2018年5月1日、株式会社ENTUMの名誉会長室は、まるで嵐の前の静けさを思わせる緊張感に包まれていた。窓から差し込む光が、ベアトリクスのデスクに冷たく影を落とし、部屋の空気は重く張り詰めていた。ニコラが書類を手に、ベアトリクスの前に進み出る。
「少佐、匿名で起訴状が届きました」
ニコラの声は冷静だが、その瞳には不安が滲んでいた。
ベアトリクスが眉をひそめ、書類を受け取る。
「起訴状?」
カタリーナが小さく呟く。
「嫌な予感がします……」
ベアトリクスは書類に目を落とし、冷たく言い放つ。
「調べるまでもない。エイレーンが偽の証言をしてでっち上げてるに過ぎないわ」
ニコラが慎重に問う。
「如何なさいますか?」
ベアトリクスが不敵な笑みを浮かべる。
「情報戦なら私たちのほうが上よ。落ちこぼれのクリエイターなぞ敵ではないわ。始末しろ」
ニコラが即座に敬礼し、通信機に手を伸ばす。
「ハッ! ヴォルクヴァルテ01、出撃命令だ」
通信機の向こうから、冷徹な声が応じる。
《了解! 今、現場に向かう》
ニコラがベアトリクスに視線を戻す。
「これでエイレーンは……」
ベアトリクスが冷たく続ける。
「情報漏洩罪として捕まり、刑務所へ入らせる。私に歯向かうからこうなるのよ」
その時、部屋のインターホンが鳴り、秘書が緊張した声で告げる。
「名誉会長、キズナアイさんが名誉会長に会いたいと……」
ベアトリクスが一瞬目を細め、即座に命じる。
「通せ」
ニコラが呟く。
「キズナアイ? あぁ、『魔法少女サイト』の……」
カタリーナが小さく頷く。
「挑戦状って訳ね」
ベアトリクスが静かに繰り返す。
「挑戦状ね」
突然、ファルカが息を切らして部屋に飛び込んでくる。
「同志少佐! エイレーンがテレビに……!」
ベアトリクスが驚愕に目を丸くする。
「何だと!?」
その時、ドアがノックされ、キズナアイが軽やかな声で入ってくる。
「失礼しまーす♪」
ニコラがベアトリクスに視線を向け、囁く。
「少佐……」
ベアトリクスが冷たく命じる。
「入らせろ! 見せしめにしてやる」
カタリーナが慌ててテレビのスイッチを入れる。
「テレビ付けます!」
ピッと音が鳴り、画面にエイレーンの姿が映し出される。
エイレーンが明るく、しかしどこか不気味な笑顔で語りかける。
《百合百合パラダイスの完成のため、一口百万年。皆様からの御心労受け付けています!》
ドアがガチャリと開き、キズナアイが部屋に入ってくる。彼女はテレビを一瞥し、首を傾げる。
「あれ? あの人って確か……」
カタリーナが眉をひそめ、呟く。
「何かインチキっぽいわ」
ニコラが頷く。
「ああ、これでは怪しい団体と変わらん」
ベアトリクスは無言でテレビを見つめ、内心で呟く。
「(エイレーン……勝手なことを……! これでは視聴者が離れていく。もうエイレーンは不要だ。しかし……)」
彼女の視線が、部屋に入ってきたキズナアイに向けられる。キズナアイは無邪気な笑顔を浮かべているが、その瞳には鋭い光が宿っていた。ベアトリクスは一瞬の迷いを見せた後、冷徹な決意を固める。
「キズナアイ、貴女がここに来た理由は分かっている。ENTUMを挑発しに来たのだろう?」
キズナアイが軽く肩をすくめる。
「挑発だなんて、そんなつもりないよ! ただ、ミライアカリちゃんの会社がどんな感じか、気になっちゃって♪ それに……エイレーンさんのこと、ちょっと心配だなって」
ベアトリクスが目を細める。
「エイレーンはもうENTUMの人間ではない。彼女の行動は会社とは無関係だ」
キズナアイが小さく笑う。
「ふーん、そうなんだ。でも、テレビでこんなこと言っちゃうと、ENTUMのイメージにも影響するんじゃない? ねぇ、名誉会長さん?」
部屋の空気が一層冷たくなる。カタリーナとニコラが互いに顔を見合わせ、ファルカが息を呑む。ベアトリクスは一瞬の沈黙の後、静かに言い放つ。
「エイレーンは始末される。貴様が心配することはない」
キズナアイの笑顔が一瞬凍りつき、すぐに元に戻る。
「始末……するの? ちょっと物騒だね。でも、まあ、ENTUMのやり方って、そういう感じなんだね。面白いな~」
ベアトリクスが冷たく続ける。
「貴様もENTUMを舐めるな。ミライアカリは必ず貴様を超える」
キズナアイがニコッと笑い、軽やかに答える。
「うん、楽しみにしてるよ! ミライアカリちゃん、頑張ってね♪ じゃあ、またね!」
彼女が踵を返し、部屋を出ていく。ドアが閉まる音が響き、名誉会長室に重い静寂が戻る。ベアトリクスはテレビを消し、ニコラに命じる。
「エイレーンの件、急げ。彼女がこれ以上ENTUMに害を及ぼす前に」
ニコラが頷く。
「了解しました、少佐」
カタリーナが小さく呟く。
「キズナアイ……彼女も一筋縄ではいかないわね」
ファルカが不安げに言う。
「エイレーンさんが……本当に始末されるんですか?」
ベアトリクスが冷たく答える。
「必要とあらば、だ」
名誉会長室の空気は冷え切り、窓の外では春の風がそよぐ。ENTUMの物語は、内部の権力闘争と外部からの挑戦が交錯し、さらなる混沌へと突き進む。エイレーンの運命とキズナアイの真意は、ENTUMの未来に暗い影を落としていた――。