俺は妹がクローンだと知っている。私は兄がクローンだと知っている。 作:☆☆☆宮☆☆☆太郎
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ショックからか脱力し、顔を伏せている愛莉を横目に俺は夜上さんの言葉を否定するための材料を探す。
例え俺達がクローンだったとしてもそこまで残酷な事実が待ち受けている筈がない。愛莉がここまで悲しむ必要なんてないのだ。
「…仮に俺達がつい最近生まれたクローンなのだとしたら、現在の高校に転入したという形にする必要があると思います。そうじゃないと周りの生徒や教師は納得しない。少なくとも愛莉には数年前から仲の良かった友人がいますし、俺だってクラスに馴染んでいます」
「確かにお前たちがある日突然クラスメイトとしてクラスに加わったら、普通なら驚くだろう」
「なら」
「だが、あの学校そのものがお前たちの為に存在するのだとすればどうだ?」
「はぁ?一体何を…」
「あの学校の教師が生徒が、そもそもお前たちの為に存在するのならどうだと聞いている?」
「…馬鹿げてる。一体どれだけの労力と時間がかかることか」
「だが少なくとも学校に一人お前たちとは別に偽りの記憶を植え付けられた存在、ここは便宜上記憶移植と呼称させて貰うが、それを受けた人間がいる」
記憶移植を俺達以外に?
そんなことをしても父さんに益があるとは思えない。けれど夜上さんが本当に真実を追い求めているのなら態々ここで嘘を言う理由がない。
少なくともここで頭ごなしに否定するのは俺達にとっても益の無い行動だ。
「根拠と、誰だったか教えて貰えますか?」
俺がそう問うと夜上さんはニヤリと笑った。
「本当は個人情報を一般人にぺらぺらと喋るのは刑事としては褒められた行為じゃないんだが、俺とお前達は共犯者だ。刑事が共犯者なんて言葉を使うのもアレだがな」
ニヤリという笑みは直ぐに苦笑に変わり、咳払いと共に消える。そして、表情を引き締めると手元のメモを捲る。
「先ず初めに俺が記憶移植を受けた。つまりクローンだと当りを付けている人間は竜胆武狼だ。」
「竜胆先輩が?」
「ああ、と言うのもアイツに何故犯行に及んだか動機を聞いた際、親父とお袋の仇を取っただけだといったんだ。」
「「なっ!!」」
あまりにもあんまりな言いがかりに先程まで下を向いていた愛莉も思わず顔を上げる。俺に関して言えば予想外な言葉に動揺している以上にきっと屈辱と怒りで顔を歪めていたことだろう。あの男は一体何処まで腐っているのかと腸が煮えくり返りそうだ。
「勿論、竜胆の言い分に関して俺は勿論として捜査一課の中に信じてる奴なんていない。そもそも奴の両親が存命なのは確認済みだからな」
「なら、なんでそんな分かり切った嘘を?」
「嘘、というには真に迫りすぎていた。少なくともアイツの中では真実なのではないかという位にはな」
「だからあなたは竜胆先輩も記憶移植を受けた人間だと考えた」
「ああ、まぁ他の連中は竜胆の行動は判断能力の不十分を装った刑の軽減か若しくは実際に何らかの精神疾患を患っていたかの二つしか考えていなかったがな」
「現実的に考えてそれが普通ですよ。そもそも竜胆先輩が車で俺を轢く前、あの日の午前中愛莉が絡まれた際にはそんな素振りは一切見せていなかった。つまり、記憶移植を受けたのはあの後ってことになる。既に存在する記憶を改竄出来るのなら兎も角
自分で口に出してみてしっくりとくる。何処にも無理のでない筋の通った言い分だ。しかし、そうなると一体何のために父さんは俺達を殺そうとしたんだ?しかもよりにもよって同じ学校の生徒を使う必要があったのだろうか?
俺が自分の中で新らな疑問にぶつかっていると俺の意見を聞いてから顎に手を当て何か考え事をしている夜上さんがこちらを見た。
「成程お前さんの考えは分かった。じゃあ次は俺の考えを披露しよう。先ず奴が乗っていたステーションワゴンだが、どうやって手に入れたか分かるか?」
「さぁ盗んだとかじゃないですか?」
「それがな、足がつかなかったんだ。」
「足がつかない?」
「そうだ。十年以上前に製造されたということ以外は何一つ分からなかった。」
「…つまり何が言いたいんですか?」
「まず一つはこれを仕組んだ人間。恐らくはお前さんらの親父さんだろうが、そいつにはそれだけの時間があったってこと。もう一つは竜胆に与えられた役割がそれだったんじゃねぇかってことだよ」
「それ?」
「お前たちを殺すことだよ。さっきの話と重なる部分もあるが、少なくとも竜胆の能力で警察でも足がつかない方法でステーションワゴンを入手できるとは思えん。
ならば、最初から奴の後ろにはお前たちの親父さんがついていたと考えた方が自然だ。それこそ、親父さんの都合でお前たちを何時でも殺せるように竜胆のクローンを用意し記憶を引き継ぐ準備をしていたんだろう」
「待ってください。それじゃあ竜胆が父さんの駒になる理由にはなりません」
「それはもっと簡単だ。竜胆に自分は竜胆にとって頼れる大人ないしは頼れる先輩であるという記憶を植え付けてやればいい。竜胆は随分とやんちゃだったんだろう?火遊びで火傷した時に助けてくれる存在がいれば無条件に信頼したんじゃないか?」
夜上さんの話を咀嚼し、整理していく。
確かに納得できる話だった。信頼させてから呼び出し、睡眠薬か何かで眠らせてしまえば殺すのは容易だし、準備さえ整っていれば死体を完全に抹消することが出来ない訳ではないだろう。
それに、俺の主張した殺されそうになって無抵抗の筈がないという考えは記憶を改竄されそうになった時でも同じことが言える。少なくとも何か自分に良くないことをされそうになって無抵抗な人間はいないし、それ単体で記憶改竄の考えが優勢になる訳じゃない。
とはいえ、
「ですが、記憶改竄の可能性を捨て置くのは些か総計では?そもそもあなたは今までの話し合いの中で一度として記憶改竄について否定できる材料を提示してない。」
「仮に記憶改竄が出来ると仮定すると何故警察内部にその技術を行使しないのかという疑問が出てくる。少なくとも、俺達一係がこの事件に関わることになったきっかけは初動捜査を担当する機動捜査隊がこの事件を殺人事件であると判断したからだ。
お前らの親父さんが警察内部を完全に掌握しているのならそもそも初動捜査の時点で今回の件を握りつぶしていても可笑しくない。それこそ事故か、もしくは自殺を装って竜胆を消す事だって出来る。」
「それはSNSが発展しているから出来なかったのでは?」
「例えばだが竜胆はお前の妹に振られ逆上し襲い掛かったが兄であるお前にあしらわれた。そこで殺意が湧き、殺そうとしたが、お前たちを轢いた所で自責の念に駆られ、自殺した。」
「…えっと?急に何ですか?」
「例え話だ。例え、警察がこういったバックボーンを用意したとしても誰も疑わないだろうって話だ。少なくともメディアがこの事件を嗅ぎつけ竜胆について調査をしても出てくるのは悪い噂ばかり、当然ネットも同様。そんな中で警察を疑い真実を追い求める人間がいると思うか?」
「ネットには陰謀論が好きな人間もいますよ?それに正義感が強い人だって中には…」
「違うな。ネットっていうのはあくまでもエンターテイメントだ。少なくとも大多数にとってはな。結局皆、心のどこかでは対岸の火事だと思ってる。陰謀論が好きな奴もいるだろう。だがそれは力を持つ者への畏怖と嫉妬によるものだ。要するに力を持つ組織や人間の力を削ぎたいと心のどこかで思っているから生まれる行動だ。それにさっき正義感なんて言葉が出たがそっちに関してはもっと的外れだな。ネットの奴らはあくまでも正義という名の笠を盾に鬱憤を晴らしたいだけなのさ。少なくとも本気で正義感が強いのであればそいつらは全員警察か、検事か、弁護士か、そうでなくても福祉業界に進み世の中をもっと良くしようとするんじゃないか?
だが、実際は今あげた職種の内、比較的なりやすい警察はどんどんと就職率が下がっているし、一番なりやすい、それこそ学歴が無くても飛び込めるはずの福祉業界は万年人で不足ときた。
法の下で裁くのではなく口で集団リンチにし、自分たちは行動を起こさない。そんな奴に本当に正義感があると果たしていえるのか?」
苦笑を浮かべながら喉を鳴らす夜上さんの姿は自身の考えを述べているというにはやけに質感を伴っており、それでいてどこか他人事のような印象を受けた。
「…確かにそうかもしれませんけど…」
「何か引っかかる点があるのか?あるなら話して欲しい。」
「…筋肉、俺の筋肉はどうなるんですか?少なくとも俺の記憶が確かならオリジナルはこれ程の筋肉を持ってはいなかった。クローンが本家を完全にトレースする技術であるならこんな筋肉を持つ筈がないでしょう。
…それに愛莉には親友がいました。その親友は一体何なんですか?記憶を植え付けられただけの赤の他人とでもいうんですか?」
俺の主観は自身の言い分を筋の通った正当なものだと感じているのに、何故だか口から出た言葉を反芻するとどこか言い訳のような子供の我儘のようなそんな違和感を抱いてしまう。
けれど、一度口に出してしまった以上飲み込むことは出来ない。俺は恐る恐る夜上さんの瞳を覗き込んだ。
夜上さんの瞳には嘲りの色も面倒な子供を嗜めるような色も宿してはいなかった。真っすぐとこちらの言葉を受け止めていた。
「成程、確かにそう言った点に関しては受け入れがたいものだろう。
先ず司の筋肉に関してだが、これは生まれ持ったものの可能性が非常に高い。」
「そんな筈ない」
俺は咄嗟に彼の言葉を否定する。
毎日ささみ肉を食べ、プロテインを飲んでダンベルを持ち上げて来たのだ。これが作り物の筈がない。これは俺が愛莉を守るために育て上げた鉄壁の鎧だ。
俺はその思いを込めて夜上さんを睨みつける。
「まぁ落ち着け。勿論お前の筋肉の全てが作り物だとは俺も思っていない。だがな、竜胆はお前たちを殺す気で車を運転していた。当然、急ブレーキなんて踏んでいない。それなのにお前は軽い打撲で済んだ。筋肉を鍛えただけでそれが可能だと思うか?」
夜上さんはその後、付け加えるようにドライブレコーダーに残っていた情報から俺を轢いた車が時速80キロを超えていたことを教えてくれた。
具体的にそれがどのくらいの衝撃を伴っているのか分からないが、確かに言われてみれば筋肉を鍛えただけでそれだけの頑健さを手に入れられるのかは少し疑問が残った。少なくとも、体を鍛えただけで80キロの車に轢かれて無事でいるというのなら世の中の人間たちはもっと体を鍛えているのではと思う自分がいる。
「それとな、もう一つの話はとても言いづらいんだが、仮にお前の親父さんが何らかの実験をしているのだとすれば監視する人間が必要だ。
そして、その役目を担うのなら当然お前たちに警戒されることのない人物が良いんじゃないかと思うんだ。勿論確たる証拠がある訳じゃないし、俺の妄想の域を出ない。けどな、仮にその親友が監視者であるなら辻褄は会うんじゃないか?なんせお前たちが和解した途端に竜胆がお前たちを殺しに来たんだろ?」
愛莉が顔をゆらりと上げる。今夜上さんをどんな目で見ているのか、前髪が目元を隠してしまっているせいでハッキリとは言えないが、空気がピりつくような嫌な緊張感が場を支配する。
それは夜上さんも感じているのか、向かいのテーブルからゴクリと生唾を飲み込むような音が聞こえて来た。