暫くはこのシリーズが続きます。
面白くはないとは思いますが、自分がやりたかった話なのですごく楽しんでます。
人の身体は、優しさで出来ていると直哉は思っていた。
どれだけ酷い怪我だろうと、大病を患っていようと死後は皆同じように穏やかな表情で別れの日を迎える。
遺された者はその穏やかな表情を見て
「生前はあれだけ痛がり苦しんでいたのに…死に顔は安らかだ」
と、救われた気持ちになる。
死者は苦しみや痛みから解放されたのだと、冥福を祈ることが出来る。
言ってしまえばそれは人間の筋肉の動作でしかない。
死後、神経系統が麻痺すると筋肉の緊張が解け弛緩する。
顔も表情筋という筋肉がある以上弛緩していき、苦しんだ顔も、悲しい顔も、笑った顔も普段の穏やかな顔になるのだ。
それが死者の穏やかな顔の医学的な根拠だ。
でも、そうだとしても、あんなに苦しんでいたのに召される時は安らかな顔になったと、遺された者たちが思えるのならそれほど救われることもないだろう。
遺された者たちのためにこの身体の仕組みがあるのだろうか、とすら直哉は思う。
死者の穏やかな死に顔を見る度に、人の身体は優しさで出来ていると直哉は思わずにはいられない。
ならば、これは何だと言うのか。
直哉が進める官公庁との連携、それにより未解決事件として扱われていた事件も呪いが関わる可能性があるものとして情報が共有されるようになり、解決へ導けた例が増えてきていた。
今回も警察内部の協力者からの情報提供だった。
辺境の小さな村で起こった独居老人を対象とした強盗殺人事件。
被害者は殺害されその遺体は損壊されており、自宅は荒らされていることから金品等が盗まれていると見られている。
警察は流し*1の犯人による犯行だと特定し、捜査を開始したが防犯カメラも離れた場所に走る国道沿いくらいしか設置されていないような田舎の村であり捜査は難航している。
独居老人を狙った犯行であることから聞き込み捜査も思ったような成果は挙げられておらず、被害品の特定も出来ていない。
加えて鑑識活動をするもあれだけ部屋が荒らされていたり、遺体に損壊が見られるにも関わらず証跡は無く、凶器の特定すら困難を極めた。
半ば藁にもすがる思いで捜査関係者からの連絡を受けた禪院家は当然のように直哉がその事件を担当することにした。
近隣の村で発生した同様の事件、その数件目の現場に捜査関係者と共に臨場した直哉は被害者のその遺体を見て言葉を失った。
被害者は顔の皮を剥がれ、苦しそうな顔をしたまま事切れていた。
ごく稀にこのような形相で亡くなる者がいる。
死ぬ直前に激しい争いごとがあった場合にこのようなことが起きやすい。
大きな怒りや強い苦しみや持ったままだったり、極めて疲れた状態で亡くなった場合などだ。
そのような場合は顔の表情筋がそのままに死後硬直が始まることになり、苦痛に歪む形相の死に顔になることがあるのだ。
人の身体は優しさで出来ているはずだ。
ならばこの老人の形相はなんだというのか。
話を聞いた際、直哉はこれが呪いに関係しようがそうでなかろうが事件の解決まで協力しようと決めていた。
弱き者の三歩前を歩くのだ。
弱き者の罪を自分が払うのだ。
だが、五感を拡張し、あらゆる情報を受動しながら行った現場見分において、僅かに残る残穢を発見したことで、被害者の無念を晴らしこの呪いを世界から祓うことは自分しか出来ないと強い責任感に直哉は駆られた。
それと同時に湧き上がる黒より暗い感情。
器が軋んでいく。
老人は玄関を一心に見つめたまま、怒りに顔を歪ませて事切れている。
きっと自分を殺し、部屋から金品を奪った犯人を睨みつけながら失意の内に亡くなったのだろう。
この世に強烈なメッセージを残しているように思わずにはいられない。
(お前ら呪いはどこまで俺をコケにすれば気が済むんや…)
器が音を立てて軋む。
…なめやがって
残穢が見つかったのならこの事件はこちらの領分だ。
禪院家から暇そうにしてる探知が得意な術式を持った奴を連れてくれば、遅かれ早かれ下手人は見つかるだろう。
しかし少しでも手がかりは多い方が良い。
本部捜査一課及び、機動鑑識課、所轄の強行犯係と共に見分を進めていく。
警察官は直哉の存在を詳しく聞かされていない。
警察部外の捜査関係者という認識だが、最初はこんな子供に何が出来るのだと半ばバカにしていた。
しかし遺体を見つめる直哉の鬼気迫る表情に、さっきまでの感情は消え去り犯罪を憎む者として奇妙な仲間意識を持つのだった。
直哉は特に荒らされている居間を確認していく。
床には血痕が広がっている。
血痕は通常、滴下すればほぼ円を書くように広がり、高さにより飛散が広がり王冠状にその形を変える。
しかし居間の血痕は円ではなく楕円に、先端に伸びるように広がっている。
これは勢いが付いた状態の血液が飛散した際に見られるものであり、この場で人が争った際に付着した血液の証跡になるのだ。
(必死に抗おうとしたんや…この人は)
箪笥は棚が全て引き出され中身も無残に転がっていた。
この老人は生命と共に生き甲斐までも奪われたのだ。
直哉は居間の大きな柱に、横に線を描くように傷が付けられているのを見つけた。
1番上の傷には10年前の日付けと共に【翔太】とマジックで書かれていた。
(これは…被害者の年齢を考えれば孫か…)
「御家族の方が来られました!」
所轄の若い刑事が告げ、直哉達は家族から事情を聴取するため一旦見分を切り上げた。
現場に来たのは中年の男女であり、被害者の息子とその妻であった。
遺体は現場での写真撮影を終えた後、所轄の安置所へ搬送されている。
事件が強盗殺人事件として立ち上がっているので詳しい死因の解明のためおそらくは解剖に回される事になるだろう。
その際に顔には包帯を巻く等の処置はされるだろうが、簡易的なもので、いつかはあの遺体と対面する時の事を思うと直哉はやり切れなかった。
遺体をまだ確認していないとあり、夫婦は老人の死をまだ現実の事として受け入れることが出来ていない様子だった。
当然だろう、遺体も確認してないのに家族が死んだと言われ誰が信じることが出来ようか。
しかし現場の血痕等の状況を確認して少しずつ現実を受け入れてしまったのだろうか、夫婦は顔は青ざめ肩を震わせいた。
被害者の息子から老人の生前の状況を聴いた。
老人は10年ほど前に妻を亡くし、それから独居となったそうだ。
妻を亡くしてからは塞ぎ込んでしまい家族にも会いたがらなくなり、どんどん偏屈な性格になってしまったようだ。
俺のことは放っておいてくれ、が口癖だったそうだ。
妻が亡くなる前から趣味は貯金でそれをささやかな幸せとして毎日を過ごしていたのではないかという話だった。
しかし今のところ自宅からは金品の類、預金通帳や印鑑等は発見されていない。
やはり犯人が持ち去ったのだろう。
妻を亡くし、唯一の楽しみである貯金をささやかな幸せとして生きていた老人を狙った許し難い犯行であった。
直哉はこの呪いを祓うため、禪院家に連絡を取った。
思ったよりも早く呪詛師の足取りは掴めた。
こんな辺境の地まで呪術師が来るとは思ってなかったのだろう、それも御三家の術師が。
行動は単調で杜撰。
ウチの術師の腕が思ったより良かったのかも知れないが。
ソイツは事件があった村の近くを夜の闇に紛れて移動していた。
見た目は達磨の様な太い眉に丸顔の中年の男。
白いTシャツにドスのような刃物を差して歩いている。
見ているだけで虫酸の走る糞の塊だった。
「グホォァッ!?」
呪詛師の男が木々をぶち破りながら吹き飛んでいく。
直哉は投射呪法で一気に接近し、呪詛師へ渾身の一撃を食らわせた。
様子見?事件のことを聞く?そんなものどうでも良かった。
とにかくこの呪いをこの世から早く祓いたかった。
相手の実力が分からない以上殺してしまう黒閃は使えない。
しかし殺さなければ何をしても構わない。
何故なら目の前にいるのは呪いなのだから。
空掌【散弾】
直哉はパチンコ玉を空中に放り掌で触れ空気と共に固定する。
それを殴りつけることで空気は爆発を起こし、共に固定されていたパチンコ玉も甚大な威力を持って相手に襲いかかる。
呪詛師の男が吹き飛んで行った方向へ飛ぶとそこには、身体全体から血を流す虫の息の男が倒れていた。
「散弾はええ感じにバラけたみたいやね、死んでたらどうしようかと思うたわ」
直哉は今にもこと切れそうな虫を見下ろす。
「て、てめぇ…術師か…クソガキが………」
(ちくしょうが術式を使う暇もなかった!どうにかして切り抜けねぇと……)
「何故あんなことをしたんや?最後に教えぇや」
「ま、待ってくれ、俺は病気がちな母親に少しでも贅沢をして欲しかっただけで―」
「黙れや、もうええ」
(お前ら呪いはどこまでも……)
直哉の脳裏に浮かんでいく、老人の凄まじい苦しみの形相、そして自ら命を絶った優しい人。
優しい記憶、救えなかった自分の無力さ。
あの老人はただ毎日ささやかな幸せを享受しながら生きとるだけやった。
…お前らに呪われたあの人は、死ぬことに許しを求めとった。
俺を呪っても良かったんや、身の回りの理不尽をお前らのせいだと呪えば良かったんや。
それでもあの人は…何も呪わなかった。
自分が死を選ぶことを、死んで楽になる事を、許して欲しいと俺に願ったんや。
……そんな人らをお前らは…呪ったんや
……ざけんなや…………
木々がざわめき出す…少年を中心に風が吹き荒ぶ。
さっきまで輝いていた月は見えなくなり、辺りは闇に沈んでいる。
少年は顔を俯かせ表情は見えない。
(なんだ、なんなんだコイツは…!?この呪力は!!?)
直哉の頭の中に今まで呪いに齎された屈辱が、救えなかった大切な人の笑顔が浮かんでいく。
「あ、ガァ……ギィ……」
血が垂れるほど拳を握り込み。歯が砕けるほどに噛み締める。
器が軋んでヒビが入っていく。
涙が落ち乾いた紙のシワを、事切れたその頬に残る涙の跡を━━━━━━━━
「ガァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
器が割れ、力が際限なく溢れ出す。
皮膚がボロボロと剥がれ落ち、肉が裂け、尚も呪力は止まることはなく、空は直哉から溢れ出した呪力で覆われ、燃えている。
器が、身体が壊れようともどうでもいい。
今は目の前の呪いを。
「ざけんなや……お前らはこの世から欠片も残さず祓ったる…お前らが……お前らが!!!!!!!」
【投射呪法!!!!】
直哉は溢れ出す大量の呪力を投射呪法で拳の周りに幾つも固め、纏わせる。
それはまるで空に浮かぶ恒星のように。眩い輝きを放ち燃え上がる。
そして身体を壊す程の呪力を拳へ。
極大の呪力と、それの周りに浮かぶ巨大な呪力の塊が黒い火花を散らす。
それは正しく巨星が堕ちるかの如き一撃。
黒閃【天堕】
辺りが黒い輝きに包まれた。
「ハァ……ハァ…」
直哉は数十メートルはあろうかと言う巨大なクレーターの中心に立っており、呪詛師の男だったものを見下ろしている。
呪詛師の男はかろうじて人の形をしているが、完全に息絶えていた。
その程度で済んでいた。
直哉は黒閃【天墜】を打つ寸前に周囲に纏わせていた呪力を霧散させ、拳に集めた呪力も大幅に絞り放っていたのだ。
(俺は今…何をしようとしたんや……俺は…!)
仮に直哉が一切威力を制限することなく攻撃を放っていたならば、呪詛師の身体と共に山は地形を変えるほど吹き飛び、半径1km近くの範囲に甚大な被害をもたらしていた。
だがそうさせなかった。
「死体もないのに、遺された人は誰を恨めばええんや!!」
もし、自分が憎しみのまま攻撃していたなら、呪詛師の身体は塵も残らなかっただろう。
しかしそうなれば遺された者の涙はどこへ向かうのか。
家族が殺された、殺した相手も殺されているが死体は無い。
それで誰が納得出来るのだろうか。
自分は、遺族の恨む権利さえも奪ってしまうところだったのだ。
なんて浅はかな事をしでかそうとしたのか、直哉は誰も見ていない独りきりの場所で項垂れた。
呪いは祓った、それなのに心には虚しさだけが残った。
その後、現場鑑識が奇跡的に犯人に繋がる付着物が採取され、DNA型が呪詛師の男と一致した。
これにより独居老人を対象とした呪詛師による連続強盗殺人事件は、犯人である男が捜査の手から逃走の末、焼身自殺を測ったものと捜査関係者により筋書きを用意された上で、被疑者死亡として検察庁へ送致されることとなった。
老人の家の片付けをしている遺族の元へ、事件の解決を直哉と捜査関係者は報告に向かった。
息子夫婦は涙を流し事件の解決を喜んだが、謝罪や事件の真相は犯人から直接語られることはなく死亡してしまったことを悔やんでいた。
捜査関係者から犯人の焼身自殺は突発的なもので準備も不足していたため、死体には長く苦しんだ跡が見られた、と伝えてくれたところ少しだけ溜飲は下がったような表情に見えた。
もし自分が呪詛師を消し飛ばしていたならば、遺族の思いはどこへ行く事も出来ず、留まり苦しみ続ける結果になっていたかと思うと自分の未熟さを呪うばかりだった。
「翔太も挨拶なさい」
夫婦の妻の方が家の奥の方へ声をかけた。
(翔太…あの柱に刻んであった傷の少年か)
その声がした方から大学生くらいの青年が顔を出した。
直哉はその姿を見て思わず崩れ落ちそうになってしまった。
その青年の身長は柱に刻まれていたものよりもずっと伸びていた。
その瞬間に殺された老人が大切にしていたささやかな幸せのその本当の意味を理解してしまった。
(あの人は…貯金が幸せやったんやない。ずっとこの翔太君の事を……)
老人は妻が亡くなった後に、きっと次は自分の番だと悟ったのだろう。
老いた自分が息子夫婦や孫と共にいれば介護や病気の治療等で迷惑をかけてしまうかもしれない。
だからこの老人はわざと家族を突き放すようなことを言って独居を選んだのだ。
それでも孫の成長を願い、柱に刻まれた傷を見ながら貯金をしていたのだ。
全ては可愛い孫のために。
柱の傷と、青年の身長。
そしてささやかな幸せを突如として奪われた老人の無念。
直哉はその場で嗚咽を漏らさないように立つだけで精一杯だった。
屋敷へ戻る車の中、直哉は街並みを眺めていた。
あんな凄惨な事件があったにも関わらず町は行き交う人で溢れかえりそうになっている。
それに対して思うことが無い訳では無い、だが力を持たない者がそうやって呪いと無関係に毎日を暮らしていけるようにすることが俺の使命なのだと、直哉は次の憎き呪いを祓うために気持ちを切り替えていく。
呪術師に足を止めている暇などない。
今も何処かで呪いが誰かを傷付けていると思うと、無限に力が湧いてくるようだった。
ただ、あの家族の事を思うと涙が止まらなかった。
「直哉様…今日は直哉様のお好きなお肉料理をたっくさん用意してますから」
「あぁ…おおきにな」
こんな時でも明るく接してくれる、紅蘭の持ち前の性格が今は有難かった。
もしあの時自制出来てなければ、直哉はそのまま呪いを祓うだけの行為に傾倒していき、全てを破壊しながら呪いを祓うだけのダークヒーローのようになっていました。