ENTUM23   作:マブラマ

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第277話 自由と責任

2021年10月2日――業界に、静かな衝撃が走った。

 

2021年9月6日に発表された

ANYCOLORの声明。

 

それに基づき、2020年9月以降に投稿された悪質動画について、名誉毀損罪としての告訴が受理。

すでに警察が動いている――という情報が広がった。

 

配信前の控室。

 

スマホ画面を見つめる

萌実。

 

「……本当に、動いたんだ。」

 

隣でエトラが息をのむ。

 

「今まで、ずっと野放しだったのに……。」

 

タイムラインには、問題の投稿主の名。

鳴神裁。

 

業界内で波紋を広げ続けてきた存在。

 

 

 

 

 

 

株式会社Brave group傘下クリエイトリング あおぎり高校スタジオ

 

音霊魂子が小さく呟く。

 

「言葉って……本当に刃物だよね。」

 

石狩あかりは強く頷く。

 

「冗談じゃ済まないこと、いっぱいあった。」

 

モニターの前で黙り込む栗駒こまる。

 

「怖かったよ、正直……。」

 

山黒音玄はふにゃっとしながらも真剣な声。

 

「配信ボタン押すの、ちょっと勇気いる日もあった……。」

 

千代浦蝶美は拳を握る。

 

「でもさ。ちゃんと向き合ってくれる人がいるって分かったのは、大きいよ。」

 

別の場所では――生駒葵も無言でニュースを見つめ、

隣に立つ

波瀬うるうが静かに言う。

 

「時代が変わり始めてるのですかぁ?」

 

これは誰かを断罪する物語ではない。

 

だが――“発信する自由”と“責任”が改めて問われる瞬間だった。

 

VTuber達は、呆然としながらも理解する。

 

画面の向こうには人がいる。

 

守られるべき尊厳がある。

 

そして。

 

戦いは炎上ではなく、法と対話の領域へと移りつつあった。

 

10月。

 

業界は新しい局面へ入ろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月3日――夜。

 

緊急配信の通知が走る。

 

配信者は鳴神裁。

 

サムネイルには大きく「重大予言」。

 

配信が始まると、彼は淡々と語った。

 

「2023年3月か4月――ミライアカリの所属するGOOMSTUDIOは消滅する。」

 

コメント欄が一気に流れる。

 

「そうなれば、彼女は“自由”になるだろう。」

 

その一言で、空気が変わった。

 

視聴者の間で賛否が爆発的に拡散。

切り抜きが即座に拡散され、SNSトレンド入り。

 

――炎上。

 

「不安を煽るな」

「根拠は?」

「願望では?」

「内部情報なのか?」

 

深夜にもかかわらず、議論は止まらない。

 

一方、GOOMSTUDIO。

 

管理室では緊急対応。

 

「公式コメントを出す。」

 

だが声明は慎重な表現に終始。

 

“憶測に基づく情報にはコメントしない”

“事実無根の噂に惑わされないように”

 

しかし火は消えない。

 

むしろ、

 

「否定しきれていない」

「沈黙が怪しい」

と、さらなる憶測を呼ぶ。

 

#SaveAkari のタグにも波及。

 

一部は怒り、一部は不安、一部は“もし本当なら”と考え始める。

 

その頃。

 

自宅スタジオで、アカリはその配信を見ていなかった。

 

翌朝、通知の嵐で知る。

 

「……え?」

 

一瞬、言葉を失う。

 

“自由になる”

 

その言葉が胸に残る。

 

自由とは何か。

 

守られることか。

縛られないことか。

それとも――選べることか。

 

配信は結果的に即炎上。

GOOMSTUDIOの沈静化は追いつかず、

議論は数日続くことになる。

 

そして。

 

“予言”のうち、一つだけ的中する未来があることを――この時、語った本人も、炎上した視聴者も、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月4日――

 

炎上の余波が続く中、

鳴神裁は珍しく配信もSNS更新も控えていた。

 

代わりに向かったのは、都内のホビーショップ。

 

ショーケースに並ぶのはマブラヴ関連グッズ。

 

ポスター、設定資料集、サウンドトラック。

 

そして棚の奥に積まれている戦術機プラモデル。

 

不知火、武御雷、F-22A ラプター――

 

「……やっぱこれだな。」

 

箱を手に取る。

 

炎上、コメント欄、予言、批判。

 

そうした喧騒から切り離された空間。

 

レジ袋の中に次々と収まっていく戦術機。

 

帰宅後、机に並べる。

 

カッター、ニッパー、紙やすり。

 

無言でランナーを切り離す。

 

パーツを合わせ、関節を確認。

 

「こういう時間が、一番落ち着く。」

 

独り言。

 

戦術機の無骨なシルエット。

 

物語の中で人類を守る存在。

 

現実の議論とは無関係に、ただそこにある造形美。

 

 

 

 

深夜。

 

半完成の機体を眺めながら、

鳴神はスマホを伏せた。

 

通知は見ない。

 

炎上も、予言も、反論も。

 

今はただ、

灰色の装甲を組み上げる作業に集中する。

 

机の上で静かに立つ戦術機。

 

それは、

嵐の中の小さな退避壕のようだった。

 

机の上に立つ、組み立て途中の不知火。

 

そこへ低い声。

 

「ほぅ、戦術機プラモか。」

 

振り向くと、腕を組んで立っているのはドーセット・アカホシ。

 

鳴神は一瞬目を丸くする。

 

「お、大佐も興味あるのか?」

 

アカホシは未塗装の機体を手に取り、関節をゆっくり動かす。

 

「悪くない出来だ。最近のキットは可動も精密だな。」

 

「だろ? これ、肩のスイング機構が優秀でさ――」

 

鳴神は少し嬉しそうに説明し始める。

 

炎上配信の時とは別人のような口調。

 

アカホシは鼻で笑う。

 

「だが、戦術機は飾るだけでは意味がない。」

 

「え?」

 

「設定を理解し、運用思想を考えろ。なぜこの装甲配置なのか。なぜこの武装なのか。」

 

机の上の武御雷の箱を軽く叩く。

 

「思想なき装備は、ただの鉄屑だ。」

 

鳴神は少し黙る。

 

「……じゃあ大佐なら、どれ選ぶ?」

 

アカホシは迷わず答える。

 

「状況次第だ。」

 

間。

 

「だが指揮官機なら武御雷。士気が違う。」

 

鳴神は笑う。

 

「やっぱロマン派じゃねえか。」

 

アカホシは視線を逸らす。

 

「ロマンではない。戦意高揚だ。」

 

静かな部屋。

 

ニッパーの音。

 

炎上も予言も、この瞬間だけは遠い。

 

アカホシがふと呟く。

 

「戦場でも、兵は時に趣味を持つ。心を保つためだ。」

 

鳴神は頷く。

 

「……今はこれが俺の退避壕ってわけか。」

 

未完成の戦術機が、ライトの下で影を落とす。

 

アカホシは最後に一言。

 

「組むなら最後まで責任を持て。途中放棄は許さんぞ。」

 

鳴神は苦笑する。

 

「それ、動画にも言えるな。」

 

二人の間に、わずかな静けさが流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月5日――

東京・某カフェ。

 

午後の柔らかな光が差し込む店内。

奥の静かな席に、3つのコーヒーカップ。

 

そこに集まったのは――

 

ミライアカリ

エトラ

萌実

 

事前にiPhone 12 ProのDMで連絡を取り合い、表立たない形での小さな会合。

 

アカリは両手でカップを包み込みながら、少しだけ視線を落とす。

 

「NEOENTUMのおかげで……少し自由に動けるようになった。」

 

小さく息を吸う。

 

「でも、アルバム『未来』の発売が近い。GOOMSTUDIOの動きが読めなくて……正直、怖い。」

 

一瞬の沈黙。

 

エトラがぱっと顔を上げる。

 

「思い出したわ!」

 

明るい声。

 

「アカリちゃん、グラビアでバズったでしょ?あれ、空気変えたよ。#SaveAkariは本物。」

 

ウインクする。

 

「私もASMRの路線、ちゃんと安全方向に調整してる。仲間と協力すれば、孤立なんてしない。」

 

萌実は静かに頷く。

 

「今はシロッコさんの裏工作が効いてる。強硬策は取りづらいはず。」

 

カップを置き、穏やかな目でアカリを見る。

 

「ファルカさんや沙羅さんとも連携できる。あなたが歌で前に出れば、支える土台は私たちが作る。」

 

アカリの目に、少し光が戻る。

 

「……みんな、強いね。」

 

エトラが笑う。

 

「違うよ。強く“なる”んだよ。」

 

萌実も微笑む。

 

「アルバムの成功は、数字以上の意味を持つ。

“意志”が形になる。」

 

アカリは拳を握る。

 

「ありがとう。」

 

まっすぐ前を見る。

 

「『未来』で、ちゃんと届ける。何が来ても、負けない。」

 

3人はカップを軽く持ち上げる。

 

小さな乾杯。

 

カフェの窓の外、秋風が木々を揺らす。

 

大きな作戦会議ではない。

派手な宣言もない。

 

けれど――静かな連帯は、確かにそこにあった。

 

#SaveAkariは、

怒号ではなく、支え合いで広がっていく。

 

発売日まで、あと22日。

 

未来は、まだ自分たちの手の中にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月6日――

ついにその時が来た。

 

マブラヴ オルタネイティヴ 放送開始

 

重厚なオープニング。

荒廃した世界。

迫り来るBETA。

 

第一話は、佐渡島を舞台にしたオリジナルストーリー。

 

そして――臼杵咲良の声が、静かに、しかし確かに響く。

 

演じるのはヰ世界情緒。

 

繊細で、それでいて芯のある声。

戦場の緊張と、少女の覚悟が交差する。

 

放送直後、SNSは一気に加速。

 

「情緒ちゃん凄い」

「声の透明感やばい」

「佐渡島編、アニメ映えする」

 

制作に関わった

KAMITSUBAKI STUDIOの名も広がる。

 

長い準備期間。

試行錯誤。

そして様々な圧力を乗り越えた末の放送。

 

確かな結実だった。

 

――

 

同じ夜。

 

自宅で視聴していた

ミライアカリ。

 

エンドロールが流れる中、静かに息を吐く。

 

「……すごい。」

 

情緒の声に宿る勇気。

 

困難の中でも、自分の場所を守り抜いた姿。

 

アカリは思い出す。

 

仲間たちの言葉。

カフェでの約束。

広がる #SaveAkari。

 

テーブルには、

アルバム『未来』の最終サンプルCD。

 

発売まで、あとわずか。

 

「負けてられないな。」

 

小さく笑う。

 

戦術機が飛び交うアニメの世界と、歌で戦う現実の世界。

 

形は違えど、“自分の声で立つ”という点では同じ。

 

この日、VTuber界隈は確かに新しい段階へ入った。

 

物語は二つの場所で進んでいる。

 

戦場の佐渡島。

そして音楽の舞台。

 

輝きは、連鎖していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月7日――

 

オンライン通話の画面越し。

 

事情を説明するのはフルート。

そして、真剣に聞いているのは――

 

ロージー・ヒューズ。

 

FL∞tyのメンバーの一人。

アメリカ・ワイオミング州出身、21歳。

アートデザイナーとして名を知られ、

一部界隈では“空想造形師”の異名を持つ存在。

 

黒髪を揺らしながら、彼女は腕を組む。

 

《なるほどね。#SaveAkari……面白いじゃない。》

 

明るい笑み。

 

だが瞳は真剣だ。

 

《アカリって子、自分の“未来”を守ろうとしてるんでしょ?》

 

フルートが頷く。

 

「歌で立とうとしてる。でも、周囲の圧力が強いですよ。」

 

ロージーは少し考え、机の上のスケッチブックを開く。

 

《だったら、物語を描くわ。》

 

ペンが走る。

 

光の翼。

音符をまとった少女。

背後に広がる群像。

 

《ムーブメントはね、ロゴとビジュアルで“象徴”を持つと強いの。》

 

彼女はにやりと笑う。

 

《空想造形師、なめないでよ?》

 

フルートが思わず笑う。

 

「協力してくれるんですか?」

 

ロージーは肩をすくめる。

 

《もちろん。私はお姉さんポジションだからね。》

 

少し得意げに。

 

《守りたい後輩がいるなら、背中押すのが先輩ってものでしょ?》

 

彼女は続ける。

 

《英語圏向けのビジュアルキャンペーンも組む。“Future is Hers.”ってタグ、どう?》

 

フルートの目が輝く。

 

#SaveAkariは国内中心だった波を、いま、海外へと広げようとしている。

 

ロージーは最後に言う。

 

《炎上でも対立でもない。“創作”で空気を変える。》

 

画面越しにウインク。

 

《アカリに伝えて。ワイオミングからも、未来を描いてるって。》

 

こうして、#SaveAkariは海を越える準備を始めた。

 

音楽と、物語と、デザイン。

 

光は、さらに広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月8日――夜。

 

東京都心を、突然の強い揺れが襲った。

 

緊急地震速報。

スマートフォンの警告音。

ビルのきしむ音。

 

震度5強。

 

2011年の

東日本大震災以来となる強い揺れに、街は一瞬で緊張に包まれた。

 

棚から落ちる物。

停止するエレベーター。

駅構内のざわめき。

 

――

 

自宅にいたミライアカリは、とっさに机の下へ。

 

「大丈夫……落ち着いて……」

 

揺れが収まるまで、深呼吸。

 

すぐにスマホで仲間へ連絡。

 

エトラ

萌実

 

「無事?」

 

既読がつく。

 

「大丈夫!」

「こっちも問題なし!」

 

一方、スタジオにいた

音霊魂子たちも、機材を押さえながら安全確認。

 

「みんな落ち着いて!」

「まずは怪我ないか確認!」

 

SNSは瞬時に情報で埋まる。

 

「大丈夫ですか?」

「余震に注意」

「ブレーカー確認して」

 

炎上や議論で騒がしかったタイムラインが、

一瞬で“安否確認”に変わる。

 

――

 

数十分後。

 

アカリは小さく呟く。

 

「歌も、企画も、大事だけど……」

 

窓の外の夜景を見つめる。

 

「まずは無事でいられることが一番だね。」

 

#SaveAkari のタグにも、

「安全第一で」

「配信は落ち着いてからでいい」

という声が並ぶ。

 

対立も予言も、この瞬間だけは遠い。

 

揺れの後の静けさ。

 

誰もが、当たり前の日常の尊さを思い出していた。

 

秋の夜風が、静かにカーテンを揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月9日――

欧州方面から届いた、ひとつの報告。

 

#SaveAkariムーブメントに水面下で協力していたドイツ連邦情報局関係者、リリー・ラヴォアが任務から離脱するという通知だった。

 

理由は明確。

 

「優先度Aの別任務に集中するため。」

 

ベルリン時間、短い暗号化メッセージのみ。

 

――

 

数週間前。

 

リリーは欧州圏SNSの監視、誤情報の拡散経路分析、一部匿名アカウントのトレンド操作の可視化などを担当していた。

 

派手な支援ではない。

 

だが、炎上の“増幅装置”を鈍らせる役割は大きかった。

 

今回の撤退で、そのバックアップが一部失われる。

 

フルートは通知を読み、静かに息を吐く。

 

「仕方ないですね……国家任務なら。」

 

ロージー・ヒューズもオンラインで肩をすくめる。

 

「インテリジェンスは常に動くもの。固定戦力じゃない。」

 

一方、

ミライアカリには、簡潔なメッセージが届いていた。

 

“キミの未来は、キミ自身の意志で切り拓いてね。一時離脱するよ。幸運を願ってるよ。”

 

アカリはスマホを胸に当てる。

 

「……ありがとう。」

 

#SaveAkariは、

誰か一人の力で動く運動ではない。

 

去る者もいれば、加わる者もいる。

 

支援は流動的。

だが意志は残る。

 

リリー・ラヴォアは撤退した。

 

しかし彼女が整えた情報基盤は、

確かに痕跡を残している。

 

10月27日まで、あと18日。

 

波は形を変えながら、なお広がり続けていた。

 

 

 

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