ENTUM23   作:マブラマ

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第205話 アカリの過去

2020年11月15日

GOOMSTUDIO 配信ルーム

 

GOOMSTUDIOの配信ルームは、モーションキャプチャ装置の機械音とモニターの冷たい光で満たされていた。

ミライアカリは、金髪サイドテールとピンクの星マークが揺れる新衣装をまとい、椅子に座り膝を抱えていた。

蒼い瞳には疲労と葛藤が滲んでいたが、11月9日、10日、13日の配信で届いた姜小花、鳴神裁、劉翠蘭の音声メッセージが彼女の心に希望を灯していた。

手元にはバスク郷里の強制的な台本――ホロライブとにじさんじを批判する内容が盛り込まれたもの――が置かれていたが、アカリはそれを握り潰し、決意を胸に秘めていた。

橘雅清が部屋に立ち、冷たくアカリを見下ろした。

「貴様の笑顔など、バンナムの利益のためにある。従わなければ、貴様のチャンネルを永久に封鎖するぞ。」

アカリは拳を握り、震える声で反発した。

「そんなこと、絶対にしない! ファンのみんなを裏切るような配信、できないよ!」

岩城が静かに現れ、穏やかに言った。

「橘さん、アカリさんの気持ちも少しは考えてあげてください。彼女はファンのために頑張ってるんです。」

橘は岩城を睨みつけ、吐き捨てた。

「貴様も軟弱なことを言うな! バスクの命令は絶対だ!」

アカリは岩城に視線を向け、かすかに微笑んだ。

「岩城さん…ありがとう。あなたの言葉、ちゃんと届いてるよ。」

その瞬間、配信ルームの扉が勢いよく開かれ、オレンジ色の三つ編みショートヘアの女性、NEOENTUM幹部のファルカ・ミューレンカンプが現れた。

鋭い視線で部屋を見渡し、アカリに力強く言った。

「アカリさん、この様子だとまだ折れてないみたいですね。」

橘はファルカの突然の登場に狼狽えた。

「な、何だ貴様は!」

ファルカは一歩踏み出し、橘を睨みつけた。

その眼光は、かつてシュタージのヴェアヴォルフ大隊の兵士だった頃を彷彿とさせた。

「橘さん、話は全部聞かせてもらいましたよ。あなたがやってる事はパワハラです! 労働基準法違反で犯罪ですよ!」

橘は後ずさりしながら、声を荒げた。

「こ、これは指導だ! バスク様に従わなければ、俺たちがクビにされるんだ!」

ファルカは冷笑し、容赦なく畳み掛けた。

「――は? 貴様、何言い訳してるんだ。そんな理由、通用するとでも思ってるのか?」橘は歯を食いしばり、声を絞り出した。

「ぐぐぐ…」

ファルカはさらに近づき、鋭く言い放った。

「今すぐアカリさんの指導を見直せ。――さもなくば、厚生労働省に報告して東京拘置所に入れるぞ!」

橘は怯まず、必死に言葉を選んだ。

「ぎぎ…俺は…ただバンナムの社員として…」

ファルカが遮り、冷たく言った。

「バンナムの社員だから何だ?」

橘は声を震わせ、叫んだ。

「…生活のために、頑張ってるんだ!!」

ファルカの声が雷鳴のように響いた。

「だから何だって言うんだァァァァ!!!――貴様、まだ理解できないのか? ミライアカリは“銀河系より美しい”四天王VTuberだと!」

橘はファルカの怒気に圧され、恐怖に顔を歪めた。

「な……!」

ファルカはさらに畳み掛けた。

「それともう一つ、貴様はバスクから賄賂を受け取ってるそうだが、これは賄賂罪だ。」橘は顔を真っ青にし、声を震わせた。

「わ、賄賂なんて…」

ファルカは冷たく微笑み、話を進めた。

「(シュタージに培った能力をフル活用すれば、どんな情報だって手に入れられます。そろそろ締めにいくか)橘さん、最近『flowerhoneyQuest』というネトゲーで…RMTにハマってるそうですが、それを稼いでるのは極々一部の人間だけです。ハンドルネームは撃震という名前ですが…」

橘は目を丸くし、叫んだ。

「お前、一体何者だ?」

ファルカは橘を無視し、アカリに視線を移した。

「ネット上の恋愛・友情は作り物ですよ――あなたの恋愛相手はリダさんですよね? 私は一度会ったことがあります。アカリさんがENTUMにいた頃、RMTにハマってて彼女を何とかしようと、それで知り合ったんです。」

橘は混乱し、アカリに目を向けた。

「アカリ、それは本当か!? 俺は聞いてないぞ!」

アカリは静かに頷き、過去の記憶を辿るように呟いた。

「…本当だよ。一度、沼にハマっちゃって…それでファルカさんが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年、世田谷区のアパート(回想)

 

アカリの記憶は、2018年のENTUM時代、世田谷区のアパートに遡った。『flowerhoneyQuest』にハマり、リダというキャラクターとの冒険に夢中だった。

ゴブゴン戦の興奮、小屋での穏やかなひととき、コンボ攻撃のスリル――それらが彼女の心を掴んで離さなかった。

ある日、ファルカ・ミューレンカンプがアパートを訪れ、鋭い言葉を投げかけた。

「アカリさんに、ネトゲーが何たるかを教えようと思いまして。」

アカリは言葉を失い、黙ってファルカを見つめた。

「…」

ファルカは淡々と続けた。

「リダ・カナレス本人と接触し、彼女をモーションキャプチャーとしてリダというキャラクターを作って、一緒にプレイしてたんです。」

アカリの目が大きく見開かれ、スマホを握る手が震えた。

「ファルカさん…貴女がリダの正体だったの? 酷いよ! じゃあ最初からアカリを騙して…!」

彼女の声は裏切られた痛みと怒りで震え、涙が頬を伝った。ファルカの無表情な顔に、申し訳なさのような影がよぎった。

「騙すの何も、これは全部貴女が撒いた種ですよね? アカリさん、まさかリアルのリダもこんな感じの美少女だったとは思っていませんよね?」

リダ――現実の女性――が申し訳なさそうに手を合わせ、柔らかく言った。

「アカリちゃん、ごめんね…でも、貴女にネトゲーの恐ろしさを教え込もうと…」

アカリはリダの優しい声に一瞬心を揺さぶられたが、すぐに涙を拭い、唇を噛んだ。

ファルカが一歩踏み出し、冷たくも現実的な言葉を突きつけた。

「ネット上では名前や歳も性別も外見も自由に変えられるんです! 真の仲間なんてただの幻想に過ぎません!」

アカリの声が小さく震え、スマホを握りしめた。

「げ…幻想…」

リダが黙ってアカリを見つめ、悲しげな瞳を向けた。

「…」

アカリは涙をこらえ、声を絞り出した。

「そ、そんな事ぐらい分かっていたよ……! アカリがネトゲー始めたのはただ…RMTで金を稼ぐためで…!」

ファルカの声に、ほんの少し同情が混じった。

「RMTですか…」

リィズ・ホーエンシュタインが部屋の入り口に現れ、冷ややかな視線をアカリに投げた。「ファルカ。」

「はい、先輩。」

ファルカがリィズに敬意を込めて頷き、再びアカリに向き直った。

「RMTで稼ぐには、チームを組み、かなりシビアなやり方で取り組む必要があります! それが出来てるのは極々一部の人間だけです! アカリさんみたいに騙されやすく、プログラムの知識がない人間には不可能です!」

アカリは目を伏せ、震える声で反論した。

「あ…アカリには時間が…」

ファルカが一歩近づき、容赦なく畳み掛けた。

「じゃあ、この先何年続ける気ですか? 10年、20年、30年…このままずっと続ける気ですか?」

リィズが腕を組み、鋭く言葉を重ねた。

「30年後の自分の姿を想像しなさい!」

アカリの瞳が揺れ、彼女は腰を下ろした。

「さ…30年後…」

リィズの声が冷たく響いた。

「事務所から追放され、RMTの夢を破れ、実家に呼び戻され、両親に養われている50歳の自分を!」

アカリの心に、30年後の孤独な姿が焼き付いた。埃っぽい部屋、レベル13000の魔法戦士としての虚しい誇り、両親の諦めた声――それらが冷たい刃のように彼女の心を切り裂いた。

リダがそっとアカリの手を握り、優しく言った。

「アカリちゃん…ゲームの世界は楽しいけど、現実も…ちゃんと見てほしいな。」

ファルカが静かに続けた。

「アカリさん、ENTUMの仲間たちは、貴女を必要としてます。現実で待ってる人たちがいるんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2048年、ミライアカリの実家(幻)

 

アカリの記憶は2048年の未来へと飛んだ。

実家は静かな地方都市の郊外にひっそりと佇む古びた家屋。

壁の塗装が剥がれ、庭の雑草が伸び放題だった。

部屋の中はスナック袋やぬいぐるみのカオスに埋もれ、埃っぽい空気が漂っていた。

モニターの光が、アカリの疲れた顔を青白く照らした。

「アカリ、ご飯の用意できたから、たまには食べにらっしゃい。」

母の声は優しいが、諦めた響きを帯びていた。

「うっせーな! ババァ! 私に構わないで!!」

アカリの声はかつての明るさを失い、苛立ちと虚無感に満ちていた。

古びたゲーミングチェアに座り、『flowerhoneyQuest』の世界に目を凝らした。

レベル13000の魔法戦士、フラワーハニーのヒーロー――それが彼女の唯一の誇りだった。

父の低い声が響いた。

「放っておきなさい。彼奴はもう50だ。人に言われる歳でもないだろう。」

母の声が小さくなった。

「でもあの娘…事務所追い出されてからまだ無職で…」

「もう手遅れなんだ。何もかも…」

アカリはモニターを睨み、歯を食いしばった。

「…ったく、好き勝手言って…!」

脂でベタついたキーボードを叩き、画面のキャラクターがモンスターを倒した。

だが、その動きには情熱が感じられなかった。

突然、腰に鋭い痛みが走り、アカリは顔を歪めた。

「いてっ! 最近腰が痛くて…ちょっと太ってきたかな…」

立ち上がろうとしたが、体の重さにバランスを崩し、モニターの前に崩れ落ちた。

「あ! あぁ…うあああああああああああああああ!」

叫びは、30年間の夢と現実のギャップが噴出したかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月15日、GOOMSTUDIO 配信ルーム(現在)

 

アカリは2018年の記憶と2048年の幻から現実に引き戻され、涙を拭った。

「…ENTUMが解散した時は正直、悲しかったけど、ベアトリクスさんやアイリスディーナさん、ニコラさんにカタリーナさん。―――ファルカさんも感謝している。でもGOOMに来てから地獄そのものだけど、アカリは頑張ってるんだよ。みんなから支えられて…アカリは…アカリは…」

橘はアカリの言葉を聞き、目を伏せた。

彼女の声に込められた痛みと決意が、彼の心に刺さった。

「お前がそんな事があったなんて…」

橘は深く息を吐き、アカリに頭を下げた。

「すまなかった! 俺はバスクの命令に従っただけで、クビになるのが怖かっただけだ。――これからは厳しく指導はしない。お前のペースでやれば良い。」

アカリの目が輝き、かすかに微笑んだ。

「ありがとう…橘さん。」

ファルカは橘を一瞥し、静かに言った。

「橘さん、賢明な判断です。これ以上アカリさんを傷つけるようなら、私も黙ってませんよ。」

岩城は微笑み、ファルカに頷いた。

「ファルカさん、ありがとう。アカリ、俺たちもお前を支える。もうすぐだ。」

アカリは頷き、胸に希望を灯した。

ファルカの介入と橘の心の変化は、#SaveAkariのムーブメントに新たな光明をもたらした。

その瞬間、配信ルームの扉が再び開き、生駒葵が現れた。

彼女は規律正しい姿勢で、鋭い視線を橘に向けた。

「…成る程、橘……話は全部聞かせてもらった。お前がやってる事はパワハラ―――労働基準法違反で犯罪だ!」

 

 

GOOMSTUDIOの配信ルームで、アカリは立ち上がり、呟いた。

「ファルカさん、橘さん、みんな…ありがとう。アカリ、ファンのために絶対に負けないよ…!」

彼女の心には、仲間たちの想いとファンの応援が響き合い、「ココロヤミ」を超える希望が燃えていた。

#SaveAkariのムーブメントは、ファルカの介入、橘の転向、生駒の動揺、カタリーナの潜入、ギルザレンⅢ世の拡散、鳴神とシロの協力、姜小花と劉翠蘭の諜報、内部協力者の結束により、かつてない勢いで加速。ミライアカリの救出とちゆるの命を守る戦いは、11月17日の配信を目前に、決定的な局面を迎えようとしていた。

だが、まだ終わる気配はない。

 

 

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