お久しぶりです。
冬になり漁も落ち着いてきまして時間が取れるようになってきたので、更新頑張って行きます。
まだ楽しみにしてくれている方がいれば嬉しいです。
直哉があらゆる機会を通じて、この世を花にするために呪いを祓い鍛錬に勤しむ毎日を送っている頃、禪院扇の妻の妊娠が分かった。
直哉にとって扇は唾棄すべき利権と妄執にまみれたザ・禪院家の男であり、どこに出しても恥ずかしいドブカスではあるが、子どもは関係ない。
命の誕生は、無条件で祝福されるべきだと直哉は思わずにはいられない。
この世には悲しい別れや無惨な死が幾らでも転がっているからこそ命の誕生は尊い奇跡なのだ。
その頃と時を同じくして甚爾が禪院家から出ていってしまった。
直哉は特に驚くようなことはなく、「遂にこの日が来たか」とその事を受け入れていた。
直哉としては、甚爾が最悪の場合禪院家を潰しにかかることも覚悟していたが、当の本人はあっけらかんとして
「じゃあな直哉」
と、まるで何でもない事のように禪院家を後にした。
雪の降る寒い季節だった。
この人にとってはここで過ごしたクソのような毎日も何もかも、まるで手に持っていた軽い荷物を放るくらいの、大したことでは無かったのだろうか。
生まれながらに大きすぎる縛りを持ちながらも、どこまでも自由で、自分では計り知れない器を持った人だったと直哉は小さくなる背中に思った。
天から伸びる鎖もこの人を縛ることは出来ない
「…男の名前覚えるの苦手言うてたやんか」
直哉にできるのは甚爾にこれから幸せが訪れるように願うことだけだが、それはそれとして。
(…甚爾君に子供とか出来たら一悶着あるんやろなぁ)
扇の妻の妊娠と時期が被ったこともあり、その辺りのことに考えが及んだ直哉は何となくこの先に訪れそうな未来を感じた。
その後、扇の妻のお腹の中にいる子供はどうやら双子であると分かった。
呪術界では昔から双子というのは凶兆とされてきた。
御三家ともなればそれは顕著で一族内でも噂として一気に広まり、あまり良くない雰囲気が流れていると直哉は感じていた。
扇の妻もそれを気にして明らかに気を落としている。
出産という命がけの戦いを控えている者に余計な心労をかけないでもらいたい。
扇の妻には、
所詮迷信だから何も気にする必要はないこと
子供は授かりもので、例えどうなろうとも誰かが責任を感じる必要などないこと
今は自分とお腹の子供のことだけを考えて欲しいということ
を、丁寧に伝えたが結婚もしておらず出産も出来ない男である自分の言葉がどこまで届いたかは分からない。
ただ、自分はその日を楽しみにしていると何度も何度も伝えた。
とりあえずいつまでもつまらない噂話をしている一族の者達にちょうどいい任務を紹介してやった。
直哉としてはそんなことは心底どうでもよかった。
人は生まれではなく生き様で決まるものだ。
自分は生まれつき多くのものを持って産まれたが、きっとそうでなくても同じように呪いを憎み今と同じように戦っていたはずだ。
凶兆などどうでもいい、強ければそれでいい。
例え呪術師としての才能がなくても戦場は呪いとのものだけでは無い。
その人間にあった場所で戦えばいい。
直哉はその素晴らしい日を今か今かと待ち望んでいた。
直哉はその日の感動を生涯忘れることはない。
その日はいつものように胸糞悪くなるような呪いを祓い、救えなかった者と哀れな魂の安寧を祈り、自らの無力さを呪いながら失意の内に屋敷に戻ってきた直哉だったが、女中から話を聞き部屋へ駆けた。
思わず勢いよく開けた襖の先には
「…あぁ何でもないことや、単純な話や…どいつもこいつもどうでもいいことばっかり言いやがって」
「なんて…なんて…尊い。これだけでええんやこれだけで」
そこにはこの世の何よりも純粋無垢な存在が存在していた。
子供だけを狙い襲う呪霊だった。
直哉が祓った頃には被害は両手では足りないほどに膨れ上がっていた。
子供の遺体の検視ほど胸を抉られるようなことはない。
だからこそだろうか…直哉は初めて目にする人が命を生み出すという最上の奇跡に余計に心を揺さぶられた。
「直哉様…どうか抱いてあげてください」
扇の妻はそう言って胸に抱いていた子供を優しく見つめた。
「…ええんか…俺なんかが?」
「はい、直哉様だからこそ…」
直哉は扇の妻から先に産まれた子を受け取り、胸の前で何よりも優しく抱えた。
理由は分からないが涙が止まらない。
呪いを祓うことしか知らない、それだけしか出来ない薄汚れた自分の腕の中にこの世の奇跡が存在している。
その柔らかな頬を直哉は人差し指で撫でた。
その時、赤子とは思えないほど強い力で直哉の指を掴んだ。
なんということはない赤子の無意識の反射だ。
それでも直哉は自分に無邪気な笑顔を向ける存在に誇れる人間でありたいと思ってしまった。
「安心せぇ…俺が守ったるわ、俺が3歩前を歩いて何もかも払ったる」
「だから大丈夫や、生まれてきてくれて…ありがとな」
そうやって涙を流す直哉を見て女中達はその神々しい光景に、神や宗教が生まれる瞬間とはきっと今目の前にある光景と同じ様な輝きがあったに違いないと思った。
「直哉様!今お時間よろしいですか?」
それから数日後、鍛錬帰りの直哉の元に紅蘭と共に扇の妻が訪れていた。
「直哉様お忙しい中お時間を頂き申し訳ありません」
「かまへん、それで?」
「…直哉様に先日生まれた私の娘の、名付け親になって頂きたいのです」
「……ん?名付け親…?……なんやて!?」
「おぉっ!直哉様の貴重な焦り顔!!」
「やかましい、それで……どうして俺に?扇は…」
そこまで言って扇の妻が肩を落とし俯いていることに気付いた。
扇は妻が双子を身篭っていることが分かった時から目に見えて妻と距離を取っていた。
まるで自分とは関係がないと言うように。
2人が生まれてからはそれは顕著で、生まれた子供が双子の女児だと分かるとまるで存在しないかのように彼女らを扱うようになった。
そんな奴が子供の名前を考えるなど当然しないだろう。
性根は簡単には変わらない、自分が粛清をしたところで大した効果はないだろう。
おそらくは死ぬまであのままだ。
でも、そうだとしても親は1人じゃない。
目の前にいる女性も2人の子供の親だ。
彼女が名前を付けても良かったはずだ。
…それでも自分を頼ってこうして足を運んでくれた。
降って湧いた大役、重すぎる期待だが、応えない訳にはいかなかった。
直哉は出産の時ぶりに双子と対面した。
今はすやすやと寝息を立てているが、生まれたばかりの子供はまとまった時間睡眠することが少ない。
消化機能が未熟だから栄養をこまめに摂取しないとならないことや排泄のこともあるだろうがそれに付きっきりの母親は分かっていても大変だろう。
目を離せば気付かぬうちに死んでいるかもしれない存在を守っているのだから休まる時間など無いに等しい。
睡眠を取れないことは人を精神的にも肉体的にも不安定にする。
それに加え一族内で置かれている立場のことを考えると扇の妻が不憫でならなかった。
自分が何とかしてやらねばと、直哉は再度気合いを入れ、子供を起こさぬよう静かに襖を閉めた。
直哉はとりあえずこの命題を持ち帰る事にし、扇の妻には一人で抱え込まず子供のことは一族の皆で看ればいいこと、自分は乳はやれないがそれ以外のことならいくらでも協力すると伝え部屋を後にした。
失敗の許されない大役、しかし直哉の中では既に答えは決まっていた。
何か特別な考えがある訳ではなくほとんど直感に近いものであり、すぐに伝えに行こうかとも考えたがせっかく寝かし付けた子供が起きても拙いので、次の日に伝えることにしてその日は休んだ。
次の日の朝、日課を終えた直哉はその足で扇の妻の元に向かった。
例の如く静かに襖を開けると双子は今日も大人しく寝息を立てていた。
「あ、直哉様おはようございます…私ったら直哉様の前でこんな姿……」
そう行って扇の妻は身嗜みを整えようとするが、目元の隈がうっすらと残っていることに気付かないほど直哉は鈍くはない。
しかしそのことをわざわざ指摘するほど野暮でもなかった。
昨日もあまり眠れなかったのだろう。
「この子達ったら…直哉様が来られる少し前から大人しく寝ちゃって、さっきまであんなに泣いていたのに」
「それは大変やったな…すまんなぁ大変な時に。…あー2人の名前、考えてきたんや。聞いてくれるか?」
「!!」
そう直哉が言った瞬間扇の妻は背筋がピンと伸びるような気持ちになって思わず姿勢を正した。
「殆ど直感やった、それでも2人に相応しい名前やと思う。勿論2人の親は俺やない。この名前を必ず付けて欲しいなんて言うつもりは無いから安心して聞いてや」
直哉はすやすやと眠る2人を優しげに見つめながら、2人を起こさぬよう蝋燭に火を灯すように静かに語り始めた。
「お姉ちゃんの方は真希、名前には明るい未来に向かって進んでいく力や特別な才能を持つ人物っていう意味を込めとる。初めて会った時から特別な力を感じたんや、きっとええ術師になる。」
初めて腕に抱いた時、自分の指を握りしめる強い力に直哉は強く未来へ進んでいく稀有な光を感じた。
「そんで妹の方は真依、拠り所や頼りにされる存在って意味や。この子には真希ちゃんの拠り所になって欲しいて思うんや」
優しげのある目元、不思議な落ち着きを持っている子。
前に進んで行く真希ちゃんに腕を引かれて一緒に進んでもいい。
腕を引くものはその先に引かれる者がいるから進めるのだから。
きっと、きっと仲の良い姉妹になる。
きっと禪院をもっと良くしてくれる。
必ず来る未来を思って直哉は2人の頭をもう一度撫でた。
(あぁ…いかん思わず2人を撫でてしまったわ。せっかく寝てたのに泣かしてもうたら目も当てられん)
「すまんすまん、一人で喋り過ぎたわ。」
「さっき言った通りやから…」
そう言ってこれ以上邪魔をしないよう立ち去ろうとした時、直哉は扇の妻の様子を見てギョッと固まった。
扇の妻は口元を抑え、嗚咽を漏らしながら顔を俯かせ涙を流しているではないか。
「な、ちょい待ちや、いきなりどうしたんや…!」
直哉はその震える肩をそっと支えるが、扇の妻の感情はまるで洪水のように流れ出して止まらない。
直哉は頭の中でぐるぐると考えるが、理由に皆目見当もつかない。
(おかしなこと言ってもうたんか?いやいや流石にそんなわけないはずや…)
確かに熟考したかと言われればそうではないが、それでも…と直哉が不安になりかけていたところ扇の妻が直哉の手にそっと重ねられた。
「申し訳ありません直哉様…違うのです。違うのです。直哉様がこの2人を慮ってこんなにも素晴らしい名前を付けてくれたことが嬉しくて堪らないのです」
「この2人が、直哉様のような御方に禪院家の者だと認められたことがこの上なく嬉しいのです」
俯いていた扇の妻は今度は力強い眼差しで直哉を見つめていた。
「直哉様の為、禪院家の為、2人を必ずお役に立てるよう育て上げます」
覚悟を決めた母の瞳だった。
「……そうか、頼むで。困ったことがあれば紅蘭でも俺でも頼ればええ」
直哉は安堵すると共に、自らが目指す目標への地盤が少しずつ出来上がっていく状況に自然と口角がつり上がっていた。
先程まで産まれた2人の事ばかり考えていたのに今はもう呪いのことしか考えられない。
「あんただけが頼りや、呪いを祓うため一緒に戦こうてくれるか?」
直哉の言葉に、扇の妻は自らの全てを捧げ目の前の存在に殉ずるという決意を持って床に手を着き頭を垂れた。
「…期待してるで」
直哉は場違いに上がる口角を手で隠しながら部屋を後にするのだった。
TIPS
ある少年の覚悟
呪力に対する縛り
守るべきもの(非術師等の弱者)に対して呪力をもって危害を加えた場合、術者本人は死亡する。
呪い以外の者との戦闘時、相手の実力によって術師本人は呪力量、呪力出力が大幅に制限され、術式の使用も不可となる。
呪い(呪霊、呪詛師)以外の者に害意をもって危害を加えた場合、永続的に呪力及び術式を喪失する。
本人が無意識に自らに課している縛りであり、代償に対する認識が薄いことから縛りを破ることでの死の蓋然性が高まっている。
それは自らを死に近付ける行為であり、これにより縛りの効力が底上げされている。
効力
呪い(呪霊、呪詛師)に対する呪力量、呪力出力の極大増加。
呪いの等級が上がるにつれ効果増大。
呪いに対する戦意の上昇により効果増大。
呪いに対して呪力による攻撃をした際に、継続的な負傷を加重する(反転術式による治療は困難)
━━━━━━━━━━━呪いが嫌いや。
俺の全ては呪いを祓う為に使いたい、ただそれだけや。
呪いも祓わんと守るべきものを傷付けるような奴は死んだらええねん。
例えどんな理由があろうとも、それが自分だったら尚更地獄に落ちるべきや。