俺は妹がクローンだと知っている。私は兄がクローンだと知っている。 作:☆☆☆宮☆☆☆太郎
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校門まで着くと誰かが私の肩を掴む。
誰だろう?私が何気なく振り返ると私の友人である彩香が手を挙げて挨拶をしてきた。
「おっはよ~。今日もいい天気だね~。元気?」
「元気だよ。」
「それは良かった。」
中身の無い何気ないやり取り、中学三年の頃この街に引っ越してきた私が彩香と友人になってからずっと続く二人のルーティン。この挨拶がないと一日が始まらない、口には出さないけどきっとそれが二人の共通認識となっていた。そして、この挨拶の後に彩香が適当な話題を振ってくるのもまた二人の間ではお馴染みのやり取りだ。
「いやぁ、にしても今日って数学の宿題の提出日でしょ?愛莉終わった?」
「当たり前でしょ?一週間あったのよ?」
「み~して?」
「駄目よ。自分で頑張りなさい。あの先生放課後までに出せば受け取ってくれるんでしょ?昼休みも使って頑張りなさい」
「そ、そんなの……鬼!鬼畜!人でなし!」
「鬼じゃないわよ!皆ちゃんとやってきてるの!」
その後も態とらしい泣きまねで宿題を見せろと擦り寄ってくる彩香を適当にあしらう。どうせいつも通り教室に着けば諦めて自力で問題を解き始めるだろう。別に学力が低いという訳ではないのだ。大して躓くことなく解き終えるだろう。綾香と出会うまではやればできる子なんていうのは出来ない子に対する励ましか、はたまた自分自身に向けた現実逃避の良い訳のどちらかだと思っていたのだけど、実際の目の辺りにすれば認めざるを得ない。世の中には本当にやればできる子を体現した人間がいると。本人がそれを自覚しているかは兎も角として。
「…ねぇ、あれって」
「なに?」
いつもならもう少し続けている泣きまねをピタリと止めて彩香はこちらに声をかけてくる。
私も彩香が視線を向けている方に意識を集中する。すると私たちの教室の前に竜胆先輩がいるのが分かる。新しい彼女でも出来たのだろうか?あの人はあまり良い噂を聞かないから私としても顔を合わせたくはない人間の一人だ。
けれど、どうやら向こうはそうでは無かったらしく私たちと目が合った竜胆先輩がこちらに駆け寄ってくる。廊下は走るな!それとこっち来んなDQN野郎。そう言ってやりたい所だけど、あいつ女の子にも手を出す最低野郎だから口に出すのは止めておこう。
うちのクラスでは無いけど、隣のクラスの子があいつに殴られて青あざを作ったって話は私達女子生徒の間では有名だ。私も体育の授業の際に実際にその青あざみたし。
「良いと所にいた!西園愛莉。お前と話したいことがある一緒に来い」
「…あ、あの!愛莉とは勉強を教えて貰う約束をしてて…」
「彩香、ごめんね。後で見るから」
きっと彩香は私を庇おうとしてくれたのだろう。けれど、その結果彩香に何かあったら嫌だ。自分の友人が傷つくところなんて見たくない。だからこそ、私は敢えてこの申し出を受けることにした。何か変なことされそうになったら頬を思い切りひっぱたいてやる。
そう心の中で強がり竜胆先輩についていった。
竜胆先輩に連れていかれた場所は校舎裏。人通りが少なく、校舎の中からは見えない場所だ。なんでこんな場所があるのか。この学校を作った奴に文句を言いたい。ここから思い切り叫べば校舎にいる教師や生徒に聞こえるだろうか?こんなことなら防犯ブザーでも持ち歩いていれば良かった。
…ここに来て弱音や不安が押し寄せてくる。
「あのさ~、俺と付き合えよ」
そして、竜胆先輩の話したい内容は私の予想通りの内容だった。当然受ける気はない。私のタイプは優しくて頼りがいのある細マッチョだ。断じて暴力を振るってくる最低DV野郎ではない。
私は後ろに下がりながら、返答する。
「ごめんなさい。無理です」
本当なら、お前みたいな最低屑野郎と誰が付き合うか!っていうか俺と付き合えよって何?自分が主導権を持ってるつもり?今時そんな亭主関白ムーブ流行んないんだよ!生まれる時代間違えてるんじゃないですか?今は令和だから、そう返してやりたいけど流石にそれは止めておく。私だってリスクマネジメントは出来る。少なくとも気持ち良くなるために余計なリスクは背負えない。
けれど、この暴力脳みそキッズ野郎はこれだけ言葉を選んで断った私の言葉が気に食わなかったようだ。私の手を思い切り掴み自分の方へと引き寄せようとする。
ずきりと捻った時のような痛みが手首に走る。
「痛い!離して!」
助けてお兄ちゃん!
筋肉ダルマではなく、二年前に亡くなった頼りがいのある私の大好きなお兄ちゃんの顔が浮かぶ。
そして、その瞬間風が吹いた。
「痛ってぇ!」
竜胆先輩がそう言葉を発し、私の手を離した。
目の前にはあの筋肉ダルマが私を庇う様に立っている。竜胆先輩も筋肉ダルマの存在に気が付き直ぐ様筋肉ダルマのお腹に思い切り膝蹴りを入れる。けれど筋肉ダルマは一切堪える様子を見せずにそれどころか竜胆先輩の顔を鷲掴みにすると投げ飛ばしてしまう。
「次妹に手を出したら、この程度じゃすまないからな?」
「クソっ、覚えてろよ」
筋肉ダルマの脅しに竜胆先輩は尻尾を蒔いて逃げていった。それを見届けた筋肉ダルマは私の方に駆け寄ってくる
「大丈夫か!愛莉!」
心配そうに私と目を合わせてくる筋肉ダルマの顔が大好きだった兄の顔とダブる。けれど、それと同時に現実に引き戻すように、こいつは兄ではないんだと私の中の兄に対する愛情が告げてくる。助けてくれたことに対する感謝はあった。兄が来てくれた瞬間怖いという思いは薄れ安心できた。もう大丈夫だと思えた。
けれど、いざ助かった私の心はこの男の存在を拒絶していた。
分かっている。この兄はこの兄なりに私のことを愛してくれていることなんて。一度も口にしたことなんてないのに毎日ご飯を作ってくれて、いざと言う時身を呈して守ってくれる人間が私を愛していないと言えるほど傲慢にはなれない。植え付けられた偽りの愛だからで済ませられることではないことぐらい分かっている。
…だから、助かった、ありがとうくらい言うべきだろう。
「た…た、た」
「た?」
「た、たかだかこれくらいで恩に着せれると思わないでくれる!?来るのが遅いのよ!筋肉ダルマ!!」
ありがとうそう言うべきだと分かっている筈なのに私の口は真逆の言葉が飛び出していた。
ああ、なんてことを…そう思ってももう遅い。私は自身の口を両手で抑えるとその場を走って後にした。分かっているのだ…分かっているけど、今の兄を認めてしまったら、本来の兄との思い出が、兄を愛するこの想いが兄の死を悼むこの気持ちが消えてしまうのではないか、只々不安なのだ。不安が脳裏にこびりついて離れないのだ。
☆☆☆
「た、たかだかこれくらいで恩に着せれると思わないでくれる!?来るのが遅いのよ!筋肉ダルマ!!」
愛莉は心配して声をかけた俺に対しそう言い放ち去っていってしまう。憤りが無いといえば嘘になる。悲しくないと言えば嘘になる。だけど、そう言って俺を拒絶するあの子に対しなんて接すればいいのか分からない俺がいる。あの子が何を考えて何を思っているのか、何も分からない。
これが本当の妹であれば、俺の妹の西園愛莉であれば話は違ったのだろうか?分からない。今となっては答えなんて出ないんだ。俺は空を見上げると溜息を吐く。何故そうしたのか具体的なことは言えないが、ただ、物凄く窮屈に感じたのだ。空はこんなにも広く大きく。世界は俺一人では踏破できない程に広大なのに何故だろう。きっと空が飛べればこの広い世界を眺めることが出来れば違う感想も出てくるのだろう。
俺はもう一度溜息を吐くと、教室に戻った。
「それで?妹ちゃんはお前に礼も言わずに教室に戻ったって?」
「まぁ」
「はぁ、いくら反抗期とは言えそりゃねぇよ!ガツンと言ってやればいいのに!」
昼食の時間、愛莉が竜胆先輩に連れていかれたと教えてくれた生徒、野崎君にあの後何があったのか聞かれたため、俺は朝の出来事について話していた。因みに竜胆先輩が制服に葉っぱを付けながら早々に帰っていったことは学校中で話題になっていたようで周りの生徒の中にも聞き耳を立てている奴が何人かいた。
「…どうやって接すればいいか分からないんだよ」
俺は目の前で飯を食べている野崎にそう零す。
「どう接するって今まで一緒に暮らしてきてたんじゃないのかよ?それとも再婚相手の子供とか?」
「そういう訳じゃないけど…」
再婚相手の子供。元々赤の他人。もしそうであったのならどれだけ良かっただろう。あくまでも同居人として割り切って過ごせるのならこれ程気が楽なことも無い。少なくとも妹と同じ容姿、同じ記憶を持つ別人よりもよっぽど接しやすい。
「…詳しい事情は分からないけどさ、ちゃんと話してみた方がいいんじゃないか?」
「ちゃんと話す…確かにそうだな」
クローンのことについては流石に言えなけど、今の愛莉が俺に対してどんな感情を抱いているのか、何を考えているのか、それをちゃんと聞いて見なくちゃいけなかったのだろう。それこそ、彼女が家に来た最初の日にすべきことだったんだろう。
俺はずっとそのことから逃げてきていたのだ。あの子が俺を拒絶するように俺もまたあの子を拒絶していた。そんな簡単なことに気づけないでいたなんて本当に駄目な兄貴だ。
「ありがとう。今日家に帰ったら話してみるよ」
「お、おうそうか?別にたいしたこと言ってねぇのにそんな真剣に礼を言われると照れるな。」
大したこと言ってねぇ…か。
彼にとってはそうなのかもしれないが、俺にとってはそうじゃなかったんだよ。野崎君。
本当にありがとう。
距離を置きたいから明確に拒絶していると気が付けたのは何気に成長。
日本語って微妙にニュアンスが違う言葉って意外と多いような気がします。