3ヶ月後。
冬が終わる頃。
俺とエリナリーゼは、酒場の一角で地図を広げていた。
大陸の形と地形だけがわかる簡単なものだ。
しかし、ここからラパンまでの重要拠点と思われる場所に、印がうってある。
エリナリーゼが、冬のあいだに調べておいてくれたのだ。
「すみません、何から何まで任せきりにしてしまって」
「いいんですのよ。あなたを無事に送り届けるのが、わたくしの役目ですもの」
ヒトガミが夢に出てきた翌日、さっそく俺は、エリナリーゼに家族と合流したい旨を伝えた。
ぶっちゃけ比率的にはロキシーの方が大きいが、まぁ些細なことだ。
エリナリーゼは、渋々といった様子だったが、準備は自分に任せろと言って承諾してくれた。
俺も手伝おうとしたが、いかんせん彼女の情報源は夜の街。
昼間は冒険者として引く手あまたの俺も、夜の冒険者資格は現在剥奪されている。
故に、準備のほとんどをエリナリーゼに任せることとなったのだ。
一応、俺もベテラン冒険者に聞き込みはしてみたが、こことベガリットじゃ正反対の気候だからだろうか。
砂漠の経験があるやつは見つからなかった。
「本当に魔法大学はいいんですのね?」
「全く問題ありません」
「の割には、なにやら哀愁漂う表情してますけど」
「言わないでくださいよ。決心が鈍ったらどうするんですか」
「あら、わたくしは別に、今からでも行き先を魔法大学に変えてくれて構いませんわよ?」
やめてくれ。この冬のあいだに、どれだけベガリット行きを諦めかけたことか。
主にあんたのせいでな。
この女、隣の部屋に俺がいてもお構い無しだぜ?
今まではそれでもよかった。
大抵の場合、少し耐えれば行為は終わりだからな。
あとは、向こうと違って1人で眠る寂しさを押さえつければいいだけだ。
しかし、これが二度と解決しないとなると話は別。
耐える時間が、果てしなく長く感じるようになってくる。
俺はその葛藤の日々になんとか打ち勝った。
敬虔な信徒にとって、神事は何より優先すべきことだからな。
「大丈夫です、話を続けましょう」
「わかりましたわ」
気を取り直して、二人で地図を覗き込む。
「ルートは二種類、街道を通ってイーストポートから渡るルート。
もうひとつは、アスラ王国の港から、ベガリットの北部に入るルートですわ」
ふむ、ここら辺は俺も知ってる情報だ。
前者は安全だが遠回り。
後者は前者と比べて危険だが、大幅に時間短縮できる。
気持ち的には近道を選びたい。
一刻も早くロキシーに会いたい。
会えない時間の分だけ思いが──などと言うと、まるで俺とロキシーが恋人みたいだな。
今の俺にはありえないことだ。
まぁ、俺の願望は置いといて。
先を急ぐあまり、砂漠で野垂れ死んでは本末転倒だ。
急を要するわけでもないし、後者のルートになるだろう。
「わたくしたちは、こちらのベガリットの北から入るルートにしましょう」
そう言って、エリナリーゼは近道を指さした。
おかしいな⋯⋯
この二択は実質一択だと思っていたのだが。
「そっちのルートは危険ですよ?」
道もわからないし、危険な大陸を横断しなければならない。
俺も魔物との戦いには、そこそこ自信がある。
戦力的に不安はない。
とはいえ、知らない土地はやはり怖い。
「確かルーデウス、闘神語を話せましたわよね?」
「え? ええ。あまりネイティブではありませんが」
「なら、現地で案内人と護衛を雇えばいいんですのよ」
「なるほど」
確かにそれなら心配はいらないか。
心配はない、が。
こっちのルートを選んだ理由にはなっていない。
道が二つあれば、より安全な道を歩きたいと思うのが自然じゃなかろうか。
修行僧やら戦闘狂でもあるまいに。
「あ、もしかして、僕が家族に早く会いたいと思って気をつかって⋯⋯」
「いえ、そんなことありませんわ」
ないのかよ。
いやまぁ、それもそうか。
むしろ魔法大学行きを勧めてきてたもんな。
しかし、この人も別に、早く合流したいとは思ってないだろう。
向こうにパウロがいるからだ。
俺が気にしすぎなだけか?
「⋯⋯南の方には、わたくしの個人的な問題もありますの」
苦笑しながら言うエリナリーゼを見て、彼女の来歴を思い出した。
そうだよな。
誰にだって、言いたくない過去の一つや二つあるよな。
悪いことをした。
「わかりました。こちらのルートにしましょう」
「ええ、そうしてくださいまし。安心しなさいな、戦力も情報も十分、何も問題ありませんわ」
エリナリーゼがそう言うなら、信じよう。
ルートが決まったら、次は大まかな旅の流れについてだ。
アスラ王国の港までは、馬を乗り継ぎながら進む。
それなりに長距離の移動になるし、エリナリーゼの呪いのこともある。
道中の移動はなるべく早い方がいいだろうという判断だ。
俺も異論はない。
ここまでだいたい2、3ヶ月かかる見込みだ。
港町に辿り着いたら、そこで装備や食料等を買い揃える。
ベガリット大陸では、タイミング次第で満足に食料品を買い揃えられない場合もあるらしい。
アスラでは物価は高くなるが、食料に関しては確実に揃う。
ベガリットに持ち込むべき荷物も、既にリストアップされていた。
本当に頼りになる。
そこから1ヶ月船に揺られたら、ベガリット大陸に到着だ。
そのまま、向こうの港町で護衛と案内人を雇う。
砂漠での移動手段は馬車だ。
いや違うか。向こうじゃ車を引くのは馬じゃないもんな。
移動手段はラクダ車だ。
エリナリーゼが相手した冒険者は、迷宮都市ラパンまで半年かかったらしい。
しかし、俺たちはそいつのパーティーより戦えるので、もう少し時間短縮できるかも、とのことだ。
それだけ魔物が多いということでもある。
油断せずに行こう。
そのほか、道中で気をつけるべきことなどを、一つ一つ確認していく。
エリナリーゼは、流石ベテランという所だろう。
俺との認識の違いを無くし、旅の間に齟齬や意見の食い違いがないように。
くだらない言い争いで一日がつぶれる事が無いように。
細かい所まで、一つずつ確認した。
その過程で一つ、重要な問題を思い出す。
「そういえばエリナリーゼさん、呪いのことはどうするんです?」
魔大陸では、町から町まで数週間かかることもざらにあった。
ベガリット大陸が同じとは限らないが、それでも中央大陸より町が少ないのは確かだろう。
俺が相手をできれば万事解決だが⋯⋯
俺はむしろ、この先ずっと相手をしてやれない。
まさか、護衛とするつもりなのだろうか。
「旅のあいだは、護衛とするから問題ありませんわ」
「あ、そうですか」
そのまさかだった。
エリナリーゼはいいかもしれないが。
半年近く一緒に旅をするんだ。
くれぐれも、男女のトラブルでギクシャク、なんてことは勘弁して欲しい。
料金を払って雇う以上、護衛の任務はしてくれるだろうが。
メンバーとギスギスした雰囲気で、旅はしたくない。
俺がどうこうできることでもないけどな。
「わたくしからはこれくらいですわね。他に何か質問は?」
「いえ特には」
「じゃ、すぐ出発しますわよ。もう馬の用意はしてありますから」
相変わらず頼りになる。
この人がついていれば、旅のあいだは心配いらないな。
今回は人神の助言に真っ向から逆らう形となる。
言ってみれば、中央大陸に渡ってきた時にシーローン王国へと行かないようなものだ。
リーリャとアイシャは、未だ囚われたままとなる。
ああでも、その場合は時期がズレるので、オルステッドには会わなくなるな。
そうすれば、今頃はどうなっていただろうか。
特に問題なく難民キャンプにたどり着いて。
やっぱりエリスと一発やって別れたかな?
10年後ぐらいに、リーリャたちの居所をしって、後悔しただろうか。
そう、奴は今回、ベガリットに行けば後悔すると言った。
だが、今回はシーローンの時とは違う。
俺がソロプレイを極めれば解決するのだ。
ヒトガミの予言通り、EDが治らないことで、俺は後悔することになるのだろう。
夜がうるさいパウロと溜まったままの俺が喧嘩したり、好きになった女に振られたりとかな。
けど、それでも家族が揃う方が大事だと、俺は覚悟を決めた。
大丈夫、この身体でも、俺はやっていける。
でも、向こうでロキシーに会ったら、頭やら尻やらを撫でさせていただこう。
そう密かに目標を立てて、俺はベガリット大陸に旅立った。
次回は、砂漠の旅