ENTUM23   作:マブラマ

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第292話 『学び』

2025年5月12日――朝の柔らかな陽光が大きな窓から差し込むviviONの本社オフィスは、いつものように明るい活気と笑顔で満ち溢れていた。音霊魂子が大きな声で笑いながら台本を振り回し、石狩あかりが冷静にスケジュールを調整し、山黒音玄が毒舌を交えつつも楽しげに、栗駒こまるが皆を明るくまとめ、萌実は可愛らしい笑顔でコーヒーを配っている。

そんな彼女たちを、GOOMSTUDIOの元スタッフであるジェリド井上とカクリコン戸松が、頼もしく支えていた。

二人はミライアカリの引退という深い傷を胸の奥に秘めながらも、このあおぎり高校という新たな場所に希望の光を見出し、魂子たちと共に未来を紡ごうと、日々懸命に尽力していた。

 

しかし、その穏やかな日常に、ただ一つだけ暗い影が忍び寄っていた。

 

ハインツ・アクスマンと、その側近ミヒャエル・ゾーネ。

 

ZIZAIから追放された男は、依然としてメンバーたちから冷たい視線を浴びせられながらも、何とかこの場所での居場所を確保しようとしていた。

だが、この日――ジェリドとカクリコンはついに決意した。

アクスマンに対して、ある「教育」を施すことを。「あおぎり高校の絆」「自由に配信できる環境」「家族・親友・仲間」の本当の価値を、彼の心に徹底的に叩き込むことだった。

ジェリド井上が、アクスマンの正面に堂々と立ちはだかった。

「アクスマンさんよ。あんたはVTuberたちの世界を、ただのビジネスだと思ってたろ? けど、ここをよく見てみろ。」

彼は、魂子たちが笑い合いながら打ち合わせをする温かな光景を、力強く指差した。

「彼女たちはただの演者なんかじゃない。家族であり、親友であり、かけがえのない仲間なんだ。この絆は、あんたが壊そうとしたアカリの魂を、確かに受け継いでいる。」

カクリコン戸松も、穏やかながらも鋭い眼差しで続けた。

「あおぎり高校は、自由に自分を表現できる聖域だ。ミライアカリや多くのVTuberたちが夢見た『ほんわかとした平和な世界』が、ここで息づいている。あんたがかつて踏みにじったものを、俺たちは命がけで守ってるんだ。」

アクスマンは二人を睨みつけ、鼻で嘲るように笑った。

「フン……感傷的な戯言だ。そんなもので私の信念が変わるとでも思うか?」

言葉にはまだ傲慢さが色濃く残っていた。

だが、その瞳の奥には、微かな――本当に微かな――動揺の波紋が広がっていた。

その瞬間、意外な人物が口を開いた。

 

ミヒャエル・ゾーネだった。

 

彼は主の肩にそっと手を置き、静かだが真剣な声で語りかけた。

「中佐……私は長年、あなたに忠誠を誓ってまいりました。ですが、この場所で魂子さんたちを見て、私は初めて理解したのです。彼女たちの絆は、幻想などではありません。本物の力です。あなたが過去に犯した過ちを償うのであれば、彼女たちから学ぶべきだと、私は思います。」

アクスマンの顔が、一瞬で激しく歪んだ。

「ゾーネ大尉……貴様、何を言い出す?」

忠実なる側近の言葉は、彼にとって裏切りにも等しかった。

しかしミヒャエルの瞳には、純粋に魂子たちの情熱に触れた、人間らしい光が確かに宿っていた。

そこへ、音霊魂子本人が静かに歩み寄ってきた。

「アクスマンさん。私たちはまだあんたを許したわけじゃないよ。でも、ここにいる限り、私たちのやり方を見て、感じてほしいんだ。VTuberの世界は、ほんわかとした平和な雰囲気があってこそ輝くんだよ。」

石狩あかりが静かに頷き、栗駒こまるが優しく、萌実は少し悲しげに微笑みながら言葉を重ねた。

「ぺぺちが愛したこの世界を、私たちは絶対に守るよ。アクスマンさんにも……いつかそれが分かる日が来るといいね。」

アクスマンは唇を強く噛みしめ、長い沈黙の末、低い声で呟いた。

「……分かった。」

 

それは、彼が初めて「学ぶ」ことを受け入れた瞬間だった。

かつて旧東ドイツ・シュタージの将校として、作戦参謀の肩書きを背負い、無垢な国民を粛清し、男を殺し、女を慰み者とする冷酷な日々を生きてきた男の心に、小さな亀裂が生まれ始めていた。

アクスマンがオフィスに戻ろうとしたその時――viviONの扉が、静かに開いた。

 

現れたのは、一人の女性。リィズ・ホーエンシュタイン。

 

「ZIZAIにお払い箱にされて、まだこんなところで足掻いているんですね。アクスマン“中佐”」

冷たく、しかし美しく響く声が、オフィス全体に鋭く響き渡った。

彼女の口元には、嘲るような、しかしどこか哀しみを帯びた微笑みが浮かんでいた。

魂子が「えっ!?」と飛び上がり、こまるが目を丸くし、萌実が息を飲む。

春雨麗女、ぷわぷわぽぷら、エトラも驚きの表情を隠せない。

エトラが冷静に、しかし小さく補足した。

「胎児殺しのホーエンシュタイン……東ドイツ国内で恐れられた女性ね。今はドーナツ屋を経営してるわ。長らく消息不明だったけど、最近VTuber事業に興味を持って短期間ENTUMにいたのよ。」

こまるが震える声で呟く。

「やべー女じゃんか……!」

萌実が小さく頷き、続ける。

「萌実は知ってるよ。ファルカさんの先輩だよ。」

麗女が首をかしげ、ぽぷらが無邪気に「ぽぷら、知らな~い……」とつぶやく。

萌実がさらに説明を重ねる。

「リィズさんはアクスマンに調教されて、彼の言いなりで東ドイツ国民を殺してた。でも、それは義兄のテオドールさんと再会するための……道しるべだったの。」

魂子の顔が曇った。

「尋問されて脅迫で……アクスマン最低――彼女、酷い目に遭ったんだなぁ……」

あかりが冷静に付け加える。

「アクスマンの悪行が目立ちすぎたから、リィズの悲劇も一緒に語られるようになったんだ。」

魂子が震える声で。

「うあぁ……彼女に逆らわない方がいいな……」

その瞬間、リィズの冷ややかな視線がメンバーたちに向けられた。

「全部聞こえてるわよ。」

魂子が飛び上がる。

「うぉー……やべー!」

リィズはゆっくりと一歩踏み出し、アクスマンを真正面から見据えた。

「アクスマン、貴方の罪は消えない。だが、魂子たちが言う『絆』や『平和な雰囲気』に、少しは学んだようね。」

彼女の声には、かつての部下としての複雑な感情が滲んでいた。

「私はもう過去には縛られない。お兄ちゃんと再会した今、貴方の下で過ごした暗い日々は、ただの悪夢よ。」

アクスマンは唇を噛み、虚勢を張るように言い返した。

「リィズ、君もまた過去を振り切れなかった一人だろう。ドーナツ屋などと、笑わせる。」

リィズの瞳が一瞬、鋭く光った。

「笑うなら笑えばいい。だが、貴方が今ここで足掻く姿は、かつての『中佐』とは程遠いわ。」

彼女は背を向け、魂子たちに視線を移した。

「あおぎり高校の皆、アクスマンを変えるのは難しいかもしれない。でも、貴方たちの絆なら、もしかしたら……」

静かに微笑み、リィズは言葉を切った。

魂子が決意を込めて頷く。

「リィズさん、私たちは負けないよ。アクスマンがどんな過去を持っていても、私たちの未来は私たちが守る!」

リィズは小さく頷き、オフィスを後にした。

アクスマンはその背中を、複雑な表情で見つめ続けた。

ミヒャエルがそっと囁く。

「中佐……彼女の言葉も、魂子たちの絆も、本物です。もう一度、考えてみてください。」

アクスマンは黙って視線を落とした。

彼の心には、リィズの言葉と魂子たちの情熱が、小さな波紋を広げ始めていた。

だが、かつてシュタージの将校として無垢な命を奪い続けた男が、真に変わる日は、まだ遠い。

それでも、あおぎり高校のメンバーたちは警戒を解かず、しかし希望を胸に秘め、未来を見据えていた。

 

アオギリエースの戦いは、さらなる試練へと突き進む――。

 

Fortgesetzt werden

 

 

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