僕が操っているブルームーンの魔法を使った一言により、不気味な静寂に支配されていたコンサート会場にはあちらこちらから異口同音が響く。
『――はい。私はブルームーンの
――コンサート会場は一瞬にして、混乱や悲鳴に怒号で満ちていった。
その様子を、共有しているブルームーンの視界を通しながら見て、僕は計画が無事に成功したことに安堵し。同時に楽しんでいた。
――今回の作戦は、この前
多少なりとも賢い少女達は、契約を保留にする。身近な大人達に相談して、意見を求めたりする為だ。そして、その数は決して少なくない。
魔法少女ブルームーン――『歌姫』のコンサートに来る主な客層は、やはりと言うべきか同じような年齢の少女達だ。つまり今回のコンサートの観客達の中に、先ほど挙げた――妖精や悪魔との契約を持ちかけられて、見送っている少女が数人いてもおかしくはない。
それを見込んでの作戦であり、僕の予想は正しかった。
ブルームーンの魔法によって、強制的に魔法少女や魔女には死人を出さない程度に暴れてもらう。会場の警備で配置されていた数人の魔法少女はいるが、逃げ惑う観客達を気にしながら普段通りの力は発揮できないだろう。
と言っても、初戦闘かつ『お人形さん』にしている訳でもない洗脳しただけの十人にも満たない魔法少女と魔女。時間はかかるだろうが、本職に制圧されるのは間違いない。
もっとも僕が求めているのは、この場限りの勝利ではないので問題はない。『管理委員会』所属の――正義の味方であり、『歌姫』という二つ名もあって世間に人気のあるブルームーンが、自分の魔法を悪用し守るべき一般人に危害を加えた。加えてしまった。
その事実が大事だった。
目撃者は大勢いる。情報社会での一つの情報の拡散速度を以てすれば、一日足らずでこの国――いや世界中の人間が知ることにことになるだろう。
ブルームーンは、魔法少女にとっての裏切り者であると。
そうなれば、ブルームーンは表の世界では生きていけない。それを理解した彼女は『管理委員会』を脱退し、行方を晦ませる。
そういうシナリオだ。
この大惨事を引き起こしたブルームーンが捕まることなく、逃げおおせればそのシナリオは現実のものとなる。
ブルームーンが『お人形さん』となっている事実を知っているのは僕だけ。
多くの人間はブルームーンを魔法少女としてではなく、魔女と同一に扱うことになるだろう。『管理委員会』も、人手をブルームーンの捜索に割くことになるはず。
本当は彼女も助けを求める、憐れな被害者の一人であることも気づかずに。
これで、他の行方不明になっている魔法少女の調査は滞ることだろう。つまり安心安全に、『お人形さん』集めに集中することができるのだ。
(――ふふふ。作戦はほぼ成功だね。後は適当にブルームーンの魔法で操っている魔法少女や魔女を暴れさせて、混乱に乗じてブルームーンを『回収』するだけ)
現在の僕はスタッフの指示に従って、姉さんと一緒に他の観客達に交じって避難をしていた。不安そうな幼い少女の演技をしつつ、意識の半分はブルームーンの
できるだけ多くの人に、「ブルームーンはとんでもない悪人である」というイメージを持ってもらわないといけないので、操っているブルームーンの顔には悪そうな笑みを張り付けていた。
もちろん僕がしているのはそれだけではなく、ブルームーンが抱く絶望を堪能していた。自分の大嫌いな魔法が、笑顔にしたいと誓ったはずの人々を傷つける道具となっている現実を直視させられて発生した極上の絶望を。
まあ姉さんを巻き込まないという約束も守っているし、そもそも今回の作戦はブルームーンへの『お仕置き』を兼ねているのだ。
何も問題はない。安全圏から引き続き、楽しませてもらうとしよう。ぐふふ。
■
――今、私は地獄にいた。自分で作り出した地獄に。
自分で言うのもなんだが、アイドル系魔法少女としてはトップである『歌姫』の為のコンサートは地方で開催されるとなっても、その規模は常に大きい。
今回のコンサートもその例に漏れず、多くの観客達が来てくれていた。その中には、新しくできた友達である本城の姿もあった。
数日前は心待ちにしていたコンサートの日。だって、本城さんに私の歌声を届けることができるから。だけど、今の私は一人の魔女の手によって
助けてほしい。逃げてほしい。魔女が許可したこと以外が喋れない口で必死にそれらを伝えようとしたが、魔女の魔法は強力でどうすることもできなかった。
そのままコンサートは始まってしまい、本調子とは程遠い歪な歌や踊り。普段の
だけど、本城さんを含めて誰も気づいてくれなかった。
『――あははっ! これは傑作だね! これだけのお客さんがいるのに、一人も今の君のパフォーマンスに疑問を抱かないなんて。これではっきりとしちゃったね、ブルームーン。みんなが求めているのは、
もう何度目になるか分からない、私を操る魔女からのテレパシー。折れそうになる心をその度に奮い立たせてきたが、既に限界だった。
(――誰も初めから
そこで私の心は完全に折れてしまい、文字通りの『人形』のように魔女に操られるだけだった。
そのままコンサートは進行していき、終わり間際に魔女は完全に私の肉体の制御を奪ってくる。だけど、それを気にする余裕はとっくになく。
魔女は私の大嫌いな魔法を使って、観客として来ていた一般人であった少女達を無理やりに魔法少女や魔女に変身させた。
――今、私は地獄にいた。自分で作り出した地獄に。
私は歌うことが、私の歌を聞いてくれた人達が笑顔になってくれるのが好きだった。こんな光景――私の魔法で正気を奪われた少女達が、大勢の人間達に襲いかかる地獄のような光景を作りたかった訳でも。見たかった訳でもなかったのに。
人の心を操る自分の魔法だけじゃない。今日という日を以て、私は
精神的にボロボロになった私とは対照的に、脳内に響く
『――そうそうっ! そういう表情を見たかった! そんな絶望を味わいたかったんだ! ここ最近は他の『お人形さん』で充分に遊べなかったから、君には本当に感謝しているよ。これだけ楽しませてくれたんだ。姉さんに魔法をかけた件はチャラにして上げる。でも、まだまだ幕引きには早いからね。楽しい楽しいコンサートの時間は続くのさ!』
魔女の言葉に共鳴するように、逃げ惑う観客達の悲鳴や怒号がより大きくなる。耳を塞いで、目を閉じ、目の前の現実から逃避したかったが、それをする自由もなく。見続けるしかなかった。
『おー、流石は現役の魔法少女だ。やっぱり粗製乱造した魔法少女や魔女じゃ敵わないか。もう直に制圧されて終わりだろうね。あ―あ、残念だなー。僕の本体が出向けてたら、彼女達も『お人形さん』にできたのに。まあ、今回の作戦が成功しただけでもお釣りはくるか。じゃあ、そろそろ撤収しようかな。帰ったら、君も『
魔女から語られるのは、人としての尊厳はない、『人形』扱いされる未来。自害することもできず弄ばれ、世間では魔女同然として認識される。夢も希望もない予想図。
そして、本城さんの妹を騙る魔女による犠牲者は今後も増え続けるだろう。
(――今の私にできることは、その犠牲者の中に本城さんが含まれないことを祈るだけですね)
そう諦めかけた時。魔女の動揺する声が脳内に響く。
『――え!? 嘘、嘘っ!? 姉さん――』
■
――私は今日という日を、新しくできた友達の晴れ舞台を心待ちにしていた。操との約束もあったが、純粋に『歌姫』のコンサートを楽しみにしていたのだ。
お洒落にも気を遣って服装も完璧。電車やバスの時間も調べて抜かりはなかった。
恥ずかしがりながらも、決して私の手を離そうとしない操を微笑ましく思いつつ、私はコンサート会場に向かった。今日は素晴らしい一日になると。
――だけど、そうはならなかった。
コンサートが始まって、私はステージ上に立つブルームーンの姿に変身している天音さんに違和感を抱く。ブルームーンのライブ等は映像で見たことがあるのだが、今日の天音さんの歌や踊りからは映像の時のようなキレが感じられなかった。
まるで遠くにいる誰かが、ブルームーンという人形を操っているかのような違和感。
生で見ているせいかと考えたが、コンサートが進行するにつれて笑顔を浮かべているはずの天音さんがどこか苦しそうに思えて仕方がなかった。
しかし隣に座る操をも含めて、誰も私のような反応を示している人はいない。
(……気にし過ぎなのかな? うん、そうだよね。操だって、こんなに楽しそうに笑っているんだもの)
そう自分に言い聞かせて納得するしかなかった。そろそろコンサートが終わりそうという頃、服の袖を操に引っ張られた。
どうやらお手洗いに行きたいらしい。迷子の心配もあったので、私もついて行くことにした。途中で抜けてしまったことは天音さんに申し訳ないと思いつつも、少しだけ安堵する自分がいた。
(……だって、笑っているはずなのにとっても辛そうだったもの。天音さん)
そんな天音さんを見る私も心が痛かった。だけど、そのような個人的な思い込みで見ないという選択肢はない。今回のコンサートは、操も楽しみにしていたのだから。
まだ終わるまでには時間はある。私が用を足しても出てこない操に声をかけようと思った瞬間。異変は訪れた。
――突然、薄っすらと聞こえていた観客達の喧騒を掻き消すように、警報が響き渡る。
「え!? 何が起こっているの!?」
当然答えてくれる人物はいない。状況が飲み込めず、私がおろおろしていると、トイレの個室の扉が開き操が飛び出してくる。と思った次の瞬間には、私は操に抱きつかれていた。
よく見てみれば、彼女の体は震えていた。訳の分からない状況に、まだ幼い彼女は恐怖しているのだ。
(……何をやっているんだ。私は操のお姉さんなんだから、もっとしっかりしないと。何が起きているか分からないけど、まずは操を安心させて上げないとね)
未だに震える操の体を優しく抱き返す。そして、なるべく不安を和らげるような声色で話しかける。
「……大丈夫。お姉さんがいるからね。それに私だけじゃなくて、この会場には天音さんや他の魔法少女の人達もいる。だから、落ち着いて。ね?」
言葉だけではなく、操の背中に回した右手を動かして頭を撫でる。優しく、壊れ物を扱うように丁寧に。その努力が功を奏したのか、いつの間にか操の体の震えは収まっていた。
操が口を開く。
「……ありがとうございます。お陰で、少しは落ち着きました」
「なら、良かったわ。何が起きているか分からないけど、ずっとこの場にいるのも多分危険よ。外に出るか、スタッフや魔法少女を探しましょう。恐らくだけど、避難誘導をしてくれるはずよ」
「は、はい」
「うん、良い子ね」
移動する為に一旦操の体から離れたが、逸れない為にも右手で彼女と手を繋ぐ。こうすれば、また不安になっても先ほどまでよりはマシだろう。
移動を開始しようと思った時。まるで方針を指し示すように、タイミング良くこの施設一帯に放送が入った。
『――施設内にいるお客様達にお知らせします! 未確認の
焦った声で告げられた内容に、事態は私の思った以上に深刻だった。それでも動揺を露わにする訳にはいかない。だって、私はお姉さんだから。
天音さんのことも心配だったが、彼女は魔法少女だ。何も不安がる必要はない。コンサートは台無しになってしまったけれど、天音さんは魔法少女として勇敢に戦ってくれている。そのはずだ。
「じゃあ、操。行きましょう」
「……はい」
一瞬間が空いた気がしたが、返事をしてくれる操。彼女を連れて、慎重に行動して見つけたスタッフさんの避難誘導に従う。
これでいい。姉として間違った行動はとっていない。しかし、喉に魚の骨が刺さってしまったような違和感がまとわりつく。
それを無視するように、私は操の手を握る力を強めた。
だが、現実はいつも残酷だった。
再び、放送が響き渡る。施設内に設置されたスピーカーから聞こえてくる声は、さっきよりも一層焦ったものになっていて――。
『――至急、施設内にいる全ての人達にお伝えします! 魔法少女ブルームーンには絶対に近づかないでください! 彼女が今回の
その放送を聞いた瞬間。脳裏には、私の前からいなくなってしまった
「ね、姉さん!?」
「すぐに戻ってくるから、大丈夫」
不安そうに瞳を揺らす操を近くにいたスタッフさんに半ば無理やり預けると、避難してくる人達の流れに逆らって私は騒動の中心へ。天音さんがいるだろう場所へ向かった。
もう二度と、手遅れになりたくなくて。