貞操観念が真逆の世界で、風俗の受付(兼キャスト) 作:パッチワーカー
買い物自体はスムーズに進んだ。瑠衣さんが意外にも男性のファッションに詳しかったり、詩乃さんも色々服選びを手伝ってくれたりしたことが大きい。
あと、詩乃さんが僕のことを詮索してくることもなく、ただただ店員さんとしてのお仕事を全うしてくれた。本当によかった。
「──まーこのくらいやない?」
「そうだね、ほんとに色々買っちゃったね。服屋巡りしようとしてたけどこのお店だけでいけそう」
「えー?色々探してきたし、アタシの車近くのパーキングに停めてるから買った服置いて見て回ろうよ」
「車できてたんだ。じゃあ、お言葉に甘えて服置かさせてもらうね」
「うん!じゃあアタシ車近くまで持ってきとくから会計しといて〜」
瑠衣さんはお店から出て行ってしまった。
···あーここから僕だけで対応しないといけないのかぁ···
詩乃さんのいる会計のところに行き、買い物を済ませる。会計が終わった後、詩乃さんはキョロキョロと周りを見渡してから話し始めた。
「──あの感じでお付き合いしてないのですか?」
「うん、僕も彼女もそういう目的でいっしょにいるわけじゃないですしね」
「そうですか。──じゃあ、
そう言って詩乃さんは僕の手を片手で握って、もう片方の手を頬に当てた。
「···こういうときは眼鏡があった方が良いんだけどね」
「──どっちも素敵だと思うけど、いきなりは心臓に悪いしやめてね」
逃げるように、その手を払った。けれど、すぐにまたこの目が僕を捉える。
···あぁ、まただ。
涼しげな雰囲気の中に、どうしてこんなにも熱を宿せるのだろう。その瞳に見つめられるたび、理性の輪郭がぼやけていく。
ほんの一瞬、手を握られ、頬を撫でられただけだった。それなのに、指先が触れた場所はまだ、じんわりと熱を帯びたままだ。まるで、あの温もりが「ここにいる」と訴えかけてくるように。
···ほんと、酔いそうになる。
「明日はあのお店にいますか?」
「明日はお昼から最後までいますよ。──他のお客様次第ですけどね」
「予約はできますか?」
「···まぁ···一応···」
他のキャストはネットでの指名ができるが、僕はキャストではない。だから、僕のことを指名するときは基本的には電話でされることが多い。
「では、23時から24時までの60分間で予約しておきますね」
「···この場所で予約されるとは思ってませんでしたよ。でも、60分なんですね」
昨日の本気さというか情熱さ的には、もっと長くしてくるかな?って思ったけど少し意外だった。
「君に『もっと私といたい』って思ってもらえるように短めの時間にしました」
涼しげな表情のまま、ふっと綺麗に笑いながらそう言った。
「···詩乃さんってモテそうですね」
「そうかな?そう言ってもらえるの嬉しいけど、今はモテるとかモテないはどうでもいいかな」
「どうでもいい?」
「うん。──今は君に好かれたらなんでもいいから。
だからあなたはなんでそんなことを素面で言えるんだ?──聞いてるこっちが恥ずかしい。
「──23時ギリギリに来られると出るタイミングが難しいので、22時40分ごろに来てください」
少し声が震えてしまった。声が震えるほど僕の感情を揺さぶられていたのか。
「分かりました。···ちょっとだけ一緒にいる時間を伸ばしてくれた?」
「そういうわけじゃないですって。あと、そのときは受付が僕ではないと思うので指名したい人を指名してくださいね」
僕の声や顔を見ても、変わらず涼しげな表情を崩さない。僕の動揺すらも計算のうちだと言わんばかりで、ちょっと敗北感を感じた。
「そう。今日はこのあたりにしといてあげる。──明日楽しみにしてて。また明日お願いします」
「···はい···」
今日は店員と客という関係だったからここで止まれた。いや、止まってくれた。──けど、明日はその関係が反対になりもっと近くまで迫ってくる。···考えるだけで、酔いそうになる。
────────
「あの店員さんと、ちょっと仲良さそうやったけど、どっかで会ったことあるん?」
車に戻って買った服を置いたあと、瑠衣さんが調べてくれていた服屋やアクセサリーショップを、いくつか回っていた途中だった。
彼女は何気ない調子で、けどどこか探るようにそう言った。
「あーバイト先で最近会っててさ。それでちょっと話してた」
「そうなんや、やっぱりあーいうお姉さんがいるところで働いてるんね」
「まあね。瑠衣さんが来れるようになるにはあと2年は必要かな」
「結構近いね。──話変わるんやけど、澪くんはさ、あーいうお姉さんがタイプなん?」
「んー······どうなんだろ?」
「なんでそこで本気で迷うん?」
瑠衣さんから見たら、本気で迷っているらしい。迷っている僕を見て、瑠衣さんはちょっと困った顔をして笑った。
「分かんないから。···僕まだ付き合ったことないし」
「そ、そうなん?!あっ、ごめんなさい···」
「ここお店の中だし静かにしてね」
慌てて店員さんに頭を下げている瑠衣さんは、いつもよりずっと可愛らしく見えた。
頬を赤らめている彼女を連れて、いったん店の外に出る。
「···ああいったお姉さんもいいなぁって思うかもね。僕そんなにしっかりしてないし」
「澪くんは結構しっかりしてるよ!男の子で、こんなにアタシに柔らかく接してくれてるし、一人暮らしもできてるしね!」
そう言って瑠衣さんは、どこまでも明るく笑った。その笑顔は太陽みたいで、見ているだけで胸の奥が温かくなる感じがした。
──だからだろう。そういう笑顔ができる人もいいなって思ってしまった。
「じゃあ、自然体で話せて、笑い合える同年代の人にしとこうかな」
言いながら視線を合わせると、瑠衣さんの顔が一瞬で真っ赤になった。
その反応がまた可愛くて、思わず目を逸らしてしまう。
「──み、澪くんはさ······「でも、今は付き合うとかは考えてないよ」···そうなんや」
···多分、これは
瑠衣さんの言葉の続きを聞くのが怖くて、無意識に遮ってしまった。
もしかしたら、あの先にあった問いを受け止めていれば、僕は
けれど──今は、これでいい。
そう自分に言い聞かせるようにして、落ち着きを取り戻した瑠衣さんと再び服屋巡りを再開した。
けれど、目ぼしい成果は結局あまり見つからなかった。
──────
日曜日。
「ちゃんと舌だして」
「どこ触って欲しいのか言ってくれなきゃ分かんないよ?」
「れい君は甘えんぼなんだ、そういうところ可愛いよ」
「いっしょに買い物に来てた女の子とこういうことはしてない?────手も繋いだことないんだ」
「両方の名前知ってるの私だけだよね」
「れい君私の目好きだよね、ずっと見てるし時々とろんってしてるの気づいてるよ」
この日は、取り立てて話すことがないくらい平凡であった。22時30分を超えるまでは。
次回「おとされるかもしれないおしごと」
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