ENTUM23   作:マブラマ

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第216話 疑惑

2020年12月5日

GOOMSTUDIO 隔離配信ルーム

 

GOOMSTUDIOの隔離配信ルームは、冷たく無機質な空気に支配されていた。

モーションキャプチャ装置を身にまとったミライアカリは、いつものように配信の準備を進めていたが、その笑顔の裏には重い影がちらついていた。

『ジン何杯飲めるか?』の企画失敗による体調悪化と、バスク郷里の監視の重圧が、彼女の心を締め付けていた。

その時、静寂を破るように扉が開き、自信に満ちた男が現れた。

パプテマス・シロッコ。

スーツの襟を軽く整え、落ち着いた笑みを浮かべながらアカリに近づいた。

「やあ、お初にお目にかかるよ、ミライアカリ」

アカリは一瞬身構え、警戒の色を隠せないまま答えた。

「誰…なの?」

シロッコは穏やかに、しかしどこか底知れぬ深みのある声で自己紹介した。

「ここに配属されたパプテマス・シロッコだ。君の動画、全部見させてもらったよ。ENTUM時代の即興劇…特にあの『胎児殺しのホーエンシュタイン』を題材にしたやつ、実に面白かった。まぁ、炎上したそうだが」

アカリは苦笑いを浮かべ、照れ隠しに小さく笑った。

「あはは、どうも…」

シロッコは椅子に腰掛け、優しく、しかしどこか計算高い口調で続けた。

「さて、これからの話だが、君の動画や配信は全て私に任されることになった。安心したまえ。私はバスクのやり方とは違う。自由にやればいい」

アカリは目を丸くし、戸惑いを隠せなかった。

「でも……」

シロッコの声は深みを増し、まるで彼女の心に直接語りかけるようだった。

「VTuberは素晴らしい。刺激に満ちたサブカルチャーだ。私はね、これからの時代は女性が世界を導いていくと思ってる」

アカリは困惑しながら呟いた。

「え…何言ってるか分からない。でも…」

シロッコは微笑み、力強く言い放った。

「少しは理解したようだね。そうだ、ミライアカリ…未来を紡ぐのは君自身だ」

アカリの心は揺さぶられた。シロッコの言葉は、希望と不信の間で彼女を揺らし、かすかな声を絞り出した。

「シロッコさん…アカリは…」

シロッコは優しく遮り、微笑んだ。

「今は分からなくてもいい。その才能が開花すれば、よおく分かるさ」

アカリは目を伏せ、内心で葛藤した。

「(…信じて、いいよね?)」

シロッコは軽く笑い、気軽に言った。

「はは、構わんよ。君が世界を導く姿を、是非とも見たいものだ」

アカリは深呼吸し、決意を込めて叫んだ。

「(アカリは――この人を信じる!)ハロー! ミライアカリだよ♪」

部屋の隅でそのやりとりを見ていた葵は、シロッコの言動に疑念を抱き、内心で呟いた。「(この男…信用していいのだろうか?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、GOOMSTUDIO 第三スタジオ

 

第三スタジオは、まるで戦国時代にタイムスリップしたかのような壮大な上野城のセットで彩られていた。

モーションキャプチャ装置を装着したアカリは、セットの中央に立ち、シロッコの言葉に触発された希望と、バスクの影への警戒心が混在する笑顔を浮かべていた。

シロッコと新入社員の水谷沙羅、スタッフたちが忙しく動き回る中、スタジオは活気に満ちていた。

シロッコは満足げに頷き、呟いた。

「実に素晴らしい。これだよ。こういうのが自由な動画と言えるんだ」

そこに、忍者風の衣装に身を包んだ朝ノ瑠璃が弾けるような笑顔で現れた。

「アカリちゃん、初めまして――忍者の世界へようこそ!」

アカリの目がキラキラと輝き、思わず叫んだ。

「瑠璃ちゃんだぁああ! シロッコさん、どうやって…? バスクさんから、プライベートで他のVTuberと接触するのは禁止されてるんだよ」

シロッコは軽く笑い、平然と答えた。

「ん? それは初耳だな」

朝ノ瑠璃はアカリの手を握り、同情するように言った。

「アカリちゃん、そんな酷いこと言われたのね…可哀想に」

アカリの目が潤み、呟いた。

「瑠璃ちゃん…」

瑠璃は明るく提案した。

「ねえ、今日、撮影終わったら飲みに行かない?」

アカリは一瞬驚き、躊躇した。

「え? でも…」

シロッコは気軽に許可した。

「良いじゃないか。行きたまえ」

アカリは喜びの表情を浮かべ、叫んだ。

「やったあ! 瑠璃ちゃん、仕事終わりに飲みに行こう♪」

その瞬間、スタジオの扉が勢いよく開き、褐色の肌にオールバックの髪、鋭い眼光を放つ男が現れた。

ハインツ・アクスマン。彼は冷たく言い放った。

「そうはさせないよ、ミライアカリ」

アカリは驚き、声を上げた。

「!」

シロッコは冷静に尋ねた。

「見かけぬ顔だな。誰だ?」

アクスマンは鋭い視線で答えた。

「ZIZAI幹部のハインツ・アクスマンだ。ミライアカリの版権を保持している」

シロッコは目を細め、反論した。

「確かにミライアカリの版権はZIZAIが持ってるようだが、チャンネル管理権は譲らないぞ。バスクはあのチャンネルを“私物化”している。所詮、我々バンナムの手中にある。アクスマンと言ったな? 何しに来た?」

アクスマンは薄笑いを浮かべ、提案した。

「その件だが、バンナムにとって嬉しいビジネスだと思うが…」

アカリは不安げに呟いた。

「シロッコさん…」

シロッコは冷たく遮った。

「ふむ、興味深い。だが、よしたまえ。版権を売ってもバンナムが得する? 違うな…バスクに渡るオチだ」

アクスマンは鼻で笑い、警告した。

「フン…交渉決裂だな」

シロッコは冷静に言い放った。

「出て行きたまえ。君に話す用事はない」

アクスマンは一瞬シロッコを睨みつけ、低く呟いた。

「…後悔しても知らんぞ?」

彼は踵を返し、スタジオから去っていった。シロッコは内心で呟いた。

「(ハインツ・アクスマン…あの男は厄介だな。早々に始末する必要があるが…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年12月5日夜、東京・上野の居酒屋

 

撮影を終えたアカリと朝ノ瑠璃は、上野の小さな居酒屋に腰を落ち着けていた。

木のテーブルにはビールジョッキと焼き鳥が並び、暖かい照明が二人の笑顔を優しく照らしていた。

アカリはジョッキを手に、ほろ酔いで愚痴をこぼした。

「瑠璃ちゃん…バスクの命令、ホントにキツくて…『ジン何杯飲めるか?』なんて企画、無理やりだったんだから…」

瑠璃は優しく頷き、ビールを一口飲んだ。

「アカリちゃん、ホント大変だったね…でも、今日の撮影、楽しかったよね? シロッコさん、なんかバスクと違う感じがする」

アカリは目を伏せ、呟いた。

「うん…シロッコさん、自由にやれって言ってくれたけど…なんか、胡散臭い気もする。でも、信じたいって気持ちもあるんだ…」

瑠璃はアカリの手を握り、力強く言った。

「アカリちゃん、どんなにキツくても、ファンのみんなが応援してるよ。私も、魂子ちゃんも、NEOENTUMのみんなも、絶対アカリちゃんを支えるから!」

アカリの目が潤み、彼女は微笑んだ。

「瑠璃ちゃん…ありがとう。ファンのみんなのコメント、#SaveAkariのメッセージ…ちゃんと届いてるよ。アカリ、負けない!」

二人はジョッキを高く掲げ、ガチンと音を立てて乾杯した。居酒屋の喧騒の中で、アカリの心に小さな希望の灯がともっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、韓国・平昌

 

その頃、鳴神裁は夏実萌恵の警告を受け入れ、韓国の平昌に身を潜めていた。

NEOENTUM南北朝鮮38度線支部での尋問を経て、単独行動の無謀さを痛感した彼は、仲間との連携を決意していた。小さなカフェの片隅でノートPCを開き、暗号化されたチャットでヤミクモケリンに連絡を取った。

「ケリン、俺、やりすぎた。魂子の言う通り、仲間と協力する。#SaveAkariの次の動き、教えてくれ」

ケリンは即座に返信した。

「よし、鳴神、冷静になって正解だ。ミディが篁唯依の調査状況を追ってる。シロッコの登場でGOOMSTUDIOが混乱してる今、NEOENTUMとZIZAIが最終作戦を詰めてる。俺たちはファンの応援を拡散し、バスクの注意を分散させる。待機しろ」

鳴神は画面を見つめ、拳を握りしめた。

「(アカリ、待ってろ。俺たちは絶対お前を救う!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年12月6日

エトラ自宅 配信部屋

 

エトラの自宅配信部屋は、まるで陽気な祭りのような熱気に包まれていた。

モニターに映る彼女のアバターは、紫がかったダークブルーの髪を揺らし、弾けるような笑顔でリスナーと盛り上がっていた。

軽快なトークとゲラゲラとした爆笑が部屋に響き、コメント欄は「エトラ最高!」「癒しすぎる!」といった声で溢れかえっていた。

「ははは! やば、みんなのコメント面白すぎ! ほんと、最高のリスナーだよ~!」

エトラはモニターを指差し、リスナーからのネタ「コンドームのコンドーさん」をいじって大爆笑していた。

話題はアニメやゲームから、リスナーのシュールなコメントまで飛び交い、彼女のテンションは天井知らずだった。

だが、その賑やかなチャット欄の奥に、ひっそりと重要なメッセージが流れていた。

平昌に身を潜める鳴神裁からの緊急の呼びかけだった。

「エトラ、ミライアカリがGOOMSTUDIOで搾取されてる! #SaveAkariに協力してくれ!」

しかし、タイミングの悪さか、運命のいたずらか。

ちょうどその瞬間、リスナーの一人が500円のスーパーチャットを投げ、エトラの注意力はそちらに奪われた。

「おお、500円スパチャありがとう~! 『エトラの笑顔に癒されるぜ!』って、うわ、めっちゃ嬉しいじゃん! 癒しパワー全開で行くよ~!」

彼女はスパチャを読み上げ、テンション高く反応。鳴神のメッセージは、チャット欄の猛烈な流れに埋もれてしまった。

「コンドーさん草www」「エトラの笑い声で元気出た!」といったコメントが画面を埋め尽くし、#SaveAkariの緊迫した訴えは誰にも気づかれぬまま消えた。

エトラは、ミライアカリがGOOMSTUDIOでバスク郷里やパプテマス・シロッコに搾取されている現状をまだ完全に把握していなかった。

彼女の呑気で明るい配信は、VTuber業界の裏側で進む暗闘とは対照的だった。

だが、その無垢な笑顔とリスナーとの絆は、知らず知らずのうちに#SaveAkariムーブメントを支える可能性を秘めていた。

 

 

 

 

 

鳴神のメッセージが届かなかったことで、彼の単独行動は再び壁にぶつかった。

しかし、平昌での夏実萌恵との対峙を経て、彼は単独の無謀さを反省し、仲間との連携を重視していた。

ヤミクモケリン、魂子、瀬戸あさひ、ミディ、ニーツ、かしこまり、パンディ、おめがシスターズといったVTuberたちと、NEOENTUMのベアトリクス・ブレーメ、ZIZAIのアイリスディーナ、シリウスシュガーの月ヶ瀬ちゆる、音霊魂子、シロ、湊あくあ、郡道美玲、ヨメミ、萌実らによる救出チームは、篁唯依の極秘調査と中国公安部のハッキングを軸に、救出作戦を最終局面へと進めていた。

GOOMSTUDIO内部では、パプテマス・シロッコの「自由にやれ」という言葉と、朝ノ瑠璃とのコラボが、ミライアカリに一時的な希望を与えていた。

だが、ZIZAI幹部のハインツ・アクスマンの介入が新たな火種を投じ、バスクとジャミトフの支配に揺らぎが生じていた。

ヤザン大塚の裏切り、橘雅清の軟化、岩城やライラ・ミラ・ライラ、生駒葵、波瀬うるうの動きが、内部の亀裂をさらに広げていた。

 

 

エトラの配信は、表面上はいつもの陽気な空気に満ちていた。

だが、彼女の知らぬところで、#SaveAkariムーブメントは緊迫し、アカリの次の配信が、彼女の自由を取り戻す決定的な瞬間となる可能性が高まっていた。

VTuber業界の絆とファンの力が、バスク、ジャミトフ、シロッコの支配に立ち向かう最大の武器となっていた。

エトラが鳴神のメッセージに気づくのは、もう少し先のことになるだろう。

だが、彼女の明るい配信は、ファンの心を掴み、間接的に#SaveAkariの応援をさらに集める一助となる可能性を秘めていた。

彼女の笑顔は、知らずして、業界の闇に立ち向かう小さな光となっていた。

 

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