――二体目の『お人形さん』をゲットして、意気揚々と家に帰宅したのだが。僕を裏口で待っていたのは、両腕を組んだ怒った表情を浮かべていた姉さんだった。
「
「や、止めてください、姉さん!? ほっぺたを引っ張るのはひゃ、ひゃめてー!」
「悪い子にはお仕置きよ!」
待ち構えていた姉さんの手によって、僕の餅のように柔らかいほっぺたが掴まれて左右に引っ張られる。
ぐにぐに、と。そんな擬音が聞こえてきそうなぐらいに。
と言っても、姉さんも手加減してくれているので痛みはほとんどない。姉妹同士の微笑ましいじゃれ合いだ。
僕の中身を考えなければ、だが。
ここ最近は、所在不明であった『刃』の魔女を見つける為に、ほぼ毎日夜中に家を抜け出していた。そして、その度に僕の脱走劇は姉さんにバレていた。
しかし、姉さんは最初の宣言と違って両親に言いつけることはなく。むしろバレそうになった時は、率先して庇ってくれたこともある。
妹想いの、僕には勿体ないぐらいに優しい姉だと思っていたら、こういう仕打ちを受けることが多い。
まあ、これだけ約束を破っていても両親にチクらないので、流石に甘々過ぎる気がするが。
姉さんの攻撃(?)を甘んじて受けながらも、ちらりと彼女の顔色を観察する。わざとらしい怒った表情というよりも、ほぼ巫山戯ている時に浮かべる表情に近いのだが。
その瞳に浮かんでいたのは、僕を――妹を心配する感情だ。
(……そりゃ、この世界の治安は前世と比べても最高に悪いからなあ。大事な妹が毎日ちゃんとした理由を言わずに出かけるなんて、姉さんも不安だよね……)
なんてことを、治安の悪化の一端を担う魔女の一人が考えてしまう。
(……だけど、もう心配しなくていいよ、姉さん。目的であった『刃』の魔女は無事に『お人形さん』にできたから、
五分ほどの「ほっぺた引っ張り」の刑が終了し、今度こそは夜に家を抜け出さないことを約束した(守るとは言っていない)後。
就寝前のハグを交わしてから、僕は姉さんと別れた。むふふー! さあ、お楽しみタイムだ!
■
(はあ……今日も注意しかできなかった。本当だったら、お母さんやお父さんにも伝えて強く怒らないといけないのに……)
妹の操に向かって右手を振って、見送り。姿が見えなくなってから。心の中で大きなため息を一つ吐いていた。
毎日こうではいけないと思いつつも、妹の不安に揺れる瞳に見つめられると気持ちが負けてしまう。
(……でも、私ぐらいには理由を正直に話してほしいんだけど。それか、本当に
操の前では気丈に振る舞っていたが、言外に信頼をしていないと言われているようで内心傷ついてしまう。
少し前までは私達の間に隔たりはなかったはずなのに、ここ最近はそれを強く感じる。
だが、操を知ろうとするのを。妹と関わろうとすることだけは止めてはいけない。
そんな予感がする。姉としての直感だろうか。妹がどこか遠くに行ってしまうような妄想に囚われてしまう。
そして、そんな最悪な想像はこの状況を放置しておけば、いつ実現してもおかしくはない。
この世界には、私達のような年頃の少女を誑かす異界からの来訪者である悪魔が。そいつらによって理性のブレーキが消え去り、いつ周囲に被害をもたらすか分からない魔女が、無数に存在している。
そんな脅威を取り締まる魔法少女や妖精に、彼女達が所属する『管理委員会』という組織こそあれど、現状を見ればどうだ。
魔女による犯罪は後を絶たない。
もちろん魔法少女達の活躍があって、今の犯罪件数に抑え込めているのは理解しているが。
(……こうなったら、心を鬼にしてでもお母さんやお父さんに言うべきかな?)
理性ではそうするべきであるが最善なのは理解しているが、それを実行に移すと本当に操が手の届かない所に姿を消してしまいそうで、その選択肢を私の中から奪ってしまう。
それでも何かをしなければ、もっと取り返しのつかないことになる可能性もある。と言っても、魔法少女でもない私にできることなんて――。
(……あの子にでも相談してみようかな?)
頭に思い浮かぶのは、私の中学でクラスメイトで友人でもあり、魔法少女でもある少女。もしかしたら、良い知恵を出してくれるかもしれない。
そうだ。一人で抱え込むよりも、ずっといいはずだ。
友人にすべき相談内容をまとめる為に、私も自室に戻った。どうか、この心配が考え過ぎでありますように。
■
ここ最近の日課になりつつあった姉さんの「お仕置き」を乗り越えた僕は、例のごとく部屋の鍵をしっかりと閉めて机の方に向かう。
その机の上には、当たり前のように鎮座している洋風のお屋敷の外観をした『
我ながらいつ見ても惚れ惚れする魔法の産物に密かな満足感を覚えつつも、スカートのポケットから二体の『お人形さん』を並べる。
もちろん距離を空けて、だ。僕の魔法の影響で、二体の『お人形さん』――マジカルライトと『刃』の魔女の意思や肉体の自由は、僕の思いのまま。
当然許可を出さなければ、言葉を交わすことや手を触れ合わせることすらできない。
だけど、あえて物理的な距離を空けることで、より心理的な距離を意識させることが。ようやく出会えた大事な友人に触れ合うことのできない不安を煽ることができるのだ。
今の彼女達の表情は人形らしく、魔法の効果により無表情で固定されている。しかし、術者の僕には彼女達の感情が――胸に抱いている友人が近くいる安堵。けれど、触れ合えない不安や絶望。こんな状況に陥れた僕に対する僅かな憎しみや恐怖などなど。
それらの感情が手に取るように伝わってくる。
僕の脳みそにダイレクトに伝わってくるそれらに、自然と僕の口元が緩み、笑い声が漏れそうになる。だけど、我慢しないと。
ただでさえ姉さんにはもちろんのこと、両親には心配をかけているのだ。これ以上余計な心労をかけるのは避けるべきだろう。
「――でも、欲望には忠実であるべきだね」
我慢し続けて、パンクしちゃったら本末転倒だし。
『お人形さん』を一体ずつ、様々な角度で観察し。それによって発生する感情の揺らぎを堪能した後。『
興奮により脳みそから分泌されていたアドレナリンが切れたせいか、欠伸が出そうになる。ここ数日間は、『刃』の魔女探しのせいで寝不足気味だったので、今日は早めに眠るとしよう。
「ふぁあ……僕は今日もう寝るから。後はお友達二人でごゆっくり」
二体の『お人形さん』にそう語りかけながら、僕は二つのルールを新たに設定する。『
この二つを遵守する限り、『
ああ、僕ってとっても親切だな。
「二人とも、おやすみー」
欠伸を噛み殺しながら、僕は『お人形さん』達に挨拶をして眠りについた。振りをした。魔法の効果で、『
良いタイミングで、ちょっかいを出してあげよっと。
■
あの魔女がベッドに入り、寝入ってからしばらく経った後。今まで指一本すら動かなかった私の体に、自由が戻る。口も動く。声も出せそうだ。
とは言っても、私の体に起きた異変が収まった訳ではない。まず体のサイズがおかしい。小さな人形サイズにまで縮められて、ついさっきまでは体の自由も奪われていた。
(……もしかして、ずっとこのままかしら?)
両親を殺した魔女に復讐する為に。私のような被害者をこれ以上生まない為に。そんな私怨や御大層な理由が入り混じり、悪魔の手を取って魔女になってしまった。
それだけではなく、魔女というだけで私と同じか、年下の少女達を手にかけて。
今のような状況が続くとしたら、数え切れない程の悪事を働いた私に対する罰である為、甘んじて受け入れていこう。
体は自由に動くようになったと言っても、どうせあの年齢からは考えられないぐらいに外道な魔女のことだ。何かしらの制限は課せられているに違いない。外部に助けを求めるような行動は全て無駄に終わるだろう。
そもそも自分勝手な動機で人の命を奪った私に、誰かに助けてもらう権利などありはしない。
明日以降も、先ほどまでのような『人形扱い』が続くのだろう。あの魔女が飽きない限り、永遠に。
無駄な体力を消耗しない為にも、一眠りしようと思った瞬間に。私は背後から急に抱きつかれた。
良い匂いが、心地よい温もりが私を包む。それらを私は知っている。両親や人としての尊厳すら魔女に奪われた私に、唯一残された大切な少女のものであった。
「――小夜ちゃん!?」
「……朱里」
耳元で、朱里の声がする。彼女の顔がちゃんと見たくて、自分の体に回された手を一旦退けて振り返る。
そこには、せっかくの綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにした、ピンク色のドレス姿の朱里がいた。どうやら、あの魔女にも一抹の良心はあったのか、私と朱里を同じ部屋に閉じ込めたようだ。
それとも、まだ碌でもないことを――。いや、そんなことよりも今は朱里とお話がしたい。いっぱい謝らなければならないことがある。
「よかった……小夜ちゃんが生きてて。ごめんなさい、私が弱いばっかりに魔女に操られて、小夜ちゃんに攻撃をしちゃって……」
「……何を言っているのよ、朱里。私の方こそ、貴女に謝らないといけないことがたくさんあるわ。勝手に魔女になって、人を殺して。
朱里に魔法少女になる選択肢を取らせちゃって、その結果あの魔女に捕まらせてしまって……本当にごめんなさい」
涙で視界が滲む。言葉がつっかえそうになる。それでも、最後まで言い切ることができた。
「私の方だって、こんなにも小夜ちゃんが追い詰められているのに気づけなくて……こんなんじゃ、友達失格だよ……」
「……そんなことはないわ! 朱里は、私の大切な親友よ。その事実だけは、たとえ貴女にだって否定させない」
「……ありがとう、小夜ちゃん」
お互いに本音を言えた。その後はすれ違っていた時間を埋めるように、まるでこれまでと変わらない日常のひと時のように。
私達は下らないことを語り合った。手を繋いだり、ハグをしたりすることで寂しさを紛らわせた。
「小夜ちゃん……こんな私だけど、これからも親友でいてくれる?」
「もちろんよ……約束するわ。大好きよ、朱里」
「私もだよ……小夜ちゃん」
これからあの魔女に何をされるか分からない。でも、
気がつけば極度の疲労かストレスのせいか、朱里は私の肩に体重を預けるように寝落ちしていた。ここに来た当初は、涙で濡れていた朱里の表情も大分柔らかくなっている。そんな彼女の頭を軽く撫でる。
「……ありがとう、朱里。私、貴女が親友でいてくれたことにとっても感謝しているわ」
そう言って、私も瞼を閉じた。
――そして、次に目を覚ました時に朱里の姿はどこにもなかった。
「――え? ねえ、朱里? どこにいるの? 隠れてないで出てきてよ。寝る前に約束したじゃない。ずっと傍にいてくれるって」
どれだけ呼びかけても、朱里の返事はない。声が聞こえてこない。なら、探しに行かないと。
そう思って、ソファから立ち上がろうとしたのだが。私の体は再び石のように固まって、動かなくなっていた。
これでは、朱里を探しに行けない。もう朱里に会うことができない。
その事実を理解させられた瞬間。私は大声を出して、無我夢中で暴れようとした。
「朱里っ!? どこにいるのっ!? 今度こそ離れないって約束したのに……もう独りは嫌なの。貴女がいないと、私は――」
だけど、途中で声を出すことすらも封じられて。心の中で、狂ったように朱里を求めることしかできなかった。
――ああ、やっぱりこれは私に対する罰なのだろう。徐々に失われていく正気の中で、私はそんなことを考えていた。
■
「あはは。だから言ったじゃん。魔女と言っても、五人も女の子達の命を奪った
でも上げてから落とすのって、本当に最高っ! ……ん? どうかしたの? マジカルライト。僕の掌から見る、愛しの君を求めて狂いそうになっているお友達の姿は? この前の君にそっくりだ。こらこら、似ていると言われて嬉しいからって泣かなくてもいいんだよ。
……あ、そうだ。君が契約妖精を殺した時の映像をお友達に見せてみるのは。我ながら良いアイデアだね。そんなに首をぶんぶんと振って恥ずかしがらなくても、いいんだよ。くひひっ。楽しみだねぇ、鑑賞会が――」