異世界で科学の戦士が無双する話:Messiah of Steel   作:DrakeSteel

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今回のお話は、いつもと少し雰囲気が違います。
静かな時間の中にある、ちょっとした緊張感と、よく分からない距離感。
果たしてそれは「休息」なのか、それとも――

アリラ視点でお届けします。
どうぞ、お楽しみください。


第66話 ― 喉にナイフを当てたあの人と、今は果物を食べている

アリラは湿った岩の陰に身をひそめていた。ツタと影に埋もれて、丸まったまま動かない。

 

少し離れたところでは、シエレリスが古びたグレイヴソーンの木の根元に背を預け、くつろいだ様子で座っていた。片眉を上げ、唇の端にかすかな笑みを浮かべている。

 

【シエレリス】「言ったでしょ。ここじゃ見つからないわ。周囲全体に幻影を張ってあるの。あのマヌケなアンデッドたち、探すってことすら知らないんだから。」

 

アリラはおそるおそる頭を上げ、岩の縁から外を覗いた。濡れた葉、絡むツタ、ねじれた枝が周囲を包み、腐った繭のように見える。虫の羽音、鳥のさえずり、遠くの獣の声――騒がしさが耳にまとわりつく。

 

手のひらほどもあるトンボが耳元をかすめた。アリラはびくりと体を震わせ、また岩の陰に引っ込んだ。

 

【シエレリス】「そんなにビビらないで。虫よ。ただの虫。ここじゃ普通だってば。いちいち騒いでたら、身がもたないわよ。言ったわよね? ここは「安全」だって。」

 

アリラは再びそっと頭を上げた。喉がカラカラだった。

 

ジャングルは、まるで生き物のようにうごめいていた。何かが常に動いていて、それが小動物か、それとももっと恐ろしい何かなのか、わからない。

 

木々の上を影が横切る。見上げると、雲が集まり始めていた。嵐の前触れか、それとも――ただの通り雲であってほしい。アリラはそう願った。

 

視線を戻す。何も襲ってこなかった。

 

少しだけ肩の力が抜け、背中を岩に預けて座り直す。

 

……もしかして、今は本当に安全なのかもしれない。

 

少なくとも、このジャングルの中では。

 

けれど――

 

目の前にいる誘拐犯のことは、別問題だ。

 

そのとき、シエレリスはスカートの大きなポケットから布に包まれた何かを取り出し、ゆっくりと広げた。

 

中から現れたのは、熟れきった大きなスラルカの実。濃い紫の皮が、完熟の証。

 

――こんなに大きいの、見たことない。絶対においしいやつだ。

 

アリラの腹が、音を立てて鳴る。

 

シエレリスは別のポケットから小ぶりなナイフを取り出し、アリラに顎で合図した。

 

【シエレリス】「食べる? さっき拾ったのよ。この辺、果実が妙に大きくてさ――壊れた《球体》のせいかもね。ま、誰も困らないわよ。いただいちゃっても。」

 

アリラはごくりと喉を鳴らし、反射的に首に手をやった。

 

間違いない。あれは、あのとき自分の喉に当たっていたナイフだった。

 

……けど、今見ると――思ったよりずっと小さい。

 

シエレリスは無言でじっとアリラを見ていた。

 

……食べなきゃ、力が出ない。

 

アリラは一度だけうなずいた。

 

するとシエレリスは、何のためらいもなく手首を返し、果実を厚く切り取る。

 

鮮やかなオレンジの果肉が、光をまとっているかのように輝いた。黄色い果汁がぽたぽたと滴り落ちる。

 

その一切れを、アリラは急いで受け取った。

 

シエレリスは何も言わず、自分の分を切り始める。

 

アリラはその手の動きをじっと見ていた。まるで、ピクニックでもしてるかのような穏やかな仕草。

 

――なにが目的? なんで、私をわざわざノービス養成所から連れ出して、こんなところに?

 

もし殺すつもりなら――もうとっくに殺してたはず。

 

……でも、そうしない。彼女は「待ってる」。何かを。

 

その「何か」を、突き止めなきゃ。

 

けど、まずは――食べなきゃ。

 

アリラはスラルカにかぶりついた。

 

甘くてみずみずしい果汁が、口いっぱいに広がった。ぬるい液が顎を伝って垂れる。指でぬぐい、それを舐め取る。その瞬間――どれだけ喉が渇いていたか、ようやく気づいた。

 

……そうだ、水も飲んでない。何時間も、炎天下を歩いた。訓練中だったし、汗もかいてた。

 

脚は痛いし、全身がギシギシと悲鳴を上げてる。

 

この果実は、まさに天の恵みだった。

 

アリラは最後の皮までむさぼった。最高のスラルカにしかない、あのピリッとした後味を噛み締めながら。

 

体が、喜びの声を上げる。――もっと欲しいと。

 

見上げると、シエレリスが次の一切れを差し出していた。

 

無言で受け取り、口に運ぶ。

 

……今は、まだ聞きたくない。

 

数分後、果実はすべて食べ尽くされた。

 

空腹も喉の渇きも、完全に消えたわけじゃない。でも、体をむしばむような感覚はなくなっていた。

 

シエレリスは近くの枝から幅広で濡れた葉をもぎ取り、手を拭く。アリラも真似する。

 

【シエレリス】「ちょっとは落ち着いた?」

 

アリラは眉をひそめた。

 

【アリラ】「……どうして私をここに連れてきたの?」

 

シエレリスは、わざとらしくまばたきをする。

 

【シエレリス】「あら。ようやく聞く気になったのね。「気にしてない」のかと思ってたわ。」

 

アリラは目を細める。

 

【アリラ】「だって……殺されるかと思ってたから。ずっと、ナイフを喉に……」

 

シエレリスはまだ手に持っていたナイフに目をやり、片方の口角を上げた。そして先ほどの葉で軽く拭き、ナイフを布で包み直してポケットに戻す。

 

【シエレリス】「あれ、使ってないわよ。あんたが感じてたのは幻影。「そう思わせた」だけ。逃げないようにね。本物の刃なんて、ずっと当ててたら手が疲れるし、危ないもの。」

 

アリラの目が大きく見開かれる。

 

【アリラ】「でも……」

 

【シエレリス】「もう、ほんと子どもね。」

 

【アリラ】「……じゃあ、全部嘘だったの?」

 

【シエレリス】「ええ。ぜーんぶ幻。私、そういうの得意なの。だって、刃を持ったまま何時間も歩くなんて、正気の沙汰じゃないわ。ここに来るだけでクタクタだったし。」

 

アリラの思考がぐらつく。

 

――この人、やっぱり正気じゃない。

 

【アリラ】「……でも、なんで? なんでこんな場所に? しかも二人きりで? ここって壊れた《球体》が落ちた場所よ!? 私の村、それで壊滅したの……!」

 

その記憶が喉を詰まらせる。でも、泣いてる場合じゃない。

 

【シエレリス】「ここじゃなきゃダメだったのよ。カシュナールが「あなたが危険な状態にある」って思ってくれなきゃ困るから。」

 

アリラの目が見開かれる。

 

【アリラ】「は……!? 本気で言ってるの? ここ、「危険」どころじゃないのよ! 演技とか、ふざけないでよ!!」

 

【シエレリス】「落ち着いてってば。食べ物もある、水もある。……まだお腹すいてるなら、また果実取ってきてあげるわよ?」

 

(両手で空中に丸を描く)「ここは私が張った幻影のバブルの中。誰にも見つからないの。アンデッドすらね。」

 

アリラは勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。

 

【アリラ】「デレク……カシュナールと、私が何の関係があるっていうの!? なんで、こんなこと――!」

 

その瞬間、シエレリスの目が細まり、声のトーンが変わる。笑顔が消えた。

 

【シエレリス】「とぼけないで。あら、意外と演技もうまいのね? でも私には通用しないわよ、小さなアリラ。」

 

【アリラ】「ほんとに知らないってば! 何のことか、さっぱり分からない!!」

 

シエレリスは顎に指を添え、アリラをじっと見つめる。今までにない真剣な目。

 

【シエレリス】「……カシュナールは、あなたを気にかけてた。しばらく観察もしてたし、オーラも読んだ。確かに、少しは素質あるけど……それだけじゃ説明つかない。だから逆に気になったのよ。彼が動くとしたら……それは「あんたのため」だと思って。」

 

【シエレリス】「見つけやすいように仕掛けもしてあるし、もう近くに来てるかもね?」

 

【アリラ】「……それでも、何のためにこんなことしてるのか、全然わからない。」

 

【シエレリス】「私は「本当のカシュナール」を知りたいの。それが任務――まあ、任務の「一部」ってとこね。」

 

【シエレリス】「彼のオーラを読み取ろうとしたけど、びっくりしたわ。あの人、自分のオーラを「変える」ことができるのよ。信じられる? こんなの、初めてよ。」

 

【シエレリス】「……でも、それだけじゃ証拠にならないの。父は、私の「実際の証言」しか信じない人だから。猿の部族がどうとか、《球体》がどうとか、そういう話じゃ納得しない。」

 

【シエレリス】「父はウリエラに根深い不信を抱いてる。なんでも彼女の陰謀だと思ってるわ。だからこそ……「自分の目」で確かめたいの。」

 

そう言って、アリラを顎で指した。

 

【シエレリス】「情報源が言ってたの。「あの男が本当に気にかけてるのは、パワーアーマーでも任務でもない……あなた」なんだって。」

 

アリラはまばたきをした。

 

【アリラ】「……情報源? 誰それ?」

 

シエレリスは首を振って、手をひらひらと振る。

 

【シエレリス】「私がペラペラ喋るタイプに見える? あんた、まだ子どもよ。何にも分かってない。」

 

アリラは拳をぎゅっと握りしめた。

 

【アリラ】「……年、そんなに違わないでしょ!」

 

【シエレリス】「私は経験があるの。父と一緒に、世界中を旅してきたのよ。あんたは? 密林の、くだらない村で育っただけ。」

 

くだらない村――

 

胸の奥で、何かが弾けた。

 

両親の笑顔。囲炉裏のそばで聞いた昔話。小さな部屋に並んだ、宝物たち。

 

全部、心に浮かんできた。

 

【シエレリス】「なに? ちょっと……やめっ――」

 

シエレリスの声が途切れた。

 

悲鳴にもならない、詰まったような吐息。

 

それが、アリラを現実に引き戻す。

 

見下ろして、ようやく気づいた。自分の両手が、シエレリスの服の襟を掴み、引き寄せていたことに。

 

顔は、あと数センチの距離。

 

唸っていた。呼吸は荒く、歯をむき出しにして――まるで、獣のように。

 

自分が何をしているのか気づいたのは、その瞬間だった。

 

でも、離したくなかった。

 

【アリラ】「私の故郷を、そんなふうに言うな!!」

 

一筋の涙が、頬を伝って落ちた。

 

両手が塞がっていたから、拭えなかった。

 

――そのあとに流れた涙も、拭けなかった。

 

【シエレリス】「わ、わかったってば! 私、あんたのこと、何にも知らない! だから――離して……お願い!」

 

アリラはようやく手を放し、ふらつくように一歩下がった。

 

【アリラ】「……じゃあ、自由にしてよ。ロスメアに帰りたい。」

 

シエレリスは首を回しながら、苦々しい顔をした。

 

【シエレリス】「帰ればいいじゃない。縛ってないし、目隠しもしてないし、喉にナイフも突きつけてない。自由よ?」

 

アリラは顔をしかめる。

 

【アリラ】「でも、ここから出たら道がわからない……来たとき目隠しされてたし。あんたの幻術の外に出たら、アンデッドに襲われるじゃない!」

 

再び、シエレリスの口元にあの皮肉な笑みが戻る。

 

【シエレリス】「なら、おとなしく座ってなさいな。私の幻術は完璧だけど、叫び声が大きければ……耳が腐ってるやつでも、気づくかもしれないわよ?」

 

―――

 

アリラが何か言い返そうとした、そのとき。

 

裂けたバイオリンの弦のような、甲高く不快な声が、密林の奥から響いた。

 

【???】「あら……ずいぶん前から聞かせてもらってたわよ。そして、やっと見つけたの。」

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回はセリフの応酬が多めでしたが、アリラとシエレリス、それぞれの想いや立場の違いが少しずつ見えてきたのではないでしょうか。

物語の続きが気になる方は、ぜひブックマークや評価をいただけると励みになります!
次回もお楽しみに。
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