ENTUM23   作:マブラマ

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第276話 第二のミライアカリ

2021年9月23日――Brave group傘下・クリエイトリング あおぎり高校スタジオ。

 

スタジオは、いつものように明るい笑い声に満ちていた。

「うひょー! 再生数伸びてるー!」

ノートPCを抱えた栗駒こまるがぴょんと跳ねる。

隣で音霊魂子が優しく笑う。

「すごいねー、こまるちゃん。」

「魂子先輩、ASMRのコツ教えてくださいよー!」

「えっ、いきなり!?」

そのやり取りに、石狩あかりや大代真白が笑いながらツッコミを入れる。

和やかな空気。

 

――その時。

 

スタジオのドアが静かに開いた。

現れたのはファルカ。

「皆さん、楽しそうですね。」

 

一瞬で空気が変わる。

 

魂子が小さく息を呑む。

「ファルカさん……?」

ファルカは穏やかに続ける。

「少し様子を見に。あおぎり高校は我々NEOENTUMと協力関係にありますから。」

 

ざわめき。

 

こまるが目を丸くする。

「え!? そうなんですか!?」

魂子が小さく頷く。

「……去年の1月くらいにね。」

ファルカはゆっくりとこまるの前へ歩み出る。

そして、真っ直ぐに告げた。

「栗駒こまるさん。あなたは“第二のミライアカリ”に相応しい存在です。」

 

静寂。

 

「……え?」

 

数秒遅れて――

 

「えぇぇぇええええええええっ!?」

 

スタジオが揺れる。

こまるは慌てて手を振る。

 

「いやいやいや! こまるはこまるだよ!?アカリ先輩の代わりなんて無理無理!」

ファルカは首を横に振る。

「真似をしろとは言いません。」

視線は柔らかいが、言葉は重い。

「ただ――仮にミライアカリが不在になった時、“灯を絶やさない存在”は必要です。」

 

「後任ってこと……?」

 

石狩あかりの小さな声。

 

大代真白が腕を組む。

 

「おいおい、急展開すぎるだろ。」

こまるの胸の奥がざわつく。

 

「(荷が重いよ……)」

 

山黒音玄が静かに言う。

「でも、こまるちゃんが“こまるちゃんのまま”で継ぐなら、

見てみたいかも。」

こまるは俯く。

「……アカリ先輩は?」

ファルカは淡々と答える。

「しばらく多忙です。早くても10月6日。」

スタジオの空気が少し寂しさを帯びる。

 

そこへ、

千代浦蝶美が明るく言う。

 

「私ももっと頑張ります! 歌枠強化します!」

ファルカは微笑む。

「ええ、あなたはあなたの強みを。」

視線が再びこまるへ。

「継ぐとは、真似ることではありません。志を、自分の色で繋ぐことです。」

 

沈黙。

 

こまるはゆっくり顔を上げる。

「……こまるは、アカリ先輩にはなれない。でも――」

 

小さく拳を握る。

 

「“こまるとして”なら、頑張れるかも。」

スタジオの空気が少しだけ軽くなる。

ファルカは満足げに頷いた。

「それで十分です。」

外では秋風。

 

#SaveAkariの波は広がり続ける。

 

だがその中心で揺れているのは、誰かの代わりではなく、それぞれの“自分らしさ”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月24日――シリウスシュガー研究所。

 

防音処理された静かな研究室。

壁一面に並ぶ音響解析モニター。

波形、スペクトル、共鳴分布図。

 

白衣姿の所長、月ヶ瀬ちゆるは、椅子を回転させながら画面を見つめていた。

 

表示されているのは、

栗駒こまるのASMR配信データ。

「……なるほど。」

波形を拡大。

囁き声のピークが滑らかに並ぶ。

 

「平均音圧は控えめ。高周波の刺激成分も少ない。癒し特化型だね。」

 

スペクトルを切り替える。

 

低音域の柔らかい共鳴。

 

「150〜300Hz帯の安定感……安心感を与える基礎音。」

 

キーボードを叩き、別のグラフを表示。

 

「でも――」

 

ちゆるは顎に手を当てる。

 

「距離感が近すぎる瞬間がある。」

 

バイノーラル定位データ。

左右の振幅差が大きく揺れる。

 

「没入感は武器。ただし、表現次第ではプラットフォームのセンシティブ判定に触れる可能性。」

 

メモに走り書き。

 

・囁き音質:◎

・即興リアクション:高エンゲージ

・リスク帯域:親密表現ワード周辺

 

モニターをもう一つ開く。

 

過去データ比較――ミライアカリの音声サンプル。

 

「アカリちゃんは明瞭発声・中高域強め。こまるちゃんは低域寄りで包み込むタイプ。」

 

ちゆるは小さく微笑む。

 

「“継ぐ”というより、音響特性は真逆だね。」

 

窓の外、秋の空。

 

「でも、それがいい。」

 

ASMRは心理作用が大きい。

 

安心、親密、没入。

 

「癒しは強い。でも“境界線”の上にある。」

 

データを保存。

 

フォルダ名:【Komaru_ASMR_RiskBalance_0924】

 

椅子を立ち上がり、窓辺へ。

 

「#SaveAkariの流れの中で、こまるちゃんが担う役割は“代替”じゃない。」

 

静かな独白。

 

「アカリが光なら、こまるは温度。」

 

研究室の照明が反射する。

 

「次の課題は、癒しを保ちつつ、リスクを下げる音響設計。」

 

ちゆるは振り返る。

 

「面白くなってきた。」

 

シリウスシュガー研究所は、

声というデータから

VTuber界隈の未来を読み解こうとしていた。

 

静寂の中、解析ソフトの小さな動作音だけが響いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月27日――

ミライアカリ自宅・配信ルーム。

 

ピンク色のデスク。

リングライトの柔らかな光。

ノートPCの画面には、アルバム『未来』の最終マスターデータ。

 

10月27日リリース予定。

トラック順、クロスフェード、プロモーション動画のタイムコード。

 

「よし……ここ、0.5秒だけ余韻伸ばそ。」

 

真剣な表情の

ミライアカリ。

 

ハワイでの『プレイボーイ』撮影成功もあり、

#SaveAkari の勢いは加速中。

 

だが――

 

「……ジャミトフさん、次なに考えてるんだろ。」

 

小さな不安が胸をよぎる。

 

その時、iPhone 12 Pro が震える。

 

通知が一斉に表示される。

 

音霊魂子

栗駒こまる

千代浦蝶美

石狩あかり

西園チグサ

ヰ世界情緒

ファルカ・ミューレンカンプ

エトラ

萌実

める

月ヶ瀬ちゆる

 

応援メッセージで画面が埋まる。

 

中でも話題になっているのは、

「第二のアカリ」発言。

 

アカリは少し眉を下げて、でも笑う。

 

「こまるちゃんは、こまるちゃんだよ。」

 

小さく、しかしはっきり。

 

「アカリは引退しない。

まだまだ歌うし、笑うし、挑戦する!」

 

その時、ドアがノックされる。

 

エマが入ってくる。

 

「順調ね、アカリ。」

 

肩に優しく手を置く。

 

「波紋はあるけど、結束は強いわ。」

 

続いてレコア勝生が現れる。

 

「水面下では連携を強化済み。

動きは監視している。

でも――」

 

鋭い視線が和らぐ。

 

「最後に輝くのは、あなた自身よ。」

 

アカリは深呼吸。

 

モニターに映るアルバムタイトル。

 

『未来』

 

「歌は、アカリの武器だもん。」

 

拳を軽く握る。

 

「どんな企画が来ても、

アカリは“アカリらしく”やる!」

 

再生ボタンを押す。

 

流れ出す新曲のイントロ。

 

部屋に響く歌声は、

強く、透明で、まっすぐだった。

 

#SaveAkari の中心にあるのは、

対立でも策略でもない。

 

“続ける意志”。

 

10月27日へ向けて、

未来は確実に近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月28日――Brave group傘下・クリエイトリング あおぎり高校スタジオ。

 

スタジオのモニターには、ASMR配信中のこまるのアーカイブが映っている。

小さな囁き、柔らかな効果音。

こまるは腕を組み、少し気まずそうに画面を見つめていた。

「……こまる、アカリ先輩みたいにはなれないよ。」

 

ぽつり。

 

でもすぐに顔を上げる。

「でもね! アルバム『未来』、めっちゃ楽しみなんだよ!

#SaveAkari、こまるもガンガン応援する!」

隣で魂子が笑顔で肩を叩く。

「それでいいんだよ、こまるちゃん。“第二の誰か”じゃなくて、“最初のこまる”。」

石狩あかりも力強く頷く。

「アカリ先輩のグラビア、ほんと輝いてたよね!アルバムも絶対ファンの心掴むよ!」

 

「10月27日、みんなで同時視聴とかやる?」と蝶美。

 

蝶美は既に盛り上げモード全開だ。

「歌枠でカバーとかもアリじゃない!?応援ウィークやろうよ!」

 

スタジオの空気が明るくなる。

 

ソファに寝転がっていた音玄が、ふにゃっと笑う。

「こまるちゃん、めっちゃ頑張ってる……。アカリ先輩のアルバム、僕も楽しみ……ふにゃ……。」

こまるは少し照れながら笑った。

「でもさ、“継ぐ”ってなんなんだろね。」

一瞬、静かになる。

魂子がゆっくり言う。

「意志を継ぐって、真似することじゃないと思う。」

あかりが続ける。

「背中を見て、自分なりに前に進むことじゃない?」

蝶美が拳を握る。

「だったらさ!こまるちゃんはこまるちゃんのASMRで、アカリさんはアカリさんの歌で!」

音玄が小さく頷く。

「違う色が集まったほうが、きれい……。」

こまるは深呼吸する。

モニターに映る自分の声。

「……よし!」

顔を上げる。

「こまるは、こまるのやり方で応援する!アカリ先輩のアルバム、全力で盛り上げる!」

スタジオに拍手が広がる。

窓の外は秋空。

 

#SaveAkariの輪は、誰かの代わりを作るためではなく、それぞれが自分のまま立つために広がっていた。

 

 

10月27日へ向けて。

 

歌と囁きと笑い声が、静かに、しかし確実に重なり始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月29日――GOOMSTUDIO 管理室。

 

薄暗い室内。

大型モニターには、予約数の推移グラフとSNSトレンド。

 

中央に表示されている名前――ミライアカリ

アルバム『未来』。

 

右肩上がりの数字。

「……チッ。」

バスクが机を叩く。

ハワイグラビア配信の成功。

予約数の急増。

そして“第二のアカリ”発言をきっかけに拡散する #SaveAkari。

 

「勢いが止まらん……!」

 

背後からジャミトフが冷たい声で言い放つ。

「予想以上だ。」

視線はモニターから動かない。

「ファルカの発言が火種になり、にじさんじ、ホロライブ、あおぎり高校、KAMITSUBAKI、NEOENTUM、シリウスシュガー……反体制のネットワークが可視化された。」

 

室内の空気が一段冷える。

 

ローレン中本が静かに口を開く。

 

「アルバム『未来』のプロモーションは自然発火的です。今は刺激を与えれば与えるほど、支持が固まります。次の企画は慎重に――」

バスクが怒鳴る。

「慎重だと!?このまま放置すれば、主導権は完全に向こうだ!」

拳が震える。

「栗駒こまる、エトラ、萌実、月ヶ瀬ちゆる……全員まとめて潰す。次の企画で屈服させる!」

 

その瞬間、静かに前へ出る男。

 

パプテマス・シロッコ。

 

「ジャミトフ様。」

 

落ち着いた声。

「過度な縛りは逆効果です。音楽性を強調する企画で“支援している形”を演出すべきでしょう。ファンの期待を裏切れば、#SaveAkariは運動へと変質します。」

 

沈黙。

 

ジャミトフの視線が鋭く光る。

「シロッコ……余計な口出しは不要だ。」

 

冷たい宣告。

 

「バスク。発売前に、自由を奪え。」

 

言葉は短い。

だが意味は重い。

アルバム発売日――10月27日。

そこまでに“囲い込む”という命令。

モニターに映る予約数がまた一段、増える。

ピコン、と通知音。

 

「……増えている。」

 

ローレンが呟く。

 

バスクは歯を食いしばる。

「ならば話題ごと奪う。新企画で完全管理。配信内容、発言、コラボ、全て事前承認制にする。」

ジャミトフは静かに頷く。

「従わなければ――契約を盾にする。」

 

管理室の空気は張り詰めたまま。

だが誰も気づいていない。

 

“自由を奪う”という発想そのものが、

最大の燃料になることを。

 

一方その頃――

 

自宅スタジオで、アカリは新曲のミックス確認を終え、微笑んでいた。

 

嵐の前夜。

 

#SaveAkari は、静かに、しかし確実に広がっている。

 

戦いは、次の局面へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月30日――サイゼリヤ 神保町店。

 

夕方の店内はざわついていた。

テーブルいっぱいに並ぶ皿。

パスタ、ドリア、ピザ、サラダ、デザート……。

 

YouTuber集団「スウィートガールズ」。

リーダーのマ・メルを中心に、5人がカメラを回していた。

 

「全メニュー制覇チャレンジ〜!」

 

しかし――撮影が進むにつれ、明らかにペースは失速。

料理は手つかずのまま冷め、皿が積み上がる。

 

「もう無理……」

「これ以上はきついって……」

 

それでもカメラは回り続ける。

 

最終的に、大量の料理を残したまま立ち上がるメンバーたち。

 

その時。

 

「……待て。」

 

低く、鋭い声。

 

振り返ると、そこに立っていたのは生駒葵。

 

冷たい視線がテーブルを見下ろす。

 

山のような皿。

 

ほとんど手をつけられていない料理。

 

「一口くらい食えないのか?」

 

店内の空気が凍る。

 

「お前の家では、食事を残すのか?」

 

メンバーが口を開きかけるが、言葉が出ない。

 

「金を払えば、何をしてもいいわけじゃない。」

 

その声は怒鳴りではない。

しかし、芯から響く。

 

「料理を作った人間、運んだ人間、

その時間を考えたことはあるか?」

 

カメラがまだ回っていることに気づき、

葵はレンズを見つめる。

 

「“企画”の名で、無駄を正当化するな。」

 

マ・メルが反論しようとする。

 

「でも私たち、お金は払って――」

 

「それで終わりか?」

 

即座に遮られる。

 

「責任は金額で測れない。」

 

沈黙。

 

店員が不安そうに見守る中、

葵は静かに続ける。

 

「食べ物を粗末にするなら、最初から頼むな。できない量を“話題作り”で消費するな。」

 

やがて、スウィートガールズのメンバーは

黙って席に戻る。

 

冷めたパスタを口に運ぶ者。

デザートを分け合う者。

 

完食はできなかったが、出来る限り食べ直した。

 

撮影は中止。

 

帰り際、葵は最後に一言だけ残す。

「影響力を持つなら、責任も持て。」

店内に残るのは、少し減った皿の山と、重い静寂。

 

その夜。

 

SNSには動画は上がらなかった。

 

代わりに、「フードロスについて考えます」という短い投稿がひとつ。

 

炎上ではなく、問いかけだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月1日――秋晴れの筑波サーキット。

 

ホームストレートに並ぶ2台。

 

イエローのスズキ・スイフトスポーツ。(ZC33S)

 

そして赤いフォード・フォーカス ST。

 

ステアリングを握るのはエトラ。

 

対するはオリオン。

 

前回は僅差。

立ち上がりで置いていかれ、ストレートで伸び負けた。

 

「今日は負けない。」

 

エトラは小さく呟く。

 

ターボ1.4Lの軽量ボディ。

対する2.3Lターボの高トルク。

 

排気音が空気を震わせる。

 

――スタート。

 

シグナル消灯。

 

スイフトが鋭く飛び出す。

 

軽さを活かし、1コーナーへインから飛び込む。

 

「よし、前!」

 

しかしバックストレート。

 

フォーカスSTのパワーが牙を剥く。

 

赤いボディが並び、そしてわずかに前へ。

 

「くっ……!」

 

エトラは焦らない。

 

最終コーナー手前でブレーキングを遅らせ、スイフトの軽量シャシーが粘る。

 

インを刺す。

 

再び並走。

 

観客席からどよめき。

 

最終立ち上がり。

 

アクセル全開。

 

イエローとレッドが横並びでストレートへ。

 

メーターは上昇。

 

わずか――コンマ数秒差でフィニッシュライン通過。

 

ピットに戻る2台。

 

ヘルメットを外すエトラ。

 

「……楽しかった。」

 

オリオンも笑う。

 

「今日はほぼ互角だな。」

 

公式タイム発表。

 

0.182秒差。

 

勝者――エトラ。

 

「軽さは正義、だね。」

 

秋の風がサーキットを抜ける。

 

再戦は決着した。

 

だがオリオンは振り返り、静かに言う。

 

「次は富士だ。」

 

エトラはにやりと笑う。

 

「いいよ。どこでも走る。」

 

筑波の空の下。

 

黄色いスイフトは、

まだ熱を帯びていた。

 

 

 

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