突然の目覚めだった。
年上の子供と比べても大人びている禪院直哉が周りの大人に「この子まだ3歳だったっけ…?」と困惑されながら、3歳の誕生日を迎えてからしばらくして、直哉は自分の身体の中に渦巻く力の奔流を感じた。
周りの大人達はそれを「呪力」と呼んだ。
この歳でその力を自覚するのは当代きっての呪力の天才だと、自分よりも歳を重ねた者達が自分のことを天才だと持て囃した。
次期当主候補だと。
難しい話はよく分からない。
それよりも自分が生まれたこの美しい世界の、季節ごとに変わる景色を見ている方がずっと心が満たされた。
ただ自分には他の人間にはない力があって、その力を持つ人間の中でも優れているということだけはわかった。
自分はすごい人間なのだとそう言われ続けた。
しかし幼い直哉はその事になんら執着することなく、呪力を自覚する頃から見え始めたこの世のものならざる存在に対してただぼんやりと
(この美しい世界にお前らは不釣り合いや)
と嫌悪を覚えた。
それからしばらくして実父であり、現禪院家当主である禪院直毘人に呪力というものや術師と呪術界、そして呪霊と呼ばれるこの世の呪い等のあらましを教え込まれた。
自分がこの世界に似つかわしくないと思った存在は呪霊と呼ばれる存在で自分にとって不倶戴天の存在であることを認識した。
術師の家系に生まれ、術師として生きていくことになる自分の生。
そして呪霊と呼ばれる存在。
この呪いというものを、一生をかけて祓っていくのだと直哉は自分の人生に天啓のような光が差したように感じた。
「…俺はこの世界から呪いを祓う為に生まれたんや」
それが御三家と呼ばれる呪術師の名家に優れた力を持って生まれた自分の使命なのだと、幼き直哉は周りの境遇から強烈に自覚したのであった。
そこから直哉の取った行動は単純なものだった。
(足らへん…何もかも。力が足りん、経験も足りん。鍛えるんやもっと…呪いを祓うために)
直哉はまずは直毘人に師事を仰いだ。
禪院家当主、その肩書きは伊達ではない。
一癖も二癖ある禪院家の連中を束ねる父が術師として一族の中でも頭ひとつ抜けていることは幼い直哉でも理解出来たし、直毘人は自分のことを褒めることは無かった。
自分のことを囃し立てる連中に何かを教わる気にはなれなかった直哉は、息子であろうと態度をなんら変えることなく、一族の1人として接する威厳ある父に対し、幼さ故の寂しさも感じながら1人の術師の先達として尊敬の念を持った。
教わるならこの人や、と。
直毘人は天賦の才を持つ息子の真摯な姿勢に一時期晩酌を忘れるほど、その育成に夢中になったが当主は暇ではない。
付きっきりで呪術のノウハウを教え込むことは困難だった。
それでも直哉は自分の行先を見失うことなく直毘人が不在の際は基礎鍛錬に打ち込んだ。
反復、継続。それが強くなるための最も近道、呪いを祓うため、何も辛くはなかった。
呪力というものに理解が深まるにつれ増していく、呪霊に対する掻きむしりたくなるような嫌悪感。
それに加え、呪術を呪霊を祓うのではなく悪行に用いる呪詛師と呼ばれる術師もいるとのことだ。
どちらもこの世界に存在しているという事実だけで、頭がおかしくなりそうだった。
それなのに周りの禪院家の術師は自分の優位性を主張することばかりに必死になっている。
何かあれば決まって大人達が言う
【禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず】
この言葉も直哉は大嫌いだった
(…そんなに凄いって思われたいんやったら、祓えや呪いを!持って生まれたものだけで威張ってダサいねん!)
「どいつもこいつもうんざりや!!!大嫌いや!!」
「呪力を扱えるくせに!呪霊に!呪詛師に対して!何も思わんのか!」
「術師は呪いを祓ってナンボやろ!!!」
鍛錬の締めに必ず立ち寄る禪院家敷地にある裏庭の、さらに奥にある直哉の秘密の特訓場。
裏山と敷地を隔てる岸壁、それに呪力で強化した拳を打ち付けること、それが直哉の鍛錬のルーティン。
どんな鍛錬をしようとこの打ち込みを体力の限界まで行うことを毎日の日課としていた。
体力が空っぽになるまで、頭の中がクリアになるまで、拳の痛みが気にならなくなるまで呪力を練り、打ち込んでいく。
日に日に大きくなる打撃音と損壊の窪み。
苛立ちから生まれる負の感情、呪力を注ぎ込む。
最後の1回まで丁寧に、崩さず打ち込む。
空っぽになるその最後の1回に自分を高みへ登らせる何かがある。
その1回に至るまでの何百回、何千回という反復は前座。
ただひたすらに重ねたその先の。
極限の中で打ち込むこの1回に意味がある―
全てを出し尽くし、器が空っぽになり、休息を取りまた満たされるその時。
器は広がり、以前よりもより多くのもので満たされていく感覚を覚えた。
これが成長の感覚なのだと直哉は気付いた。
今日も身体を支える体力さえも拳に回し、倒れ込むまで打ち込んだ。
仰向けに倒れ込み、空を眺める。
(…気分がええ…なんもかんも出し尽くして空っぽになって、頭の中がスッキリして最高に気持ちがええ……それやのに)
「台無しやな」
視界の端に現れた滲む呪霊の影に嫌悪感を覚えながら、何故か空っぽになった器が満たされていく感覚を直哉は覚えた。
直哉はピンキリです。
無限の可能性があるんです。