ENTUM23   作:マブラマ

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第286話 解放

2023年4月1日

鈴鹿サーキット

 

春の陽射しがストレートを照らす。

ピットに並ぶ二台のマシン。

 

その間に立つのは――エトラ。

「こんな所に呼び出して、一体何の用なの?」

向かい合うオリオンは、珍しく真顔だった。

 

「エトラ。ミライアカリの件……すまなかった。」

ミライアカリの引退。

あの崩壊劇の裏で動いていた力。

「鈴蘭が中国公安部と裏で動いてた。俺も止めきれなかった。」

エトラは静かに息を吐く。

「……オリオンさん。アカリちゃんが選んだ道だよ。きっと立ち直れる。」

横で鈴蘭が小さく頭を下げた。

「ごめんなさい。手は尽くしたけど……届かなかった。」

オリオンは話を続ける。

「バスク郷里とジャミトフ西村はバンナムに見捨てられた。業界復帰は不可能だ。」

エトラの視線が鋭くなる。

「当然だよ。アカリちゃんを傷付けた元凶なんだから。」

風が強く吹き抜ける。

「あと……ジャマイカンって奴、韓国に逃げようとして、なぜか北朝鮮に入ったらしい。消息不明だ。」

「……そう。」

 

短い沈黙。

 

エトラはコースを見つめる。

 

「でも、それを報告するだけならここじゃなくていいよね?」

 

オリオンは苦笑する。

 

「ああ。」

 

そして、真っ直ぐ告げる。

 

「俺と鈴蘭はウクライナに行く。当分帰れない。」

 

遠くでエンジン音が響く。

 

「ロシアと戦ってる国だよね?」

 

「組織の命令だ。だが――俺達は死なねえ。」

 

少しだけ、昔の軽い口調に戻る。

 

「だから今日が最後のレースだ。受けてくれるか?」

 

エトラは迷わない。

 

「もちろん。」

 

最後のレース

 

エンジン始動。

 

タイヤが熱を持つ。

 

スタートシグナル。

 

爆音と共に二台は加速。

 

謝罪も、後悔も、未練も。

すべてストレートに置き去りにしていく。

 

鈴蘭はピットから見守る。

 

「生きて帰りなさいよ……」

 

風がチェッカーフラッグを揺らす。

 

この日、

勝敗よりも大切なのは――

 

“約束”。

 

別れは、前進の合図だった。

 

 

 

最終ラップ。

 

ホームストレートに差し掛かる二台。

 

エトラはインを攻める。

オリオンは外から被せる。

 

火花のように散る意地。

 

無線はない。

だが互いの呼吸は読める。

 

――ここで終わらせない。

 

シケインを抜け、立ち上がり。

 

ほんのわずか、エトラが前へ出る。

 

チェッカーフラッグ。

 

歓声はない。

観客席も無い。

あるのは風の音だけ。

 

ピットに戻った二人。

 

ヘルメットを外し、視線を交わす。

 

オリオンが笑う。

 

「強くなったな。」

 

エトラも笑う。

 

「そっちこそ。簡単には抜かせてくれなかったね。」

 

鈴蘭が歩み寄る。

 

「これで心残りはない?」

 

オリオンは首を鳴らす。

 

「ああ。後はやるだけだ。」

 

 

 

 

 

ピット裏

 

ウクライナ行きは数日後。

 

組織命令。

拒否権は無い。

 

だがエトラは理解している。

 

彼らは“戦い”に行くのではない。

 

守るために行く。

 

「絶対に帰ってきて。」

 

オリオンは軽く手を振る。

 

「死なねえって言ったろ。」

 

鈴蘭は小さく微笑む。

 

「次は、三人で走りましょう。」

 

夕陽がコースを染める。

 

エトラは一人、ストレートを見つめる。

 

アカリの引退。

GOOMSTUDIOの崩壊。

それぞれの選択。

 

時代は加速している。

 

だが――走り続ける限り、止まったことにはならない。

 

2023年4月1日。

 

別れは、確かに痛い。

 

それでも前へ。

 

エトラはエンジンを再びかけた。

 

まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲しい目をした僕は もうどこにもイナイ

不安な夜 乗り越えて やってくるよすぐに未来が

 

どうしようもなく“ツマラナイ"細胞が

僕の体 締めつけてる

無気力な 脳に一筋のビーム

眩しくて ちゃんと見れない

 

夢にまで出てくるなんて

相当 重症なんだね

君を見た その時から やっと動き始めたんだ

 

そして生まれたこの愛が 心の宇宙へと

放物線を描いてフワリフワリ飛んで

悲しい目をした僕は もうイナイ

不安な夜 乗り越えて やってくるよすぐに未来が

 

いつだって“ジレンマ"つきまとう

僕はそれに 悩まされる

身勝手な 偽善者だらけのニュース

うんざりで もう見れない

 

“離ればなれになる?!"って

絶望によく似た感情

でも君と逢えたことで僕は生まれかわるのさ

 

そして同じような愛が 同じ空の下で

今日もたくさん生まれてく まわれまわれ地球

何よりも強いエナジー あふれ出す

怖いものなんかないよ キモチいつもそばにあるから

 

誰だって捨てきれない 爆弾胸に抱えてる

だけど喜びあえる 幸せも知ってるから

 

そして生まれたこの愛が 心の宇宙へと

放物線を描いてフワリフワリ飛んで

悲しい目をした僕は もうイナイ

不安な夜 乗り越えて やってくるよすぐに未来が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年4月2日

成田空港

 

朝の出発ロビー。

 

静かな緊張感の中、二人は並んで立っていた。

 

姜小花

劉翠蘭

 

行き先は中国本土。

経由地――成田国際空港

 

小花が搭乗券を握りしめる。

 

「これで、日本とはしばらくお別れですね。」

 

翠蘭は窓の外を見つめる。

 

「終わったわけじゃありません。ただ、次の局面に移るだけです。」

 

二人はこの数ヶ月、表と裏の情報が錯綜する中で動いてきた。

 

GOOMSTUDIO崩壊。

内部の軋轢。

裏工作の余波。

 

それぞれが、自分の立場で決断を下した。

 

搭乗案内が響く。

 

小花は小さく息を吐く。

 

「向こうでは、簡単には動けないかもしれませんね。」

 

翠蘭は即答する。

 

「動けないなら、動ける場所を作るだけです。」

 

その目は迷っていない。

 

出国ゲート。

 

振り返らない。

 

日本での任務は一区切り。

 

だが、物語は終わらない。

 

ウクライナへ向かう者。

新天地で再出発する者。

地下へ潜る者。

 

そして――祖国へ戻る者。

 

2023年4月2日。

 

飛行機は滑走路へ。

 

エンジン音が高まり、機体は空へ。

 

新たな空域へ向かって。

 

 

Hoffentlich sehen wir uns bald.

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