2021年7月24日――
夕暮れ前の静かな住宅街。
エトラの自宅周辺の上空に、再び小型ドローンが現れ、低空で旋回し、ベランダ付近をかすめるようにホバリングする。
室内で作業していたエトラは、わずかな機械音に即座に反応した。
「……また?」
カーテンを勢いよく開ける。
黒い機体。
前回とは違う型だと一瞬で分かった。
エトラはベランダに出る。
「おい!! 上だ!! 何回やれば気が済むんだ!!」
周囲の家々にも緊張が走る。
ドローンは慌てて高度を上げようとするが、すでに近隣住民が騒ぎに気づいていた。
通報。
十数分後、警察車両が到着する。
――操縦していたのは、いわゆる“ドローン少年”ミハエル。
本名・北川聖二。
近くの公園から操作していたことが判明した。
事情聴取の中で彼は言った。
「空撮の練習で……有名な人の家がどんな感じか見たくて……」
警察官が厳しく告げる。
「住宅地での無断飛行は迷惑行為にあたる。人物や住居を特定できる撮影は重大なトラブルになる。今回は厳重注意だが、次はない。」
エトラもその場に立ち会った。
怒りはまだ収まらない。
「練習なら海か河川敷でやれ。“見たい”って理由で人の家を撮るな。」
少年はうつむいたまま何度も頭を下げた。
「……すみませんでした。」
警察は厳重注意として記録を残し、保護者にも連絡が入ることとなった。
パトカーが去った後――エトラは静かに深呼吸する。
「これで終わりにしてよ……」
今回の件は小さな騒ぎで済んだが、SNSではすぐに話題になった。
“配信者のプライバシー問題”
“ドローン規制の再確認”
“ネットと現実の境界線”
様々な意見が飛び交う。
エトラは夜、短くツイートした。
「活動者にも生活がある。応援は嬉しい。でも、家は舞台じゃない。」
その言葉は、静かに、しかし確実に拡散していった。
夏の夜風が吹く。
空は何事もなかったかのように、ただ静かだった。
翌日――
真夏の強い日差しの下。
「昨日は私じゃないし、今日は高めに飛ばせばバレないっしょ」
そう呟きながら、ベノちゃんは再びドローンを飛ばしていた。
住宅街から少し離れた大通り上空。
だが――
「……あれ、バッテリー表示おかしくない?」
ピピッ、ピピピッ。
警告音。
「え、ちょ、待っ――」
モーター音が急激に弱まる。
推力低下。
そして。
ヒュウゥゥゥ――
交差点へ向かって、機体は斜めに落下。
ちょうど信号待ちで停止していた白い軽自動車のボンネットへ――
ガンッ!!
乾いた衝撃音が響いた。
運転席の窓がゆっくり下がる。
「……は?」
ハンドルを握っていたのは、大代真白。愛車は白のダイハツ・オプティエアロダウンビークス(L810S)
彼女は静かに降車し、ボンネットを見る。
うっすらと凹み。
擦り傷。
数秒の沈黙。
そして。
「誰だァァァァ!!!!」
交差点に響く絶叫。
近くの歩行者が振り向く。
慌てて駆け寄ってくるベノちゃん。
「ご、ご、ごめん! 充電切れで!」
真白の目は笑っていない。
「充電管理もできねぇ奴が空飛ばすな!!」
ベノちゃん、完全に青ざめる。
「保険入ってる!? ねえ保険!?」
「……入ってる、けど。」
真白はボンネットを撫でる。
「この子な、もう20年以上前の車なんだよ。大事にしてんだよ。」
信号が青になるが、後続車も状況を察してクラクションは鳴らさない。
ベノちゃんは深々と頭を下げる。
「修理費、払います……ほんとに……」
真白はため息をつき、スマホを取り出す。
「警察呼ぶ。事故処理な。逃げたら終わりだぞ。」
「逃げない! 逃げない!」
夏の空の下、交差点での小さなドローン事故。
だがこれは、ただの“ネタ”では済まない。
――数十分後。
物損事故として処理。
ドローン飛行の安全管理についても厳重注意。
真白は最後に言った。
「空飛ばすなら、責任も背負え。」
ベノちゃんは何度も頷くしかなかった。
ボンネットの小さな凹みが、
軽率さの代償として、はっきりと残っていた。
都内・代々木公園――
午後の広場で、ドローン少年ミハエル(北川聖二)は再び機体を飛ばしていた。
「今日は広いし安全圏……」
そう思った矢先、機体が不自然に傾く。
「え? ジャイロエラー……?」
次の瞬間、制御不能。
ヒュウゥ――ガンッ!!
公園脇に路上駐車していた紅いトヨタ・GRスープラのフロントバンパーへ直撃。
鋭い衝撃音。
ミハエルは顔面蒼白で駆け寄る。
「す、すみません! 故障で……!」
運転席のドアがゆっくり開く。
黒髪ロング。
紅い瞳。
静かな威圧感。
その女性は、かつて東独の国家保安機関に所属していたと噂される人物――
そして現在はNEOENTUM会長、ベアトリクス・ブレーメ。
彼女はバンパーの傷を指でなぞる。
「……故障?」
低く、冷たい声。
「はい……あの、修理代は――」
ベアトリクスは微笑む。
だが目は笑っていない。
「代々木公園での飛行許可。機体の整備記録。保険加入証明。提示できるかしら?」
言葉に詰まるミハエル。
沈黙。
彼女はスマートフォンを取り出す。
「器物損壊。過失でも成立するわ。それと、道路交通法および小型無人機飛行ルールの確認も必要ね。」
数分後、警察到着。
状況確認。
損傷確認。
機体点検。
ベアトリクスは淡々と告げる。
「示談はしません。正式に処理を。」
ミハエルは震える声で繰り返す。
「すみません……ほんとに……」
だが結果は――器物損壊容疑での現行犯逮捕。
パトカーのドアが閉まる音が、やけに重く響いた。
ベアトリクスは最後に車を一瞥する。
「空を飛ぶなら、地上の責任を理解しなさい。」
エンジン始動。
直列6気筒の低い咆哮が、公園脇の空気を震わせる。
紅いGRスープラは静かに走り去った。
夏の空は青い。
だがその日、軽率な飛行は、決して軽い結果では終わらなかった。
数日後――
朝から各局のニュース番組が一斉に同じ話題をトップで報じていた。
「代々木公園でのドローン墜落事故 少年を器物損壊容疑で逮捕」
画面には、代々木公園上空の資料映像と、損傷した紅いGRスープラの写真。
専門家が無人航空機の規制について解説する。
夜――
テレビ朝日系の報道ステーションでも特集が組まれた。
スタジオには、当事者の一人としてエトラが出演していた。
キャスターが問いかける。
「エトラさんは、以前ご自宅周辺でもドローン飛行の被害に遭われていますね。」
エトラは静かに頷く。
「はい。正直、怖かったです。家って、唯一安心できる場所じゃないですか。」
スタジオは静まり返る。
「“撮りたい”“飛ばしたい”って気持ちは分かります。でも、そこに人の生活があることを想像してほしい。」
キャスターが続ける。
「今回の件についてはどう思われますか?」
エトラは少し言葉を選び、答えた。
「逮捕までいったのは重いと思います。――でも、誰かの車を壊したら、それは現実の責任です。ネットの延長じゃない。」
画面には“ドローン飛行ルール再確認”のテロップ。
専門家が航空法や小型無人機等飛行禁止法について説明する。
エトラは最後にこう締めくくった。
「技術は悪くない。使い方と、想像力の問題です。」
放送後、SNSでは賛否が飛び交う。
「厳しすぎる」
「当然」
「ルール知らなかったは通用しない」
「エトラさん冷静で良かった」
一方――
拘置施設でニュースを見たミハエルは、うつむいたまま画面を見つめていた。
自分の軽率な行動が、
全国ニュースになっている現実。
代々木公園の空は、今日も平和だ。
だがあの日の墜落は、“空を飛ばす責任”を社会に突きつける事件となった。
そしてエトラは、帰宅後静かに呟いた。
「もう、こんなニュース出なくていい世界になってほしいな。」
窓の外には、何も飛んでいない静かな夜空が広がっていた。
2021年8月20日
2週間の保護措置処分を受けた後、ミハエルはニコニコ上に「為せば成る サイキッカー編」 という新コミュニティを開設。
・クローズド(非公開)
・完全承認制
・外部からは活動実態が見えない構造
表向きは「再出発」の場だったが、実際の配信内容や参加人数は不明だった。
2022年2月24日
この日はVTuber界隈にとって大きな日となった。
潤羽るしあが、カバー株式会社より
「契約違反行為と信用失墜行為がみられたため、マネジメントやサポートの継続が困難と判断」
としてタレント契約解除が発表された日である。
同日――
ミハエルは、あおぎり高校所属、音霊魂子の自宅マンションへ不法侵入。
建造物侵入容疑で現行犯逮捕。
2度目の逮捕となった。
その後
・ネット上で一時的に話題になる
・しかし長期的な支援者は現れず
・配信活動は停止
YouTubeチャンネルは2度目の逮捕直後に凍結。
SNSは鍵アカウント化。
ツイキャスのアカウントのみ残存。
「家族がPCを取り上げた」
「完全に更生プログラムへ」
など様々な噂が流れたが、確証はない。
現在、確認できるのは:
・鍵付きのTwitterアカウント
・ツイキャスアカウント
のみ。
表舞台からは完全に姿を消している。
事件をきっかけに社会復帰を目指している可能性
家族や周囲の管理下で更生中の可能性
ある日突然、何事もなかったように配信を再開する可能性
だが――再開があるかどうか、
あるとしてもいつなのかは、本人しか分からない。
ドローン事故から始まり、2度の逮捕へ。
技術と承認欲求、
ネットと現実の境界、
そして責任。
彼の物語は、配信停止という“静寂”の中で止まっている。
だが人生は、配信のオンオフのように単純ではない。
再生ボタンを押すのが更生なのか、
押さないことが更生なのか。
それもまた、本人にしか決められない。
Fortgesetzt werden
ドローン少年ミハエル君のモデルはドローン少年ノエル君です。
彼は今、何してるんでしょうね……。