そんな歯車が突如止まってしまった。詳しく調べてみると、あるものが引っかかっていたためだった。引っかかっていたのは人間だった。
これは、歯車に挟まれた少女「レティス」と、情に厚い隊長、2人の固い絆を描いた作品。
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国のためなら一人を犠牲にしてよいのか、トロッコ問題をモチーフに、幸福と責任の重さ、そして裏に隠れている犠牲についてを静かに問いかける物語です。
執筆は初めてですので、お手柔らかにお願いします。
とある国には、とても重要な歯車があった。
それが動かなくなってしまうと、国全体が大変な目に合うだろうと予想できるほどだ。
…そんな歯車が、突然動かなくなってしまった。
歯車はとても大きい。最大のものでは十メートルを優に超える。小さいものでも五メートル前後ほどもある。
人間のサイズでは、歯車は見上げる形になるため、歯車の下へ来ると、何倍も大きく感じられる。そんな大きい歯車たちが、この国の全てを司っていると言っても差し支えないほどだ。
それほど、大きく、そして重要ともいえる。
歯車は体育館でいうキャットウォークのような高所に設置され、その下のアリーナ部分は、現在は使われていない旧訓練所だ。
今は危険性も考えられ、訓練所が近年新しく作られた。
それに、ここから城はかなり距離がある場所なので、それも踏まえて『旧』となっているようだ。
歯車が前触れもなく、突然動かなくなってしまったこと、その異常さにどこか奇妙さを覚えたのだろう。捜査の一環として、隊長と思わしき女性ら数人が歯車の下へ向かった。
そろそろ到着するそうだ。
以下では彼女のことを隊長と呼ぶことにする。
ーー歯車が止まった理由。簡潔に言えば、引っかかっていたものは人間だった。もっと詳しく言えば少女だ。
言わば高校二年生というくらいの年だろう。
金髪碧眼、少女は美しく、どこかのお嬢様と言われても納得できるほどの美貌だった。
その少女の名前はレティスと言った。レティスは見た目と反し、竹を割ったような性格で、とても凛としていた。
年齢にしては芯があり、悪く言えば少し生真面目だ。
どう頑張っても、レティスは歯車から抜け出すことができなかった。隊長は彼女を死なせたくないため、毎日ご飯をあげに行っていた。
そんな中、レティスの方がひどい目に遭っているはずなのに、歯車の重要性の方が大切だと感じていたらしい。
国の方が重要なのかもしれないが…起きたら歯車に挟まっており、抜け出せなくなった17才ほどの少女が、そこまで考えられるものなのだろうか。
『ーーどうせ歯車から出られないのは分かってるわ。だから早く、歯車を回しなさい。ほら、早く!』
…そうレティスは催促するが、隊長はレティスを見殺しにはしたくなかった。
隊長が今日ここまで来たのは、レティスにご飯をあげに来た。ただそれだけではなかった。隊長はレティスを殺しに来たのだ。
上からもそう言われて、隊長はここまで来ている。
今日隊長がすることは、歯車のストッパーを外し、レティスを殺すこと。それが目的だ。
レティスも歯車を回すことを催促し続ける。
だが、隊長はレティスに情が芽生えたのだろう。隊長はなかなかストッパーを外さなかった。
でも、まだ3日しか経っていない。
まだ、時間はある。だが隊長は、それでも悩み続け、あとに残された時間はわずか一時間ほどだった。
ーーやっと、隊長は決心した。…歯車のストッパーを外した。
ごめんねレティス、と泣きながら隣にいる隊長を横目に、レティスは歯車に引っかかっててうまく伸ばせない腕を精一杯伸ばし、隊長の頭を撫でた。
レティスの方が子供だったけれど、たくさん泣く隊長を見て、ふふっと笑って、子供みたいね、と笑みを零した。
頭に響く轟音が旧訓練所に響き渡る。
低く、重い音。
歯車が動き始めたのだ。 歯車の近くに座っていた隊長に、離れるようにレティスは命令した。隊長は髪を結ってはいるが、それでも、動く歯車に巻き込まれるかもしれないからだ。
レティスは、隊長が自分に弱いことを熟知しているらしい。
レティスは、自分に命令されたら、言うことを聞いてくれるだろう、などと思ったんだろう。
隊長は顔をこわばらせ、十五センチほど離れた。
まだ近い、とレティスは言いたげだったが、少しでも近くにいたいという、隊長の想いからなんだろうと考え、レティスはそれ以上、何も言わなかった。
離れると、隊長はうつむく姿勢になった。 レティスの最期を見届けたい半面、レティスが潰れていく様をみたくはないらしい。
その後直ぐに、ぐちゃっ、と聞きたくない音がして。
レティスの近くに居た隊長は、彼女、レティスの血を被った。その時間、レティスはうめき声一つ上げずにその命を果たした。
先ほど座っていた場所にも、レティスの鮮血がびちゃ、っと大量に飛んでいる。
レティスの身体がどんどん潰れていく。
レティスを正面から見ていなくても、視界の端には、レティスの終わりが見えていた。
綺麗な髪は粉のようになり、臓器は、ぬるっと、まるで生きているかのように、レティスの中から飛び出して来ている。レティスの身体の一部一部が、もう既に、ほとんど原型をとどめなくなっていた。
精一杯伸ばしていたレティスの左腕がぼと、っと落ちた。 レティスは離れていても手を伸ばし続けていたのだ。それが、わざとなのかは分からない。もしかしたら、歯車に引っかかって腕を引っ込めることができなかっただけなのかもしれなかったが、隊長は前者だろうと決めつけた。
歯車を回す前、隊長がご飯をあげに来る頃、2人で話す時間があった。食器を下げるという名目で、毎日ここへ来て、2人だけで雑談をする時間があったのだ。
その時に、レティスは言ってくれた。レティスの片目…右目が義眼ということ。今、弾けるように空を舞った、レティスのその右目。
彼女の目を必死に掴み、レティスの右目と、落ちた左腕を抱き寄せながら涙を押し殺すようにして、何度も「ごめんね、レティス」と繰り返した。
ーー今でも思い出す。レティスと他愛もないことを話した、あの日のこと。そして、レティスが潰れたあの日のことも。
彼女の腕が腐っていくのを見たくなくて、彼女の腕は遺灰にした。
レティスはあそこから、やっと出ることができた。
もう縛られなくなったんだ。
今は私の部屋の小さな箱に入ってくれている。
…落としたくはないから、持ち歩くことは決してないけれど。
それでも一つ、私が持ち歩いているものがある。
周りになにそれ、などと聞かれるけど、私は御守りとしか言っていない。
ーーレティスを知るのは、私だけでいい。
いつもはネックレスのように首に下げている。
だが、軍として出る時は危ないため、家で留守番をしてくれてもいる。
たまに御守りを開けて、中身をぎゅっと握りしめることがある。これは肉じゃないし、潰れることなんてないから。
レティスは今も私に失望することなく、此方を優しく見守ってくれている。彼女のその義眼と、ふいに目が合った。
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