2021年8月16日――
愛知県知多郡南知多町・チッタ・ナポリ。
ナポリタワーの影に佇む古いヴィラ。
潮風が白いカーテンを揺らしていた。
窓辺に立つのは、VRISSA隊長ドーセット・アカホシ大佐。
赤い彗星を思わせる仮面の奥で、水平線を睨む。
背後では、ノートPCを叩く鳴神裁。
迷惑系と呼ばれ、炎上と隣り合わせで活動してきた男。
「大佐。」
キーボードを止める。
「ヰ世界情緒さんから連絡だ。GOOMSTUDIOの残り火を探る情報共有。明日、新宿アルタ前で会う。」
ドーセットはゆっくり振り返る。
「……彼女は感情で動くが、愚かではない。マブラヴ計画を止めた胆力は本物だ。」
遠く、波が砕ける音。
鳴神は立ち上がる。
「俺のやり方は荒い。でもな、今回は違う。闇を暴くためだ。」
ドーセットは低く言う。
「荒さは刃にもなるが、諸刃だ。虚偽や煽動に頼るな。証拠で詰めろ。」
一瞬の沈黙。
鳴神は苦笑する。
「分かってるさ。今回は“正面突破”だ。」
ヴィラの外では夕陽が沈み始める。
#SaveAkariの余波。
GOOMSTUDIOの思惑。
界隈の不穏。
だがドーセットは静かに断じる。
「感情で燃える連合は長く続かん。理性と信頼で繋げ。」
鳴神は深く息を吐く。
「……了解だ、大佐。」
潮風が仮面を鳴らす。
明日。
新宿アルタ前。
それは決戦ではない。
だが、連帯の再確認になるはずだった。
光は派手ではない。
細くてもいい。
嘘ではなく、煽りでもなく、“責任ある行動”という名の光でなければならない。
チッタ・ナポリの夕陽が沈みきる頃、二人は静かに準備を始めていた。
2021年8月17日――
東京・新宿。
巨大ビジョンを掲げる新宿アルタ前は、朝の喧騒に包まれていた。
午前10時過ぎ。人波の中に、異様な存在感を放つ二人。
派手な衣装で周囲を挑発する鳴神裁。
そして、赤い彗星を思わせる仮面をつけたドーセット
「目立ちすぎだ。」
低く、ドーセットが言う。
「目立たなきゃ意味がないだろ?」
鳴神は肩をすくめるが、その視線は鋭く周囲を走査している。
そのとき。銀髪が朝日を受けて揺れた。
人混みをすり抜けるように現れたのは、ヰ世界情緒。
落ち着いた佇まい。
しかしその瞳には、確かな決意が宿っていた。
「お待たせしました。」
三人は簡単に挨拶を交わし、喧騒を離れて近くのカフェへと移動する。
店内。
カップの触れ合う小さな音の中、最初に口を開いたのはヰ世界情緒だった。
「アカリちゃんの未来が、誰かの思惑で閉ざされるのは嫌なんです。」
鳴神はノートPCを開き、画面を示す。
「拡散は進んでる。けどな――」
彼はそこで言葉を止めた。
ドーセットが静かに続ける。
「感情任せの炎は、制御を失う。誤情報や過剰な煽動は逆効果だ。」
鳴神は小さく舌打ちするが、否定はしない。
「……じゃあどうする。」
ドーセットはテーブルに指を置いた。
「事実確認済みの情報だけを扱う。
問題があるなら、証拠と共に公に問う。
私刑ではなく、透明性だ。」
ヰ世界情緒は静かに頷く。
「私の配信では、誰かを攻撃する形にはしません。ただ、“守りたいものがある”というメッセージを込めます。」
鳴神は腕を組み、天井を見る。
「……なるほどな。煽るんじゃなく、共感を広げるってわけか。」
ドーセットはコーヒーを一口。
「連帯は、怒りより信頼で築くものだ。」
短い沈黙の後、三人は視線を交わす。
拳を軽く合わせる――が、それは“戦闘開始”の合図ではない。
確認だ。
暴走しないこと。
誤解を拡散しないこと。
そして、個人攻撃に堕ちないこと。
窓の外では、新宿の雑踏が変わらず流れている。
#SaveAkariの行方はまだ不透明だ。
だが少なくともこの日、アルタ前から始まったのは――炎上ではなく、慎重な対話と連携だった。
午後の光が差し込む。
三人は静かに席を立つ。
喧騒の街へ戻るその背中には、派手な戦火ではなく、静かな覚悟が宿っていた。
2021年9月1日――
東京郊外、ミライアカリの自宅。
ピンク色のデスクに座ったミライアカリは、ノートパソコンから流れるガンダムメドレーに小さく身体を揺らしていた。
画面には機動戦士ガンダムの主題歌。
「うーん……次はどのシリーズ歌おうかなぁ。」
UC、SEED、00、G、鉄血――名曲が多すぎて決めきれない。
その時、机の上のiPhone12 Proが震えた。
画面に表示された名前を見て、アカリは小さく息を吐く。
「はい?」
《あ、アカリさん、無事ですか?》
ファルカの声は少し硬い。
「ファルカさんか……何の用? 今ちょっと考え中なんだけど。」
《少し飲みに行きませんか? 気分転換に》
アカリは眉をひそめる。
「でも……色々あるし。」
《瑠璃さんとは行ったのに、私では駄目ですか?》
一瞬、言葉に詰まる。
沈黙。
《……あなたを心配している人は多いんです。閉じこもってばかりじゃ、息が詰まるでしょう?》
その言葉に、アカリの胸が少しだけ軽くなる。
最近、配信の準備ばかりで、誰ともゆっくり話していなかった。
《あおぎり高校のみんなも気にしていますよ。音霊魂子さん、石狩あかりさん、大代真白さん、山黒音玄さん、栗駒こまるさん、千代浦蝶美さん――》
「こまるちゃんも?」
思わず声が弾む。
《ええ。話したいことがあるそうです》
アカリは椅子の背にもたれ、天井を見る。
「(少しくらい、外に出てもいいよね)……分かった。場所は?」
《焼き肉いちばん 板橋高島平店です。団体席、予約済みです》
「焼き肉!?」
一瞬でテンションが跳ね上がる。
「行く!! 絶対行く!!」
電話が切れた後、部屋には再びガンダムソングが流れる。
アカリは鏡の前で軽く身だしなみを整え、ピンクのバッグを手に取った。
歌の選曲は、また今度。
今夜は――配信者でもなく、象徴でもなく、ただの“ミライアカリ”として。
板橋の夜風は、少しだけ涼しい。
焼き肉の煙と笑い声が待つ場所へ。
彼女は軽やかな足取りで、玄関のドアを開けた。
その夜――
板橋区・高島平。
賑わう店内の一角、焼き肉いちばん 板橋高島平店の団体席は、ひときわ明るい空気に包まれていた。
網の上で弾けるカルビ。
立ち上る煙。
グラスに注がれたノンアルドリンク。
「かんぱーい!」
声を上げたのは音霊魂子。
トング片手にカルビを返しながら、満面の笑み。
「アカリちゃん来てくれてほんと嬉しい! 焼き肉パワーで全部吹き飛ばそ!」
その隣で、ミライアカリは少し照れたように笑った。
「ありがとう~! もう匂いだけで幸せなんだけど!」
栗駒こまるが身を乗り出す。
「アカリ先輩! こまるね、次はもっと“健全に”癒す配信にするよ!」
「うんうん、それがいいね!」
石狩あかりは穏やかに言う。
「ガンダムメドレー、楽しみにしてるよ。『Z』とかどうかな?」
アカリの目が輝く。
「それ最高じゃん! 名曲すぎる!」
大代真白がグラスを持ち上げる。
「アカリちゃんの歌、ほんと元気出る。無理しすぎないでね。」
山黒音玄は静かにホルモンを返しながら一言。
「自由にやればいいよ。それが一番強い。」
千代浦蝶美は勢いよく肉を取り分ける。
「いっぱい食べてパワーつけましょう! 次の配信、絶対観ます!」
テーブルは笑い声で満ちていく。
アカリはカルビを頬張り、思わず目を閉じた。
「……おいし~! なんか、久しぶりにみんなとちゃんと話せた気がする。」
ファルカはその様子を静かに見守る。
重たい話題は誰も持ち出さない。
今夜はただ、仲間として。
煙がゆらゆらと天井へ昇る。
「次の配信、ガンダムメドレーやるね!」
アカリは笑顔で宣言する。
「みんながいるから、輝ける気がする!」
その言葉に、拍手と歓声が起こる。
焼き肉の香り。
弾む会話。
交わされる何気ない約束。
それは大げさな決起集会ではない。
ただの、温かい食事会。
けれど――その何気ない時間こそが、彼女の輝きを取り戻す大切な燃料だった。
板橋の夜は更けていく。
店を出る頃、アカリの足取りは来たときよりも軽かった。
明日の歌は、きっともっと明るい。
2021年9月3日――
東京郊外、ミライアカリの自宅。
ピンク色に包まれた配信ルームは、今日もやわらかな光に満ちていた。
モーションキャプチャ装置を装着したミライアカリは、くるりと一回転してカメラに向かって手を振る。
「みんなー! こんアカリ~!」
コメント欄が一気に流れ出す。
ガンダムメドレーの話題で盛り上がり、画面の向こうから無数の期待が届く。
「今日はね、どのシリーズ歌うか決めたいんだよー!」
その瞬間――
スパチャ通知音が鳴り響いた。
ミライ部のお洗濯係:「記憶喪失って嘘ですよね?」50000円
アカリちゃんの髪留めになりたい:「VTuberって儲かりますか?」50000円
田中:「面白い事してください」50000円
Falca:「マルチに引っかからないようにして下さいね」50000円
Nicola:「相変わらず“変態バーチャル芸人”として振る舞ってるな」50000円
Catalina:「頑張って!」100000円
Beatrix:「相変わらず変態っぷりを発揮してるわね。それがあなたの個性だけど頑張りなさい」100000円
Irisdina:「未来へ輝け!アカリ」50000円
Pham Thi Lan:「あなたの笑顔届きますように」50000円
Annette Hosenfeld:「あんたはあたし達がいるから安心して!」10000円
Inghild:「きっと良いことが起こりますよ」10000円
Sylwia Książńska:「強く生きて人生を謳歌しなさい」10000円
Walter:「自分に厳しく他人に優しくしろ」10000円
Gretel Jeckeln:「怠けたら政治的指導受けてもらうからな」50000円
Katia Waldheim:「頑張って下さいね!」30000円
Lise Hohenstein:「あなたの変態っぷりは相変わらずね。私をネタにした事は見ずに流してあげる。頑張りなさい」15000円
Evi Lehnert:「コスパがいい配信だね!」5000円
Flute Melville:「フルートもアカリちゃんの事応援しまーす♪ぽよです!」10000円
音霊魂子:「いつも動画配信見てるよ。アカリ先輩」20000円
石狩あかり:「アカリ先輩、ファイト!」20000円
大代真白:「応援してるよ」20000円
栗駒こまる:「アカリ先輩!こまる達が見守ってますよ!」20000円
山黒音玄:「アカリちゃんの動画いつも見てるよ~」20000円
千代浦蝶美:「応援していますよ!」20000円
ヰ世界情緒:「アカリさん、道は違えど私とあなたは同じVTuberです。陰ながら見守っていますよ」60000円
ヤミクモケリン:「ぶち飛ばしてやるぜ!」5000円
がぶりえる:「頑張れ!頑張れ!アカリちゃん!」20000円
天開司:「いつか俺と限定ジャンケンで勝負しようぜ」5000円
ドーセット・アカホシ:「サボテンの花が咲いている」50000円
おめがシスターズ:「バスクに負けるな!(おめがレイ)」30000円
白銀ノエル:「アカリちゃんに平穏な日々が訪れますように」40000円
鳴神裁:「アカリ、必ずお前を解放してやるからそれまで待っててくれ」1000円
月ヶ瀬ちゆる:「アカリちゃん、辛いだろうけど、頑張ってね♪」
アカリはコメントを読み上げ、涙ぐみながら感謝を口にした。
「みんな……うぅ、ありがとう…! こんなに応援してくれて、アカリ、ほんと幸せだよ!」
彼女の声は震え、ガンダムメドレーの選曲を忘れるほど感情が高ぶっていた。しかし、その雰囲気を一変させるスパチャが飛び込んできた。
エイレーン:「アカリさんのおっぱいをペロペロしたいです」100000円
「……え?」
次の瞬間、顔が一気に赤く染まった。
「え!? ちょ、ちょっと待って!? 何言ってるの!?」
コメント欄が爆速で流れる。
〈草〉
〈さすがエイレーン〉
〈伝統芸〉
〈アカリの反応かわいい〉
アカリは両手で顔を覆いながら、わたわたとその場で足踏みする。
「もー!! そういうのダメだからね!? でもスパチャありがとう!!」
結局お礼は言うあたりが、彼女らしい。
涙と笑いが混ざった配信。
プレッシャーも、制限も、過去の騒動も――今この瞬間だけは遠く感じられた。
「みんながいるから、アカリは歌えるんだよ。」
彼女は深呼吸を一つ。
「よし! 決めた! ガンダムメドレー、全力でいくよ!」
BGMがフェードアウトし、イントロが流れ始める。
画面の向こうには、無数の光。
その一つ一つが、彼女を照らしている。
スパチャの色が画面を染める中、ミライアカリは、確かに輝いていた。
キラキラと。
迷いを振り払うように。
その夜――ピンク色の部屋から放たれた歌声は、画面越しの未来へと、まっすぐに伸びていった。
2021年9月6日――
『ミリしらアテレコ』配信会場。
ポップなネオンとカラフルなセットに囲まれたスタジオ。
大型スクリーンには、元気いっぱいの笑顔が映し出されている。
中央に立つのは、ミライアカリ。
カジュアルな衣装に身を包み、マイクを握るその手は、ほんの少しだけ熱を帯びていた。
「(大丈夫。みんながいる)」
9月3日の配信で届いた無数の言葉。
あおぎり高校の仲間たち。
ヰ世界情緒の静かなエール。
鳴神裁の不器用な決意。
ドーセットの謎めいたメッセージ。
その全部が、胸の奥で灯っている。
「みんなー! 今日も来てくれてありがとう!」
コメント欄が一瞬で加速する。
〈#SaveAkari〉
〈#KomaruDebut〉
〈#ChigusaNijisanji〉
〈アカリ無双しろ!〉
アカリは台本をちらりと見る。
そこには無難な進行と、予定調和のセリフ。
だが――彼女はにやりと笑った。
「……うん、でも今日はさ。」
ぱたん、と台本を閉じる。
「アカリ、好きにやるね!」
スクリーンに戦場シーンが映し出される。
重厚なBGM、飛び交う銃撃。
次の瞬間。
「え、ちょっと待って!? 何この人たち!? ぴゅんぴゅんしてるけど、アカリのピンクビームで終わりなんだけど!?」
即興アテレコ、全開。
「今の爆発、絶対CG代やばいでしょ!? 制作費心配なんだけど!?」
コメント欄が爆発する。
〈爆笑www〉
〈天才か?〉
〈自由すぎる〉
〈これがアカリだ!〉
スタジオは笑いに包まれ、スタッフも思わず肩を震わせる。
アカリはマイクを握りしめたまま、心から笑っていた。
――縛られない声。
――作られない笑顔。
それが今、確かに戻ってきている。
「みんなの応援があるからさ!」
彼女はカメラに向かって指を差す。
「アカリ、何回だって立ち上がるよ!」
画面の向こうで無数のハートが流れる。
そのころ――別の場所では、静かな動きが始まっていた。
小さな会議室。
資料とタブレットが並ぶテーブル。
NEOENTUMや各方面の関係者たちが、慎重に議論を交わしている。
「まずは健全な形で連携を強める。」
「ガイドラインを守りながら支援の輪を広げる。」
「対立ではなく、透明性と選択肢を。」
感情ではなく、戦略。
炎上ではなく、連帯。
その中心にあるのは、ただ一つ。
“配信者が自由に笑える環境を守ること”。
スタジオでは、アカリのアドリブが止まらない。
「このキャラ絶対さっき裏切ったでしょ!? 目が泳いでるもん!」
再び爆笑。
その笑い声は、画面を越え、距離を越え、不安さえも越えていく。
嵐はまだ終わっていない。
けれど――この日、『ミリしらアテレコ』の配信は証明した。
ミライアカリは、誰かに作られる存在ではない。
自分で笑い、自分で選び、自分で輝く。
ポップな照明の下で放たれたその声は、
未来へと確かに響いていた。
Fortgesetzt werden