――私はどこで選択を間違えたのだろうか。あの日、
妹のことを陰ながら見守ってほしい。そう私を頼ってくれた優衣さんの力になりたくて、微力ながらも頑張ろうとした。
それに操ちゃんとも交流があり、彼女のことを実の妹のように可愛がっていて、彼女もそれに応えて私をもう一人の姉として慕ってくれていたと思う。
しかし、私は操ちゃんのことを見誤っていた。
『――姉さんをとっても大事に思ってくれていて助かった。ありがとうね、利恵さん。妹としても、利恵さんみたいな人が姉さんの友達で良かったよ。うふふ』
操ちゃんは魔女だった。彼女がどのくらい前から悪魔と契約していたのか。どういう経緯で魔女になったのか。そういった疑問がどうでも良くなる程度には、操ちゃんは壊れていた。
姉である優衣さんを大切に思っていることには変わりなかった。私のことも、優衣さんに劣っていたかもしれないけど、信頼してくれていた。だけど、その方向性は最悪で。個人としての意思や尊厳を無視して、お気に入りの玩具に向ける歪なものであった。
魔法少女や魔女に発現する魔法には、契約者となった少女達の無意識の願望が反映される。操ちゃんが行使していた魔法を、彼女自身は『お人形遊び』と呼んでいた。
その効果は私が身を以て体験する羽目となったが、名称の通りに抱く可愛らしいイメージと実態は真逆。人間一人の意識や自由を剥奪して、物言わぬ文字通りの『お人形さん』に変貌させてしまうという、私が知っている限りでも最低最悪な代物であった。
人知れず操ちゃんに負けてしまった私は、他の犠牲者達と同様に『お人形さん』の一体に変えられてしまった。でも、当初は諦めてはいなかった。
私の魔法が不完全とはいえ効果があったので、いつかは別の魔法少女が操ちゃんの暴走を食い止めてくれるだろうと信じていた。
だから、どのような辱めを受けることになったとしても、その日が来るまでは耐えようと決心していた。だが、魔女になってしまった操ちゃんの思考回路を、私はまだ甘く見ていた。
『「待ってください、姉さん! ……もしも良かったら、これを受け取ってください!』
『これは……?』
『……これって』
『はい。利恵さん……魔法少女フローラのフィギュアです。いつかは利恵さんも戻ってくるはずですし、それまではこのフィギュアを利恵さん本人だと思って元気を出してください』
『……ありがとう、操』
ここだけを抜き取れば、心温まる姉妹のやり取りに見えるだろう。しかし、実際に行われているのは人間としての正気を疑うもの。
望まない失踪をする羽目になり、『お人形さん』になった私を、操ちゃんは優衣さんに
操ちゃんの正気は失われて、倫理観などとっくに機能していなかったのだ。
断定はできないが、操ちゃんの魔法の対象はあくまでも魔法少女か魔女のみ。なので、どれだけ彼女のブレーキが壊れていたとしても、一般人である優衣さんが『お人形さん』にされる心配はない――と安心できる訳がない。
あの狂いっぷりを間近で見た私から言えば、いつ気紛れで操ちゃんの欲望の矛先が優衣さんに伸びるか気が気でない。
だから、プレゼントとして贈られた後。ずっと私は優衣さんに伝えようとした。操ちゃんが魔女であることや、優衣さんの身に危機が迫っていることを。
だけど、その全てが実を結ぶことなく。優衣さんには何一つも伝わらず、『お人形さん』が私自身であることも気付いてくれなかった。
その一方で見せつけるように、優衣さんは私以外の新しいお友達を作っていた。羨ましいと思った。妬ましいと感じてしまった。
私が自分の意思で動けずに、もどかしさを抱えているというのに。天音さんこと魔法少女ブルームーンは、優衣さんと、とても親しそうにしていた。
しかも、彼女がただの同性の友人に向けるには、少々熱っぽいというか重い感情を抱いているように見えた。まるで私のように。
何をやっても気付いてくれない事実と、
今の私に求められているのは、優衣さんのメンタルケアを兼ねての、操ちゃんが彼女を遠くからでも監視する為のカメラ代わり。
だけど、それでも良いと思えるようになってしまった。だって、こんな私でも誰かの役に立てていると実感できる上に、優衣さんと常に触れ合うことができるからだ。
この特権は、操ちゃんの逆鱗に触れて『お人形さん』に堕ちた
しかし、理想的な毎日が崩されようとしていた。
つまり、『お人形遊び』の対象となる条件を満たしてしまったのだ。
少し前までの私であったら、何が何でも優衣さんが『お人形さん』になるような状況を避けようと行動していただろう。
だが、今の自他ともに壊れかけの――ブルームーンが無様に『お人形さん』にされて喜んで、優衣さんが彼女の為に魔法少女になって嫉妬心を抱いてしまった私は違う。
優衣さんが『お人形さん』になってくれて、ずっと傍にいてくれる素敵な――望んではいけないはずの未来を。凄く待ち望んでいる。
『――くふふ。もう少しだけ待っててね、利恵さん。姉さんも『お人形さん』にできたら、一緒に飾って永遠に愛でてあげるから。今は姉さんのことをよろしくね?』
――はい、その日をとっても楽しみにしているよ。
■
「――うんうん。利恵さんも姉さんを
術者と
確か最初の方は気丈に振る舞っていて、一生懸命に姉さんに色々と伝えようとしていたようだが、僕でも驚くぐらいにぽっくりと折れていた。
あれれ〜? おかしいな? 特に利恵さんで
まさか予想斜め上の壊れ方をしていて、驚いた。まあ、何だかんだで今も幸せそうだし、問題ないかな!
「……それにしても友情というものは良いものだね。姉さんも『お人形さん』にできたら、『
それはそうと、ストレス発散や『計画』を推し進める為にも
今の僕は、世間的には魔女に攫われてしまった憐れな被害者。『お人形さん』候補を物色するにしても、僕が表立って行動できる訳がなく。手持ちの『お人形さん』も同じような理由で使えない。
僕の魔女としての姿を世間に晒すのも、時期尚早だ。魔女に変身することで容貌が変化するとはいえ、元の名残りが完全に消える訳ではない。普段の僕のことを知っている姉さんや両親に、友達の美代ちゃんに気づかれる可能性もある。
そうなってしまったら、全てが台無しだ。よって、『お人形さん』候補を探すには別の手段を取る必要がある。
「……うーん。何か良い方法がないかな?」
最近の日課となっている『お人形遊び』を終えた後、『
一応時間だけはたっぷりとあるので、のんびりと構えておくのも悪くはないと思っているが、やはり姉さんとは別に新しい『お人形さん』は早く欲しいという思いもある。
(……あ、そうだ。ブルームーンの魔法を使えばいいんだ)
ウンウンと一人で唸っていると、あるタイミングで天啓が降ってきた。所持している『お人形さん』の一体、ブルームーン。
彼女が行使する魔法は、歌声でそれを聞いた対象を操るというもの。僕の『お人形遊び』と違って、その対象に制限はない。
適当な子に魔法をかけて、外の情報でも集めてもらうとしよう。
(……だけど、魔法少女もいっぱいいるからなぁ。選り取りみどりと言っても、方向性は絞り込みたいかな? 姉さんを『お人形さん』にする時のシチュエーションの参考にしてみたいし)
だとしたら、狙うべき魔法少女は姉妹のいる子になってくる。姉妹のどちらかが魔女の手に堕ちた時の反応など、学べることはいっぱいあるだろうから。
「でもなー、ブルームーンの件で『管理委員会』はどこの支部も厳戒態勢だろうし、魔法少女を狙うのはしばらく控えた方が良いよね? だとすると、魔女しかいないよね……」
自分のことは棚に上げるが、魔女は魔法少女に比べて危険な子が多いので、可愛いものが好きな僕の趣味から若干外れている。
『刃』の魔女は例外だ。彼女には魔法少女の友達がいて、その友達に寂しい思いをさせない為に『お人形さん』にしてあげたという、マリアナ海溝よりも深い事情があったから。
だから、他の魔女っ娘達にはなるべく関わりたくない。趣味嗜好の違いで、殺し合いになるのは避けたいというのが本音。
しかし、魔女であるなら何人
むしろ、治安回復に貢献したとして称賛されちゃったり。流石に冗談だが。
けれど、姉妹がいる魔女という条件。すぐに思い至りそうなのが――。
「――ん? そういえば、『刃』の魔女が契約した理由って、魔女への復讐だったよね。確か二人組の魔女だったけ? よし、その魔女達について情報を重点的に集めてもらうとしようか」
そう言って僕は詳しい話を聞くべく、『お人形さん』達が飾ってある部屋へと向かった。最近、ブルームーンにしか構ってあげられていないから、『刃』の魔女もきっと喜んでくれるよね? ぐふふ。