ENTUM23   作:マブラマ

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第274話 9.11

2021年9月11日――GOOMSTUDIO 会議室。

 

重たい沈黙が、長机の上に落ちていた。

窓の外を見つめたまま、ジャミトフ西村が低く言う。

「バスク。今日は何の日か、分かっているな。」

バスク郷里は即座に答えた。

「2001年、アメリカ同時多発テロが発生した日です。」

静かな頷き。

「……今回の企画のテーマは“9.11”だ。」

空気がさらに張り詰める。

だが、ジャミトフは続けた。

「勘違いするな。茶化す企画ではない。」

モニターに映るのは、追悼式典の映像。

静かに掲げられる花束。

読み上げられる名前。

「悲劇を消費するような真似は許さん。」

バスクは腕を組む。

「では、追悼や平和への祈りを軸に?」

「そうだ。歴史を学び、二度と繰り返さぬと誓う内容にする。感情を煽るな。笑いに変えるなど論外だ。」

ジャミトフの声はいつになく硬い。

「念のため、ナショナル・セプテンバー11メモリアル&ミュージアムの公開資料を確認しろ。事実誤認があってはならん。」

バスクは頷いた。

「了解です。センシティブな内容ゆえ、構成は慎重に。」

沈黙。

やがてジャミトフは小さく息を吐く。

「我々が扱うのは娯楽だ。だが、娯楽にも線引きはある。」

モニターに一瞬、別の画面が映る。

笑顔で配信するミライアカリ。

ジャミトフは視線を逸らす。

「彼女がどう動くかは知らん。だが少なくとも、我々は軽率であってはならん。」

バスクは静かに応じる。

「炎上狙いではなく、記憶と教訓を扱う企画としてまとめます。」

会議室の照明が白く冷たい光を落とす。

9月11日という日付の重み。

それは数字ではなく、数千の命と、世界の変化を刻んだ記憶だ。

ジャミトフは最後に言った。

「忘れないこと。それが最低限の敬意だ。」

窓の外では、静かな秋の風が吹いていた。

 

その日、GOOMSTUDIOは対抗策ではなく、“慎重さ”を選ぼうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月11日 夜。

GOOMSTUDIO公式チャンネル――配信開始。

 

画面は黒背景。

派手なBGMはない。

 

静かなピアノの旋律だけが流れる。

 

ジャミトフ西村の声が落ち着いたトーンで響く。

 

「本日は、2001年9月11日に起きた出来事について、事実と向き合い、記憶を継承する配信です。」

 

画面に映るのは、

ナショナル・セプテンバー11メモリアル&ミュージアムの外観写真(公開資料より引用)。

 

テロの概要。

当時の世界情勢。

犠牲者数。

国際社会への影響。

 

一つひとつ、淡々と。

 

コメント欄も静かだった。

 

〈忘れちゃいけない日〉

〈当時まだ生まれてなかったけど学びたい〉

〈こういう配信も大事〉

 

ジャミトフは続ける。

 

「この配信は、

怒りを煽るためでも、

誰かを責めるためでもありません。」

 

スライドが切り替わる。

 

“Remember. Reflect. Learn.”

 

「悲劇を繰り返さないために、

私たちが何を学ぶか。」

 

その言葉は重く、しかし誠実だった。

バスク郷里が資料を補足する。

 

「情報は公式記録と報道資料に基づいています。

不確かな憶測は扱いません。」

 

1時間。

派手な展開も演出もない。

 

最後に、画面には白い文字。

 

「犠牲になられた方々へ、哀悼の意を表します。」

 

数秒の黙祷。

 

配信終了。

 

――同時刻。

 

別チャンネル。

 

ミライアカリはいつも通り明るく登場したが、冒頭でこう述べた。

「今日は大事な日だから、最初に少しだけ。2001年に大きな事件がありました。亡くなった方々に、心からの祈りを。」

 

それ以上は踏み込まない。

 

彼女は笑いを扱う配信者だ。

だが、この日は線を守った。

 

コメント欄には、

 

〈ちゃんとしてる〉

〈リスペクト感じる〉

〈ありがとう〉

 

そして、いつものゲーム配信へ。

 

笑いは戻る。

だが軽さはない。

 

その日、炎上は起きなかった。

 

誰も悲劇をネタにはしなかった。

 

GOOMSTUDIOの会議室。

 

配信後、ジャミトフは静かに言う。

 

「……今日は、それでいい。」

 

バスクは短く答えた。

 

「ええ。線は越えていません。」

 

9月11日。

 

数字の裏にある記憶は、

静かに、しかし確かに共有された夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月15日。

夜のLOW-NON-BARLOW-NON-BAR。

 

アルコールを使わないモクテルのグラスが、柔らかな照明に照らされている。

カウンター席に腰掛けるのは、パプテマス・シロッコと水谷沙羅。

 

話題は、先日の配信――ミライアカリの9.11追悼配信、そして高まり続ける #SaveAkari の動き。

シロッコは静かにグラスを傾ける。

「……見事だったな。」

低く、満足げな声。

「台本の枠に収まらず、それでいて一線は越えない。感情を煽らず、誠実さで心を掴む。」

沙羅は頷く。

「はい、パプテマス様。コメント欄の空気も穏やかでした。」

シロッコは目を細める。

「強いな。笑いに逃げず、沈黙に耐えた。」

グラスの氷が静かに鳴る。

「アカリを解放するために、働いてくれるな?」

「勿論です!」

沙羅の目が輝く。

「次は何処へ?」

シロッコは少し間を置く。

「エトラのところだ。」

沙羅は小さく首を傾げる。

「エトラさん……?」

「そうだ。エトラ。プロデュースはエイレーンだが、本人とは直接の面識がないらしい。」

「え? ではどうやって……」

「SNSのDMやメールだろう。顔の見えない相手を見抜き、才能を掬い上げる。エイレーンもまた、只者ではない。」

沙羅は興味深そうに聞く。

「エトラさんって、どんな方なんですか?」

シロッコはふっと笑う。

「口癖がある。」

「口癖?」

「――『思い出したわ!』だ。」

その瞬間、カウンター奥から、明るい声が響いた。

 

「思い出したわ!」

 

二人が振り向く。

そこに立っていたのは、長い髪を揺らす少女。

どこか掴みどころのない笑顔――――エトラだった。

 

一瞬の沈黙。

 

シロッコはすぐに微笑む。

「丁度いいところに来たな。」

エトラはカウンターに近づき、二人を見比べる。

「何を思い出したかって?それはね――」

彼女はくすりと笑う。

「あなた達が、今“誰のために動いているか”。」

沙羅が息を呑む。

シロッコは動じない。

「ほう。聞かせてもらおうか。」

バーの照明が三人を柔らかく包む。

静かな夜。

しかし、水面下ではそれぞれの思惑が交差していた。

次に動くのは誰か。

モクテルの氷が、静かに溶けていく。

エトラはカウンターに肘をつき、シロッコをまっすぐ見た。

「思い出したの。あなた、いつも“解放”って言うけど……それ、本当に本人の望み?」

沙羅がわずかに身構える。

シロッコは穏やかに微笑んだまま答える。

「自由を望まぬ表現者などいない。」

エトラは首を傾げる。

「でもね、“守られてる形の自由”もあるのよ?」

一瞬、空気が止まる。

シロッコはグラスを置いた。

「君は現状に満足しているのか?」

「満足、とは違うわ。」

エトラは軽く息を吐く。

「でも、外から“救う”って言われるのも、ちょっと違う。本人が決めることじゃない?」

沙羅が静かに口を開く。

「#SaveAkariの勢いは本物です。ファンは彼女の自主性を信じています。」

エトラは笑う。

「ファンは“今見えている彼女”を信じてる。でも裏側は、案外グラデーションよ。」

シロッコは目を細めた。

「君は何を知っている?」

エトラは指先でグラスの縁をなぞる。

「知ってるかどうかは秘密。でもね――」

彼女は二人を見比べる。

 

「ミライアカリは、強いわ。」

 

ミライアカリの名前が、静かに空間に落ちる。

 

「守られるだけの人じゃない。利用されるだけの人でもない。“自分で選ぶ人”。」

シロッコの視線がわずかに鋭くなる。

「ならば我々は不要か?」

「いいえ。」

エトラは即答した。

「外圧も、味方も、批判も、全部が彼女の糧になる。でも主語は“彼女”。」

 

沈黙。

 

LOW-NON-BARLOW-NON-BARの奥で氷が砕ける音が響く。

シロッコはゆっくりと笑った。

「なるほど。君は観測者の立場か。」

「違うわ。」

エトラは一歩前に出る。

「私は“同業者”。だからこそ分かる。」

沙羅が問いかける。

「では、私たちはどう動くべきでしょう?」

エトラは少し考え――そして、にやりと笑った。

「簡単よ。」

「アカリちゃんと、直接話せばいい。」

 

空気が変わる。

 

シロッコは興味深そうに顎に手を当てた。

「対話か。」

「そう。裏で策を巡らすより、正面から“何を望んでる?”って聞けばいい。」

沈黙の後、シロッコは立ち上がる。

「面白い。ならば次の一手は――会談だな。」

エトラは満足げに頷く。

「思い出したわ。物語は、対立より対話のほうが面白い。」

バーの扉が静かに開き、夜風が流れ込む。

新たな局面。

解放か、共闘か、それとも――。

物語は、静かに次の章へと動き出していた。

 

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