無職転生の二次創作   作:オオユキ

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アレクサンダーvsルーデウス①

 

 

 

 

 旅が始まって、二ヶ月と少し。

 

 魔物の数も強さも、魔大陸以上になってきた。

 ひっきりなしに起こる戦闘には、常に緊張感が付き纏う。

 先日も、3種の魔物を同時に相手することになり、その最中エリナリーゼが双尾死蠍(ツイン・デス・スコルピオ)の毒を喰らった。

 幸い、港町で購入した解毒薬のおかげで大事には至らなかったが、

 この五人で連携していながら、命に関わる攻撃を味方が受けたという事実は、重く受け止めなければなるまい。

 

 それに加えて俺は、2日か3日に一度の頻度で現れるサキュバスが、夜の休息すら奪っていく。

 羽を伸ばせるのは、中継地点の町のみ。

 精神的にも肉体的にも、今までにないほど過酷な旅だ。

 

 

 そんな道中だからこそ、たった今目に入った光景は極めて異様だった。

 

 砂漠のど真ん中に、男がぽつんと一人。

 遠目では黒髪ということ、背丈ほどもある巨大な剣を持っていることしか読み取れない。

 が、遭難中というわけではないらしい。

 一人で遭難したやつが、あんな堂々と、自信満々に歩けるとは思えない。

 

『泥沼、どうする』

 

 護衛のひとりが、前方を警戒しながら尋ねてきた。

 そう、男はこちらに近づいてきているのだ。

 その目は確実にこちらを見据えている。

 得体の知れない男が、明らかにこちらに意識を向けている。

 友好的か敵対的かも判別がつかない。

 

「エリナリーゼさん。どう見ます?」

「こちらを既に認識している以上、早めに声をかけた方がいいですわね。あの男の間合いに入る前に」

「やっぱり敵なんですかね」

「それを確認するための呼びかけですわよ。でも⋯⋯警戒は怠らないように。あの男、ただものじゃありませんわ」

 

 言われずとも、既に予見眼を開いて、傲慢なる水竜王(アクア・ハーティア)には魔力を込めている。

 見たところ、歳は俺と同じくらいか。

 その身なりとあわせて、ますます不気味だ。

 

『護衛の皆さんは一応、戦闘準備を』

 

〈男は立ち止まり、何か言葉を発している〉

 

 護衛に指示を出し、声をかけようとしたその瞬間、予見眼に映る光景に変化があった。

 どうやら向こうにも対話の意思はあるらしい。

 しかし、依然気は抜けない。

 返答次第で、いきなり胸を貫かれる可能性だってある。

 ひとまずヒトガミの名前は出さないように⋯⋯

 

「ルーデウス・グレイラット! 君に話があります! 馬車から降りてきてくれませんか?」

「うぇっ!?」

 

 男が俺の名前を呼んだ。

 この大陸では珍しい人間語で。

 聞き間違い、じゃないよな?

 なぜ俺の名前を。

 そりゃ冒険者として世界を回ったわけだし、俺のことを知ってるやつが全くいないとは思わんが。

 

「ルーデウス、どうしますの? 一応、敵意は感じられませんけど」

 

 どうすると言われても。

 正直、今すぐ引き返したい。

 過酷な砂漠とミスマッチな風貌。

 おまけに、一方的にこちらの情報を握っている。

 あまりにも怪しすぎる。

 第一、砂漠のど真ん中で、何を話すことがあるんだ。

 嫌な予感しかしないが⋯⋯

 

「あなたのお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか!」

 

 男は、顎に手を当て何やらぶつぶつ呟いた後、大剣を掲げ、名乗りを上げた。

 

「我が名は北神カールマン三世アレクサンダー・ライバック! ルーデウス・グレイラット殿は前に出てこられよ!」

「北神カールマンだって!?」

 

 それを聞いた案内人が、思わずといった様子で叫んだ。

 常に大人の余裕を見せるエリナリーゼでさえも、目を見開いている。

 俺も同じような顔になっているだろう。

 

 北神カールマン。

 この世界では言わずと知れた、英雄の名だ。

 

 魔神殺しの三英雄(殺してない)に名を連ねる一世。

 北神英雄譚の主人公で、数々の武功が語られている二世。

 しかしそうか、三世もいたのか。

 前二人に比べると影が薄く感じるが、あれだけの若さなら仕方のないことだろう。

 彼の英雄譚はこれからなのだ。

 

 名前を聞いて、今まで抱いていた違和感が氷解する。

 北神の名を継いでいるということはつまり、眼前の男は現七大列強第七位だ。

 それだけの実力者ならば、単独で砂漠を旅することも可能かもしれない。

 むしろ、一人でここにいることが、北神であることの説得力を強めている。

 

「おい泥沼、北神カールマンと話す機会なんてそうそうないぜ」

「そうですね⋯⋯」

 

 これで龍神だとか名乗られていたら、俺もどうにか逃げる方法を考えただろうが、相手は北神。

 俺に何を話すことがとは思うが、少なくとも英雄がいきなり貫手を放ってくることはないだろう。

 

『一人、僕についてきてください』

 

 男の護衛を片方連れて、荷台を降り、北神に近づいていく。

 なんだか緊張してきたな。

 今まで出会った有名人が、行き倒れの魔界大帝だったり、通り魔の龍神だったりで、まともな人物は初めてかもしれない。

 旅のあいだ、ほとんど暗い気分で過ごしていただけに、少し浮き足立っているのは否めない。

 それに、向こうの方から話があるらしい。

 どんなことを言われるのやら。

 

〈北神が足を止め、剣をこちらに向ける〉

 

 予見眼の北神がまたも足を止めた。

 つられて俺も、その場に留まる。

 20メートルほど離れた位置から、北神が声を上げた。

 

「ルーデウス・グレイラット!君に決闘を申し込む!」

「⋯⋯は?」

 

 

---

 

 

「こ、断る!」

「そうですか。では気の毒ですが普通に殺すことになりますね」

 

 平然と言い放つ北神に、言い知れぬ恐怖を覚える。

 なんなんだ、一体何が起こってる?

 

「あ、あの!僕とあなたは初対面だと思うのですが!なにか恨みを買うようなことをしてしまったのでしょうか!」

 

 相手は七大列強の神級剣士。

 強さは最低でもルイジェルド以上。

 護衛を人数に含めても、勝てる気がしない。

 とりあえず、問答無用で襲ってはこないようだが⋯⋯

 

「いいえ、僕も君のことは、つい先日知ったばかりです」

「ではなぜ僕の命を?」

「依頼されたんですよ。ヒトガミと名乗る神に。ルーデウス・グレイラットを殺してくれって」

 

 ヒトガミが、俺を?

 まさか、助言に逆らったからか?

 

「あなたほどのお方が、あんな胡散臭いやつの言うことを聞くんですか?」

「思うところがないわけではないですけどね。まあ、そういう交換条件でしたので」

「条件?」

「ええ、ルーデウス・グレイラットを殺せば、英雄として名を揚げる場を用意すると。彼はベヒーモスの出現を予知してみせた。信ぴょう性はあります」

 

 話の繋がりがいまいち見えない。

 どうやら英雄になりたがってるみたいだが⋯⋯それなら尚更、ヒトガミの言いなりになる理由がわからない。

 

「英雄になるために、関係ない人間を殺すんですか?」

「それに関しては申し訳なく思ってますよ。けれど、もう手段は選んでいられない。このままダラダラ続けていても、父さんの偉業を、北神カールマン二世の名を超えられない」

「お父様の名を超えることが、英雄になることなんですか?」

「ええ、そうです」

「⋯⋯」

 

 開いた口が塞がらない。

 なんだよ、二世の名を超えるって。

 ただ有名になって、チヤホヤされたいだけじゃねえか。

 英雄になるって、そういうことじゃないだろ。

 うまく言えないけど、そうじゃない。

 

「どうすれば、見逃していただけますかね」

「僕を倒せば生き残れますよ。君のような雑魚にできるとは思いませんが、誰にでも抵抗する権利はあります。そのために、わざわざ決闘という形を選んだんですから」

 

 ああくそっ。

 この話の通じなさ。

 自分の考えが正しいと信じて疑わないこの感じ。

 まるでガキを相手にしてるみたいだ。

 いや、実際まだ子供なのか。

 

「⋯⋯ふぅ」

 

 逸る鼓動を少しでも抑えようと、息を吐く。

 

 こういう輩には何を言っても無駄だと、よく知っている。

 前世での俺が、まさしくこんなやつだった。

 俺は他とは違う、自分には特別な才能があるんだ。

 そう思い込んで、両親や兄貴たちの忠告を無視して、その結果受験に失敗して、ズルズル転落していった。

 

 目の前の男は、俺と違って、ちゃんと実力も伴っているのだろう。

 実際、七大列強になっているわけだし。

 それもこの若さでだ。

 調子に乗るのも仕方ないのかもしれない。

 殺されそうになってる身としては、たまったもんじゃないが。

 

『敵襲!』

 

 後ろで待機している護衛にも聞こえるよう、闘神語で声を張り上げる。

 説得は無理だ。

 今も足の震えが止まらないが、やるしかない。

 こんなところで死にたくない。

 ようやく家族が揃うんだ。

 ここで死んだら、今まで耐え忍んできた旅路が無駄になる。

 それにまだ、ロキシーに会えていないじゃないか。

 

 傲慢なる水竜王(アクア・ハーティア)に魔力をこめる。

 相手を殺すつもりで。

 正直、覚悟なんてこれっぽっちも決まってないが、できるかできないかじゃない。

 少しでも手を抜いて、勝てる相手じゃない。

 やってやる⋯⋯

 

「どうやら、やる気になったみたいですね。では改めて。

 我が名は『北神』アレクサンダー・カール───」

 

 北神が言い終わる前に、前方に泥沼を展開する。

 同時に、鋭く、高速で回転する弾丸を生成する。

 最も使い慣れて、最も速く撃てる魔術。

 俺は初めて、明確な殺意をもって、岩砲弾を打ち出した。

 

 

---

 

 

〈北神の手前で、岩砲弾が逸れる〉

 

「!?」

 

 続けざまに3発放ったところで、予見眼が異変を捉えた。

 遅れてもう片方の目にも、同じ光景が映る。

 

 岩砲弾は中空で軌道を変え、弾かれた。

 それに、奴の足元に泥沼が設置されているはずなのに、その足が沈んでいない。

 これが北神の力?

 まさか奴も無詠唱魔術を使えるのか?

 

「驚いた。これだけの速度と威力、それを無詠唱でですか。確かに、他の魔術師とは違うみたいですね。お祖母様の所の人たちと、いい勝負できるんじゃないですか」

 

 しかし、風魔術にしては挙動がおかしい。

 空間に干渉している?

 異能力ものの定番だと、サイコキネシスか、バリヤーか、あるいは重力操作か。

 魔術教本には載っていなかったが、獣族の固有魔術のような例もある。

 それとも何かの魔力付与品(マジックアイテム)の効果か。

 いや、考えるのは後だ。

 とりあえずわかったことは、岩砲弾は逸らされるということ。

 

 今度は逸らしても無駄なくらい大きい魔術を。

 選ぶのは、殺傷能力と範囲の大きな火上級魔術『獄炎火弾(エグゾダスフレイム)』だ。

 

「それにしても、名乗りの途中で攻撃するなんて⋯⋯そうまでしないと、君には勝ち目がないというのも理解出来ますけどね。だからって──」

「があああ!!!!」

 

 俺が魔力を溜めている間も、アレクサンダーは一人で喋っていた。

 先ほどの言動から思っていたが、完全に舐められている。

 むしろ好都合だ。

 構わずに、人がすっぽり収まるくらいの火弾を放つ。

 直撃すれば、まず間違いなく焼死する温度だ。

 

「⋯⋯まあ、何がなんでも勝とうとするその姿勢自体は、僕も素晴らしいと思いますよ」

 

 アレクサンダーは、この攻撃にも余裕を崩さない。

 だが、このサイズは逸らせないと判断したのか、ふわりと飛び上がって回避を選んだ。

 泥が飛び散らないので、おそらく先ほどと同じ謎能力によるものだろう。

 そうなることは既に()()()いた。

 

「そこだ!」

 

 回避先に2発目の火弾をぶち込む。

 本来なら、回避不可能の一撃。

 受け流すか、切り裂くか。

 空中にいる剣士にとれる行動は、そのどちらかだ。

 だが、アレクサンダーは違った。

 奴の物理法則を無視した動きが、予見眼に映る。

 

〈上昇中にガクンと下降して、火弾を回避〉

「君は剣士でもありませんしね」

 

〈空中で、背を押されたように前進し、泥沼の範囲外に着地〉

「君のような雑魚に、余裕を持てというのも難しい話でしょうし」

 

〈一言二言しゃべってから、地面を蹴り肉薄する〉

「僕としてはもう少し───」

 

 ドカーン!

 

 アレクサンダーの話を遮って、かわりに轟音が辺りに響く。

 中級魔術『爆発(エクスプロージョン)

 着地と同時、咄嗟の判断だったが、一番殺傷力の高い魔術を選べた。

 

「⋯⋯やったか?」

 

 と、一応言ってみる。

 反応は無い。

 これで終わりだろうか。

 だとしたら楽でいいが⋯⋯。

 

〈砂埃から、アレクサンダーが飛び出す〉

 

「ひっ!」

 

 死の恐怖で動悸が速くなり、焦りが生まれる。

 覚悟を決めたつもりだったが、無意識に威力をセーブしてしまったか?

 そんなことを考えながら、火弾を連続で放つ。

 あんな自由度の高い避け方をされるなら、1発の大きさよりも、速度と弾数で。

 そう考え、とにかく撃って撃って撃ちまくった。

 

 だが、相手は神級剣士。

 そして、いくら俺の魔力総量が平均より多くても、一瞬で込められる魔力には限度がある。

 アレクサンダーは、放たれた火弾を難なく受け流し、小さい何発かは正面から喰らって。

 しかし、なぜか傷は瞬時に回復し、足止めにすらならない。

 つまり。

 俺は焦って、判断を間違えた。

 

 自覚した途端、体が竦み、思うように魔力を練れなくなった。

 火の雨が止むと、アレクサンダーは地面をより強く踏み込んだ。

 

〈俺を見下ろし、剣を振り下ろす〉

 

 予見眼には、俺を斬るアレクサンダーが映る。

 俺は動けなかった。

 息が詰まり、身体中に鳥肌がたった。

 脳裏に浮かぶ、死。

 

 しかし、ビジョンは一瞬で消えた。

 と同時に、動けなくなった俺に代わって、護衛が前に出た。

 アレクサンダーを迎撃するつもりなのだ。

 だが、いくら戦い慣れた戦士でも、せいぜい上級剣士程度の実力。

 彼は立体的でアクロバティックな動きについていけず、あっという間に吹っ飛ばされた。

 

「っ!」

 

 ほぼ反射的に、アレクサンダーとの間に衝撃波を放った。

 敵を吹き飛ばしながら、俺も後退して距離をとる。

 

 ついさっきの光景。

 既視感があった。

 赤竜の下顎での、俺のトラウマとなっている一幕。

 ルイジェルドが為す術なくやられた時に似ていた。

 目の前の殺意に護衛が割り込み、数秒で対処され、何もできず座り込む俺。

 あの時の経験が活きたのか、二度とああはなるまいという執念か、咄嗟に魔術を撃てた。

 

 すぐさま受け身を取り、顔をあげる。

 すると、後ろで控えていた二人の護衛が、アレクサンダーに向かって走っていくのが見えた。

 よかった。

 さっきの合図は、問題なく届いていたらしい。

 

 アレクサンダーは空中で体制を建て直し、ふわりと物理法則を無視して着地する。

 敵にダメージは無い。

 だが、再びアレクサンダーとは十分な距離ができた。

 体は問題なく動く。

 首と胴体は、ちゃんと繋がっている。

 まだだ、まだ終わりじゃない。

 二人が少しでも隙を作ってくれれば、俺がでかい魔術を当てられるかもしれない。

 

「『土槍』!」

 

 3人を囲むように、四方に土の柱を作り出す。

 そして、さらにその上に。

 

「『土網』!」

 

 護衛の頭上、約50センチほど上に、土の網を作り出す。

 上を遮れば、少なくともあの変則的な動きはなくなるはず⋯⋯

 

「無駄だ!」

 

 一瞬で叩き壊された。

 アレクサンダーは、そのまま流れるように護衛二人に肉薄し、一撃で沈めた。

 北神の動きに反応すらできていなかった。

 あの謎能力がなくたって、本人の実力がそもそも高い。

 ちくしょう、これじゃまた最初の状況と同じじゃねえか。

 どうすればいい。

 このままじゃ勝てない。

 

 焦りばかり募るが、なにもしないわけにもいかず、半ばやけくそ気味に火弾を放つ。

 アレクサンダーは剣を両手で力強く振り下ろし、真正面から切り裂いた。

 

「下がりなさい!ルーデウス!」

 

 即座に反応し、バックステップを踏む。

 二人の護衛より少し遅れて駆けつけたエリナリーゼは、俺の前に出て盾を構えた。

 数瞬後にエリナリーゼが体を仰け反らせ、後ろによろめく。

 まさか、この距離まで斬撃が届いていたのか?

 エリナリーゼが割り込まなければ直撃だった。

 

 だめだ切り替えろ。

 今更ビビってる場合じゃない。

 

「ファイア──!」

 

 刹那の戸惑いを飲み込んで、横にずれ牽制の火弾を撃とうとした。

 そうして杖に魔力を込めながら地面を蹴った直後。

 俺の元いた場所を、エリナリーゼが猛スピードで通過していった。

 そして、エリナリーゼが立っていた場所には、剣を構えたアレクサンダーが

 

「おお、今のを避けますか」

〈剣を振りかぶる〉

「うああああ!!!」

 

 無我夢中で衝撃波を放つ。

 ただ、アレクサンダーと距離をとるためだけに。

 ほんの一瞬対応が遅れただけで、いとも簡単に間合いを詰められた。

 あの様子だと、おそらく今のも全力の速度じゃない。

 こんなの、どうすれば勝てるんだ?

 

 顔をあげる。

 目の前で、アレクサンダーが剣を振り上げていた。

 

「うっ!」

 

 すんでのところで、右に回避した。

 地面にはクレーターができ、予見眼は奴の次の行動を捉える。

 

〈剣を横薙ぎに振るう〉

 

 俺はそれに合わせて、身をかがめる。

 なぜこうしているのか、自分でもわからない。

 どれだけ抵抗しても、死ぬタイミングの先送りにしかならないと頭ではわかっているはずなのに。

 それでも、体が勝手に動いた。

 

 ブゥンと、轟音を伴って、頭上で大剣が振り抜かれる。

 と同時に、脇腹に鋭い痛みが走った。

 

「がはっ」

 

 視界が激しくブレて、左側から思いきり紐で引っ張られたような錯覚に陥る。

 遅れて、蹴りを入れられのだと理解した。

 

(ああ、これが吹っ飛ばされているやつの感覚か)

 

 やがて地面に肩がつき、しかし勢いは全く殺しきれず、全身に砂をまといながら地面を転がった。

 しばらくして停止すると、今度はあばらの痛みに気づく。

 やばい、めっちゃズキズキする。

 まず間違いなくヒビ入ってる、というか折れてるだろこれ。

 

「く、う⋯⋯あれ」

 

 思うように力が入らない。

 これが、北神の一撃の威力か。

 早く立ち上がらないといけないのに。

 

 

 ⋯⋯⋯⋯どうして?

 ここで立ち上がったところで勝てないのに?

 

 奴との力の差は歴然だ。

 俺の魔術は、どれも通用しなかった。

 俺の小手先の工夫をねじ伏せるパワーを持っていた。

 俺一人では勝ち目がない。

 護衛とエリナリーゼを加えても、焼け石に水だろう。

 立ち上がれないのは痛みによるものではなく、俺の戦意が既に、なくなっていたから。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 たった一撃で、戦意をなくしてしまった。

 でも仕方ないじゃないか。

 よくよく考えたら、未来が見えるヒトガミが送り込んできた刺客だ。

 元々、勝ち目のない戦いだった。

 今の一撃で、それにようやく思い至ったというだけの話。

 

 魔法大学に行ってれば、何か違ったのだろうか。

 北神に通じるような魔術を覚えたり、剣士相手の戦い方を学べたり。

 ヒトガミの助言に従っていれば────

 

 ああ、そうか。

 後悔するって、このことだったのか。

 言ってくれれば、俺だって大人しく魔法大学に入学していただろうに。

 いや、あの性悪のことだ。

 こうなることをわかってて黙ってたな。

 やっぱり最初の印象通りの、ろくでなしだった。

 あいつの手のひらの上だったと思うと、妙に腹が立つ。

 しかし、抵抗する気はおきない。

 

 なんとか仰向けになると、眩い日差しを遮って、つまらなそうにこちらを見下ろすアレクサンダーと目が合った。

 こうして近くで見てみると、幼さの残る顔立ちをしている。

 

「しかし、どうしてヒトガミは、あなたの殺しを依頼したんでしょうね。

 無警戒でのこのこ出てきたと思ったら、闘気も纏えず、予見眼を持っていてもトロい反応速度。

 予想外のことにも弱く、状況判断力は高くない。

 敵を殺すのにも躊躇いがあるようですし。

 魔術の生成速度だけは目を見張るものがありますが、それでも僕が封殺できる程度のものだ。

 ヒトガミがわざわざ指名するほどなので、どんな凄腕かと期待していたら⋯⋯。

 正直、僕にとっては役不足もいいとこですよ」

 

 一人でペラペラ喋りだしたが、言い返す気力もない。

 というか、ほぼほぼ正論だしな。

 この、聞かれてもいないことを得意げに話す感じには少々むず痒さをおぼえるが、それくらいだ。

 

 なんというか、もう全部どうでもいい。

 元々、精神の方は限界が近かったのもあってか、思ったよりあっさりと死を受け入れてる自分がいる。

 戦う前は恐怖で震えていたのに、今はこんなにも冷静で、自分が自分じゃないみたいだ。

 死んだら、またあの真っ白な場所に行くのだろうか。

 だとしたら、ヒトガミには一言くらい文句を言えるな。

 

「⋯⋯というわけですが、最後に何か、言い残すことはありますか」

 

 途中から聞き流していたが、ようやく話が終わったらしい。

 それにしても、こんな定番の質問を真面目くさった顔で言うやつがいるとは。

 英雄になりたがってたり、名乗りにこだわりがあったり。

 こういう、いかにもな形式が、アレクサンダー少年の趣味なのだろう。

 

 しかし、言い残すこと、か⋯⋯

 急に言われても、特に思い浮かばないな。

 こいつの趣味に合わせて、意味深なことを言ってみるか。

 ヒトガミのことは信用するな、みたいな。

 いや、やめておこう。

 こいつに助言してやる義理はない。

 なんなら、恨み言の一つや二つぶつけてやりたいところだ。

 まぁ、言ったところで微塵も響かないとは思うが。

 というか、こんな状態で今更格好つけても意味がない。

 そうだな、ここは無難に、エリナリーゼたちを見逃してもらうよう頼んでおくか。

 

「一つお願い、が⋯⋯?」

 

 思考を止めて、改めてアレクサンダーに目を向ける。

 すると、こちらを見ていたはずの北神が、遠くを見つめ、目を見開いて、体を硬直させていた。

 直前までの彼からは想像のつかない表情に困惑して、思わず言葉につまる。

 

「な、なんだ、この悪寒は」

 

 さっきまでの余裕も自身もどこにもない。

 恐怖に震える、いたって普通の少年の顔だ。

 なにか、異常事態が起きている。

 アレクサンダーが警戒心を露わにするような何かが。

 なんなんだよ。これ以上、何をしろっていうんだよ。

 

 うんざりしながら、北神の向く方向に首を捻る。

 

「⋯⋯⋯⋯ぇ?」

 

 思わず、掠れた声が出た。

 

 こちらに向かって歩いてくる男がいた。

 銀髪に、分厚い白いコート。

 いつかと違い、仮面の女はいない。

 砂漠では目立つその容姿で、遠目でもすぐにわかった。

 赤竜の下顎でのことがフラッシュバックし、消えかかっていた恐怖心が一瞬で呼び起こされた。

 

「なん、で、ここに⋯⋯」

 

 思えば、あの自信過剰なアレクサンダーが恐怖一色の顔になってる時点で、察せたことだった。

 なんせあの男は、この世界の、あらゆる生物に恐怖を与える呪いの持ち主。

 俺にとっても、恐怖の象徴でトラウマとなっている。

 近づくにつれて、視線だけで人を射殺せそうな、鋭い三白眼も確認できた。

 もうここまできたら、双子の兄弟であることを祈るくらいしかできない。

 

「誰かと思えばアレクサンダー・ライバックか。この時期にこの場所で会うとは。確かに何かしらの変化はあると思っていたが⋯⋯む、そこにいるのはルーデウス・グレイラットか?ますますわからんな。先ほどの戦闘音は貴様らのものか?」

「き、貴様、何者だ!」

 

 北神は、声を張り上げ問いかけた。

 震えが混じっているせいで、空元気にしか聞こえない。

 

「⋯⋯⋯⋯俺はオルステッドだ」

 

 受けて『龍神』オルステッドは、アレクサンダーと対称的に平坦な声音で、俺が聞きたくなかった名をはっきり名乗った。

 どうやらまだ、悪夢は終わらないらしい。

 

 




次回は、オルステッドが立ち去るまで
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