俺は妹がクローンだと知っている。私は兄がクローンだと知っている。   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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第六話

☆☆☆

 

ガチャリと玄関の扉が開く音がした。

 

「ただいま~」

 

下から小川のせせらぎのような或いは夏に鳴る風鈴の音のような清涼感のある声が聞こえてくる。

間違いない。今目の前にいる筈の俺の妹の愛莉の声だった。

俺は咄嗟に西園司の部屋の扉を閉める。

 

「あれ?お兄ちゃん帰って来てるの?」

 

しかし、それによって愛莉が二階にいる俺たちに気が付き階段を上ってくる。

不味い。この場をどうにかやり過ごさなければ、そう思った瞬間ある思考が体全体を電流のように駆け巡った。

 

(そうだ。俺がオリジナルのふりをすれば!!)

 

天啓と呼ぶに相応しいアイディア。善は急げとドアノブに手をかける。しかし、外に出ようとしているにもかかわらず、体が後ろに引っ張られる。何事かと後ろを振り向けば愛莉が俺に抱き着きながら首を横に振っていた。

心配なのは分かるが、これでは誤魔化しにいけない。

この場を凌ぐには俺がオリジナルの愛莉の下に行かないといけない。心細いのはわかるが分かってくれ。俺は愛莉を安心させるように頭を撫でる。

けれど、愛莉は眉を顰めると、俺の体を思い切り叩く。俺には筋肉があった為大して痛くはないが、これが筋肉の無いもやしであれば悶絶しても可笑しくない。照れ隠しにしては少々乱暴に過ぎる一撃だった。

当然愛莉は意味もなく暴力を振るう子でも力加減の分からない子でもない。つまり、先程の一撃には愛莉なりに伝えたいことがあったが故の行動。

実際、現在も何かを伝えたいのかボディービルダーのようなポージングを決めている。勿論愛莉の体には殆ど筋肉などついていないため、微笑ましい絵にはなっているが…。

 

(一体何を…)

 

咄嗟に愛莉の行動を読み解くことが出来なかった俺は今までの愛莉の行動を一度まとめてみることにした。

先ず初めに愛莉は俺を引き留めた。

次に俺の体を思い切り叩いた。

最後にポージングをとった。

 

一体何処に関連性があるんだ?

一つ目と二つ目の関係に関してはまるで俺を咎めているようにも取れるが、恐らくそれだけが理由ではない、というのは愛莉の性格的に分かる。

そして、最後のポージングも何の脈絡もなく取った行動ではないだろう。つまり、2と3にも何かしらの関連性がある筈。

 

ポージング…筋肉…!!!

 

俺はそこまで考えた所で弾かれるように自身の体を注視する。

美しい筋肉の鎧が全身を覆っている。

そうか…愛莉の言いたかったことはそう言うことか。

 

クローンとして生まれた当時の俺の肉体は恐らく、事故前のもの…つまり、ヒョロヒョロもやしだ。そして、オリジナルの西園司もそれを踏まえればヒョロヒョロのもやしの筈。

つまり、俺が愛莉の前に姿を現せば一瞬で偽物だとバレてしまう。

俺は漸くその事実に気が付くことが出来た。

だが、気づくのが余りにも遅くなってしまったがために死神の鎌は既に俺と妹の愛莉の首元まで刃を伸ばしていた。

 

「お兄ちゃん、入るよ~」

 

オリジナルの愛莉がドアノブを回す。その光景とこれから起こるであろうことを正しく認識した俺と俺の妹の愛莉は急いで扉に駆け寄ると思い切り力を入れてドアを押し返す。

 

「あれ?ドアが開かないんだけど…ていうか、さっきお兄ちゃん以外の足音がしたような…。

ねぇ、何してるの?ドア開けてよお兄ちゃん」

「す、すまん愛莉今立て込んでてな?」

「立て込んでるって一体何を」

 

オリジナルの愛莉がそこまで口にした所で突然言葉を切る。更に扉を開けようとしていた力が不意に消える。どうしたのだろうか?俺がそう思い、そっと扉に耳を付けて向こうの音を拾おうとすると何やら言葉に窮しているようにもごもごと意味を持たない音を発していた。

 

あの愛莉とは接点がないとはいえ、愛莉は愛莉、何か不測の出来事が起こっているのなら助けに行きたい。兄として心配だ。

けれど、俺が扉を開けるかどうか迷っているとオリジナルの愛莉は意を決したように息を吸った。

 

「も、もしかして彼女と一緒にいるわけ!?そ、それもえ、ええええええ、エッチなことしようとしてたんでしょ!!」

 

耳を扉に付けていたため、予想以上の大音量が耳に突き刺さり、思わず顔をのけ反らせる。

愛莉の声は当然綺麗ではあるが、耳元で叫ばれると見えない針のように鋭く鼓膜を刺激してくるな。

 

俺は内心でそう零しながらも、口調は平然を装いながらオリジナルの西園司を演じる。

 

「ははは、残念ながら彼女はいないよ。この部屋には俺一人。それよりも、父さんに話したいことがあるんだけど、いつ帰って来るかな?」

「父さんに!?やっぱり彼女でしょ!!父さんに紹介するつもりなんだ!!!」

「いや、違う違う。父さんに聞きたかったのはもっと別のことだよ」

「じゃあ、別のことって何?言えないことなの?」

 

不味いな、なんて誤魔化せばいいんだ?

俺はこの場をやり過ごせる材料が無いか部屋中に視線を向けるが、残念ながらこの部屋を見渡してもいいアイディアは浮かんでこない。

そんな中、俺の視線は喉を触っている愛莉を捉えた。一体何をするつもりなのか。

ここで愛莉が声を出したら一発アウトだろう。そう思うも仮に愛莉にここを乗り切る手立てがあるのなら賭けるしかない。何より愛莉のことは一番愛莉が分かっている、筈だ。

そう俺は他力本願に祈りながら目を瞑る。そんな俺の耳に届く低い声。俺達と接点のない人間なら少年の声と勘違いしても可笑しくない声。けれどその声は何処まで言っても愛莉の声だった、愛莉を知っている人間ならば愛莉が話していると一発で分かる特徴的な声。その声で言葉は紡がれていく。

 

「ったく、司どういうことだよ?今日は妹の帰りが遅いって話じゃなかったのかよ?」

「わ、わりぃ」

「…はぁ、まぁいいけど、つってもこの状況どうすんだよ。エロゲーつけっぱの状況で妹が部屋に乱入してこようとするとかそれこそエロゲーの展開じゃねぇか」

「「え、エロ」」

 

妹の愛莉の唐突な発言に俺とオリジナルの愛莉の声が奇しくも重なる。

 

「え、ええっと、お兄ちゃん?その、そういうゲームも程々にね?」

「あ、ああ」

「そ、それじゃあ私は買い物にでも行こうかな?」

 

どうやら、この場はやり過ごせたらしい。俺は内心で大きく溜息を吐こうとして、ふと大切なことを思い出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。父さんは?父さんはいつ帰ってくるんだ?」

「お、お父さん?お父さんはもう一年近く帰って来てないでしょ?」

 

オリジナルの愛莉はそれだけ言うと、急いで階段を駆け下りたのかテンポの速い足音を響かせる。そして、それから直ぐに玄関扉が開く音がする。自主的にこの家を離れてくれたようで本当に助かった。

俺と愛莉はオリジナルの愛莉が出て行ったのを部屋の窓から確認して大きく息を吐く。

 

「助かったよ。それにしてもよくバレなかったな」

「うん、自分の声って自分じゃよくわからないからね。それに男友達とエッチなゲームしてたって言われたら私なら気まずくなってその場を離れるだろうなって思ったの」

「成程、愛莉自身にしか出来ない誤魔化し方だ」

「ありがとう…って言っていいのか複雑だけど…それよりもお兄ちゃん」

「ああ、分かってる。一年以上父さんが帰って来ていないって言っていた。ここにも父さんの手掛かりはないと考えた方が良さそうだな」

「そうじゃなくて!お兄ちゃんは知ってたの?その、私がクローンだってこと」

 

…そうだ。愛莉は自身がクローンだってことをこれまで知らなかったのだ。勿論、この家の扉が俺たちの持っている鍵で開いた段階である程度予想はしていただろうが、いざ実際に自分自身と話すことになった衝撃は計り知れないだろう。

だからこそ、

 

「…ああ、薄々は勘づいてた。」

 

俺は正直に答えることを選んだ。

 

「なんで教えてくれなかったの?」

「それは、お前に傷ついて欲しくなかったから」

「なら、なんでこの家の扉を開けたの?知らなければ幸せでいられたのに」

 

何故か。

俺が知りたかったから、これは事実だ。俺達の不安を払拭するため、これも間違ってない。

けれどどちらもしっくりとはこなかった。正しくはあるが核心に触れていない。そんなボタンを掛け違えた時のような何とも言えない違和感を抱いてしまう。

 

ならば、どうして俺は家の扉を開けたのだろうか?根本にある想いは一体何なのだろうか。

目を瞑り自身の内を見つめ直す。水に含まれる少量の砂金を取り出すように、自身の言動と

行動から強い想いを掬いあげていく。

 

「…この先、自分が代替品じゃなく揺らぐことのない一個人して生きていく為に必要だったんだと思う。俺が俺として歩みだすために必要だったんだと思う。」

 

何度も何度も秒針が進むほどの長考の末に絞り出した答えがそれだった。

全然格好良くない兄として失格の答え、自分で言っていて恥ずかしくなる。最愛の妹を巻き込んだ理由がこれだなんて、最低だ。

 

真っ直ぐこちらを射抜いてくる愛莉の目が一体何を考えているのか、それを想像するだけで息が苦しくなるほどの恐怖に襲われる。

けれど、そんな俺の妄想とは裏腹に愛莉は口角を少し上げると優し気に目を細めた。

 

「そっか、それじゃあ仕方ないね」

「軽蔑、しないのか?」

「うん、きっと私がお兄ちゃんの立場でも同じような行動をとったしね。それに結果的にだけど私にとっても有益だったと思ってるよ」

 

甘く、傷口に染みこみひび割れた心を補強してくれるような優しい言葉に俺は膝から崩れ落ちた。

安心の余り、体の力が抜けてしまったのだ。

 

☆☆☆

 

愛莉との問答の後、俺達は直ぐにあの家を後にした。オリジナルの愛莉や俺がいつ帰ってくるかも分からなかったからだ。

そのため、調査に関しては余り目立った収穫はない。ただ、俺と愛莉の結束はここに来る前よりもグッと強くなった。愛莉の精神もここに来る前よりもずっと安定しているように感じる。だから、今回の出来事は決して無駄ではなかったとそう思えた。

 

今も俺と愛莉は他愛ない話をしながら帰路につく。

 

「そう言えばお昼ご飯食べてないしどっか寄って食べてかない?」

「そうだな。とはいえ、オリジナルと鉢合わせたら面倒だし、最寄りの駅についてからな」

「は~い」

「具体的に何が食べたいとかあるか?」

「う~ん、パスタかオムライスがいいかな~」

「パスタかオムライス…ファミレスでいいか?」

「うん、大丈夫」

 

本当に何気ない会話。普通に仲が良ければ何処の家庭でもする会話。

けれど、それは今までの俺たちにはあり得ないもので少しだけ心が熱くなり、胸が高鳴る。

そんな俺たちの会話を遮ったのは救急車から響く体の芯を振るわせるようなサイレンの音だった。

 

「なんだろう?」

「さぁ、事故か事件だろうけど…」

 

何かとんでもないことが起きているのだろう。とはいえ、それは当事者とその関係者にとっての話。はっきり言って俺達からすれば他人事に過ぎない。

隣を歩く高校生くらいの少年たちの言葉を聞くまではそう思っていた。

 

「黒いワゴンがひき逃げしたらしいぜ!見に行こう!」

「まじかよ!」

 

その言葉と共に少年たちがスマートフォン片手に走り出す。

ワゴン車の轢き逃げ。その言葉が脳裏にこびりついて離れない。オリジナルの俺達が暮らす街で起こった事故とクローンの俺達が巻き込まれた事故を結びつけずにはいられない。

 

「…なぁ、愛莉」

「…う、うん」

「行って、見ないか?」

 

愛莉が俺の言葉に返答を返してくれることは無かった。只俺の服の裾を掴み、下を向く。俺はそんな妹の腕を掴むと安心させるように、いや、俺自身にも言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

 

「なに、大丈夫だ。きっと関係のない事故だ。関係ないってことを確かめに行くんだ」

「そう、だよね」

 

愛莉はゆっくりとそれこそ牛歩のような速度で、けれど確実に一歩踏みだしてくれた。

俺も愛莉のペースに合わせるようにゆっくりと歩きだす。

出来れば救急車が被害者を連れて行く前に現場に到着できることが望ましいが、今の速度だと間に合わないだろう。

とはいえ、愛莉にこれ以上の無理を強いるのは兄として心苦しい。只でさえこれは俺の我儘のようなものなのに。

 

そうして、俺達はたっぷりと時間を使い現場に辿り着いた。

被害者に関してはやはりと言うべきか既に現場にいなかった。

野次馬たちも既に殆どがその場を去りまるで何事も無かったように時間が過ぎている。

 

「…帰ろうか」

「…うん」

 

俺達も日常に戻ろう。そう言外に告げて俺は現場を後にしようとした。

けれど、どうやら非日常とやらは俺と愛莉を只で返してくれる気はなかったようだ。

 

「君たち、ちょっと話を聞かせて欲しいんだが、いいかな?」

 

そう俺たちに声をかけて来たのは警察手帳を掲げた中年の刑事だった。

 

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