俺は妹がクローンだと知っている。私は兄がクローンだと知っている。 作:☆☆☆宮☆☆☆太郎
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黒いスーツに茶色のコートを羽織った中年の刑事に声を掛けられた俺と愛莉は刑事に連れられ黄色のSUVで移動していた。
ただ、移動時間というのが些か引っ掛かりを覚えた。というのも、俺と愛莉は車に乗せられてから一時間以上経っているのだ。刑事の仕事については詳しく知らないが、事情聴取なら近くの警察署で行うものなのではないだろうか?
既に隣町に入っていても可笑しくない。
この刑事を名乗る男に不信感が募る。少し探りを入れてみよう。
「あの、警察署に向かっているのでしょうか?」
「うん?ああ……警察署は堅苦しいだろ?少し先の喫茶店でどうだ?」
「はぁ」
取り調べがそんなに緩いもので良いのか、そう言った疑問が脳裏に過る。そんな俺の内心を見透かしていたのか、刑事はバックミラー越しにこちらに視線を向けると口を開いた。
「なに、話を聞きたいっていっても別に正式な取り調べの要請って訳じゃない。ただ幾つか気になることがあったからそれについて尋ねたいだけなんだ。俺今日非番だしな」
「「え?」」
思わず後ろの席に座っている俺と愛莉の声が重なる。非番なのにこの人は俺と愛莉に声をかけたのか…いや、それだけ仕事熱心な人と言うことだろう。予想外な言葉に一瞬思考が停止したが、よく考えれば別に可笑しなことでもない、と思う。むしろ警察官が正義感の強い人と言うのは俺としてはしっくりくる話だ。
ただ、
「態々非番の日に声をかけて貰って悪いんですけど、俺と愛莉が現場に来たのは事故の後で加害者は勿論被害者も既にその場からいなくなってました。申し訳ないんですけど話せることはないと思います。」
「ああ、知ってるよ。俺はお前らよりも早く事故現場についてたからな」
「え、だったら」
「お前さんらと同じ顔だったんだよ」
「「え?」」
俺と愛莉の声が再度重なる。けれど先程と同じような困惑の声であっても含まれた感情は明確に違っていた。初めの「え?」に含まれていたのは純粋な驚愕なのに対し、今の「え?」には驚愕の他に恐怖が含まれていた。
何かとんでもないことが起こっている。それも他人事などではなく俺達自身に降りかかる類の何かだ。
俺と愛莉は刑事の言葉からそれを嫌でも予感してしまっていた。そして、その予感が外れることはなかった。
「実はな俺はお前さんらがワゴン車に轢かれた事件を担当してんだよ。」
「そう、だったんですね」
「そんで、その中で気になることがあるから、お前らを尾行することにした。」
「気になること」
「ああ、まぁ、その話は着いてからにしようや。運転してるからペンもメモも持てねぇんだ。」
「…分かりました」
刑事が口にした気になること。その内容について今すぐにでも聞き出したい衝動に駆られたが、俺はそれをグッと抑える。
着いたら聞きたいことを全て聞くのだ。警察の情報網で調べているのなら父さんについてももっと色々と知れるかもしれない。
漸く差し込んできた光明を見失わないためにも俺はこの場は沈黙を選んだ。
☆☆☆
扉を開ければ来店を知らせるベルの音が鳴り、キッチンで作業していた男がこちらに顔を向ける。店内は一面木材で出来ており、窓や部屋の角には観葉植物が飾られていた。また、天井は格子状になっており、その格子には花を咲かせた蔓が巻き付いている。観葉植物は兎も角この蔓は作りものだろうか?
こういった雰囲気のある店に入るのが初めてだった俺は物珍しさから辺りをきょろきょろと見回してしまう。
「おうおう祥吾。今日は子連れか?」
しかし、余りにも気さくに話しかけて来た店主に驚き、弾かれるようにそちらに顔を向けた。
すると、すぐ隣にいた刑事が店主へと近づいて行く。勿論喧嘩腰という形ではなくまるで旧友に出会ったかのような軽やかな足取りだった。
そして、店主の手前に設置されているカウンターに辿り着くとそれに体を預け自分達には決して見せることが無かった満面の笑みを浮かべる。
「なんだ。何か文句あるか?」
「いんや、ただ、お前には子供は愚か嫁さんもいなかったと思ってよ」
「ほっとけ。それより、個室を使わせてくれ」
「あん?個室って俺の秘密基地のことか?」
「ああ」
「厄介事かよ。まぁいい。使いたきゃ好きに使えよ。ただし、料金は割増しで貰うからな。」
「恩に着る」
店主は刑事に鍵を渡し、それを受け取った刑事は軽く頭を下げると俺達の方へと向き直る。
「こっちだ。ついて来てくれ」
そう言うと刑事はL字型のカウンターの隣をなぞる様に曲がる。するとスタッフオンリーと書かれたこの店にある扉の中で最も堅牢そうな扉が姿を現した。
丁度店主がL字型カウンターに併設されたキッチンに立っているため入り口からは見えないようになっていたようだ。更に余談ではあるが、キッチンの端には西部劇で出てくるようなスイングドアが取り付けられており、店主の趣味が垣間見えた。
刑事はカウンター横の堅牢そうな扉に鍵を差し込み右に回す。するとガチャリと重い音を立てて解錠された音がした。
そして実際にドアノブを捻り扉を開けると同時にギギギとドアがきしむ音が鳴る。それだけ年季が入っているのかそれとも元々そう言う設計なのか。少なくとも通常なら不快感しかない音である筈なのにこの店の中だとやけに様になっていた。
刑事はそのまま扉の奥にある階段を上っていくので俺達もその後ろをついていった。階段は人ひとりが漸く歩ける程度に狭く、それでいてバリアフリーには気を使っているのか手すりがついているのがアンバランスで印象的だった。
階段を上った先には扉が一枚。刑事はそれを躊躇なく開ける。するとまず初めに目に飛び込んできたのは車のハンドル。木製のものにニスでも塗っているのか独特の輝きを放っていた。また、窓の前には20センチはあるだろうラジコンカーに片手持ちのコントローラーが三台ほど置かれていた。
また、その他にも刊行されてから時間が経っているのか少し色あせて見えるヤンキー漫画が並べられている本棚、床に座ることを想定した小さなテーブル、テーブルの近くに置かれた三枚の座布団、ハンモック、半分開いた押し入れには様々なキャンプ道具が入っているのが見て取れた。
「なんというか…」
「趣味全開の部屋だろ」
俺が口にしなかった部分を言葉にして刑事はニヤリと笑う。実際店主がこの部屋のことを秘密基地と呼称していたし、私生活を送る部屋ではないんだろう。とはいえ、オブラートに包むことなく部外者に趣味全開の部屋と口に出して言える所に店主と刑事の付き合いの長さを垣間見た気がした。
「取り敢えず座ろう。俺も君たちも互いに聞きたいことがあるだろう?」
俺と愛莉は互いに目配せをすると座布団の上に腰を下ろす。刑事はその光景を見届けた後、鞄から名刺ケースを取り出す。
「さて、それじゃあ先ずは自己紹介をするか」
そうして名刺を開けた所で扉がノックされた。
「入っていいぞ~」
「入っていいってそこは俺の部屋だ!」
勢いよく扉を開けながら刑事の言葉につっこみを入れたのはトレイの上に人数分のコップを持ちもう片方の手に氷と水で中を満たしたピッチャーを携えた店主だった。
あの状態でドアを開けるのは至難の業だっただろうが、流石は自分の部屋、両手が塞がっている際の扉の開け方も熟知しているということだろうか?
「まぁまぁ堅いこというなよ?」
「はぁ、まぁいい。お前がそういう奴なのは知ってるしな。ただし!店に来たんだ。なんか注文しろ!」
店主はそういうとテーブルにコップとピッチャーを手早くおき、着ているエプロンのポケットからメニュー表を取り出し刑事に押し付ける。刑事はそれを面倒くさそうに受け取るとやれやれという風に息を吐きだしながら、メニュー表に目を通す。
「それとガキどもをこんな所に連れ込んでんだ。ガキどもの分もお前が払えよ」
「わ~ってるよ。ったく、これで個室代も取る気なんだろ」
「当たり前だろ」
「この機に搾り取れるだけ搾り取ろうとしやがって、俺はナポリタン」
悪態をついているのに決して険悪な雰囲気になってはいない。普段からこういう接し方なのだろう。
俺にはこういった悪友と呼ぶのが相応しい友人は一人もいないため二人のやり取りが少しだけ羨ましい。そんな風に羨望の眼差しで見ていると刑事がメニュー表を渡してくる。
俺は愛莉にもメニューが見えるようにテーブルにメニュー表を置く。個人店であるためか流石にファミレスのように写真付きではないが、メニュー自体は数多くあり何にするか迷ってしまう。
カツサンドにカレー、ハンバーガー、照り焼きチキン。今でこそささみ肉やブロッコリーなどの筋肉にいい食べ物以外も食べるようになってきたが、それでも一年以上筋肉のためだけに食事を摂っていたため無性にこういう油のった肉々しい食べ物が食べたくなる。
俺は魅力的な料理の数々を前に優柔不断になってしまうが、どうやら愛莉は既に料理が決まったのか俺の服の裾を引っ張り、メニュー表を指さす。
ふわとろオムライスセットと書かれたメニューだ。
愛莉も決めたのに俺が迷い続けるのも悪いな。昼ごはんも食べてないし
「ふわとろオムライスセット一つ。それとハンバーガーセットでお願いします」
「はいよ」
店主は手慣れた様子で伝票に注文した料理名を書き込み、この部屋から出ていく。俺はそれを見送った後刑事に視線を向ける。
遂に聞きたいことが聞けるのだ。そう思っていたのだが、刑事は後頭部を掻くと困ったような表情を浮かべる。
「取り敢えず飯食ってからにしないか?ここの店主とは古くからの知人だが知って得する話ではねぇからなぁ」
店主を俺たちの事情に巻き込まないための配慮だろう。
その考えには俺も概ね同意だったため、深く頷いた。
☆☆☆
愛莉も俺も刑事も食事を終えた。俺と愛莉はここまで俺たちを連れて来た刑事に向き直る。漸く、漸くだ。遂に俺たちは自分たちに関する手がかりを掴んだのだ。俺は机の下で手を強く握る。
「先ず自己紹介だな。俺は夜上祥吾だよろしくな」
刑事は鞄から名刺ケースを再度出すと俺たちに渡してくる。正式な名刺の受け取り方なんて知らないし、取り敢えず頭を下げると両手でその名刺を受け取った。
「一応知ってはいるがお前たちも自己紹介してくれ」
「えっと、西園司です」
「あ、愛莉です」
「随分と淡白だなぁ。まぁ、俺も人のことは言えないか。早速だが先ずはお前たちが何者なのか教えて欲しい。その後今度は俺がお前たちの質問に答えよう。」
夜上さんの言葉を受け俺は愛莉に目配せする。すると愛莉も俺の手を握り、頷き返してくれた。俺は全てを夜上さんに打ち明けた。自分たちがクローンであること、俺があの家に着く前にした考察*1の内容について、あの家に着いてからの出来事について、夜上さんは静かに俺の話を聞いてくれた。
そして、話し終えたタイミングで徐に手を挙げた。
「成程多くの部分で辻褄が会っている気がするが、幾つか気になることがある。いいか?」
「はい、あの家にいた西園愛莉についてですよね?」
俺の考えはオリジナルが亡くなったからこそクローンを作ったというものだ。しかし、もしそうならあの場にいた西園愛莉は何なのか?仮にオリジナルだとすれば俺たちが作られる筈がないし、クローンなら何故俺たちとは別でクローンを作ったのかという問題が浮上する。
ハッキリ言って俺の考えはもう一人の西園愛莉と出会った瞬間破綻していた。
「ああ、それもあるが、お前たちが二年前に生まれたという話。そこから間違っていないか?」
「どういうことですか?」
「仮に二年前から生きていたのなら舞橋町の街並みに見覚えがないってのはおかしいだろ?オリジナルのお前たちが暮らしていた町が別の場所だったとしても一年前には舞橋町には訪れてるんだろ?」
その言葉に俺は自分の常識が崩れる音がした気がした。今更な気はするが、それでも少なくともこれだけは事実だと思っていたことが、虚構であったということに思った以上に精神的なショックを受けていた。けれど、それは俺以上に
「嘘、嘘、そんなの…」
親友と呼べるほどに仲の良い友人がいる愛莉の方がダメージを受けていた。
無意識なのか握っている俺の手に爪を立てる程に。
何故そんなことをするのか。そう思われるかもしれないが、むしろ俺からすれば点と点が繋がった気分だった。憶測になってしまうが、俺と愛莉は最初の事故で死んでいる。そして、クローンとして蘇った。
ただ、事故で亡くなった俺たちが次の日には何事もなく過ごしていれば近所の人間は気が付く。だから、家を変える必要があった。そして、二度とその町に戻れぬように町の名前も記憶から消した。
とはいえ、記憶を弄れてもそれで全ての整合性をとるのは難しい。特に父さん自身が上手いこと記憶を操作し、記録を消したつもりでも何か見落としがないとは言えない。特に俺と愛莉が昔同様仲が良かった場合、何気ない日常会話による情報の共有でその小さな違和感に気が付くかもしれない。
そうして、オリジナルが住んでいた町に辿り着くかもしれない。だからこそ父さんは俺達の心理的距離を離すべく敢えて片方はクローンであると記憶を操作した。
因みに尾行していた夜上が主人公達よりも早く現場に着いたのは事故が起こったことを知った夜上が尾行を止めて事故現場に急行したからです。
牛歩の速度で現場に向かっていた主人公たちを追い抜くのは簡単でした。