ダンジョンで生まれた神喰らいの仔【再投稿?】   作:プロトタイプ・ゼロ

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はい、続きです。ちょっと疲れた。
最近病気ガチだったもので……なかなか筆も進まず。申し訳ない。


第一話「道化の旅立ち」

 

 

 

 

 茜色の風を受け、風車が低くゆっくりと音を奏でている。吹き寄せるのは西風。村がよく知る普段通りの風向き。

 

 製粉用の塔型風車は方向舵の操作も必要とせず、羽根車はのどかに、そしてどこか物知り顔で回転していた。それは毎日の延長を知らせ、それがこの日も続いたことを畑仕事から帰ってきた村人たちに尊く思わせる。魔物の遠吠えなど今日も聞こえていない。

 

 若者の少ない寂れた田舎村の中で、その風車達は立派な財産であり、そして一つの誇りだった。羽根車の音が途絶え、風車が消えてなくなったその時が、この村にとって本当の死を迎える時だろう。少なくとも名もなき村の住人達はそう感じ取っていた。

 

「はぁ〜……ようやく風車の修理が終わりましたぁ……」

 

 額から汗を流し疲れ切った瞳が仰ぐのは、お馬鹿な兄がやらかした、それはそれは見事にズタボロにさせた風車のものだった。

 

 丸一日費やしてなんとか直した風車は見事に復活を果たしたのはいいものの、フィーナの怒りと不満は高まるばかり。

 

「壊した本人は直さないし!! 妹の私が尻ぬぐいばっかし!! アムルはどこ行ったのかわかんないし!!」

 

「お前たちの代わりに村長に怒られに行ってやったんだよ……」

 

 今にも地団駄を踏みそうな勢いだったフィーナの耳に届いたのは、低い少年の声だった。振り返れば黒い髪の少年が疲れたように立っている。

 

「ほら、水持ってきた。疲れただろうし、飲みなよ」

 

「ありがとう……やっぱり村長は怒ってた?」

 

「そりゃあもう、カンカンにな……いや、当たり前っちゃ当たり前なんだが」

 

 相当怒られたのかアムルはかなり疲れた顔をしている。その様子から村長がどれだけ怒っていたのか想像もしやすかった。

 

「よぉフィーナ! それにアムルも! 昨日は災難だったなぁ」

 

「あ、みなさん……昨日は本当にすみませんでした」

 

「いいってことよ! 俺たちは何も気にしてないぜ」

 

 仕事帰りの男たちが荷物を背負って姿を現せば、フィーナは今更ながら羞恥心を自覚し頬を少しばかり朱く染める。この村でもすっかり「苦労人」が板についてきてしまった半妖精の少女に、村の男たちはやはり笑みを漏らした。

 

「アルのやつ……まさか風車相手に戦うとはわぁ」

 

「その前は魔物の大群とか言って羊の群れに突っ込んでは吹き飛ばされて、その前の前は海の主釣りだとか言って川に落ちたんだっけか?」

 

「ああ、ありゃあ傑作だったな! 村の英雄だかなんだか知らねぇけどよくやるぜアイツも!」

 

 当時のことを思い出して思い出し笑いする村人達から出るのは二人にとって身近存在たる男の醜聞の数々。

 

 妹であるフィーナは顔を真っ赤に染めて今一度アルゴノォトを殴ろうと心を決め、そんな半妖精を見てアルゴノォトが吹き飛ばされるさまを頭に浮かべたアムルがため息を吐く。

 

「……みなさんが面白がるから、アル兄さんも調子に乗ってるところはあると思います。前にいた村は厳しかったからまだ大人しかったのに」

 

 村認定で「アルゴノォトの面倒係」と見なされているフィーナは、少し非難がましく唇を尖らせる。だが村人達も自覚はあるようで苦笑しながら頭を掻いている。

 

「でもよ、壊れた残骸を片付けた友人の話じゃあ……あの羽根車は相当ガタがきてやがったみたいだぜ」

 

「……」

 

 それはフィーナも知っている。なぜなら先ほどまで羽根車を修理していたから。自分の兄が付けた傷と、そうでない傷くらいすぐに分かった。

 

「結局、遅かれ早かれ風車は修理することになってたさ 」

 

「あぁ!! それにあのドケチな村長のことだから、素直にガタが来てるって伝えても『まだ使える!!』なんてケチったと思うぜ。それこそ事故が起きるまで放っておいたんじゃねぇか?」

 

「あのクソジジイなら言いそう」

 

 黙りこくるフィーナの様子に気づかずに男たちは口々に言う。隣でアムルが辛辣な一言を残しているが。

 

 この村にとって今も回り続けている風車は誇りである。それに何かあれば彼らの顔は曇り、永遠に笑顔は灯ることはないだろう。

 

「アルがしたバカのお陰で大事にはならなかった。それでいいじゃねぇか」

 

「俺はあのクソジジイにめちゃくちゃ怒られたけどな」

 

「それは……うん。どんまい」

 

 フィーナは兄の「こういうところ」が嫌いだった。逆にアムルは親友の「そういうところ」が好きだった。

 

 何でもかんでも滑稽な「喜劇」に変えてしまうその姿が。ちゃんと面と向かって説明していればフィーナも理解だってしてあげることはできただろう。そうすれば昨日の折檻だって、本当にほんの少しだけ手心を加えられたかもしれないのに。

 

 愉快に笑う只人の男たちを見て、フィーナはそう思った。そして嘆息した。

 

「妹である私が言うのもなんですが、皆さんはいいんですか? うちの兄さん、変なことばかりして迷惑までかけて……」

 

「ああいう馬鹿が一人くらいいてもいいんじゃないか? まぁ、迷惑だけどよ」

 

「ああ。退屈しないで済むからな。まぁ、迷惑だが」

 

「やっぱり迷惑ではあるんですね」

 

「むしろ迷惑に思われてなかったらこの村の正気度を疑うがな」

 

 兄についての評価にゲンナリするフィーナの隣で、辛辣な言葉をこぼすアムルに、村人達はまたもや愉快に笑った。

 

「それに……このご時世で『笑う』事が出来るっていうのは、幸せなことだと思うぜ」

 

 村人から続いた言葉にフィーナははっと顔を上げる。

 

「いつ魔物が押し寄せてこの村ごと呑み込まれるか分からねぇからな。なら、明日の分まで存分に笑っておくさ」

 

「お前たちがこの村に来てから随分と賑やかになったんだぜ? まぁ、最初は変なガキどもだって思ってたけどよ……」

 

「みなさん……」

 

 先ほどとは異なり、どこか陰のある笑みには切なさと諦念があった。それはこの過酷な世界を生きる者たちにとっての共通認識であり、そして同一の『絶望』であった。

 

 こちらに笑いかけてくれる村人達に、余所者だったフィーナとアムルは何も答えられず、目を伏せることしかできなかった。

 

「…………そういやお前さんら聞いたか? あの『嘔吐』が何でも『英雄』を募集しているらしいぞ」

 

「へ?」

 

 夕闇に呑まれそうになるそんな空気を嫌ったのか、村人の一人が空気を入れ替えるように話題を変えた。

 

 そして聞きたくない『英雄』という単語に、二人の中に嫌な予感が募る。

 

「『力ある戦死、聡き賢人、最後の楽園に集え。選ばれし者には相応しき褒美と真の英雄の称号を与えん!』……だとさ。村に来た行商人が言ってたぜ?」

 

「え……ええええええっ!? 『英雄』の募集? 真の称号? そ、それ……兄さんに言いましたか?」

 

「「「もちろん!」」」

 

「皆さんのバカーーーーーーっ!!」

 

 「英雄」と「アルゴノォト」の組み合わせに、思わず飛び跳ねたくなるような部痛がフィーナに襲ってくる。

 

 いい笑顔で親指を上げる村人達に背を向けた半妖精の少女は慌てて駆け出したのだった。そんな様子にアムルは呆れたようにため息を吐きながら肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは見晴らしのいい崖の上だった。

 

 高さこそ子高い丘程度しかないものの、とある兄弟とその親友が厄介になっている村がよく見える。草木は生い茂り、切り立つ岩肌とともに夕日が照らされていた。

 

そんな崖な上に一人、アルゴノォトはただずんていた。

 

「……『英雄』の誘致」

 

 小さな呟きを落とす。

 

 目を瞑り、耳にした言葉を唇に乗せ反芻(はんすう)する。

 

「『王都』で功績を挙げた人間を、真の『英雄』として認める……」

 

 静かな風が白髪を梳いていった。

 

 心の淵に沈むように黙考の時に身を委ねる。

 

「兄さぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」

 

 そこへフィーナが姿を現した。長年連れ添ってきた兄のいる場所などお見通しというように、慌てふためいた声とともに崖へと駆け込んできた。

 

 目を開けて振り返ったアルゴノォトの顔には、剽軽な笑みが戻っていた。

 

「おお、愛しき我が妹! そんなに慌てて何があった? 鼻水が垂れてるヨ!」

 

「垂れてません!! そんなことより『王都』に行くつもりじゃありませんよね!?」

 

「無論行くとも! 世界がこの眠れる獅子アルゴノォトを求めている」

 

 一瞬拳を繰り出しかけたフィーナは何とか己の右手を押さえ、ドヤ顔を浮かべるアルゴノォトの返事に頭を抱えた。

 

「やめてください馬鹿なことをしないでください! 弱っちい兄さんが英雄になんかなれるわけないじゃないですか!!」

 

「――フィーナ」

 

「な、なんですか? いきなりあらたまって……」

 

 不意に真顔になったアルゴノォトに、思わずフィーナは気圧される。

 

 今にも告白してきそうな雰囲気に狼狽えていると、

 

「確かに私は腕っぷしが弱く、無知蒙昧(むちもうまい)で大言壮語、夢見がちに加えて妹や親友に尻ぬぐいを押しつける屑かもしれない」

 

「自覚はあったんですね……」

 

 まさかの言葉にゲンナリと肩を落とした。

 

「だが、この英雄への想いだけは誰にも負けないと自負している! つまり――私は『英雄』になれる!!」

 

「一気に飛躍しましたけど!?」

 

「それにフィーナだって運動不足でお肉のたるみが気になる年頃だろう! 私と旅に出れば体型も元に戻るサ!」

 

 その瞬間アルゴノォトの脇腹に強烈な妖精拳が突き刺さり吹き飛ばす。一度は我慢した怒りが、たった一言で崩壊した瞬間だった。

 

「……怒りますよ?」

 

「殴ってるっ、殴ってるから……! 怒るを飛び越えて殴ってますからフィーナさぁん……」

 

 氷点下の眼差しを注ぐフィーナに、痛む腹を両手で押さえながらアルゴノォトは脂汗を流して後ずさる。

 

「まぁたやってるよこの二人は」

 

 そして今まで姿を見せなかったアムルが現れる。アルゴノォトはすかさずアムルの後ろに隠れた。

 

「おぉ、我が心の友よ! いいところに! ちょっと隠れるために背中貸してくんない?」

 

「嫌だ」

 

「え? ゴぽォ!?」

 

 アムルが体を横にずらした瞬間、アルゴノォトの顔に妖精拳が突き刺さった。

 

 またもや吹き飛ばされたアルゴノォトは一度地面に転がったあとなんてことないように立ち上がると、真剣な顔で二人を見た。否、なんてことはあったようで脂汗は酷かった。

 

「フィーナ、そしてアムル。私は……『英雄』になりたい」

 

「あぁ、知ってるさ」

 

「知ってますよ。ずっと前から言ってますからね」

 

「そうだ……私は常に『英雄』を求めている。いや、世界こそが『英雄』たる私を求めている」

 

「……」

 

 アルゴノォトの空気の豹変に、フィーナは嘆息の代わりに目を伏せ、アムルは面白そうに笑みを浮かべる。

 

「風の噂で聞いた。西の国オルランドが滅びたらしい。南のオアシスも竜の息吹によって枯れ果てた! 霊峰は燃え、妖精達は山を降りることを余儀なくされたという! フィーナ、お前の体に流れる半分の血が今も泣き叫んでいる」

 

「……っ!」

 

「大地は蹂躙され、海は汚され、空さえも奪われた! 恐ろしい魔物によって、世界は支配されようとしている」

 

 まるで舞台役者のような芝居のかかった大げさな振る舞いで、身振り手振り表情から声色まで使い、止まらぬ悲劇を伝える。

 

 だが、それらはすべて真実。

 

 大陸の最果てより生み出される『無限の魔物』によって、人類の生存圏は今もなお侵食され、縮小していき、人の世は確実に滅亡へと近づいている。

 

 語られる世界の惨状にフィーナは顔に悲しみに染め、アムルもまた真剣な表情になる。

 

「だからこそ『英雄』が必要なんだ! この世界を照らす一筋の希望が!」

 

 夕日を背負うアルゴノォトの姿は眩しかった。彼が口にする言葉は誓いを捧げるかの如くだった。

 

 今だけは滑稽さも何も無い英雄のように見えた。

 

「……でも、それならなおのこと弱っちい兄さんがなる必要はないじゃないですか」

 

「それはそうかもしらない! けれど、それならそれで『王都』に集まるという『英雄候補』の顔を拝みに行くのも有意義なものとなる!」

 

 アルゴノォトは妹の正論に反論はしなかった。彼は自分が弱いことを自覚しているから。

 

「それに『王都』の周辺には『精霊の祠』があるという伝説も聞いた! そちらにもぜひ行ってみたい!」

 

「……ただの観光じゃないですかそれ……」

 

 くすり、と。暗い顔をしていたフィーナはとうとう釣られたように笑みをこぼした。滑稽を好むアルゴノォトの思う壺と知りながらも、それでもフィーナはつい唇を曲げてしまう。どんな悲劇も喜劇に変え、誰もが笑うことができる。そんな魅力が彼にはあった。

 

「妹よ、そして我が心の友よ! 今こそが旅立ちの日だ! 魔物から逃れ、老いて朽ち果てる日を待つのはやめしよう!」

 

 フィーナもアムルも、アルゴノォトの言葉を待つ。

 

「私達の故郷に誓うんだ! 栄えある未来を諦めないことを!」

 

 フィーナは両手で妖精の杖をぎゅっと握り顔を綻ばせた。

 

「口だけはうまい兄さん、そうやっていつも私を振り回す」

 

「優しい私の妹。お前はそう言いながらいつも私を助けてくれる」

 

 二人は笑った。だからもう言葉は要らない。

 

「あれ? 俺は?」

 

 少年を置いてけぼりにして。

 

「さぁ神々よ、見ていてくれ! このアルゴノォトの旅立ちを! 未来の英雄の偉大なる第一歩を! ふははははっ!」

 

「おぉーい? 誰か一人忘れていませんか〜?」

 

 怖いものなどもう何もないとばかりに有頂点になるアルゴノォト。ゲラゲラと笑いながら踊るようにステップを踏み、空を仰いでくるくると回る。そして彼はテンションが上がりすぎて茂みによって隠れていた段差を見誤り、盛大に足を滑らせて崖のそこに吸い込まれていった。

 

 纏っていたマントが虚しくはためき崖下に姿を消す。

 

 調子に乗った男の末路に、フィーナはこれだからと言わんばかりに嘆息した。

 

 滑稽な道化の振る舞いを、次の言葉で評する。

 

「………………偉大なる一歩を、踏み外しました」

 

 崖の壁にしがみついている物体からの声を無視して、フィーナは帰路につくのだった。途中から存在を忘れられて拗ねた二人の親友を無視して。







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