ダンジョンで生まれた神喰らいの仔【再投稿?】 作:プロトタイプ・ゼロ
えぇ……本当はもっとたくさん書いてからにするつもりだったんですが、なんか思うように筆が乗らなくなったので先にこっちから書くことにしました。
この物語はアルゴノゥト前章・後章をもとに制作しています
序章・それは喜劇の幕開け
『神の恩恵』など存在しなかった遥か古代を舞台にした物語。
童話、戯曲、風刺。
今も数々の物語として受け継がれる、たった一人の青年の英雄譚。歴代の英雄たちの中でも圧倒的に貧弱で冴えない英雄と呼ぶのも烏滸がましい。
実在したのかさえ確かではなく、英雄ではなく『道化』などと呼ばれた。しかし不思議なことに、そんな彼のことを『始まりの英雄』と呼ぶものもいた。
彼が存在する前から英雄がいることから『始まり』と呼ぶのはおかしいのかもしれない。だが事実として、神々の目から見ても彼の行いは『始まりの英雄』と呼ぶのにふさわしい活躍を果たした。
これは、そんな英雄となるべくしてなった
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空は朱く染まっていた。
遥か峻厳な山脈の奥、天と大地の分かれ目は誰もが目を細めるほど眩く美しい。まるで物語が語る魔界への入り口のようだった。
この世界は、ゆっくりと滅びの道を歩んでいる。誰もがそれを否定せず、終末を誘う黄昏の空がそれを否定してくれない。ゆえに人は皆、明日への希望を失いかけてしまっている。
あの斜陽の輝きから魔物の波が溢れたなら、この寂れた村などいとも容易く飲み込まれてしまうことだろう。
だから、そう。彼曰く、『故に』。
そんな夕闇の侵略を前に、男が一人立ちふさがるのだ。
「……風が
それは、たった一人の青年だった。ようやく少年の時代を終えた相貌は、それでもまだ子供らしい幼さを残しており、中性的な印象を受けるだろう。
静かに鳴く風に揺らされた髪はまるで新雪を思わせる白さ。それは老人を
しかし閉じていた瞼が一度開かれれば、燃えるような深紅の瞳が雄々しさを解き放った。
「感じるぞ、忍び寄る破壊の足音が。聞こえるぞ、恐ろしい魔物の咆哮が!」
鋭き双眼見据える際にあるのは、人では到底出せぬ唸り声を響かせる巨人の影。たった少し前に動くだけで青年を押しつぶすような重量感があった。
「現れたな、大いなる魔物よ! 来るか、長き手を持つ巨悪の巨人よ!」
青年が手に握る木剣は単なる木の棒から作られたもの。とてもじゃないが目の前の巨人に敵うとは思えない。だが青年の瞳に絶望はなく、むしろ希望に満ち溢れていた。
その眼差しには決意を秘めている。不敵に吊り上がる唇は悲劇など拒んでいる。持ち手にあるのは木剣に過ぎぬ。だがそれは、青年が怯む理由にはならなかった。
それは何故か? 青年は『英雄』を名乗る者だったからだ。彼の決然たる眼差しに応えるように、地の底から唸るが如き叫喚が、闇を纏いし巨体から発せられる。
「その咆哮、ここで潰えると知れ!! この村の平和は……このアルゴノゥトが守る!」
青年――アルゴノゥトは一振りの剣を天へ高々と掲げた。
「神々よ、ご照覧あれ! 英雄に至らんとする我が勇姿を! 行くぞぉぉぉ!!」
華奢な足が地を蹴る。その身のこなしは素早く、まさに兎のごとく。
見上げるほどの『巨人』の表面を蹴り立ててば3Мまで躍り出て、彼曰く『長き手』を滅多打ちにしていく。駆け抜けるは2閃3閃。響くのは「ちょあー!」や「きょえー!!」と、先ほどの勇敢な叫びはどこ言ったと思いたくなるほどの情けない声だった。
そして数十分が経過する。
青年にとって激戦の末に打ち据えられた『巨人』は沈黙し、勝者たる青年は満面の笑みを浮かべながら剣を掲げた。
「大いなる魔物の首ぃ、このアルゴノゥトが討ち取ったなりぃ!! ふはははははははははははっ!! どうだ見たかーー!!」
その直後である。
「こぉぉぉんのぉぉぉぉ……バカ兄さーーーーーーーーんっ!!」
「ぐフぁ!?」
まさに高速と呼ぶにふさわしい速さで振り抜かれた怒りの鉄拳が、青年の頬に叩き込まれた。
「なぁにが大いなる魔物ですか!! そんなよのはいません!!」
気持ちいいくらい勢いよく吹き飛び、風を起こすほど回転させ、そして砂埃を巻き上げながら地面に転がったアルゴノゥト。そんな彼を殴り飛ばしたのは美しい少女だった。
結わえられ、肩の位置まで伸びた山吹色の髪が、少女の怒気を物語るように左右に揺れる。森の色を彷彿とさせる可憐なる瞳は、今や眉と同じく一緒に急角度に持ち上がっていた。
髪の間から突き出された細長い道は妖精のものよりも短く、彼女が只人と妖精の間に生まれた「半亜人」であることを告げている。
妖精の血を受け継ぐ美しい相貌を怒りで染め上げカンカンとなった少女は、陸に打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣するアルゴノゥトを見下ろし、その細い指を『巨人』だったものに向ける。
「あれは風車です!! 巨人でも何でもありません!!」
破片となった木材に、引き裂かれた布。アルゴノゥトが格闘したことですっかりボロボロとなった羽根車は、少女の言う通り紛うことなき風車のそれだった。
アルゴノゥトの言う『長い手を持った巨人』とはつまり風車のことであり、彼は滑稽な「道化」のごとく戦っていただけに過ぎなかったのだ。
要するに、夕闇の侵略やら終末やらはアルゴノゥトの痛々しい妄想でしかなく、彼らが住む村に脅威は訪れていなかったのである。
「羽根車をあんなにもボロボロにして! 村の皆さんに怒られちゃっても知りませんからね!」
「お、おぉ……我が愛しの妹、フィーナよ。お前の愛情表現は嬉しいが……ちょっと力加減が強すぎない?」
「愛情じゃありません! どうするんですか、こんなことをして! というかアムルも見ていたのなら止めてくださいよ!!」
フィーナはプリプリと怒りながら離れた場所で座りながら一部始終を視聴していた少年の方に視線を向ける。まるで漆黒の闇に染まったかのように黒い髪が風に揺れ、そこから宝石のように眩い黄金の瞳が覗く。
少年はそんなフィーナの怒りのこもった視線に興味も示さず、けれども笑顔を浮かべてこう言った。
「俺に、このバカが起こす道化を止められるとでも?」
フィーナは落胆するように肩を落とした。そうしているうちにアルゴノゥトはのろのろと起き上がり、拳を叩き込まれた頬を擦りながら、すぐさま笑みを浮かべた。
「ははははっ! そうかそうか、私が魔物の雄叫びだと思っていた声は風の音で、巨人の手だと思っていたのは羽根車だったか! 実に私らしく、私ならではの顛末だ!」
「どうせならやめてほしかったがな」
小さく呟いたアムルの愚痴など聞こえていないかのように、というか無視するようにアルゴノゥトは羽ペンと一冊の本を取り出す。
「ならば綴ろう! この『英雄日誌』に!」
「いや聞けよバカ」
インクの詰まった小瓶を器用に指の間に挟みながら、アルゴノゥトは本に羽ペンを走らせた。
【魔物だと思ったら、その正体たるは風車! アルゴノゥトは大敗を喫する! 主に妹の手で!】
インクを乾かし、頁を閉じる。一仕事終えたように清々しい笑みで特に汗などかいていない額を拭った。
「こうしてまた新たなる1
「高価な本になんてくだらない落書きしてるんですか!! このバカ兄さぁーん!!」
「ぐフオォ!?」
すかさずアルゴノゥトの後頭部に叩き込まれる妖精の杖。アムルの方へ飛んでいったアルゴノゥトはそのまま壁に激突し、その頭を壁に埋める。その威力にアムルはドン引きしたようにフィーナを見た。
だがなんてことないようにスポンと頭を抜け出させたアルゴノゥトは後ろを振り向き、再度妖精の杖を振り上げたフィーナを見てすぐさま逃げ出した。なお、振り下ろされた妖精の杖はアムルのすぐ横の地面にぶつかった。
「おいこら、その杖もわりと高価なもんなんだからもっと扱いをだなぁ……聞いちゃいねぇ」
アムルの注意も耳に入っていないフィーナが逃げ出したアルゴノゥトを追いかけたのを見て、深く深くため息を吐いた。
「まーたやってるぜ、あの兄妹」
「アルもフィーナも毎日懲りもしねぇで……まったくよぉ」
追われ、追いかけ……一方的な喧嘩を始める兄妹に、騒ぎを聞きつけた村人達からは笑みが漏れる。斜陽の光に照らされ、寂れているはずの村は、今日も今日とて笑いの声に包まれている。
それを見たアムルの顔にも笑みが浮かぶが、しかしその笑みはすぐに消える。どことも言えない方角に顔を向け、視線の先にある山脈の彼方で、
錯乱する屍の海で異形どもが顔を上げ、血肉を宴に喉を震わせる。生を奪われた亡骸の瞳から、年端もいかない少年少女だったものから、赤い雫が零れ落ちた。
大陸の果てに存在する【大穴】より「魔物」が溢れ、世界は確実に滅びに向かっていた。
世を救う神などおらず、英雄も未だ現れず、それでも世界は「精霊」だけが存在を信じられていた、そんな闇の時代。
誰もが愚者と呼ぶその男は、そこにいた。
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