俺は妹がクローンだと知っている。私は兄がクローンだと知っている。   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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第三話

☆☆☆

 

帰りのホームルームが終わり担任の教師が教室を出ていく。それを見届けた生徒たちはまるで息を合わせたかのように一斉に話し出した。それは私も同じでスクールバックを持って彩香の席まで移動する。

 

「この後カラオケ行かない?」

「う~ん、ごめん今お金ないんだよね~」

「私出してもいいけど?」

「それは嫌!金の切れ目が縁の切れ目!…はちょっと使い方が違うけど友達同士でお金のやり取りはなしだよ」

「そっか…。そうだね。ごめん」

 

私とは違いお金の重要性と危険性に向き合った考え方。親から貰った金で「私が出してもいい」なんて言った私とは大違いだ。思わず恥ずかしさから頬が紅潮し、今すぐにその場から離れたくなる。

…そう言えば、彩香は幼い頃に親が離婚していて働きながら自分を育ててきてくれたと語っていた。彩香は大人だ。同じ片親で似た境遇だと思っていたけど、幼い頃から何不自由なく欲しいものを買い与えられていた私とは大違い。兄と顔を合わせたくないって理由でファミレスやカラオケで時間を潰していることについて彩香はどう思っているのだろうか?

 

「どうしたの?」

「わっ!」

 

どんどんと気持ちが落ち込んでいると彩香が顔を覗き込んできた。

 

「う、ううん」

「そう?彩香って一人勝手に考え込んで勝手に一杯一杯になることあるでしょ?今回もそうなんじゃない?」

「そ、そんなことは」

「あるんでしょ?」

「う、うぅ」

 

いつもは宿題もやって来ないちゃらんぽらんな性格のくせしてこんな時だけ真摯で頼りがいを出してくるのか!我が友人ながらとんでもなく卑怯な女である。

 

「言ってごらん。お姉さんに」

「に、二か月早く生まれただけのくせに!」

 

ついつい噛みついてしまったけど、彩香は私の言葉にどこ吹く風と言った様子でニマニマとした笑みを崩すことなく私が話すのを待っている。

 

「…ただ単純におにい…あいつに会いたくないって理由だけでファミレスとかで時間を潰してる私って彩香にはどう映ってるのかなって思っただけ」

「あ~、う~ん、無駄遣いしてるなって思ってるけど」

「ハッキリ言った!」

 

ちょっとはオブラートに包んでくれたり、フォローしてくれると思ってたのに、そんなこと一切なく思いっきり刺して来た。私は思わず彩香を睨みつけてしまう。親しき中にも礼儀あり、だ!

そんな私の様子に気づいているのか、いないのか、彩香は反省した様子を見せずにケラケラと笑いながら「ごめんごめん」と手をひらひらさせながら謝ってくる。

 

「でもさ、実際無駄遣いじゃない?愛莉も気づいてるんでしょ。本当に愛莉がしないといけないのはお兄さんから逃げることじゃなくて話し合うことだって」

「でも…」

「大丈夫だよ。お兄さんは愛莉のことを愛してる。あの人愛莉を助けに行くために二階から飛び降りたんだよ?反抗期の妹のためにそこまで迷いなく行動できる人はそういない。

…愛莉はさ、多分愛莉自身が思っているよりもずっと愛されてるんだよ」

 

私が思ってるよりか…。

これまでアイツが私を家族として愛しているのはお兄ちゃんの記憶を引き継いでいるからだと思っていた。いや、正直今だってそう疑っている部分が無いとは言えない。けれど…「多分愛莉自身が思っているよりもずっと愛されてる」か、あれは兄貴じゃないとずっと自分に言い聞かせてきたけど、アイツが何を考えているのかとか私をどう思っているのかとかアイツ自身のことは何一つ考えてこなかった。理解する前に拒絶していた。

 

「それにもし話し合ってもまだモヤモヤするんだったら家に来なよ。お母さんも会いたがってるから」

 

彩香の家。中学の頃はよく遊びに行っていた。高校になってからは申し訳なさが勝って中々遊びには行けてなかったけど、そうだ私にはお兄ちゃんのそば以外にも居場所があるのだ。雨風を凌げる場所と言う意味ではなく心の拠り所としての居場所が。そして、それはこの街に引っ越してから出来た居場所だ。居場所は作れる。自分で行動して作るものなんだ。

 

なら

「分かった。話してみる」

「うむ、よくぞ言った。」

「何よそれ」

 

私と彩香はどちらともなく噴き出して笑い合った。

少しだけ前向きになれた。

 

ドンドンドンドン。

 

遠くからものすごい音が聞こえてくる。

 

ドンドンドンドン。

それが物凄い速さで近寄ってくる。一体なんだろう?

怖いもの見たさで教室から顔を出した生徒が宙を舞った。

 

本当に一体なんだろう!

 

そしてついに、音の正体が明かされる。

 

「あいりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

アイツだった…。頬を紅潮させ、息を荒げ、服がべちゃべちゃになるくらい汗で濡れているアイツがこちらに迫ってくる。

汗くっさ!こっちくんな。そう思ってはいるけれど、その異様な光景に気圧されて声を荒げて抗議するという行動が取れなかった。そして、アイツは私の肩をガっと掴んでくる。

 

「あいりぃ、話を、しよう!」

「きゃぁぁぁぁぁ!!いや、こっちくんな!変態!」

「あいりぃぃぃぃ!待ってくれぇぇぇぇぇ!」

「こりゃ前途多難だねぇ、あの兄妹」

 

彩香が何か言っている気がしたけど、私は逃げるのに必死でなんて言ったかまでは分からなかった。

 

☆☆☆

 

愛莉の友人の手も借りてなんとか嫌がる愛莉を説得できた俺は愛莉と共に帰路につき、久々に一緒にリビングで過ごしている。

まぁ、過ごしているなんて言い方をしているが、あくまでも話し合う場としてここに留まってくれているだけだが。それに愛莉一人という訳でもない。愛莉の隣のソファには愛莉の友人の、確か彩香ちゃんが座っている。愛莉が「話し合うなら彩香も一緒じゃなきゃ嫌」と言ったためこんな状況になっている。

俺は彼女たちのために紅茶を淹れ、愛莉のおやつにと作っておいたチーズケーキを取り出す。

 

「どうぞ。手作りで申し訳ないけど…」

「いえ、ありがとうございます!お菓子作れるなんて凄いですね」

「いや、このくらい大したことないよ」

「…」

 

俺と彩香ちゃんが会話をしているのを愛莉はジッと見ている。なんだろうか?

どうやら彩香ちゃんも気づいたようで愛莉の顔を見て首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「別に」

「もしかして、お兄ちゃんが取られたみたいで妬いちゃった?」

「そんなんじゃない!!」

 

そんなに強く否定しなくても…俺は傷つきながらもそれを表には出さず、愛莉の向かいに椅子を持って来て座る。折角愛莉が俺と話す気になってくれたんだこの機会を大切にしないとな。

 

「その、単刀直入で悪いんだが、愛莉は俺のことどう思ってる?」

「なにその質問?…別になんとも思ってないけど?」

「そのなんとも思ってないっていうのはどういうことなんだ?」

「どうって…」

「赤の他人なら兎も角俺達…兄弟、だろ?一緒に暮らしてる中でなにも感じないってことは無いと思うんだ。」

「…そうね。確かに洗面台の前でポージングを決めたり、風呂上り半裸で家の中を歩き回るのはやめて欲しいわね」

「そ、そうか、じゃあ、俺にあたりが強いのもそれが理由なのか?」

「…そういう訳じゃ、ないけど」

「俺はお前と…昔みたいに仲良く暮らしたい。理由があるのなら聞かせて欲しい」

「…」

 

☆☆☆

 

「俺はお前と…昔みたいに仲良く暮らしたい。理由があるのなら聞かせて欲しい」

 

…なんといえばいいのだ。お前はクローンで私とお前が仲良く暮らしたことなんてない。そう言えばいいのか?そんな筈ない。そのくらい直ぐに答えが出る。

けれど、紡ぐ言葉は尤も最適な言葉は私の頭では出てこない。コイツが悪い人でないことくらい分かっている。分かっていても、無自覚でも、お兄ちゃんの居場所を掠め取ったコイツと分かり合うことが出来るとは私にはどうしても思えなかった。

 

これはきっと私個人の問題だ。こいつは何も悪くない。私の心がこいつを認めるか認めないかの問題なのだ。だから、こいつにぶつける言葉なんてただ一つ「クローンである」という以外には存在しないし、私はそれを良しとはしない。

 

そんな風に思い悩んでいると隣に座る彩香が私の手を握ってくる。

 

「愛莉、一人で悩んでないで言ってごらん?」

「でも」

「的確な言葉が見つからなくても、擬音だらけでも、理不尽でも、言わないと何も伝わらないよ。お兄さんとの関係を変えたいんでしょ?なら行動しないと」

 

…たった二か月早く生まれただけの筈なのに…。でもお陰で覚悟が出来た。この兄と喧嘩をする覚悟が。

 

「わ、私は昔のお兄ちゃんが好きだった。程よく筋肉のついた細マッチョで頼りがいのあるカッコイイお兄ちゃんが!」

「…そう、だったのか」

「それと、私と同じもの食べて感想の言い合えるお兄ちゃんが!あなたはブロッコリーと鶏胸肉ばっかり!」

「わ、悪かった。でも、これもお前を守るためなんだ」

「私を…守る?」

「ああ、二年前の事故…お前を守れなかったから、だから…」

「守れなかった?」

 

何を言っているのだろうか?お兄ちゃんは二年前の事故で私を守って亡くなった。

お父さんは言っていた「クローンは司の全ての記憶を保持している」あれは嘘だった?

 

「…違うよ。お兄ちゃんは私を守ってくれた」

「え?」

「私を守って…死んだんだ」

「愛莉、何言ってるの?」

 

彩香が困惑したように私の発言に対して聞き返してくるけど、これだけは誰にも訂正させない。口を挟ませない。この事実だけは誰にも捻じ曲げさせない。

私の大好きで頼りになるお兄ちゃん西園司は私を守って死んだ。とても悲しくて辛くて、けれどお兄ちゃんがこの世で一番私を愛してくれたという証明。それは世界の誰が忘れても私が忘れてはいけないこと。

 

「そうか…お前の兄はお前を守って死んだんだな」

「…うん」

「そうか」

 

彩香はまだ困惑したままだけどお兄ちゃんは何かを察したのかそれだけ言うと目を瞑る。

 

☆☆☆

 

「私を守って…死んだんだ」

 

その言葉を聞いて動揺が無かったと言えば嘘になる。けれど、それと同時に合点がいく部分もあった。俺は愛莉がクローンであると知っているが、愛莉もまた同じ状況にあるのなら…もしそうなら今までの愛莉の行動にも合点がいく。

現状可能性としては俺達二人ともがクローンであるか、どちらか一人がクローンでクローンの方が偽の記憶を植え付けられているというものが考えられる。

 

けれど、今はそんなことが重要なんじゃない。

 

「ならさ、俺をお前のもう一人の兄ちゃんにしてくれないか?」

「え?」

「お前の兄貴みたいに細マッチョじゃないし、頼りがいもないかもしれない。それにこれからもブロッコリーと鶏胸肉ばっかり食べているかもしれない。

だけど、俺もお前を守りたいと思ってるし、お前と仲良くしたいと思ってる。だから、お前にとっての二番目の兄貴にしてほしい」

「二番目の…」

「そうだ。お前にとって一番好きな兄貴はきっと変わらないだろうし、変えられないと思う。だけど、片隅でもいいから俺の存在をお前の中に置いてほしいんだ。頼む」

 

俺はその場で頭を下げる。

愛莉の気持ちは正直痛い程分かる。きっと俺も同じだ。愛莉(いもうと)を忘れないために、俺の中にある愛莉(いもうと)の場所を取られたくないから、ずっと今の愛莉を遠ざけて来た。けれど、今の愛莉と前の愛莉が別人であるのなら、そう自覚しているのならそんなことをしなくても良かったんだ。どっちにもそれぞれの良さがあってどっちもそれぞれ心があって、どっちも俺の妹だった。

 

「二番目で、いいの?」

「ああ、二番目で良いんだ」

「…わ、わかった。直ぐにお兄ちゃんと思って接することは出来ないけど、努力はする。」

「ありがとう」

「…」

「…」

 

俺と愛莉の間に沈黙が流れる。それを今まで黙っていた彩香ちゃんが割って入り空気を変えた。

 

「よし!一件落着だね!」

「そ、そうだな」

「うん」

「なによ!二人ともぎこちないわね!そんなことじゃ兄妹にはなれないぞ!私はもう帰るけど、今日は同じものを食べること!同じ釜の飯を食べた仲間って奴よ!じゃ」

 

彩香ちゃんはそれだけ言うと荷物を持って去ってしまう。愛莉は彩香ちゃんに何かを伝えたかったのか手を伸ばすが、彩香ちゃんの動きの方が早い。既に外に出たのか、玄関の扉が開く音がした。同じ釜の飯か…今の俺たちに必要かもしれないな。

 

「愛莉、食べたいものあるか?」

「え?え、とじゃあ唐揚げ」

「そうか」

 

俺はエコバックと財布を取りに行くために立ち上がろうと力を入れる。けれど愛莉の方から話しかけてきたため思わず固まる。

 

「買い物?」

「あ、ああ、材料が無いからな」

「…なら、私も手伝う。」

「そ、そうか、ありがと、な」

 

今までまともに話しかけてくれなかった妹が話しかけてくれたことに目頭が熱くなる。俺たちは確かに今日お互いに一歩踏み出せたのだと実感できた。

 

☆☆☆

 

「今日は色々買えたなぁ」

「そうなんだ。」

 

二人目の兄はそう言いながらホクホク顔で笑っていた。因みに買い物についていったはいいけど結局私は荷物を持っていない。兄が「いいからいいから力仕事は兄貴の仕事」と言ったためである。

これではなんのためについて来たか分からない。…まぁ、色々話が出来たしいっか。

 

「ほら、兄貴早く帰ろう。お腹空いた。」

 

私はそう言うと青になった信号機を早歩きで渡る。

 

「愛莉!」

 

兄貴が叫んだ。どうしたんだろう?私は振り返ろうとして、猛スピードで突っ込んでくるステーションワゴンを視界に捉えた。前にも見たことがある光景だ。

 

(折角、二番目の兄が出来たのにな)

 

世界がスローモーションになる。色んなことが思い起こされる。その殆どがお兄ちゃんとの思い出だけど、一瞬だけ兄貴の顔が脳裏を過った。体が強い力に押されて道路から弾き飛ばされる。車によるものじゃない。もしそうならこの程度の衝撃じゃない。私は自分の立っていた場所に視線を向ける。そこには兄貴がいた。

 

「兄貴!」

 

兄貴は車に飛ばされて、地面を転がる。私は兄貴に駆け寄る。

 

「兄貴!兄貴!い、いま、救急車を呼ぶから、ま、待っててね」

 

私は震える手でスマホをポケットから取り出す。

 

「あ…」

 

けれど、取り出したところでスマホを落としてしまう。大丈夫割れてはいない。ロックを、ロックを…。何故私の手はこんなにも震えるんだ!悔しさと焦燥感で涙が溢れてくる。そんな私の頭を撫でる大きな手

 

「大丈夫。頭は守ったし、鍛えた筋肉のお陰でそこまで痛くもない」

「でも!」

「病院には行くさ。折角可愛い妹が出来たんだ。こんな所じゃ死ねないからな」

「…無茶しないで」

「兄貴は妹のために無茶する生き物なんだよ」

「…でも、死んだら意味ないよ」

「…分かってる。死んだらお前を守れないからな。取り敢えず救急車呼んでくれないか?」

「あ、それなら自分が呼びました。」

 

さっきの事故を見ていたのだろう通行人が手を挙げてこちらに駆け寄ってくる。その人のお陰もあって、その後直ぐに救急車が到着した。

兄貴の怪我は軽い打撲で、入院するまでも無いという診断だった。

 

因みに車は兄貴を轢いた後、そのまま逃走したが、直ぐに警察に捕まった。運転手はなんとあの竜胆先輩で私たちを狙った犯行だったそうだ。

 

☆☆☆

 

ステーションワゴンが突っ込んでくるという事故…というよりも事件から二週間ほどが経ち怪我もすっかり治った。

俺は久々に洗面台の前でポージングを取る。うん、悪くない。今日も俺の筋肉たちは絶好調だ。

 

「ちょっと、洗面台の前でポージングは止めてって昨日話したじゃない」

 

どうやら愛莉も起きてきたようだ。眉間に皺を寄せ抗議をしてくる。

 

「ああ、そうだったな。」

「部屋でやってよね」

「悪い、俺はもう学校行くからご飯は」

「ちょっと待って」

「どうした?」

「その…一緒に学校行った方が良いと思うの」

「え、でも…」

「…いや、その…、そう!兄貴が先に家を出ると私が戸締りしないといけなくて大変だから、一緒に家を出ましょう」

「ああ、成程分かった」

 

兄妹仲に関しては…見れば分かると思うが、ぼちぼちだ。

 

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