2025年5月12日――朝の柔らかな陽光が大きな窓から差し込むviviONの本社オフィスは、いつものように明るい活気と笑顔で満ち溢れていた。音霊魂子が大きな声で笑いながら台本を振り回し、石狩あかりが冷静にスケジュールを調整し、山黒音玄が毒舌を交えつつも楽しげに、栗駒こまるが皆を明るくまとめ、萌実は可愛らしい笑顔でコーヒーを配っている。
そんな彼女たちを、GOOMSTUDIOの元スタッフであるジェリド井上とカクリコン戸松が、頼もしく支えていた。
二人はミライアカリの引退という深い傷を胸の奥に秘めながらも、このあおぎり高校という新たな場所に希望の光を見出し、魂子たちと共に未来を紡ごうと、日々懸命に尽力していた。
しかし、その穏やかな日常に、ただ一つだけ暗い影が忍び寄っていた。
ハインツ・アクスマンと、その側近ミヒャエル・ゾーネ。
ZIZAIから追放された男は、依然としてメンバーたちから冷たい視線を浴びせられながらも、何とかこの場所での居場所を確保しようとしていた。
だが、この日――ジェリドとカクリコンはついに決意した。
アクスマンに対して、ある「教育」を施すことを。「あおぎり高校の絆」「自由に配信できる環境」「家族・親友・仲間」の本当の価値を、彼の心に徹底的に叩き込むことだった。
ジェリド井上が、アクスマンの正面に堂々と立ちはだかった。
「アクスマンさんよ。あんたはVTuberたちの世界を、ただのビジネスだと思ってたろ? けど、ここをよく見てみろ。」
彼は、魂子たちが笑い合いながら打ち合わせをする温かな光景を、力強く指差した。
「彼女たちはただの演者なんかじゃない。家族であり、親友であり、かけがえのない仲間なんだ。この絆は、あんたが壊そうとしたアカリの魂を、確かに受け継いでいる。」
カクリコン戸松も、穏やかながらも鋭い眼差しで続けた。
「あおぎり高校は、自由に自分を表現できる聖域だ。ミライアカリや多くのVTuberたちが夢見た『ほんわかとした平和な世界』が、ここで息づいている。あんたがかつて踏みにじったものを、俺たちは命がけで守ってるんだ。」
アクスマンは二人を睨みつけ、鼻で嘲るように笑った。
「フン……感傷的な戯言だ。そんなもので私の信念が変わるとでも思うか?」
言葉にはまだ傲慢さが色濃く残っていた。
だが、その瞳の奥には、微かな――本当に微かな――動揺の波紋が広がっていた。
その瞬間、意外な人物が口を開いた。
ミヒャエル・ゾーネだった。
彼は主の肩にそっと手を置き、静かだが真剣な声で語りかけた。
「中佐……私は長年、あなたに忠誠を誓ってまいりました。ですが、この場所で魂子さんたちを見て、私は初めて理解したのです。彼女たちの絆は、幻想などではありません。本物の力です。あなたが過去に犯した過ちを償うのであれば、彼女たちから学ぶべきだと、私は思います。」
アクスマンの顔が、一瞬で激しく歪んだ。
「ゾーネ大尉……貴様、何を言い出す?」
忠実なる側近の言葉は、彼にとって裏切りにも等しかった。
しかしミヒャエルの瞳には、純粋に魂子たちの情熱に触れた、人間らしい光が確かに宿っていた。
そこへ、音霊魂子本人が静かに歩み寄ってきた。
「アクスマンさん。私たちはまだあんたを許したわけじゃないよ。でも、ここにいる限り、私たちのやり方を見て、感じてほしいんだ。VTuberの世界は、ほんわかとした平和な雰囲気があってこそ輝くんだよ。」
石狩あかりが静かに頷き、栗駒こまるが優しく、萌実は少し悲しげに微笑みながら言葉を重ねた。
「ぺぺちが愛したこの世界を、私たちは絶対に守るよ。アクスマンさんにも……いつかそれが分かる日が来るといいね。」
アクスマンは唇を強く噛みしめ、長い沈黙の末、低い声で呟いた。
「……分かった。」
それは、彼が初めて「学ぶ」ことを受け入れた瞬間だった。
かつて旧東ドイツ・シュタージの将校として、作戦参謀の肩書きを背負い、無垢な国民を粛清し、男を殺し、女を慰み者とする冷酷な日々を生きてきた男の心に、小さな亀裂が生まれ始めていた。
アクスマンがオフィスに戻ろうとしたその時――viviONの扉が、静かに開いた。
現れたのは、一人の女性。リィズ・ホーエンシュタイン。
「ZIZAIにお払い箱にされて、まだこんなところで足掻いているんですね。アクスマン“中佐”」
冷たく、しかし美しく響く声が、オフィス全体に鋭く響き渡った。
彼女の口元には、嘲るような、しかしどこか哀しみを帯びた微笑みが浮かんでいた。
魂子が「えっ!?」と飛び上がり、こまるが目を丸くし、萌実が息を飲む。
春雨麗女、ぷわぷわぽぷら、エトラも驚きの表情を隠せない。
エトラが冷静に、しかし小さく補足した。
「胎児殺しのホーエンシュタイン……東ドイツ国内で恐れられた女性ね。今はドーナツ屋を経営してるわ。長らく消息不明だったけど、最近VTuber事業に興味を持って短期間ENTUMにいたのよ。」
こまるが震える声で呟く。
「やべー女じゃんか……!」
萌実が小さく頷き、続ける。
「萌実は知ってるよ。ファルカさんの先輩だよ。」
麗女が首をかしげ、ぽぷらが無邪気に「ぽぷら、知らな~い……」とつぶやく。
萌実がさらに説明を重ねる。
「リィズさんはアクスマンに調教されて、彼の言いなりで東ドイツ国民を殺してた。でも、それは義兄のテオドールさんと再会するための……道しるべだったの。」
魂子の顔が曇った。
「尋問されて脅迫で……アクスマン最低――彼女、酷い目に遭ったんだなぁ……」
あかりが冷静に付け加える。
「アクスマンの悪行が目立ちすぎたから、リィズの悲劇も一緒に語られるようになったんだ。」
魂子が震える声で。
「うあぁ……彼女に逆らわない方がいいな……」
その瞬間、リィズの冷ややかな視線がメンバーたちに向けられた。
「全部聞こえてるわよ。」
魂子が飛び上がる。
「うぉー……やべー!」
リィズはゆっくりと一歩踏み出し、アクスマンを真正面から見据えた。
「アクスマン、貴方の罪は消えない。だが、魂子たちが言う『絆』や『平和な雰囲気』に、少しは学んだようね。」
彼女の声には、かつての部下としての複雑な感情が滲んでいた。
「私はもう過去には縛られない。お兄ちゃんと再会した今、貴方の下で過ごした暗い日々は、ただの悪夢よ。」
アクスマンは唇を噛み、虚勢を張るように言い返した。
「リィズ、君もまた過去を振り切れなかった一人だろう。ドーナツ屋などと、笑わせる。」
リィズの瞳が一瞬、鋭く光った。
「笑うなら笑えばいい。だが、貴方が今ここで足掻く姿は、かつての『中佐』とは程遠いわ。」
彼女は背を向け、魂子たちに視線を移した。
「あおぎり高校の皆、アクスマンを変えるのは難しいかもしれない。でも、貴方たちの絆なら、もしかしたら……」
静かに微笑み、リィズは言葉を切った。
魂子が決意を込めて頷く。
「リィズさん、私たちは負けないよ。アクスマンがどんな過去を持っていても、私たちの未来は私たちが守る!」
リィズは小さく頷き、オフィスを後にした。
アクスマンはその背中を、複雑な表情で見つめ続けた。
ミヒャエルがそっと囁く。
「中佐……彼女の言葉も、魂子たちの絆も、本物です。もう一度、考えてみてください。」
アクスマンは黙って視線を落とした。
彼の心には、リィズの言葉と魂子たちの情熱が、小さな波紋を広げ始めていた。
だが、かつてシュタージの将校として無垢な命を奪い続けた男が、真に変わる日は、まだ遠い。
それでも、あおぎり高校のメンバーたちは警戒を解かず、しかし希望を胸に秘め、未来を見据えていた。
アオギリエースの戦いは、さらなる試練へと突き進む――。
Fortgesetzt werden