ENTUM23   作:マブラマ

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第270話 ドローン少年

2021年7月24日――

 

夕暮れ前の静かな住宅街。

エトラの自宅周辺の上空に、再び小型ドローンが現れ、低空で旋回し、ベランダ付近をかすめるようにホバリングする。

室内で作業していたエトラは、わずかな機械音に即座に反応した。

「……また?」

カーテンを勢いよく開ける。

黒い機体。

前回とは違う型だと一瞬で分かった。

エトラはベランダに出る。

「おい!! 上だ!! 何回やれば気が済むんだ!!」

周囲の家々にも緊張が走る。

ドローンは慌てて高度を上げようとするが、すでに近隣住民が騒ぎに気づいていた。

通報。

十数分後、警察車両が到着する。

 

――操縦していたのは、いわゆる“ドローン少年”ミハエル。

本名・北川聖二。

 

近くの公園から操作していたことが判明した。

事情聴取の中で彼は言った。

「空撮の練習で……有名な人の家がどんな感じか見たくて……」

警察官が厳しく告げる。

「住宅地での無断飛行は迷惑行為にあたる。人物や住居を特定できる撮影は重大なトラブルになる。今回は厳重注意だが、次はない。」

エトラもその場に立ち会った。

怒りはまだ収まらない。

「練習なら海か河川敷でやれ。“見たい”って理由で人の家を撮るな。」

少年はうつむいたまま何度も頭を下げた。

「……すみませんでした。」

警察は厳重注意として記録を残し、保護者にも連絡が入ることとなった。

パトカーが去った後――エトラは静かに深呼吸する。

「これで終わりにしてよ……」

今回の件は小さな騒ぎで済んだが、SNSではすぐに話題になった。

 

“配信者のプライバシー問題”

“ドローン規制の再確認”

“ネットと現実の境界線”

 

様々な意見が飛び交う。

エトラは夜、短くツイートした。

 

「活動者にも生活がある。応援は嬉しい。でも、家は舞台じゃない。」

 

その言葉は、静かに、しかし確実に拡散していった。

夏の夜風が吹く。

空は何事もなかったかのように、ただ静かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――

 

真夏の強い日差しの下。

「昨日は私じゃないし、今日は高めに飛ばせばバレないっしょ」

そう呟きながら、ベノちゃんは再びドローンを飛ばしていた。

住宅街から少し離れた大通り上空。

だが――

「……あれ、バッテリー表示おかしくない?」

ピピッ、ピピピッ。

警告音。

「え、ちょ、待っ――」

モーター音が急激に弱まる。

推力低下。

そして。

ヒュウゥゥゥ――

交差点へ向かって、機体は斜めに落下。

ちょうど信号待ちで停止していた白い軽自動車のボンネットへ――

 

ガンッ!!

 

乾いた衝撃音が響いた。

運転席の窓がゆっくり下がる。

「……は?」

 

ハンドルを握っていたのは、大代真白。愛車は白のダイハツ・オプティエアロダウンビークス(L810S)

彼女は静かに降車し、ボンネットを見る。

うっすらと凹み。

擦り傷。

数秒の沈黙。

そして。

「誰だァァァァ!!!!」

交差点に響く絶叫。

近くの歩行者が振り向く。

慌てて駆け寄ってくるベノちゃん。

「ご、ご、ごめん! 充電切れで!」

真白の目は笑っていない。

「充電管理もできねぇ奴が空飛ばすな!!」

ベノちゃん、完全に青ざめる。

「保険入ってる!? ねえ保険!?」

「……入ってる、けど。」

真白はボンネットを撫でる。

「この子な、もう20年以上前の車なんだよ。大事にしてんだよ。」

信号が青になるが、後続車も状況を察してクラクションは鳴らさない。

ベノちゃんは深々と頭を下げる。

「修理費、払います……ほんとに……」

真白はため息をつき、スマホを取り出す。

「警察呼ぶ。事故処理な。逃げたら終わりだぞ。」

「逃げない! 逃げない!」

夏の空の下、交差点での小さなドローン事故。

だがこれは、ただの“ネタ”では済まない。

 

――数十分後。

 

物損事故として処理。

ドローン飛行の安全管理についても厳重注意。

真白は最後に言った。

「空飛ばすなら、責任も背負え。」

ベノちゃんは何度も頷くしかなかった。

ボンネットの小さな凹みが、

軽率さの代償として、はっきりと残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内・代々木公園――

 

午後の広場で、ドローン少年ミハエル(北川聖二)は再び機体を飛ばしていた。

「今日は広いし安全圏……」

そう思った矢先、機体が不自然に傾く。

「え? ジャイロエラー……?」

次の瞬間、制御不能。

 

ヒュウゥ――ガンッ!!

 

公園脇に路上駐車していた紅いトヨタ・GRスープラのフロントバンパーへ直撃。

鋭い衝撃音。

ミハエルは顔面蒼白で駆け寄る。

「す、すみません! 故障で……!」

運転席のドアがゆっくり開く。

 

黒髪ロング。

紅い瞳。

静かな威圧感。

 

その女性は、かつて東独の国家保安機関に所属していたと噂される人物――

そして現在はNEOENTUM会長、ベアトリクス・ブレーメ。

 

彼女はバンパーの傷を指でなぞる。

「……故障?」

低く、冷たい声。

「はい……あの、修理代は――」

ベアトリクスは微笑む。

だが目は笑っていない。

「代々木公園での飛行許可。機体の整備記録。保険加入証明。提示できるかしら?」

言葉に詰まるミハエル。

沈黙。

彼女はスマートフォンを取り出す。

「器物損壊。過失でも成立するわ。それと、道路交通法および小型無人機飛行ルールの確認も必要ね。」

 

数分後、警察到着。

 

状況確認。

損傷確認。

機体点検。

 

ベアトリクスは淡々と告げる。

「示談はしません。正式に処理を。」

ミハエルは震える声で繰り返す。

「すみません……ほんとに……」

だが結果は――器物損壊容疑での現行犯逮捕。

パトカーのドアが閉まる音が、やけに重く響いた。

ベアトリクスは最後に車を一瞥する。

「空を飛ぶなら、地上の責任を理解しなさい。」

エンジン始動。

直列6気筒の低い咆哮が、公園脇の空気を震わせる。

紅いGRスープラは静かに走り去った。

夏の空は青い。

だがその日、軽率な飛行は、決して軽い結果では終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後――

 

朝から各局のニュース番組が一斉に同じ話題をトップで報じていた。

 

「代々木公園でのドローン墜落事故 少年を器物損壊容疑で逮捕」

 

画面には、代々木公園上空の資料映像と、損傷した紅いGRスープラの写真。

専門家が無人航空機の規制について解説する。

 

夜――

 

テレビ朝日系の報道ステーションでも特集が組まれた。

 

スタジオには、当事者の一人としてエトラが出演していた。

キャスターが問いかける。

「エトラさんは、以前ご自宅周辺でもドローン飛行の被害に遭われていますね。」

エトラは静かに頷く。

「はい。正直、怖かったです。家って、唯一安心できる場所じゃないですか。」

スタジオは静まり返る。

「“撮りたい”“飛ばしたい”って気持ちは分かります。でも、そこに人の生活があることを想像してほしい。」

キャスターが続ける。

「今回の件についてはどう思われますか?」

エトラは少し言葉を選び、答えた。

「逮捕までいったのは重いと思います。――でも、誰かの車を壊したら、それは現実の責任です。ネットの延長じゃない。」

 

画面には“ドローン飛行ルール再確認”のテロップ。

 

専門家が航空法や小型無人機等飛行禁止法について説明する。

エトラは最後にこう締めくくった。

「技術は悪くない。使い方と、想像力の問題です。」

 

放送後、SNSでは賛否が飛び交う。

 

「厳しすぎる」

「当然」

「ルール知らなかったは通用しない」

「エトラさん冷静で良かった」

 

一方――

 

拘置施設でニュースを見たミハエルは、うつむいたまま画面を見つめていた。

 

自分の軽率な行動が、

全国ニュースになっている現実。

代々木公園の空は、今日も平和だ。

だがあの日の墜落は、“空を飛ばす責任”を社会に突きつける事件となった。

そしてエトラは、帰宅後静かに呟いた。

「もう、こんなニュース出なくていい世界になってほしいな。」

窓の外には、何も飛んでいない静かな夜空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年8月20日

 

2週間の保護措置処分を受けた後、ミハエルはニコニコ上に「為せば成る サイキッカー編」 という新コミュニティを開設。

 

・クローズド(非公開)

・完全承認制

・外部からは活動実態が見えない構造

 

表向きは「再出発」の場だったが、実際の配信内容や参加人数は不明だった。

 

2022年2月24日

 

この日はVTuber界隈にとって大きな日となった。

 

潤羽るしあが、カバー株式会社より

 

「契約違反行為と信用失墜行為がみられたため、マネジメントやサポートの継続が困難と判断」

としてタレント契約解除が発表された日である。

 

同日――

 

ミハエルは、あおぎり高校所属、音霊魂子の自宅マンションへ不法侵入。

建造物侵入容疑で現行犯逮捕。

2度目の逮捕となった。

 

その後

 

・ネット上で一時的に話題になる

・しかし長期的な支援者は現れず

・配信活動は停止

 

YouTubeチャンネルは2度目の逮捕直後に凍結。

SNSは鍵アカウント化。

ツイキャスのアカウントのみ残存。

 

「家族がPCを取り上げた」

「完全に更生プログラムへ」

 

など様々な噂が流れたが、確証はない。

 

現在、確認できるのは:

 

・鍵付きのTwitterアカウント

・ツイキャスアカウント

 

のみ。

 

表舞台からは完全に姿を消している。

 

 

 

事件をきっかけに社会復帰を目指している可能性

 

家族や周囲の管理下で更生中の可能性

 

ある日突然、何事もなかったように配信を再開する可能性

 

だが――再開があるかどうか、

あるとしてもいつなのかは、本人しか分からない。

 

ドローン事故から始まり、2度の逮捕へ。

 

技術と承認欲求、

ネットと現実の境界、

そして責任。

 

彼の物語は、配信停止という“静寂”の中で止まっている。

だが人生は、配信のオンオフのように単純ではない。

再生ボタンを押すのが更生なのか、

押さないことが更生なのか。

それもまた、本人にしか決められない。

 

 

 

 

Fortgesetzt werden




ドローン少年ミハエル君のモデルはドローン少年ノエル君です。
彼は今、何してるんでしょうね……。
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