――私の手はいつも届かない。
ぼんやりとしていた意識は、聞き覚えのある少女の声によって覚醒させられた。
「……ねえ、優衣さん。早く助けに来てください」
その声の持ち主は、一番の親友である利恵だった。彼女は、私が今まで見たことがないくらいに苦しそうな表情で助けを求めてくる。
(……あれ? 利恵は行方不明だったはずなのに、どうして私の目の前に?)
そんな疑問が湧いて出てくるが、些細なこととして切り捨てる。だって、大事な親友を救うのに特別な理由はいらないだろう。
それに何の理由もなく、利恵は私の前からいなくなってしまったのだ。積もる話もいっぱいあるし、失踪の理由が自らの意思ではなく他者の悪意によるものであるのなら、なおさら一刻も早く救い出さないと。
焦燥感に駆られて、私は利恵の所に行こうと走り出す。しかし、どれだけ走っても利恵との距離は一向に縮まらない。それが余計に、私の気持ちを焦らす。
そんな不甲斐ない私の姿を見て、利恵は悲痛な表情はそのままに諦めの色が加わる。何も言わずに私に背を向けて、利恵は歩き出してしまった。
もちろん、利恵を呼び止めようと私は大声で叫ぶ。
「待って……! 行かないでよっ!? 利恵っ!?」
けれど、私の声が届いていないと言わんばかりに利恵が振り返ることはなく、いつの間にか彼女の姿は見えなくなっていた。
体力的に限界が近かったこともあり、立ち止まってしまう。乱れた呼吸を整えようとするが上手くいかない。
さっきの不可解な現象について考えようとする。私が利恵に近づけないのに、その逆に利恵はあっさりとどこかに行ってしまった。まるで現実離れした出来事に、今の私が置かれている状況が現実なのか分からなくなってしまう。
そこから、さらに思考を巡らせようとしたと思った瞬間。利恵とは別の少女達の声がした。慌てて、その声の方向に振り返る。
「……姉さん」
「……本城さん」
妹の操と、利恵の次に大事な友人――あまり優劣をつけたくないが――である天音さんがいた。彼女達も先ほどの利恵のように、私に縋るような視線を向けてくる。
二人の方に向かって手を伸ばそうとしたタイミングで、私の視界は暗転した。
■
「――操っ!? 天音さんっ!?」
二人の名前を叫びながら、飛び起きる。しかし、辺りを見回しても彼女達の姿はない。それだけではなく、さっきまでいた場所と違い、自室のベッドの上だった。嫌な汗でぐっしょりとなっているパジャマが、肌に張り付いてきて気持ち悪い。
どうやら、先ほどまでの出来事は夢であったようだ。それも悪夢に分類されるような内容のものを。
「はあ……はあ……またこの夢か」
荒い呼吸を繰り返していく内に、だんだんと意識がはっきりとしてくる。今度こそは偽りではなく、現実としっかりと認識できた。
その段階になって、ようやく何故あのような夢を見たのか理解できた。
私の中では、あの日一遍に大事な妹と友人を失ってしまったことがトラウマになってしまっているらしい。
思い出したくもない、あの日の出来事。私の日常は、悪意のある二人の――もしくは一人の魔女によって壊されたのだ。
天音さん――ブルームーンのコンサートで起きてしまった例の事件。目撃者や被害者も多く、『管理委員会』の尽力にも関わらず、事件の発生から数時間で世間に知れ渡った。
初めは全ての元凶として天音さんが扱われそうになったが、私や他の魔法少女達の証言もあり、天音さんも操られていただけの被害者の一人であると正しく認知された。
ただ問題なのが、それは同時に未確認の――しかも魔法少女や魔女をも操ることが可能と考えられる魔女の存在を意味するのであった。
そして、その魔女こそが私から操や天音さんを奪った憎き怨敵だった。厳密には操を攫ったのは、別の魔女――『刃』の魔女なのだが、その彼女も洗脳されている可能性が高い。私が怒りを抱いているのは未だに姿すら判明していない、人でなしの魔女一人だけだった。
しかも、度重なる調査によってもう一人の親友――利恵の失踪にもその魔女が関わっている可能性も出てきて、私の憎悪は留まることを知らなかった。
だけど、殺してやりたい程に憎んでいる対象はまだ他にもいる。それは、他ならぬ自分自身だ。
あの日、あの場所に、私はいて、二人を守る為に妖精と契約して魔法少女になったというのに。どっちつかずで、優柔不断な隙を晒してしまったが故に、結果としてどちらも失うことになった。
事件が終わった後、両親には「貴女だけでも無事で帰ってきてくれて良かった……」と言われたが、微塵も納得できるはずがない。だって、夜な夜な、母が操のことで泣き、そんな母を父が慰めているのを知っている。
だから、私は決心した。無力な自分を変える為に、いつか操や利恵に、天音さんを取り戻して、性格が最悪な魔女を必ず倒すことを。
それらを達成する為に、私が『管理委員会』に所属して、正式な魔法少女になるのは自然な成り行きだった。初めは両親にも反対はされたが、操の為にということで半ばゴリ押しで認めてもらうことには成功した。
しかし、思った以上に魔法少女としての活動は厳しく、今日も大変疲れていて、その疲労や操達を救えないという焦りが、さっきの悪夢という形で現れてしまったのだろう。
心身ともにかなり疲弊はしているが、ここで私が折れる訳にはいかない。今まさにこの瞬間にだって、彼女達は助けを待っているはず。救える力を持っているのは、私だけなんだから。
「……待っててね、皆」
そう小さく呟きながら、私は操からの贈り物である
そして、私はいつの間にか再び悪夢を見ることなく、久しぶりにぐっすりと安眠することができた。起床した時には、ほのかに花の心地よい香りがしたような気がした。
――設定していた携帯のアラームが鳴り、二度目の起床をする。曖昧であった意識も、ほのかに漂う花の香りですぐに覚醒した。夜中の悪夢のせいで感じていた不快感は、綺麗に消え去っていた。
「……おはよう、利恵。今日もありがとうね」
携帯のアラームを切った後、両手で握り締めていた利恵――じゃなくて魔法少女フローラのフィギュアに小声で礼を告げる。直接的に関係あるとは考えてはいないが、悪夢を見る頻度が下がったのは間違いなく、この人形のお陰だと確信している。
そのせいか、精神的に不安定な時には人目を盗んでこの人形に話しかける癖がつきつつあった。もちろん、それが良くない傾向であると理解している。しかし、そうでもしないと罪悪感や憎悪で潰れてしまいかねないので、自分の中では仕方ないと納得させていた。
(……だけど、今の調子じゃ操のことは言えないわね)
以前から操に対して、夜遅くまで友達に電話をかけたり、
当時の操も、もしかしたら家族である私達にも言えないような悩みや不安を、別の形で発散していたのかもしれない。
その肝心の本人に尋ねることができないので、全部私の想像に過ぎないのだが。
それでも操を連れ戻すことができたのなら、前以上にもっと彼女の姉としてきちんと向き合っていきたい。それが、私の嘘偽りのない思いだ。
(……その為にも、今日も頑張らないと)
操のことを考えると胸が痛むが、頭を振って意識を改める。最後に
リビングに着くと、先に起きていた両親は既に食卓についていた。いつもであったら、朝食の準備を手伝わないと母親に小言をもらったりするが、最近は気を遣われているせいか免除されている。
本音を言えば、そんな気遣いは無用で手伝いたかったのだが、ただでさえ操達の為に魔法少女になるという無茶を通したのだ。これ以上は、余計な心労をかけたくない。
まずは、挨拶をしないとね。
「……おはよう、二人とも」
「……ああ、おはよう」
「……おはよう。ちょうど用意が終わった所だし、食べましょうか」
父親、母親といった順番で返事をしてくれる。しかし、やはりと言うべきか両親からは元気が感じられない。だが、それも当たり前だろう。
操が魔女に攫われて、悲しんでいるのは両親だって同じなのだから。
大事な家族の一人が欠けた、どこか色褪せた日常の一場面。会話らしい会話もないまま、朝食の時間が終わり、皿を流しに持っていくと。母親から、「後はやっておくから、学校に遅れないようにしなさいね」と言われてしまい、その言葉に甘えることにした。
父親の方は、電車の出発時刻の都合で一足先に家を出ている。私も、遅刻しないように出発するとしよう。
そう意気込むことで、操がいない寂しさを誤魔化そうとした。
そう思い、私が玄関から出ようとする直前に。来客を告げるチャイムが鳴らされる。
(……こんな朝早くにいったい誰だろう? 両親の荷物かな?)
そんな疑問が過ったが、朝は忙しく時間はない。母親も今は別の用事で手が離せないようで、私が対応する必要がある。
「はーい、今開けますよ」
そう扉の向こう側にいる人物に伝えて、ぶつからないようにゆっくりと開ける。そこにいたのは、事前に予想していた宅配人ではなく。私よりも、幼い一人の少女だった。
「みさ――っ!?」
背丈が同じくらいということもあり、一瞬だけその少女を見間違えそうになってしまう。だが、すぐに別人だと分かった。
何故なら、彼女は家に遊びに来ていて、私も何度か顔を合わせたことがあったからだ。
私の思考が混乱から立ち直ろうとするよりも前に、その少女が恐る恐るといった感じで口を開く。
「……あの、すいません。操ちゃんは大丈夫ですか?」
そう尋ねてくる少女の正体は、操の学校での友人であった。その少女の名前を記憶の中から掘り起こす。確か、彼女の名前は――。
「……えっと、美代ちゃんだっけ? 操の友達の」
「はい! 久しぶりです! お姉さん!」
元気よく答えてくれた少女は、操の友達である佐々木美代。何度か顔を合わせたこともあったはずだというのに、ここ数日の激動のせいで瞬時に思い出すことができなかった。
妹の友達の顔を忘れてしまうという、普段ではあり得ない失態に、自分が想像以上に精神的に疲弊していた事実を思い知る。
(……利恵のフィギュアでリラックスできていたと思ってたけど、我ながら倒れていないのが不思議。……いや、何を弱気になっているんだ。操達を助け出せるのは、私だけなんだから……)
しかし、ここで疑問が一つ。朝早くから、どうして美代ちゃんが家に来たのだろうか。そんな疑問が過った直後に、あることを思い出す。
『管理委員会』の意向や家族の私達の感情を考慮して、操が魔女に攫われてしまったという情報は開示されていない。操が通う小学校にも、あくまでも体調不良で休んでいると連絡している。
そのせいで、美代ちゃんは操のお見舞いに来てくれたのだろう。
美代ちゃんのような友達想いの友人がいてくれることに喜びを感じ、より一層早く操の救出に力を入れようと決心した。
だけど、ただの一般人である美代ちゃんを巻き込む訳にはいかない。
言葉を交わしたのは、ほんの少しだけではあったが天音さんを操っていた魔女の性格の悪さは充分に伝わってきていた。
可能性は低いかもしれないが、気紛れで操の友達である美代ちゃんに危害を加えないとも言い切れない。だから多少の罪悪感はあるけれど、美代ちゃんが安心できるような嘘を吐く。
「……ごめんね、美代ちゃん。まだ操の調子は完全に良くならなくて。だけど、少しずつは回復しているから、もうちょっとだけ会うのは我慢してくれる? 操には、美代ちゃんが来てくれたことはちゃんと伝えておくから」
「……はい。分かりました。クラスの皆も待っているって、伝えて上げてください! 失礼しました!」
そう言いながら、頭を深く下げる美代ちゃん。そんな彼女の姿に、再び操を重ねてしまう。気がつけば、美代ちゃんの頭を私は撫でていた。
「……ふぇ!? お、お姉さん!?」
「あっ、ごめんなさい!?」
驚く美代ちゃんの声で、私は正気に戻る。慌てて美代ちゃんの頭から手を離すが、恥ずかしかったのか彼女の顔は若干赤く見えた。
「……で、では今度こそ失礼します!」
そう言うと、美代ちゃんは駆け足で小学校の方向に向かっていった。
「あ、待って……行っちゃったか」
呼び止める間もなく、去っていった美代ちゃんの後ろ姿を見送りつつも、改めて決意を固める。操達の救出を。だって、私以外にも彼女達の帰りを待っている人は大勢いるのだから。
■
「あー、もう! 姉さんに頭を撫で撫でしてもらえるなんて、羨ましいな美代ちゃん!」
人目に絶対に付くことがないような廃墟の一角に設置された、二代目『
突然の僕の大声に、
(……いや、分かってるよ。姉さんを
そんな馬鹿げたことが浮かぶが、一応学校で僕なんかの友達をしてくれている美代ちゃんにはやっぱり嫉妬をしてしまう。
このまま感情の整理ができなければ、美代ちゃんに『お仕置き』を実行しそうになるぐらいには、今の僕は冷静ではなかった。
(……落ち着けよ、僕。できる限り一般人には手を出すのはNGだろ? うん、落ち着け――るかっ!? ああ〜、もう!?)
この激情はいったい、どこにぶつければ良いのやら。色々と仕組んで美代ちゃんも『お人形さん』にしてから、『お仕置き』をすれば良いと考えたものの。まずは姉さんのことを優先したいと思っている。
そこで名案を思いつく。姉さんの
「――