――私ほどに平均、平凡を体現している人間はいない。それでも良かった。
平和な日常に、大事な親友がいる。それだけがあれば、何も望まない。そう思っていた。
だけど――。
「――ごめんなさい、朱里。もう私に二度と関わらないで」
「ねえ、待ってよ!? 小夜ちゃん!?」
――そんな私の細やかな願いは、一つの悪意によって踏みにじられた。決別を告げる親友の背に手を伸ばしたが、当時はただの非力な少女でしかない私の手は彼女に届くことはなかった。
私――上原朱里。どこにでもいる中学二年生だった。
世間には悪魔と契約して混乱を巻き起こす魔女や、そんな危険な存在から人々を守ろうとする為に妖精と契約した魔法少女。
そういった非日常的な存在に憧れはするものの、あくまでもそれはアイドルに向けるものに近い。家族やクラスメイト、親友との話のネタで取り上げてわいわいする程度。
魔法少女は可愛いくて頼れるし、魔女は可愛いけど怖い。そのぐらいの認識であった。
それでも直接関わることがあったら、碌なことに――私の日常が壊されてしまう。そういう確信があり、街中で魔法少女や魔女を見かけても、見たがる親友を引きずってでも離れていた。
そんな私の努力を嘲笑うように、親友――八神小夜はいつの間にか悪魔と契約してしまった。
メディアやネットから一般人の私に得られる情報では、魔女は悪魔によって心の奥底に秘められている欲望や悪意を暴走させて、破壊衝動を増幅された被害者。みたいな感じのことがあった。
だから、小夜ちゃんが悪魔と契約する場面に居合わせてしまった私は、事件を起こす前の段階であれば彼女を元に戻すことができると思っていた。
だけど、前述したように私の手や言葉は小夜ちゃんを踏み止まらせるのには役に立たなかった。
あの時の無力な自分を、私は一生許せる気がしなかった。
■
「はあ……何をやってるんだろ、私」
ため息を吐き、自室のベッドに顔を押しつける。あの日――親友の小夜ちゃんが悪魔と契約してから、はや数週間。
小夜ちゃんは学校に姿が見せることはなく、彼女の家を訪ねても知らない人が出てきて門前払い。まるで彼女を思い止まらせることができなかった私に対する罰のようにも感じられた。
そのせいで私は、全てにおいて無気力になってしまう。
将来のことで両親に迷惑をかけたくないので、学校には何とか通っていたが今の状態では勉学や部活にもまともに取り組めそうになかった。
だって、私の日常の大事な一ピースが欠けてしまったのだから。小夜ちゃんがいない日々には、何の色彩も感じられない。
小夜ちゃんと同じだった部活は休み、学校から帰った後はお母さんが夕食の時間に声をかけてくれるまで、ずっと自室に引きこもっていた。
窓から見えてくる幸せそうな通行人の姿や、入ってくる太陽の光すら視界に入れたくなくてカーテンも閉め切っている。電気も点けていないので、薄暗いけれど今の私にはそれが心地良かった。
現実逃避をしているだけで。小夜ちゃんのことを忘れられれば私は元の日常に帰れるのかな?
そんな今までの私では考えもしないことが浮かんでしまう。本当は分かっている。魔女になるまでの小夜ちゃんの異変に気づくことがなく、その後も何らの行動を起こさない自分自身が許せなくて。
その現実から目を逸らしているだけだって。
ふと枕元に置いてあった携帯に手が伸びていた。ネットの、情報の海の中になら、魔女となった小夜ちゃんの足跡があるような気がして。
そして運が良いのか悪いのか。ネットニュースの上の方に、小夜ちゃんと思われる魔女の記事があった。少しでも小夜ちゃんに関する情報を、彼女を元に戻す手がかりを求めていたので、その記事に目を皿にして食らいついた。
――ただ、それを私は見るべきではなかったかもしれない。
『――週間前に新たに現れた魔女。彼女による五人目の犠牲者が発生。被害者の名前は――』
「嘘だよね……これって」
震える手で例の記事を読み進める。他のサイトも閲覧をして、情報の真偽を確かめる。私の無駄な努力で、分かったことは一つ。
私が必死に何も見ないようにしている間に、小夜ちゃんは取り返しのつかない所に行ってしまっていた。
もしかしたら周りの人達が気を遣って、これらの情報が入らないようにしてくれていたのかもしれない。
けど、今の私にはそこまで考えを回す余裕はない。
あの時に無理やりでも止めていたら。いや、悪魔と契約するような状況にならないように、もっと私が注意を払っていたら。
そう後悔が尽きなかった。
でも、今の私には魔女である小夜ちゃんにできることはない。私の日常に色が戻ることはないと諦めかけていた時。
一人しかいないはずの部屋に、誰かの声がした。
「――ねえねえ、そこのお困りのお姉さん。お友達を助けたいという貴女のお願いを叶えるお手伝いをしてあげるよ!」
「誰っ!?」
驚きながらも、声がした方向に視線を向けてみる。そこには、童話の中からそのまま飛び出してきたような妖精っぽい何かがいた。
「え? 私が誰かって? ほら、妖精だよ。この見た目通りのね」
「本物の妖精……何で私の所に?」
「だから、さっきも言ったじゃん。お姉さんがお友達を助ける為のお手伝い……具体的に言うと、私と契約して魔法少女になってくれない? 魔法少女としての力があれば、悪魔に操られているお友達もきっと正気に戻せるよ。どうする?」
「私は……」
早口でまくし立てるように告げてくる妖精に対して、始めは不信感を持っていたけれど。小夜ちゃんを魔女という呪縛から解放する為には、対抗する為の力が私にも必要になる。
ならば、この妖精の誘いは決して悪いものではない。
「……貴方と契約したら、魔法少女になったら。小夜ちゃんを助けられる?」
最後の確認の意味も込めて、私は妖精に尋ねる。それに対して、人間の少女のような外見をした妖精は可愛らしい笑みを浮かべて自信満々にこう言った。
「――もちろんだよ!
妖精のその言葉を聞き、私は魔法少女になることを決心した。
■
私は妖精――名前はメルルと名乗った――と契約して、魔法少女になった後。すぐにでも、小夜ちゃんを探しに向かった――という訳にはいかなかった。
どう私が契約したのを知ったのか、まるで予めから分かっていたかのように私の家に、国内の魔法少女のほとんどが所属する組織『管理委員会』の職員がやって来た。
そして、そのままの流れで両親と一緒に小難しい話を聞いて、分厚い書類の束を渡されたりした後に、『管理委員会』に所属することになった。
色々と制約を受けることになってしまったが、私は正式に魔法少女になることができた。小夜ちゃんを救う為の力を手に入れたのだ。
おまけに、小夜ちゃんが関わっているだろう案件には積極的に派遣してもらう特別措置までしてもらった。
至れり尽くせりである。
と言っても、私のように因縁のある魔女の案件に、優先的に派遣される魔法少女はあまり珍しくはないらしい。その目的が復讐に類するものでなければ、という前提はあるが。
「ねえ、朱里。魔法少女としての名前は決まったの?」
「うん。決まってるよ、メルル。結構時間がかかっちゃったよ」
――魔法少女になって、まだ片手で数える程度ではあるが他の魔法少女と合同で魔女の『保護』の任務にあたり、無事に解決した日の夜。
自宅の自分の部屋にて、勉強机に座り学校の課題と格闘中にメルルが話しかけてくる。
――妖精は基本的に契約者の傍にいるらしいので、突然メルルに声をかけられても私が驚くことはない。もう慣れたものだ。すっかりと彼女の存在は、私の新しい日常になった。小夜ちゃんに次ぐ、友人と言っても過言ではない。
メルルの振ってきた話題に答える為に、シャーペンを動かしていた右手を止める。
――魔法少女や魔女には、二つ名が与えられる。それが自称か他称の違いはあるが、近年増加傾向にある彼女達を個人ごとに区別する為に必要なことである。
例えば、小夜ちゃんの魔女名は『刃』の魔女。刀剣の類いを創造する魔法が由来らしい。
そして、そんな小夜ちゃんを悪魔から救い出すことを絶対目標とした私の魔法少女名は――。
「――『マジカルライト』。それが私の魔法少女としての名前」
「うんうん。実に朱里らしい良い名前だよ! じゃあ、その名前に恥ずかしくないように、頑張っていこう!」
「うん。危ない時は助けてよ?」
「もちろんだよ。朱里――じゃなくて、マジカルライトと私は運命共同体だからね!」
■
「今日という今日は捕まえて、更生させてあげるっ!」
「ふんっ! やれるものなら、やってみなさい!」
――既に私ことマジカルライトと、『刃』の魔女になってしまった小夜ちゃんとの戦闘は三度目だった。
一度目は感情的になって突撃してしまい、戦闘経験の少なさも合わさり敗北の結果に終わった。
二度目は一度目よりも善戦はしたが、それ以上の成果は得ることはできず、小夜ちゃんは「私にもう関わらないで」と言うばかり。碌に対話に応じてくれなかった。
そして三度目となる今回は、今までの戦闘と違っていた。自分で言うのもなんだが、魔法少女として実力がまだまだ発展途上とはいえ、他の任務や先輩から指導も受けられて順調に伸びている
独学でしか力の扱い方を練習できない
「――『マジカルフラッシュ』!」
「――『ソードレイン』!」
――私の魔法が、
だけど、後少しもすれば最寄りの『管理委員会』の支部から、応援の魔法少女達がやって来る。このまま留まっていれば、私の勝ちは揺るがない。
それを分かっているので、僅かに余力を残していた
けれど、言葉だけでも伝えないと。
「お願い、小夜ちゃん! もうこれ以上、手を汚すのは止めて! 悪魔に操られて……脅されているなら、
「……貴女は」
これまでの戦闘では、ほとんど対話に応じてくれなかったのに。私の言葉で悪魔の洗脳が解けかかる取っかかりを得たのか、
ようやく小夜ちゃんを救えるかもしれない。それが思い違いであることを、数秒後に思い知らされた。他ならぬ彼女自身によって。
「――いい加減に鬱陶しいのよ、朱里。何度も言ってるよね、私にはもう関わらないでって。私が何の為に魔女になったのか、その理由も知らないくせに」
「小夜ちゃん……」
「もう友達ごっこなんか、おしまいにしましょう?」
「……ねえ、小夜ちゃん。嘘だって言ってよ!?」
「――さようなら。勘違いの魔法少女さん」
私の叫びが聞こえていないかのように、
■
その後は、応援でやって来た先輩の魔法少女達に現場の修復作業や被害状況の確認を任せて、私は『管理委員会』の支部にて今回の件について報告。
それが終わり次第、私はしっかりと休息をとるように言われて家に帰らされた。
怪我こそは回復魔法の魔法少女に治してもらったが、疲労までは誤魔化せない。少しでも早く家に帰りたかったので、普段とは全く別の近道となるルートを選択する。
(……今は何も考えたくない)
すっかり日が落ちた暗闇の中で狭い路地裏を歩いていると、とある違和感に気づく。
(……あれ? こんな時間帯に女の子?)
道の端っこには、小学校低学年ぐらいの少女が地面に蹲っていた。泣いているのだろうか。何かを押し殺しているような声が、微かに少女から聞こえてくる。
どんな事情があったとしても、この少女を無視する選択肢は私にはない。とりあえず事情を尋ねるべく、少女に近づき肩に手を置いた。
「大丈夫? 何かあったの? お姉さんで良ければ、相談に乗るよ?」
「うう……困っていることがあるんです。お人形さんがなくなったの。
「
――その言葉は目の前の少女ではなく、まるで自分に言い聞かせるようなものにも感じられてしまう。
と言っても、この少女はそんな私の汚い思いは知らないだろうが。
私の言葉に、顔を覆っていた両手を退けて少女は満面の笑みを浮かべてお礼の言葉を告げてくる。
「――お姉さん。
「――え?」
少女の言葉の意味が理解できる前に、私の全身から力が抜けて意識は闇に落ちてしまった。
■
「ふう……何とか最初の難関はクリアしたよ。