「……ふむふむ、なるほど。『双子』の魔女って、思った以上に危険人物なんだね」
隠れ家としている『
――『双子』の魔女。次の『お人形さん』候補に挙がっている二人組の魔女。活動時期は約一年前であり、現在に至るまで多くの犠牲者が出ている。
その犯行も悪辣で、大半の家庭が団らんに浸っているであろう夕方の時間帯に訪れては、そこの家族を全員殺害する。たった一人の生存者を残して。
生き残るのは必ず娘で、目の前で家族を殺されて、弄ばれた彼女達は、強い絶望や復讐心を抱いていた。
「しっかし、わざと生き残らせた女の子の前で、大事な家族を無惨に殺すなんて酷い奴らだね」
そんな僕の独り言に、近くの椅子に腰かけて、お淑やかに膝の上で両手を重ねているブルームーンから、「何言ってんだ」的な感情が伝わってくる。
「……へえ、どうやらまだ『お仕置き』が足りないみたいだね。欲張りさんだなぁ、ブルームーンは。そんなに
わざとらしくため息を吐き、席を立ち上がりブルームーンの顔を覗き込む。逃げたいと思っているようだが、彼女にはそれも叶わない。だって、体の自由はこちらが握っているのだから。
ブルームーンの怯え切った表情を堪能しつつ、「あ、そうだ」と前置きをおく。
「そんなにも君は『お仕置き』を受けたいのかな?」
右手でブルームーンの頬に触れて、首から上を自由にして上げる。そうすると、ブルームーンはぶんぶんと首を横に振る。
予想通りの答えだ。なら――。
「――じゃあ、君が受ける分の『お仕置き』は別の子に……いや、君に魔法で操ってもらった子に代わってもらうのはどう?」
「――っ!?」
そんな僕の言葉に、さっきまで以上にブルームーンは首を激しく横に振っている。
ブルームーンの頭を撫で撫でした後で、再び全身を硬直させる。
「いやぁ、献身的で結構結構。……それとも自主的に『お仕置き』を受けたいなんて、変態さんなのかな?」
「……っ!?」
他の『お人形さん』とは違って、まだまだ壊れていないブルームーンの反応を肴にする。
(……まあ、そもそもブルームーンの魔法で操ってた子はとっくの昔に記憶を消した上で解放してあるんだけどね! その記憶消去も自分がしているのに、覚えていないかぁ)
――と言っても、それ自体は仕方ない。だって、その作業はこっちがブルームーンの意識を完全に奪った状態でやっていたのだから。
つまりブルームーンは、存在しない人質を出汁に延々と
(くふふ……駄目だ、駄目だ。思考が横に逸れ過ぎた)
気を取り直して、情報の整理を再開した。
――『双子』の魔女が意図しているかは分からないが、その生き残りの多くが妖精や悪魔と契約している。『刃』の魔女もそんな被害者の一人であり、彼女が手にかけた魔女達の中にも同じ境遇の者もいた。
世間って、思ったよりも狭いね。
――使用している魔法についての詳細は不明。というか、そもそもの戦闘記録自体がほとんど存在していない。犯行時間帯のせいもあるかもしれないが、僕にはなるべく戦闘を避けているように感じられた。
数少ない戦闘記録では、一人が近接主体な戦闘スタイルであったようだ。またその魔女はどんな傷を負っても、瞬時に再生していたらしい。
(んー? 一人が肉体強化系で、もう一人が回復系なのかな? それなら片方が一回も戦闘に加わらないのにも説明はつきそうだけど、何か違和感があるんだよね……)
戦闘を回避しようとするのも、回復担当の魔女がもう一人に傷ついてほしくないと考えているのが関係しているのかもしれない。
それにしては事件を起こしまくっているので、矛盾しているような気もする。必要に迫られて、故意に魔法少女や魔女を量産していると考えるが、些か飛躍した推測だと切り捨てる。
「――まあ、どうでも良いか。僕は『お人形遊び』を楽しむだけだし。『姉妹愛』をお勉強するついでにね」
それに回復系の魔法が発現する程に、片割れがもう一人に寄せる感情は重たいはずだ。自分達がやっているように、大事な姉妹が『お人形さん』にされて目の前で遊ばれたら、どんな反応をしてくれるんだろう?
(……情報収集はもう良いかな。じゃあ、次は『双子』の魔女を探していこう。あはは、今から楽しみだよ)
■
――今日も『一仕事』を終えて、私は静と一緒に根城としている廃工場に帰還した。私達の足音が、工場内に異様に大きく反響して聞こえる。
(……今回も『外れ』だった)
この一年間、何度も味わった期待を裏切られるという絶望。今度こそは、今度こそは、と。そう信じ続けて、何の罪もない家庭を襲った。破壊した。
今日も女の子がいる、幸せそうな家庭をターゲットにし。悪い魔女として、その子の前で大切な家族を殺した。父親はあっさりと、母親は時間をかけて。小さな弟さんは、麻痺している良心が久しぶりに呵責を上げていたので、一番最初に始末して上げた。
誰かが物言わぬ骸になる度に、私よりも少しだけ年齢が上っぽい少女は悲鳴を上げた。つい数時間前までは団らんを享受して、純朴な笑みが素敵であったろう顔にその面影はなく。
愛する家族を失うことに対する絶望。その家族を目の前で無惨に弄ぶ
幸せの絶頂からのどん底への落差。それが大きければ、大きい程に、その感情が反映された魔法は強力なものとなる。
私のような中途半端な紛い物ではなく、真の意味で死者を蘇らせることができる魔法を発現させる者も現れるはず。
それが、私の心の拠り所であった。だから、犠牲者となった少女達が私の目的としている魔法と違うものを覚醒させて。把握できていない所で、さらなる地獄へ沈んでいったとして、私には関係ない。胸を痛める必要がない出来事なのだ。
だって、私はとっても悪い魔女なのだから。そう自分自身に言い聞かせていた。
「……ねえ、大丈夫? 陽奈?」
今にも倒れそうな足取りな私に、隣を歩いていた『静』が心配そうに声をかけてくる。気怠げな動作で、声の方向に視線をやる。
一卵性双生児故のそっくりな顔。私を慮る表情。それらは、私の記憶にある生前の静と何一つ変わらない。
しかし、目の前の『静』と私との間に構築されている不可視の『糸』。それが『静』と静が決定的に異なる存在であることを証明していた。
現在の『静』は、静の死体を私の魔法で無理やりに動かしているだけに過ぎない。言動や思考も、肉体に残っていた最期の状態から『再生』したもの。
本当の静は、あの時に死んでしまったのだ。今の心配をする言葉だって、生前の記録に基づいた反射でしかない。
生きている時には着ることがなかった、漆黒や藍色といった暗い色を基調とした厳かで重厚なローブドレス。私の操り人形に過ぎない『静』を、他者に魔女として誤認させる為に必要な衣装。
それを身に纏う『静』に対して、私は適当な返事をする。
「……私は問題ないから。それよりも『静』こそ、この前みたいな無駄な戦闘は避けてよね。その体は、静の大事な体なんだから」
「えっと、そうだよね……ごめんなさい」
申し訳なさそうに言いながら、しょんぼりとする『静』。その姿に、
あれは、静と母親が生き返るまでの寂しさを紛らわせる人形なだけ。そう頭の中で反芻して、『静』のことは一旦置いておく。
そんな私の努力を嘲笑うかのように、また別の声がかけられた。そっちの方に、『静』の時以上に汚物を見るような視線を向ける。
「――あらあら、そんなに素っ気ない態度を取らないでよ。私と陽奈ちゃんの仲なのに。傷ついちゃうわ」
「……勝手に傷ついといて。お前の顔なんて見たくないから、さっさとどこかに行ってくれる?」
「うう……本当に酷い。よよよ」
そうわざとらしく涙ぐむ仕草をする、長い銀髪の女性――セレニス。彼女の正体は異界より来訪したという、悪魔と呼ばれる種族。
セレニスと契約したことで、私は『双子』の魔女となり、長い道中の道半ばであるが悲願を達成できる手段も確立できた。
そのことには感謝しているが、そもそも彼女が悪意を持って言葉遊びをしなければ、今のような迂遠な方法を選択する必要もなく、大量の犠牲者は出ることはなかった。
だから、私は
荒れ狂う私の内心を無視して、セレニスは言葉を続ける。
「今日も派手にやってきたわね。ねえねえ、陽奈ちゃん。貴女、演出家に向いているんじゃない? もしも貴女が乗り気だったら、母親やお姉さんが復活した後も、私と一緒に暴れ回らな――」
「――黙って、セレニス。今は本当に気分が悪いの。すぐにでも引っ込んで」
「はいはい。我儘な契約者の注文に応えるのも、できる従者の務めだからね。また来るわ。じゃあねー」
「二度と来なくて良いよ」
姿を消すセレニスに向かって、吐き捨てるように言う。私達のやり取りを、『静』は無言でオロオロと見ているだけ。やっぱり、所詮は人形だ。
廃工場の奥に向かう。そこには、私の魔力によって形成された『棺』と、その中で横たわる母親。まるでただ眠っているだけのようにも見える。
もちろん母親も死んでいる。だが、この『棺』の中で安置している限り、遺体が腐敗することもなく、綺麗な状態を保っていられる。
一年前のあの日から日課となっている母親への会話。今の段階では、ただの一方通行だが心の清涼剤として欠かせない儀式だった。
それに、いつもは厳選の失敗と罪悪感の吐露だけで終わるのだが、今日はそうではない。私だけではなく、母親や静にとっても朗報があるのだ。
「――ねえ、お母さん。あのね、今日ニュースで見たんだけど、すっごく強い魔法少女が現れたんだって。どんな魔法を持っているか、まだ詳しいことは分からないみたいだけど、もしかしたら次こそは『当たり』かもしれないんだ……! だから、もうちょっとだけ待っててね?」