ENTUM23   作:マブラマ

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第114話 エトラ破壊命令

2019年9月5日。朝靄が街を包む東京の喧騒から少し離れた、ENTUM本社の近くにそびえるビルの屋上。そこに、バーチャルライバーグループ「にじさんじ」所属のユニット「ぶるーず」の三人が潜んでいた。黛灰、アルス・アルマル、相羽ういは――いずれも個性豊かなVTuberであり、今回の任務の中心には、齢4000年を誇るヴァンパイアの名門、ギルザレン家の現当主・ギルザレンⅢ世の指令があった。

 

人里離れた山奥の城に住むギルザレンⅢ世は、威圧的な風貌と裏腹に、高めでコミカルな声質と飄々としたキャラクター性で、配信頻度の少なさにも関わらず圧倒的な人気を誇る存在だ。その彼の命を受け、ぶるーずの三人はエイレーンがプロデュースした新星VTuber、エトラの監視とENTUM本社の視察任務に就いていた。

 

屋上の冷たいコンクリートに設置された望遠鏡を覗き込む黛灰は、鋭い眼光でENTUM本社の入り口を捉える。

「ほぅ、この女がエトラか……」

彼の声は低く、どこか探るような響きを帯びていた。灰色の髪が朝風に揺れ、神秘的な雰囲気を漂わせる。

隣で、アルス・アルマルが興味津々に望遠鏡を覗き込む。

「へぇ、なかなかいい体型してるね…」

彼女の声は軽快で、どこかからかうようなニュアンスが滲む。アルスらしい、自由奔放な空気がそこにはあった。

相羽ういは、二人とは対照的に冷静に状況を見極めていた。

「将来、最高のVTuberになりそうね。黛君」

彼女の声は落ち着いているが、瞳には鋭い観察力が宿っている。

黛は一瞬、望遠鏡から目を離し、仲間を見やる。

「さてと、俺達もそろそろ動き出すか。アルス、お前は残れ」

「了解!」

アルスは即座に応じ、屋上に残ってENTUM本社を監視する役目を引き受けた。彼女の小さな背中は、まるで任務の重さを楽しんでいるかのように軽やかだった。

 

黛とういはは、屋上を後にし、ビルの地下駐車場に停めてあった一台の車に向かう。塗装が「エモーショナルレッドII(メーカーオプション)」を施した、鮮やかなトヨタ・カローラスポーツだ。エンジン音が低く唸り、車はENTUM本社へと滑り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ENTUM本社の近くに到着したとき、黛とういはは車内からエトラの姿を捉えた。朝の清々しい空気の中、エトラは本社の前に佇んでいる。彼女の周囲にはまだ出勤前の静けさが漂っていた。

「黛君、彼女が例の…」

ういはが助手席から囁く。

「ああ、あの女がエトラだ。―――ケツデカいな…」

黛の言葉に、ういはは一瞬呆れたように彼を睨むが、すぐに視線を戻した。

「彼女一人みたいね…この時間帯は出勤時間だけど…」

ういはが呟いたその瞬間、彼女の視界にもう一人の人物が飛び込んできた。

「ん?あの女は……確か萌実ちゃん?!」

「エイレーンの“彼女”か」

黛の声には、どこか興味深げな響きがあった。

その時、エトラの前に現れたのは、遅れて駆けつけた萌実だった。彼女は少し息を切らせながら、申し訳なさそうに笑う。

「ごめんね遅くなっちゃって」

エトラは気さくに笑い返した。

「いいよ。私も丁度来たところだし――朝マックでも行かない?」

「うん!萌実、マック食べたい気分なんだ」

萌実は目を輝かせ、エトラと並んで歩き出す。

二人は、赤と黒のツートンカラーが目を引くダイハツ・ムーヴカスタムX"ハイパーSA"(初期型)に乗り込んだ。エンジンが軽快に唸り、車は朝の街へと滑り出していく。

 

車内のういはは、萌実とエトラの車を見送りながら、鋭い口調で呟いた。

「叩くなら今しかないよ」

「待て、俺達の指令はエトラの監視とENTUMの視察だ」

黛は冷静に制止する。

「無茶な行動は控えろ」

「でも、放っておいたら…」

ういはは食い下がるが、黛は不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。閣下が保証してくれる」

だが、ういはの瞳には抑えきれない野心が宿っていた。彼女は突然、車のドアを開け、勢いよく外に飛び出した。

「ふふ、手柄を取ればこっちのモノよ」

「おい、何処へ行く!」

黛が慌てて叫ぶが、ういははすでに近くのタクシー――トヨタ・コンフォートに飛び乗っていた。

「美兎ちゃんだってバチャみで知名度を上げてテレビ出演を果たしたのよ!こんなチャンス、滅多にないよ!」

ういははタクシーの窓から叫び、運転手にエトラの車を追うよう指示した。

「お、おい!命令違反を犯すのか!?やめるんだ!ういは!」

黛は焦りながらも、カローラスポーツのアクセルを踏み込み、タクシーを追いかける。

「あの馬鹿…!」

黛はハンドルを握りしめ、歯を食いしばる。朝の街を疾走するカローラスポーツの赤い車体が、陽光を反射してキラリと光った。

一方、タクシーの後部座席で、ういはは不敵に微笑む。

「(今会いに行くからね―――エトラ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ういはの追跡は順調に見えた。エトラのムーヴカスタムを追い、アパホテル秋葉原駅前までたどり着いたその瞬間――彼女の視線がエトラと萌実の車に吸い寄せられる。だが、運命は皮肉なものだ。エトラがふと振り返り、ういはの乗ったタクシーに気づいてしまった。

「ん?あのタクシー…」

エトラが怪訝そうに呟く。

萌実も振り返り、目を細める。

「何か…変な感じ。誰かいる?」

 

ういはは一瞬、息を呑んだ。

「(しまった…!見つかった!)」

彼女の心臓が早鐘を打つ。任務は監視のはずが、思わぬ形でエトラの注意を引きつけてしまったのだ。

その背後では、黛のカローラスポーツが猛スピードで近づいてくる。ぶるーずの任務は、予想外の波乱を呼び起こしていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アパホテル秋葉原駅前の喧騒の中、相羽ういはの心臓は激しく鼓動していた。エトラと萌実の視線がタクシーに突き刺さった瞬間、彼女は直感した――

「(やばい、見つかった!)」

任務は監視のはずが、ういはの単独行動が思わぬ波紋を広げていた。

「運転手さん、ここで降ろして!」

ういはは慌ててトヨタ・コンフォートから飛び出し、料金を投げるように渡すと、秋葉原の雑踏に紛れ込んだ。後ろを振り返る余裕もない。エトラのムーヴカスタムがまだ視界の端にちらつく中、彼女は全速力で路地へと突っ込んだ。

「(くそっ、なんでこうなるのよ!)」

ういはは息を切らせながら、心の中で毒づく。黛灰の警告を無視して飛び出したのは自分だが、ここで捕まるわけにはいかない。彼女の瞳には、野心と焦りが入り混じった光が宿っていた。路地を抜け、広い通りに出た瞬間、ういはの視線がある一点に釘付けになった。そこには、朝日を浴びて燦然と輝く一台の車――紅いGRスープラが、堂々たる姿で路駐していた。流麗なボディライン、攻撃的なフロントフェイス、そして鮮烈な赤の塗装。まるで戦場を駆ける猛獣のような存在感を放っている。

「これ…!」

ういはは一瞬、息を呑んだ。だが、背後から迫る黛のカローラスポーツのエンジン音が耳に届き、彼女の思考は即座に切り替わる。

「(今は逃げるのが先!)」

躊躇する暇はなかった。ういははスープラに駆け寄り、ドアを確認する。運良く――いや、運悪く――鍵が開いていた。

「ごめん、ちょっと借用するよ!」

彼女は心の中で誰とも知れぬ持ち主に詫び、運転席に滑り込んだ。イグニッションを捻ると、2.0L直列4気筒ターボエンジンが野太い咆哮を上げ、ういはの全身にアドレナリンが駆け巡る。

「よし、行くよ!」

スープラはまるで彼女の意志に応えるかのように、瞬時に加速。紅い流星となって秋葉原の街を切り裂いた。

 

だが、ういはが知る由もなかった。このGRスープラは、ENTUMの名誉会長、ベアトリクス・ブレーメの愛車だった。元シュタージの兵士として戦場を駆け抜けた彼女にとって、この車は単なる移動手段ではない。数々の任務を共にした相棒であり、彼女の誇りと情熱の結晶だった。ボディには細かな傷一つなく、常に磨き上げられたその姿は、ベアトリクスの厳格な性格を体現していた。

その頃、株式会社リィズ・ホーエンシュタイン(旧ENTUM秋葉原支部)の応接室で、ベアトリクスはコーヒーを片手に新たなプロジェクトの資料に目を通していた。だが、ふと窓の外を見やった彼女の視線が凍りつく。駐車場に停めていたはずの愛車が、忽然と消えている。

「…何?」

彼女の声は低く、まるで嵐の前の静けさのように不気味だった。手に持っていたカップが、微かに震える。秘書が慌てて駆け寄るが、ベアトリクスの眼光に気圧されて言葉を失う。

「私のスープラはどこだ?」

ベアトリクスの声は、まるで地獄の底から響くようだった。彼女の周囲に漂う空気が、一瞬にして凍てついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ういははGRスープラを飛ばし、秋葉原の街を疾走していた。後方には、黛灰のエモーショナルレッドIIのカローラスポーツが猛追してくる。黛はハンドルを握りしめ、怒りと焦りを隠せない。

「あの馬鹿、なんてことを…!」

ういははバックミラーで黛の車を確認し、ニヤリと笑う。

「ふふっ、追いつけるもんなら追いついてみなよ、黛君!」

彼女の声には、どこか楽しげな響きすらあった。だが、その軽快な気分は長くは続かない。スープラのダッシュボードに、ベアトリクスの私物らしき小さなキーホルダーが揺れているのに気づいた瞬間、ういはの背筋に冷たいものが走った。キーホルダーには、シュタージの紋章を模した小さなエンブレムが刻まれている。

「(…まさか、この車って…!)」

ういはの顔から血の気が引く。彼女が“借用”した車が、ただのスポーツカーではないことに、今さらながら気づいたのだ。その時、遠くからサイレンの音が聞こえ始めた。ベアトリクスの怒りが、すでに動き始めていることを、ういははまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉原の雑踏を切り裂くように、相羽ういはが“借用”した紅いGRスープラが唸りを上げる。ベアトリクスの愛車とは知らず、彼女はアクセルを踏み込み、エトラと萌実の乗る赤と黒のツートンカラーのダイハツ・ムーヴカスタムX"ハイパーSA"を追跡していた。バックミラーには、黛灰のエモーショナルレッドIIのトヨタ・カローラスポーツが迫るが、ういはの唇には不敵な笑みが浮かんでいた。

「ふふっ、エトラも萌実も、逃がさないよ!」

ういははハンドルを握りしめ、GRスープラのターボエンジンが放つ野太い咆哮に心を躍らせる。彼女の瞳には、任務を超えた野心――いや、ほとんどゲームのようなスリルが宿っていた。

「美兎ちゃんがバチャみで掴んだチャンス、私だって負けないんだから!」

秋葉原のネオンが車体を照らし、朝の街を紅い流星が駆け抜ける。エトラのムーヴカスタムは前方で信号待ちに停まり、ういはは距離を詰めるチャンスを逃さない。だが、その瞬間、彼女の視界に白い閃光が飛び込んできた。白い塗装を施したGR86が、流れるようなドリフトで交差点を曲がり、ういはのスープラとすれ違う。その運転席に座るのは、鋭い眼光と冷徹なオーラを放つ女性――アイリスディーナだった。彼女は一瞬、紅いスープラを捉え、眉をひそめる。

「…あの車、ベアトリクスのGRスープラ? なぜここに?」

アイリスディーナは、ENTUMの会長を務める元国家人民軍の兵士だ。かつてベアトリクスと戦場で鎬を削った過去を持ち、今は彼女の盟友として、時に監視者として動く存在。白いGR86は彼女の相棒であり、その流麗な走りは戦場を思わせる精密さを持っていた。ういはの運転するスープラの挙動に、彼女は即座に不審な気配を嗅ぎつけた。

「何か、妙だな…」

アイリスディーナはハンドルを切り、GR86を急旋回させる。白い車体が朝陽を反射し、まるで白狼のような敏捷さでういはのスープラを追い始めた。

 

ういははバックミラーに映る白いGR86に気づき、一瞬、目を疑った。

「え、なに!?あの白い車、めっちゃ速いんだけど!?」

彼女の声には焦りが滲む。エトラを追うはずが、いつの間にか自分が追われる立場になっていた。

「(まずい…この車、ただ者じゃない!)」

ういははアクセルをさらに踏み込み、GRスープラのエンジンを唸らせる。だが、アイリスディーナのGR86はまるで影のように食らいつき、距離を詰めてくる。白と紅、二台のスポーツカーが秋葉原の街を疾走する様は、まるで映画のワンシーンのようだった。一方、前方を走るエトラと萌実のムーヴカスタムでは、車内の雰囲気が一変していた。エトラがバックミラーで後方を確認し、怪訝な表情を浮かべる。

「ねえ、萌実、あの紅い車…さっきからずっとついてきてない?」

萌実はシートでマックのダブルチーズバーガーを頬張りながら、振り返る。

「ん?ほんとだ。なんか派手なスープラだね。…って、待って!後ろにもう一台、白い車が!」

「何!?」

エトラがハンドルを握る手に力が入る。

「これ、ただの偶然じゃないよね…?」

その頃、黛灰のカローラスポーツはういはのスープラを追い続けていたが、突然現れた白いGR86に気を取られ、混乱していた。

「くそっ、ういはの馬鹿はともかく、あの白い車は何だ!?誰だよ、こんなタイミングで!」

黛はハンドルを叩きながら毒づく。

 

アイリスディーナのGR86は、まるで獲物を追う猛獣のようにスープラに迫る。彼女の視線は冷たく、しかしその奥には確かな計算が働いていた。

「ベアトリクスの愛車を無断で持ち出すとは…ただの軽率な行動か、それとも何か企みがあるのか?」

彼女はハンズフリー通話で本社のセキュリティチームに指示を飛ばす。

「こちらアイリスディーナ・ベルンハルトだ。ENTUM本社、至急ベアトリクス・ブレーメ名誉会長に連絡。彼女のGRスープラが秋葉原で確認された。状況を確認中」

ういははバックミラーで白いGR86の執拗な追跡を感じ、冷や汗が背中を伝う。

「(やばい、やばい、やばい!この車、めっちゃヤバい人のじゃん!)」

シュタージの紋章が刻まれたキーホルダーが、ダッシュボードで揺れているのが目に入り、彼女の心臓はさらに速く鼓動した。秋葉原の街を舞台に、紅いスープラ、白いGR86、そして赤いカローラスポーツが交錯する三つ巴の追跡劇。エトラと萌実の朝マックに向かうはずの穏やかな朝は、予想もつかぬ波乱へと突き進んでいた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉原のネオンを抜け、相羽ういはの操る紅いGRスープラは、横浜の街へと突き進んでいた。エトラと萌実の赤と黒のダイハツ・ムーヴカスタムX"ハイパーSA"を追い続ける彼女の瞳には、野心とスリルが混じり合った光が宿っていた。だが、バックミラーに映る白いGR86――アイリスディーナの追跡車――が、まるで執拗なハンターのように距離を詰めてくる。

「くそっ、しつこいな…!」

ういははハンドルを握りしめ、GRスープラのアクセルをさらに踏み込む。横浜の湾岸線を疾走する紅い車体は、まるで夜を切り裂く炎のようだった。後方では、黛灰のエモーショナルレッドIIのトヨタ・カローラスポーツも追いすがるが、アイリスディーナのGR86の存在が全てを複雑にしていた。しかし、ういはが横浜の中華街に差し掛かった瞬間、運命はさらなる急展開を見せる。狭い路地に響く、独特の2ストロークエンジンの唸り。突然、前方に現れたのは、時代錯誤ともいえる東ドイツ製のクラシックカー、トラバントP601だった。そのオリーブグリーンの車体は、まるで歴史の亡魂のように道を塞ぐ。

「な、なに!?あの車、なんでこんなところに!?」

ういはは目を疑い、ハンドルを切ろうとするが、トラバントの運転席から放たれる圧倒的な威圧感に気圧される。そこに座るのは、ENTUMの名誉会長、ベアトリクス・ブレーメその人だった。

「終わりだ、相羽ういは」

ベアトリクスの声は、氷のように冷たく、しかし内に秘めた怒りが燃え上がるようだった。彼女の愛車、GRスープラを無断で“借用”された事実は、彼女の誇りを踏みにじる行為だったのだ。ういはは反射的にブレーキを踏み、スープラが急停止する。後方からアイリスディーナのGR86が滑り込み、完全に退路を塞いだ。横浜中華街の色鮮やかな看板の下、三台の車が対峙する光景は、まるで映画のクライマックスのようだった。

「降りなさい、ういは」

ベアトリクスの声が、トラバントの窓から響く。ういはは観念したように肩を落とし、ゆっくりとスープラから降り立った。彼女の背後では、黛のカローラスポーツが遅れて到着し、彼もまた呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜中華街の喧騒から少し離れた一角、老舗の中華レストランがこの日、異様な空気に包まれていた。ベアトリクスとアイリスディーナによって貸し切られた店内では、円卓に豪華な中華料理が並び、湯気が立ち上る。だが、その中心に座るういはの表情は、まるで処刑台に上がった罪人のようだった。ベアトリクスは、点心を箸でつまみながら、冷ややかな視線をういはに向ける。

「さて、相羽ういは。私の愛車を勝手に持ち出し、街を暴走した理由を聞かせてもらおうか?」

アイリスディーナは、麻婆豆腐をスプーンで口に運びながら、ういはを観察する。

「正直に話すことをお勧めする。ベアトリクスの機嫌は、すでに地平線の彼方だ」

ういははゴクリと唾を飲み込み、観念したように口を開いた。

「…ごめんなさい。私、にじさんじのぶるーずの一員として、ギルザレンⅢ世の指令でエトラの監視とENTUMの視察に来たんです。でも、エトラを追ってるうちに…その、調子に乗っちゃって…」

「調子に乗った、だと?」

ベアトリクスの眉がピクリと動き、箸が一瞬止まる。

「私のGRスープラを、調子の乗ったお遊びの道具にしたと?」

「ち、違います!その、ほんとについ…!」

ういはは慌てて弁解するが、言葉は空回りするばかり。彼女の視線は、テーブルの上に置かれたシュタージの紋章付きキーホルダーに吸い寄せられ、背筋に冷や汗が伝う。アイリスディーナは小さく笑い、青椒肉絲を口に運ぶ。

「ふむ、ギルザレンⅢ世の指令ね。ヴァンパイアの公爵も、なかなか面白い駒を動かしてきたものだ。でも、ういは、あなたの行動はあまりに軽率だった」

ういははうなだれ、正直に全てを白状した。

「エトラがどんなVTuberになるか、気になって…。美兎ちゃんみたいに、私もチャンスを掴みたかったんです。で、ついエトラを追いかけて…その、ベアトリクスさんの車、鍵がかかってなかったから…」

「鍵がかかってなかったから、だと?」

ベアトリクスの声が低く響き、店内の空気が一瞬で凍りつく。

「私のスープラは、戦友だ。傷一つ許さない。それを、貴様は…」

「本当にごめんなさい!」

ういはは頭を下げ、必死に謝罪する。

「もう二度としません!許してください!」

ベアトリクスは長い沈黙の後、深いため息をついた。

「…ふん。貴様の情熱は嫌いじゃない。だが、今回の件はそう簡単には水(みず)に流せない」

アイリスディーナは微笑みながら、デザートのマンゴープリンをスプーンで掬う。

「まあ、ベアトリクス、彼女の正直さは評価してもいいんじゃないか? それに、エトラと萌実の動向も、こうして確認できたわけだし」

ベアトリクスは目を細め、ういはを一瞥する。

「…今回は見ず知らずの車を借りた罰として、しばらく私の下で働くことだな。スープラの洗車から始めてもらうわ」

「え、洗車!?」

ういはは目を丸くするが、ベアトリクスの眼光に気圧され、渋々頷いた。

 

中華レストランの窓の外では、横浜の夜が静かに始まっていた。エトラと萌実は朝マックの後、どこかで新たな一歩を踏み出している。一方、ういはの軽率な行動は、ベアトリクスとアイリスディーナの新たな計画に巻き込まれるきっかけとなった。にじさんじのぶるーず、そしてENTUMの思惑が交錯する中、VTuberたちの物語はまだまだ加速していく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜の中華街で相羽ういはがベアトリクスとアイリスディーナに捕えられたその頃、にじさんじのスタジオでは、異様な空気が漂っていた。人里離れた山奥の城に住む、齢4000年のヴァンパイアにしてギルザレン家の現当主、ギルザレンⅢ世が、豪奢な革張りの椅子にふんぞり返っていた。スタジオの照明が彼の蒼白い肌を照らし、まるで中世の貴族のような威厳を放つ。だが、その高めの声と飄々とした態度が、彼の圧倒的な存在感に奇妙なギャップを生み出していた。スタジオのモニターには、ぶるーず――黛灰、アルス・アルマル、相羽ういは――の任務報告が映し出されている。黛が緊張した面持ちで報告を始めるが、その内容は明らかに失敗の色濃いものだった。

「閣下…申し訳ありません。エトラの監視とENTUM本社の視察任務でしたが、ういはが単独行動を起こし、ベアトリクスのGRスープラを無断で持ち出した結果、横浜で捕まりました…」

黛の声は低く、悔しさが滲む。隣に立つアルスは、気まずそうに視線を泳がせている。ギルザレンⅢ世は、報告を聞きながら、片手に持ったワイングラス(中身はトマトジュース)を軽く揺らす。長い沈黙がスタジオを支配し、黛とアルスの背中に冷や汗が伝う。だが、次の瞬間――。

「はははははっ!なんじゃそりゃ!最高に面白いじゃないか!」

ギルザレンⅢ世の哄笑が、スタジオの壁を震わせた。4000年の時を生きるヴァンパイアの笑い声は、まるで雷鳴のように響き、黛とアルスを呆然とさせた。

「か、閣下!?いや、任務は失敗したんです!ういはがベアトリクスに捕まって…!」

黛が慌てて弁明するが、ギルザレンは手を振って制する。

「失敗?ふん、失敗だと?これは失敗じゃない、エンターテインメントだ!」

ギルザレンは立ち上がり、グラスを掲げて続ける。

「考えてみろ、黛!ういはがベアトリクスの愛車を“借用”して横浜を疾走し、挙句に中華街で捕まる!しかも、トラバントP601に道を塞がれるなんて、こんなドラマチックな展開、俺の4000年の人生でもそうそうお目にかかれんぞ!」

アルスが口を挟む。

「でも、閣下、ういはは今、ベアトリクスの下でスープラの洗車をさせられてるみたいですよ…?」

「それがまたいい!」

ギルザレンは目を輝かせ、まるで子供のようにはしゃぐ。

「ベアトリクス・ブレーメ、元シュタージの女傑だぞ!その彼女が怒り心頭でトラバントを乗り回し、ういはを追い詰めるなんて、まるで映画のワンシーンじゃないか!いや、配信のネタとしても最高だな!」

黛は額に手をやり、深いため息をつく。

「閣下…我々の任務はエトラの監視とENTUMの動向を探ることだったはずですが…」

「細かいことは気にするな、黛!」

ギルザレンは笑いながら、モニターに映るエトラの配信映像を指差す。「見てみろ、エトラはすでに萌実と和解し、朝マックを楽しみながら新たな絆を築いている。この騒動のおかげで、彼女たちの物語に一層のスパイスが加わったじゃないか!」

アルスが小さく呟く。

「…閣下、なんか楽しそうですね」

「当然だ!VTuberの世界は、予測不能なドラマこそが命だ!」

ギルザレンはグラスを掲げ、トマトジュースを一気に飲み干す。

「ういはの軽率な行動も、エトラの初任務も、すべてがこの舞台を彩るピースだ。次はどんな波乱が待っているか、楽しみで仕方ないな!」

ギルザレンⅢ世の大笑いが響くスタジオの外では、夜の闇が静かに広がっていた。ういははベアトリクスの下で洗車という“罰”をこなし、エトラと萌実は新たな友情を育んでいる。だが、この一連の騒動は、にじさんじとENTUM、そしてその裏に潜む者たちの思惑をさらに絡み合わせていた。ギルザレンの哄笑が示すように、VTuberたちの物語は、予測不能な展開へと突き進む――。

 

 




作中にリィズの名前を使用しているENTUM傘下の事務所、株式会社リィズ・ホーエンシュタインが出てきてますが、ネーミングの元ネタは株式会社山口達也ですね(事務所自体のモデルはエトラと萌実が所属していた株式会社ICT)
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