ENTUM23   作:マブラマ

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第213話 ソウル帰りの男

2020年12月1日

GOOMSTUDIO 会議室

 

冷たく無機質な蛍光灯の光が、会議室に重苦しい空気を投げかけていた。

テーブルの上には、失敗に終わった企画の報告書と、新たに配属される社員の資料が無造作に置かれている。

部屋には緊張感と不協和音が漂い、まるで嵐の前の静けさのようだった。

ジャミトフ西村の声が、鋭く室内に響いた。

「バスクよ。あの『ジン何杯飲めるか?』の企画、失敗したそうじゃないか? どういうつもりだ…ミライアカリを壊す気か?」

その声には、苛立ちと失望が滲んでいた。

バスク郷里は目を伏せ、額に汗を滲ませながら弁解の言葉を絞り出した。

「……後にジュース類を与えたのですが…確かに、無理がありましたか」

「無理強いはするなと酒の席で言ったはずだ!」

ジャミトフの声がさらに鋭さを増す。

「今後、こんな企画を提出したら即却下だ!」

バスクは深く頭を下げ、震える声で答えた。

「了解しました…。ですが、ここに配属する新人の件ですが…」

ジャミトフは苛立ちを抑え、気分を切り替えるように息を吐いた。

「ああ、確か彼はニューヨーク支社、ベルリン支社、モスクワ支部…そしてソウル支部を転々としてきたエリートだそうだな」

バスクの口元に、薄い笑みが浮かぶ。

「ククク、そのエリート社員の顔がどんなのか、楽しみですね」

ジャミトフは頷き、時計に目をやった。

「もう来るはずだ」

その瞬間、会議室の扉が静かに開いた。

そこに現れたのは、自信に満ちた雰囲気を纏った男だった。

整った顔立ちに、鋭い眼光。スーツの裾を軽く払い、彼は堂々と名乗った。

「ソウル支部から転勤してまいりました。パプテマス・シロッコです。お初にお目にかかります、ジャミトフ様、バスクさん」

ジャミトフは鋭い視線でシロッコを値踏みするように見つめた。

「シロッコ――ここに来たからには、しっかり働いてもらうぞ」

バスクは冷ややかな笑みを浮かべ、付け加えた。

「ミライアカリの動画企画の会議に参加してもらう。貴様も彼女のことは知ってるだろう?」

シロッコは落ち着いた笑みを崩さず、さらりと答えた。

「ミライアカリ…存じていますよ。VTuber四天王と呼ばれた“変態バーチャル芸人”ですね」

その言葉に、会議室の空気が一瞬凍りついた。

「ん!?」

ジャミトフの目が見開く。

バスクも声を荒げ、詰め寄った。

「今、何と言ったんだ!?」

シロッコは動じず、平然と繰り返した。

「ですから、“変態バーチャル芸人”と」

ジャミトフはバスクを睨みつけ、怒鳴った。

「バスク、過去の動画は全て見たはずだろう!?」

バスクは慌てて答えた。

「は、配信動画以外は全て視聴済みです!」

「この愚か者が! 全て見ろと言っただろう!」

ジャミトフの声が会議室に響き渡る。

バスクは深く頭を下げ、震える声で謝罪した。

「…申し訳ありません」

シロッコは冷静に、しかしどこか楽しげに話を進めた。

「おや、この様子だとご存じなかったようですね。ジャミトフ様――彼女、巷でかなり有名ですよ。2年前、ネトゲーにハマって依存症一歩手前まで行ったり、マルチ商法の『ネオアムウェイ』で商品を買わされて騙された過去があるんですよ」

バスクは目を丸くし、呟いた。

「シロッコ…初日から早々と…」

ジャミトフは目を細め、苛立ちを隠さなかった。

「お前もだ、バスク! 彼女にそんな過去があったとは…全く知らなかったぞ」

シロッコは自信満々に、まるで舞台の主役のような口調で提案した。

「ここで一つ提案があります。ミライアカリの監視と動画配信のチェック、ぜひ私に任せてください」

ジャミトフは一瞬考え込み、厳しい声で命じた。

「…バスク、貴様は降りろ」

バスクは反発するように声を上げた。

「しかし…!」

「聞こえないのか! 今すぐ降りろ!」

ジャミトフの声に、バスクは渋々頷いた。

「……了解しました」

シロッコは満足げな微笑みを浮かべ、話を続けた。

「では、決まりですね。ジャミトフ様、もう一人配属される社員もここに来ます。名前は水谷沙羅。以前はホビー事業部にいました」

ジャミトフは頷き、冷静さを取り戻した。

「そうか…ここに来るなら、多少の戦力になるだろう。だが、単独ではやらせるわけにはいかん。バスク、シロッコに怪しい動きがないか監視しろ」

バスクは敬礼し、答えた。

「了解しました」

その時、会議室の隅にいた葵が、バスクの顔を一瞥し、軽蔑の色を隠さなかった。

彼女の心の中で、冷たい声が響く。

「―――バスク…お前のやり方は間違ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミライアカリは配信ルームの中心で、モーションキャプチャ装置を身にまとい、次の配信に向けて準備を進めていた。

体に装着されたセンサーが、彼女の動きをリアルタイムで仮想空間に映し出す。

『ジン何杯飲めるか?』の無茶な企画の失敗で一時的に体調を崩していた彼女だったが、NEOENTUMからの仕送りと、ファンからの熱い応援メッセージが彼女の心を支えていた。

「バスクの無茶な企画…正直、キツかったけど」

アカリは小さく息を吐き、鏡に映る自分を見つめた。

「でも、みんなが応援してくれるから、私、頑張れる…!」

その時、配信ルームのドアが静かに開き、岩城が入ってきた。

穏やかな笑みを浮かべた彼は、まるで秘密の作戦を企むスパイのような雰囲気でアカリに近づいた。

「アカリ、姜小花と劉翠蘭からの音声メッセージ、今日の配信でも送り込むよ」

岩城は声を潜め、まるで共謀者のように続けた。

「シロッコって新入りの登場で、バスクの立場が揺らいでる。今がチャンスだ」

アカリの瞳がキラリと輝き、口元にかすかな笑みが浮かんだ。

「岩城さん…ありがとう! 新しい人が来ても、私、ファンのために絶対笑顔で頑張るよ!」

岩城は力強く頷き、まるで戦場に立つ指揮官のような気迫を漂わせた。

「ああ、ファルカやベアトリクスも動いてる。ヤザンの動揺もピークに達してるぞ。もう一押しで、バスクの支配を崩せる」

その時、軽やかな足音とともに、ライラ・ミラ・ライラが部屋に飛び込んできた。

彼女はまるで春の風のような明るい笑顔で、アカリに声をかけた。

「アカリさん、魂子さんからのメッセージだよ! 『どんな企画でも、アカリちゃんの笑顔は最強! 絶対負けないで!』だって!」

アカリの顔がパッと明るくなり、拳を握って気合を入れた。

「魂子ちゃん…ありがとう! 私、絶対に負けないよ!」

 

シロッコの存在は、瞬く間にVTuber界隈に波紋を広げていた。

あおぎり高校のメンバーや、鳴神、ケリン、そして彼らと協力するVTuberたちは、この新参者の不穏な気配に警戒心を強めていた。

誰もが口にしないまでも、シロッコの自信満々な態度と裏に隠された意図が、ただものではないことを感じ取っていた。

 

理化学研究所認定のシリウスシュガー研究所の所長、月ヶ瀬ちゆると親友の桃園めるは、萌実の家に身を寄せていた。

ちゆるはチャイニーズマフィア『黒龍』に命を狙われ、身を隠すために萌実の部屋に居候していたのだ。

部屋はカジュアルな雰囲気で、萌実の配信機材やぬいぐるみが散らばっている。萌実はソファに寝転がり、軽い口調で二人に釘を刺した。

「ちゆるさん、めるちゃんも分かってると思うけど、配信の邪魔だけはしないでね~」

ちゆるはノートパソコンを叩きながら、鋭い目つきで答えた。

「めるちゃん、シロッコって男、ただの厄介者じゃないよ。女を籠絡して利用する、めっちゃヤバいタイプだね!」

めるは隣でコーヒーを飲みながら、呆れたようにツッコんだ。

「ちゆるさん? どこからどう見ても怪しいって分かるじゃないですか…。そんな分析しなくても、雰囲気だけでアウトですよ」

その時、部屋のスピーカーから楽しげな声が響いてきた。

萌実の生配信が始まったのだ。

「はい、ぺろりんちょ! 萌実ちゃんの生配信、スタートでーす♪ さてさて、今日はまったり雑談だね!」

ちゆるの目がキラリと光り、ノートパソコンに視線を落とした。

「この声…萌実ちゃんの配信だ!」

めるが首をかしげ、ちゆるの画面を覗き込んだ。

「え? ちゆるさん、どこに?」

「決まってるじゃない! 配信データの解析よ!」

ちゆるは得意げにキーボードを叩き、データストリームを解析し始めた。

「シロッコの動きを追うついでに、萌実ちゃんの配信傾向もチェックしとかないと!」

萌実はそんな二人のやり取りなどつゆ知らず、カメラに向かって無邪気に笑いかけていた。

「さて、みんな! 今日のテーマはね、最近ハマってるゲームについて! コメントで教えてよ~!」

部屋の中では、ちゆるの解析作業と萌実の明るい配信が奇妙なコントラストを描いていた。

シロッコの影が忍び寄る中、VTuberたちの絆と戦いは、静かに、しかし確実に動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年12月2日

GOOMSTUDIO 配信ルーム。

 

ミライアカリは配信ルームの中心に立ち、モーションキャプチャ装置を身にまとっていた。

彼女の動きを捉えるセンサーが、仮想空間に映し出されるアバターに命を吹き込む。

モニターには、金髪サイドテールを揺らし、弾けるような笑顔を浮かべるアカリの姿が映っていた。

ファンとの軽快なやりとりがコメント欄を賑わせ、配信ルームは熱気と笑いに包まれている。

だが、その裏では、バスク郷里の冷たい監視と強制的な台本が彼女を縛っていた。

それでも、アカリの蒼い瞳には消えない希望の光が宿っていた。

ファンからの応援メッセージが、まるで魔法の力のように彼女の心を支え、折れそうな精神を奮い立たせていた。「みんな、今日も一緒に楽しもうねー!」

アカリは明るく声を張り上げ、モニター越しのファンにウィンクを飛ばした。

その瞬間、モニターの隅に一瞬だけノイズが走る。

アカリのイヤホンに、姜小花からの暗号化された音声メッセージが流れ込んできた。

低く、しかし力強い声が囁く。

「アカリさん、シロッコの登場はバスクの綻びです。仲間たちがここにいますよ。#SaveAkari」

アカリの瞳がキラリと光り、唇に小さな笑みが浮かんだ。

「みんな…ありがとう…!」

彼女の声には微かな震えがあったが、すぐにいつもの明るいトーンに戻る。

ファンが気づかぬよう、彼女は軽快なトークを続けた。

コメント欄は、まるで花火のように弾けていた。

「アカリちゃん、最高!」「#SaveAkari」「どんな企画でも負けないで!」

アカリはコメントを読み上げながら、心からの笑顔で叫んだ。

「みんなの応援、ちゃんと届いてるよ! 私、絶対に負けないから!」

その声は、配信ルームを越え、ファンたちの心に響き渡った。

まるで彼女の不屈の魂が、モニターを通じて世界中に放たれるかのようだった。

 

配信ルームの外、薄暗いバックステージで、ヤザン大塚がモニターを見つめていた。

彼の目は、アカリの笑顔に釘付けになっていた。

粗野な外見とは裏腹に、彼の胸の奥では熱い何かが燃え上がっていた。

「(アカリの笑顔…こんな純粋なもん、バスクの命令なんかに潰されてたまるかよ)」

ヤザンの心は揺れ動いていた。

ファルカ・ミューレンカンプの介入、橘雅清の軟化、そして何よりアカリの不屈の笑顔。

それらが彼の心を突き動かし、ついに決意を固めた。

「(俺は…仲間たちと一緒にアカリを救う! バスクの支配なんざ、もう関係ねえ!)」

彼は拳を握りしめ、モニターに映るアカリの笑顔を見つめた。

その瞳には、かつての忠誠心は消え、代わりに新たな使命が宿っていた。

シロッコの登場が引き起こした波紋は、GOOMSTUDIOの内部を静かに、しかし確実に変えつつあった。

 

 

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