君は僕がいなくても勝てた。僕は君に何を齎せられているのだろう。君のトレーナーは僕じゃなくてもよかった。君もそう思うでしょ?「いえ、私は貴方じゃないとダメなんです」
ドリームジャーニーのトレーナーって自力感なさそうって思ったのがきっかけですね。
「僕とジャーニー、君とは合わなかったんだと思う」
「──それで?」
──────
ネットの評判や見ず知らずのトレーナーからの声なんてものは気にする必要はない。そうトレーナーである僕たちは教わってきたし、それは分かってる。けど、
「ドリームジャーニーは始めからすごかった」「別にトレーナーがいなくても、ずっと一着になれそうな走りだ」「トレーナーの力なしでドリームジャーニーは勝ってる」「ベテラントレーナーならもっと圧倒的に勝てるだろう」「トレーナーは彼女に何を齎しているのか」
雑音だ。そういうことを言っているトレーナーに負けたことはないし、実績でも勝っている。けど、重要なのはそこじゃない。
──ああ···本当に僕はダメだ。周りの声が、自分とは関係のない人たちの声が大きく聞こえる。
「貴方は素直で、単純でお優しいから···価値がある」
担当契約をする前のジャーニーの言葉が脳の中で反芻した。彼女が求めていたのはただの
──別に彼女にとって、担当トレーナーは僕である必要はなかったんだろう。
僕らの繋がりは幼少期に一度場所を譲っただけ。それも小さな女の子に場所を譲らない人なんて限りなく少ないだろう。彼女はよく僕の善性や単純さを説いてくるが、多分多くの人は同じ行動をすると思う。
──担当トレーナーは僕じゃなくてもいい···
『運命的な出会い』といえばカッコいいが、実際にはただの偶然だ。
たまたま、あのレースを見に行っていた。
たまたま、困ってそうな小さなウマ娘がいた。
たまたま、困っていたのを助けた。
たまたま、僕はトレーナーを志し中央のトレーナーになった。
たまたま、そこには、そのウマ娘と同じ匂いをしているウマ娘がいた。
たまたま、それは同じウマ娘だった。
たまたま、その娘にも、僕にも担当がおらず契約することになった。
──僕らの出会いは、再会は、契約は全部ただの
けどね、僕らは全部偶然で成り立っている。
だって少し変わっていれば、君は違う心優しい善性の持ち主と出会ってただろうし、その人をトレーナーにしていたと思える。いや思ってしまっている。
──結局、僕は君を担当できる器じゃなかった。技量、経験、知恵、発想、その他トレーナーに必要な全てが君の担当レベルではない。
···必死に考えた君のトレーニングメニューや計画表を一目見ただけで、君は理解してより良いものを提案してくれる。
普通なら嬉しいと感じないといけないけど、そのときに何かが折れる音が聞こえた。
──あぁ···僕の考えは君に対してちっぽけで浅すぎる。悲しいし残酷だけど、認めざるを得ない。
「ベテラントレーナーならもっと圧倒的に勝てるだろう」
「トレーナーは彼女に何を齎しているのか」
ごもっともな意見だ。僕自身ですら疑問を持ってしまっている。···僕は彼女に何の貢献ができた?隣にいて話し相手になることはできたけど、それ以外に何ができたんだ?
──表面上だけ見れば、おそらくできたことや良い変化を与えられたことは多いと思う。···けど、君は頭の中で『やっぱりトレーナーさんはそう言いますよね』と、分かりきってて、僕の面子のために話を合わせてくれた可能性が捨てきれず、ゴミ箱のなかに入れられない。
だから、何も貢献できていないトレーナーはいるべきではない、そんなことを考えてしまう。
トレーナーとしてなんの利益も齎せてはいない。彼女にとって僕の存在価値は、ただのおもちゃか愚鈍なペット程度だろう。
──少なくともトレーナーとしての価値はない。これは歴とした事実であり、覆せないものだ。
そう考えていたときだ。
ポタポタと雨の音が聞こえた。室内でも聞こえるほどの雨音のため、多分予報通り大雨が降るのだと思った。
そんな大雨の香りのなかに、部屋の外から脳が反応してしまう香りに気づいた。
雨の香りではない、スモーキーで重厚なあのときと同じ匂い。元々は気になる匂いだったのに、今では恐怖に近い感情がある。
ガラッと扉が開き、顔を見てしまった。···見られてしまった。
「···ジャーニー?」
「ええ、トレーナーさん···おや、随分顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
それはそうだろう。君のトレーナーにふさわしくないって考えるだから、体調は良くないに決まってる。
こういうことは結構考えてるのに、ジャーニーに顔色の悪さを指摘されたのは初めてだ。
──ああ···もう多分限界なんだろうね。
「ジャーニー」
「はい」
「僕と君とは合わなかったんだと思う」
「──それで?」
いつものジャーニーだ。僕の言うことを分かっているような反応を見せ、何の揺らぎもない。···少しは驚いた様子を見せて欲しかったけど、君は何も変わらないね。
···もしかして、僕の言うこと分かってたのかな···?
──あーもう、ほんとに嫌になる。
「僕は君のトレーナーにはふさわしくない。トレーナーとして誇れることは何もない。君が褒めてくれるのは善性や優しさだけど、そんなものは誰にでも備わってる。トレーナーとしてのことを、君に認められたことは一度もない。そんな自分が君のトレーナーである資格はないよ」
詰まっていた何かが取れた。栓が抜けたように溜まっていたものが零れ落ちていった。
──けど、君は何も変わらない表情で僕を見てる。それが僕には耐えられない。
「──そんなことはありません。貴方の人柄が好みであることは確かですし、トレーナーとしての能力も認めていますよ」
あやすような穏やかな声でそう言われたとしても、これは変わらない事実なんだ。
「──僕らは全て偶然だ。君がどれだけ裏でしていたとしても、それを含んだとしても僕らは偶然でしかない」
「偶然は嫌いでしょうか?」
「···嫌いだよ」
僕の位置は誰でも良かった。
言うだけのことを言ったことによって、吐いた後のように冷静さが少し戻った。
「偶然の何がいけないのですか?」
「···え?」
少しの冷静さを取り戻しつつある頭に冷や水をかけられるような衝撃が来た。
「出会ったのは紛れもなく偶然です。ですが、このように私と貴方がこの関係になるのは必然ですよ。良かったですね、トレーナーさんが嫌いではない必然です」
「──僕じゃなくても誰でもその位置につくことはできたはずだよ。···君がなんで僕を望むんだ?僕じゃなくてさ···もっと頭や器量が良くて優しくて善性の塊のような人を選んでくれよ···」
もはや懇願だ、泣き言だ、──もうトレーナーとしての態度を捨て、ただの子どものようにジャーニーにしがみつきながら頼んだ。この姿に幻滅されるなら本望だと思った。
「そう仰ってくれる貴方が善性の持ち主でないはずがありませんし、もっと自信を持ってください。貴方しか私のトレーナーは務まらないのですよ」
だけど、ジャーニーは僕を掴んで離してくれなかった。
僕がどう言っても態度を変えず、意見を曲げずに僕を捕まえていた。
──本当に僕たちは合わない。僕は逃げたがっていて、君は捕まえたがっている。僕はふさわしくないと思っていて、君は僕しかいないと言っている。
···ああ、ほんとに···
「──僕と君とは合わないね」
「ふふ、私の中にいながらもそう言うのですね」
しがみついたときから、密着度は変わらずに今はジャーニーに抱き抱えられた状態になってしまっていた。
「恥ずかしいし離してくれない?」
「あら、貴方から捕まってきたというのに貴方から離してくれ、とそう言うのですね」
何故かニコニコしているジャーニーは離してくれそうになかった。
この状態を打開するにはどうすれば良いか考えているときに、ドアがガラッと開いた。
「姉上、ここにい──そうか、失礼した」
「ジャーニーちょっといい?」
「ええ、かまいませんよ」
「ありがと。──待って!オルフェーヴルっ!!!誤解だから!!!たづなさんに報告するのはやめてくれない?!」
ああ、ほんとに僕は彼女とは合わない。