――『管理委員会』。その支部の一つに設けられたミーティングルームにて。私は数人の同僚達とともに、先輩の魔法少女から次の指令についての説明を受けていた。
「……『双子』の魔女」
「そうよ。それが、しばらく貴女達が担当する魔女になるわ」
討伐――いや、『保護』すべき魔女の名前を聞いて、私は落胆した。だって、私が目標としている魔女とは違うのだから。
――私、本城優衣の平凡ながらも幸せだった日々を構成してくれていた大事な人達。妹や二人目の友人が、邪悪な魔女の手によって奪われてしまった。
操とした約束。私は姉として、
結果として、私はその両方を掌から取りこぼしてしまった。それだけではなく、もう一人の友人までその魔女に攫われている可能性まで出る始末。
憎い魔女を倒して、囚われている彼女達を助け出し。元の日常を取り戻す。
それが、今の私の目的である。
正式に魔法少女として活動する為に、両親の反対を振り切って『管理委員会』に所属している。主な仕事は、悪魔と契約して世界に混乱を齎す魔女を『保護』すること。天音さん――ブルームーンがしていたアイドル活動擬きを始めとした他の仕事もなくはないが、メインではないので省く。
本当であったら、今すぐにでも単独で操達を救い出しに行きたいのだが、それは叶わない。『管理委員会』という組織に所属している限り、どうしても上の命令に逆らう訳にはいかない。
それを無視して、勝手に行動しようとしたら規律違反で罰則――なら、軽い方だ。その程度なら、謹慎処分くらいで済むだろう。
しかし悪質と判断されたのなら、魔法少女ではなく魔女として『保護』対象とされる。そうなったら、操達の救出などをしている余裕がなくなってしまう。
というか、私達は『保護』された魔女がどういう扱いを受けるのか知らない。大抵は悪魔との契約を破棄させた上で、一般人としての生活に戻るか、妖精と契約して魔法少女として罪を償うか。
そういう選択肢が与えられると聞いているが、通常の倫理観や価値観が機能不全に陥っている魔女が、捕まったとはいえ大人しく力を手放したり、言うことを聞くのだろうか。それも魔女の全員が。
(……まあ、そんなことは気にするだけ無駄。私は操達のことを、彼女達を攫った魔女を倒すことに集中すれば良い。それ以外は、上からの命令に従うだけ)
そうしていれば、私個人の評判も良くなり、信頼も篤くなる。目的としている魔女の情報も入ってくるはず。
先天的にしろ後天的にしろ魔女であるという時点で、その全員は狂っていると言っても良い。
その中でも、特にイカれていた魔女。そんな狂人が、満たされない欲望を抱えたまま、静かに隠れて生活できるはずがない。
何れ我慢ができなくなり、再び姿を現すという確信がある。だから、その時にすぐにでも対応できるようにしておくことが、今の私にできること。
お守り代わりに身につけている、
気を取り直して、私は事前に配られた資料に目を落とす。いくら目的の魔女ではないとはいえ、手を抜く訳にはいかない。放置すれば、それだけ私のように悲しむ人が増えてしまうのだから。
今回の『保護』対象は、『双子』の魔女。その名の通り、双子の姉妹の魔女。扱う魔法に関しては、一人の魔法が回復系だと推測されている程度。もう一人については詳細不明。
その情報の少なさに反比例するように、『双子』の魔女による被害者は多い。また、事件の生き残りは少女ばかり。
彼女達は運命に定められたかのように、ほぼ全員が魔法少女か魔女になっている。そして、新たに生まれた魔女が凶行に及ぶ。
悲劇の連鎖が、そこにはあった。
狂人に対して動機を尋ねるだけ無駄かもしれない。だが、どういう訳か、私は今まで相対してきた魔女の中で一番の親近感を抱いてしまう。
だって、少なくとも『双子』の魔女は互いを大事に思い合っている。そうでなければ、回復系の魔法など発現はしないだろう。
魔女だというのに、仲の良い姉妹と一緒にいられる彼女達を。私は羨ましいと思ってしまった。
■
――指示を受けた後、私を含む数人の魔法少女達は、『双子』の魔女の『保護』の任務を遂行する為に、潜伏していると思われる地域のパトロールを二人一組に分かれて行うことになった。
主な犯行時刻が夕方過ぎであるせいで、パトロールを開始したのも同じぐらいの時間だった。
特別に親しくもない同僚の魔法少女と即席のコンビを組んで、茜色に染まりつつある街を見回っている最中。気紛れで視線を上げてみると、近くのビルの屋上の手すり。そこに腰をかける、二人組の不審者。資料で見たばかりの顔、『双子』の魔女がいた。
「……あれは、『双子』の魔女!?」
あるビルの屋上。そこの手すりに腰をかけていた二人の人物の姿を見て、私は驚きの声を漏らす。それに反応して、一緒にパトロールを行っていた同僚の魔法少女も混乱の声を上げる。
「えっ!? 嘘でしょ!?」
「しっ! 静かにしてっ!」
「あっ!? ご、ごめんなさい!?」
私の方が魔法少女としての経験が浅いのに、強い口調で指示を出してしまった。幸いなことに、同僚は気にした様子はない。
(……良かった)
心の中でほっと安堵の息を吐く。しかし、今はそんな悠長なことをしている暇はない。もう一度、屋上の方に視線を向ける。
『双子』の魔女、彼女達はそれぞれが真反対の色合いのドレス姿であった。一人が黒色のローブドレス、もう一人がきらめくオーロラを纏ったかのような、きらびやかな色彩のドレス。
そして『双子』の二つ名の通りに、そっくりでありながら個別の性格が読み取れそうな異なる表情。
今日の獲物を吟味しているのか、『双子』の魔女達は夕暮れに染まる街を見渡していた。そんな危険人物が二人。ああして姿を堂々と現しているが、私達以外に特に気にした様子は見られない。
詳細が不明な、彼女達の魔法による認識阻害だろうか。考えても答えはない。
(……確かになるべく早くに解決したいとは考えていたけど、命令を受けた当日にって。流石に想像できないわよ……!)
これでは運が良いのか悪いのか、分からない。まあ、どっちにしろ、この場で『双子』の魔女達を確保すれば。犠牲者をこれ以上に出すことはなく、私はより魔法少女としての力を高めることができる。
操達を悪い魔女から助け出すことに、また一歩近づく。
そう意気込み、同僚に再度指示を出す。
「他の子達にも情報を共有して。……後、あんまり考えたくないけど、最悪の場合を想定して支部から増援を派遣してもらえる手筈を」
「う、うん! 分かった」
同僚が魔法少女全員に『管理委員会』から支給されている専用端末で連絡しているのを耳で聞きながら、視線は『双子』の魔女達からは外さない。
怪しまれないように、パトロールは私服で行っている。そのお陰で、『双子』の魔女達に私達の存在は勘付かれていない。
本当であったら、すぐにでも不意討ちを仕掛けたり、最低でも、聞き耳が立てられる程度には近づくべきなのだろうが、流石にそこまでの距離に接近したら『双子』の魔女達にバレてしまうだろう。
それに、ここで戦闘が起きてしまえば、一般人に無用な被害が出る可能性がある。人気がない場所に移動するのを待つしかない。
そう考えていると、『双子』の魔女の片割れがその顔に歪んだ笑みを浮かべる。それは嗜虐的で、まるで獲物を前にした捕食者のよう。
一瞬だけ私達の存在が露見してしまったのかと思考したが、彼女達の目線は全く別方向。何言か会話を交わしたと思ったら、屋上から姿を消した。
どうやら移動を始めたようだ。本音を言えば、このまま他の魔法少女達と合流するまで待っていたかったのだが、状況はそれを許さない。
「っ!? 追いかけるわよ!」
「は、はいっ!?」
私は同僚に声をかけてから駆け出し、一拍遅れて同僚もついてくる。周囲の通行人達から不審そうに見られるが、気にする程度のものではない。
魔法少女として活動するにあたって、他人からの視線は慣れたものだ。
走りながらも、私達はそれぞれの変身アイテムを取り出したり、それに魔力を込め始める。ちなみに、私の変身アイテムは首にかけられた銀色のペンダントである。
「――変身」
「変身っ!?」
私達の姿は光に包まれて、魔法少女としての衣装に変化する。私はセラフィナイトとしての純白のドレス姿に。同僚も私服から一転。可愛いらしい服装に変わっていた。
これで身体能力も向上し、魔力放出による飛行能力も獲得した。悲劇の連鎖を止める為に、私達はスピードを上げた。
■
すぐに追いかけたと言っても、初動が早かった分距離を稼がれてしまったようだ。結果的に言えば、私達は『双子』の魔女を見失ってしまった。
「くっ……!?」
上空から辺りをきょろきょろと見渡すが、やはり見つからない。私が行使するのは、『魔力を聖なるエネルギーに変換する魔法』。この『聖なるエネルギー』には、他の魔法の効果を打ち消すという非常に強力なもので。専ら剣や弓といった武具の形を取ることで、対魔女戦において重宝されている。
しかし、こういう逃走した相手を追跡するのには全く向いていない。一度でも見失うと、立ち往生するばかりで一気にお荷物と化してしまう。
だが、今回ペアを組まされた同僚はその辺の相性は考慮して選出されている。本来ないはずの、魔力の匂いを辿ることで追跡を可能とする。
「こちらの方ですっ! セラフィナイト!」
「ありがとう!」
同僚の魔法によって、『双子』の魔女達の痕跡を追って辿り着いた先は、よくある外観の一軒家。『双子』の魔女達の潜伏先か、それとも今夜の獲物として選ばれてしまった一般人の家か。
どちらかは分からないが、後者だとすれば不味い。また犠牲者が出てしまう。
私は操達の救出を第一目的として魔法少女になったが、それは決して他の人達のことがどうでも良いという話ではない。
むしろ、私のように大切な人がある日突然奪われてしまう。そういう理不尽をこの世から根絶したい。その思いも、私の偽らざる本音だ。
だから、別行動していた魔法少女達を待つという選択肢は初めからなかった。
「行くわよ」
「……あの、他の人達は?」
「待っている時間がないわ」
「……そうですよね。はい、大丈夫です。覚悟決めました」
諦めの表情を浮かべる同僚。申し訳ないが、今は一刻の猶予もない。だけど、もしも今回の騒動が収まったら、彼女ともちゃんと話をしてみよう。
「気をつけるんだよ、セラフィナイト。私も情報でしか知らないが、『双子』の魔女はとっても残虐で危険だ。妹さんやお友達の為にも、こんな所で倒れちゃ駄目だよ」
「分かってるよ、セラフィック」
そう私に声をかけてくるのは、薄っすらと虹色に発光する羽根を持つ契約妖精――セラフィックだ。契約してからしばらく経つが、『管理委員会』からの指示で魔女と戦うことへのストレス、操達を助けにいけない焦りから精神的に疲弊していた。
それこそ、一緒に任務にあたる魔法少女と碌な会話をしない程度には。
それでも私が潰れずにいられたのは、今の私にとって一番の宝物である、操がくれた
だが、セラフィックは契約妖精という立場もあるだろうが、合間合間に私に声をかけてくれた。
話の内容は、「今日の晩ごはんは何かな?」や「昨日のドラマの展開は驚いたよ」といった日常会話の延長のようなものだった。それが逆に、今の自分が置かれている非日常さを少しでも忘れることができた。ストレスの緩和に一役買っていた。
もちろん操達のことを忘れたいと思ったことなど、一瞬たりともない。それでも、肝心の私が駄目になっては意味がないから。
精神的な支えとして、セラフィックは非常に大きな役割を果たしてくれた。友達の一人――ではなく、彼女は私のかけがえのない相棒とも言える存在になっていた。
そんなセラフィックの言葉に背中を押されて、私達は『双子』の魔女達がいるであろう家に侵入した。中にいる人達が無事であることを祈りながら。
■
「――あらら、いらっしゃい。可愛いらしい魔法少女さん達。今回は間に合ったみたいね」
よく通る声。その声の持ち主は、きらびやかな色合いのドレスを着る少女。『双子』の魔女の片割れであった。
注意を『双子』の魔女達から外すことなく、部屋を軽く見渡す。部屋にいるのは、『双子』の魔女達と二人の幼い少女。この家の子供だろうか。
姉と思わしき少女が、黒色のドレスを着ている方の魔女の前で両手を広げて、恐怖で涙を流しながらも、もう一人の少女を庇おうとしている。
他に人影はない。『双子』の魔女が言った通りに、まだ犠牲者は出ていないようだ。
『双子』の魔女達の意識が、私達に向けられる。その隙を突いて、姉らしき少女はもう一人の手を引いて、こちらの方に駆け出してくる。
そんな無防備な彼女達の背中に向かって、『双子』の魔女達は――。