲笑う黒一色のドレス姿の少女は、まさに『魔女』としか形容できないだろう。
ひとしきり私の髪の感触を堪能したのか、手を離した『刃』の魔女はより一層笑みを深める。
「どうして自分の体が動かなくなったのか。疑問に思っているよね? 『お人形さん』になった貴女にはもう抵抗する術はないから、一つとは言わずに全部教えて上げる」
ここで初めて、『刃』の魔女の全体像をはっきりと見た。黒一色のドレス姿と意地の悪そうな笑顔は非常にマッチしており、その瞳は間抜けにも罠にハマった私の姿が映し出されて――いなかった。
(――は?)
確かに『刃』の魔女は先ほどから今に至るまで、私を小馬鹿にしたような口調で散々嘲笑っていたはず。けれど、そんな彼女の目は焦点が合っておらず、虚ろであった。
そして、不本意ながら似たような目をした人間を
人の精神を操る魔法。それを受けた者の症状であった。
つまり、それが意味することは『刃』の魔女もまた被害者であるということだ。
(――『刃』の魔女は操られていた。いったい、いつから? 彼女が言っていた協力者が? マジカルライトやフローラも自らの意思や『刃』の魔女のせいで失踪したのではなく、今私達に魔法をかけている『誰か』による仕業……! 操さんは無事なんでしょうか!?)
まるで私の内心を見透かすかのように、『刃』の魔女――を操る『誰か』は笑みを張り付けるだけ。
「うーん。やっぱり分かんないか。利恵さんはすぐに
もう私に『刃』の魔女が傀儡となっていることがバレているのは把握しているみたいで、口調を取り繕うとするのは止めたようだ。
「じゃあ、最初の秘密はずばりこれ!
(――え?)
そこで、再び思考が停止する。『刃』の魔女が指し示す方向に、辛うじて動くことを許されている視線を向けてみれば。