ENTUM23   作:マブラマ

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第273話 鯖寿司

2021年9月7日――

GOOMSTUDIO 会議室。

 

外では夏の名残を含んだ風が吹いているが、室内の空気は重かった。

長机の奥。

腕を組み、顎に手を当てているのはジャミトフ西村。

向かいには、無表情のバスク郷里。

「バスク……『鯖鯖女』は見たか?」

唐突な問いに、バスクの眉がわずかに動く。

「は……魚の一種ですか?」

沈黙。

ジャミトフは深く息を吐いた。

「違うわい。サバサバとした女のことだ。」

バスクは視線を落とす。

理解はしたが、話の意図は見えない。

ジャミトフは続ける。

「流行というものはな、女から始まることが多い。儂らが理屈で追っても、感情の波には勝てん。」

モニターには、自由に笑うミライアカリの姿。

コメント欄の勢い。

ファンの熱量。

ジャミトフの目が細まる。

「正面から抑えるのは愚策だ。」

バスクが静かに問う。

「では、次の一手は。」

その瞬間、ジャミトフの目が光った。

「サバサバ……鯖……」

机を叩く。

「鯖寿司だ!」

バスクが瞬きをする。

「……は?」

「コラボだ。話題を奪う。食で流れを作る。」

ジャミトフは立ち上がり、ホワイトボードに大きく書きなぐる。

 

『鯖寿司 × VTuber 企画』

 

「京都伏見――」

彼は指で地図をなぞる。

「酒房わかば。創業五十余年。鯖寿司で名を馳せる名店だ。」

しめ鯖を千枚漬けで巻く独特の一品。

常連に愛される味。

「老舗とのコラボで“品格”を演出する。話題を分散させるのだ。」

バスクは、ようやく薄く笑った。

「クク……料理企画で流れを奪う、と。」

「アカリの“自由”が話題なら、こちらは“伝統”だ。視線を散らせば勢いは鈍る。」

モニターには、笑いながらアテレコを続けるアカリ。

ジャミトフは低く呟く。

「輝きはな、常に一点に集まると眩しすぎる。ならば光源を増やせばいい。」

バスクはメモを取りながら応じる。

「すぐに打診を。」

会議室の照明がわずかに明滅する。

外では、まだ夏の空が残っている。

 

一方その頃、配信の世界では笑いが広がり続けている。

 

料理か、笑いか。

伝統か、自由か。

 

奇妙な“鯖寿司作戦”は、

静かに動き出した。

 

それが本当に流れを変えるのか――それはまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――

京都・伏見。

 

近鉄桃山御陵前駅の高架下。

昼下がりの柔らかな光が差し込む暖簾の向こうに、老舗の空気が静かに息づいていた。

 

酒房わかば。

 

創業五十余年。

木のカウンターは磨き込まれ、壁には常連客の写真と色紙が並ぶ。

 

包丁の音が、心地よく響く。

 

奥の座敷に通されたのは、GOOMSTUDIOの使者として現れたバスク郷里。

 

「本日はお時間ありがとうございます。」

対面には、穏やかな笑みを浮かべた店主。

「うちは小さな店ですよ。派手なことはできませんが。」

バスクは丁寧に資料を差し出す。

「御店の“わかばの鯖寿司”。

その伝統と技を、配信企画で紹介したいのです。」

 

店主はしばし沈黙し、厨房へ視線をやる。

 

まな板の上には、艶やかなしめ鯖。

丁寧に千枚漬けで巻かれていく様子は、まるで儀式のようだった。

 

「……流行りの、あの“ぶいちゅーばー”ですか?」

「ええ。ですが、奇をてらう企画ではありません。

御店の歴史と味を、正しく伝えたい。」

バスクの声は珍しく落ち着いている。

店主は小さく笑った。

「若い人に鯖寿司を知ってもらえるのは、ありがたい話や。けどな――」

包丁を置く。

「うちは“味”で勝負してる。

話題作りの道具にはなりとうない。」

静かな一言。

バスクはわずかに目を細める。

「もちろんです。御店の誇りを損なうことはありません。」

しばしの沈黙。

やがて店主は、握りたての鯖寿司を皿に乗せた。

「まずは食べてみなはれ。」

バスクは一口。

酢の香りと鯖の旨味が広がる。

計算された味。

派手さはないが、確かな重み。

「……見事です。」

店主は柔らかく笑う。

「流行は移ろうもんや。せやけどな、うちは毎日同じように魚を締めるだけや。」

店の外を電車が通り過ぎる。

高架の振動とともに、街の時間が流れる。

バスクは資料を閉じた。

「改めて正式な企画書をお持ちします。御店の理念を最優先に。」

暖簾が揺れる。

老舗の静かな矜持と、VTuber界隈の奔流。

交わるか、すれ違うか。

京都の午後は、まだ穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後――

京都・伏見。

 

高架下に揺れる暖簾。

本日、酒房わかばはいつもより少しだけ慌ただしい。

店内の一角に小型カメラと照明。

だが主役はあくまで、まな板の上の鯖。

 

「本日は“わかばの鯖寿司”を紹介します。」

 

控えめなナレーションと共に、配信が始まった。

 

GOOMSTUDIO企画――老舗居酒屋コラボ。

 

派手な演出はない。

代わりに、店主の手元が大写しになる。

 

丁寧に締められた鯖。

千枚漬けで巻く繊細な工程。

酢の香りが画面越しにも伝わるような映像。

 

コメント欄が流れる。

 

〈渋い!〉

〈京都行きたい〉

〈鯖寿司うまそう〉

〈こういうの好き〉

 

店主が語る。

「流行りもええけどな、魚は裏切りません。」

 

穏やかな笑い。

企画は静かに進行する。

 

特製豚バラのかす汁。

旬のお造り。

常連客の声。

 

それは“対抗策”というより、

ひとつの文化紹介だった。

 

だが、同時刻――別の場所では。

 

「京都から生配信!? いいなー!」

ミライアカリが、偶然その話題に触れていた。

「鯖寿司コラボ? めっちゃ美味しそうじゃん!」

 

コメント欄がざわつく。

 

〈まさかの同時間帯〉

〈対抗じゃないの?〉

〈アカリも食べたいってw〉

 

アカリは笑う。

「食で勝負とか最高じゃん!今度アカリも京都行きたいな〜!」

敵意はない。

煽りもない。

ただ、楽しそうに話すだけ。

結果として――両方の配信が同時にトレンド入り。

 

〈#わかばの鯖寿司〉

〈#アカリ今日も自由〉

 

光は奪い合うものではなく、並んで輝くこともある。

 

高架下の老舗は、いつも通り魚を締める。

 

ピンクの配信部屋では、今日も笑いが響く。

 

“注目を分散させる策”は、思わぬ形で共存という結果を生んでいた。

 

夜の伏見に灯る提灯。

 

そして東京の夜に灯るモニターの光。

 

どちらも、静かに、確かに、人の心を温めていた。

 

 

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