夕陽が沈み、ENTUMのオフィスは静けさに包まれていた。設立式の喧騒が遠い記憶のように感じられる中、廊下の一角でひそやかな会話が交わされていた。萌実、ヨメミ、ベノちゃんの三人は、どこか疲れた表情で壁にもたれていた。
「怖いよー……」
萌実が涙目で呟く。彼女の声には、式典でのベアトリクスの雷鳴のような叱責の余韻が残っていた。
「これじゃ反論なんてできないよね」
ヨメミが肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
ベノちゃんは小さな手を顎に当て、冷静に言った。
「お姉ちゃん、ちょっと自業自得じゃない?」
萌実は頬を膨らませ、エイレーンを思い出したようにぼやく。
「まぁ……エイレーンはバカだからね。なんであの子が副社長なのさ?」
「ベイレーン姉さんの計らいだよ」
ベノちゃんがあっさり答えると、萌実とヨメミは揃って押し黙った。空気が一瞬重くなる。
そこへ、弾けるような声が響いた。
「あ、萌実次長! ヨメミ課長! それにベノ部長も!」
ミライアカリが駆け寄ってくる。彼女の目は不安と期待が入り混じった光を宿していた。
萌実が優しく微笑む。
「アカリちゃん、どうしたの?」
「今後のことなんですけど……私たち、どうなるんですか?」
アカリの声には、純粋な疑問とわずかな怯えが滲んでいた。
ベノちゃんが首を振る。
「うーん、わかんない」
「とりあえずは平常運転だね」
ヨメミが明るく言ったが、どこか力強さに欠けていた。
「それしか言えないよね……」
萌実がため息をつく。
アカリは心の中で呟いた。
「(この会社、将来どうなるんだろう……?)」
その時、背後から落ち着いた声が響いた。
「――ミライアカリだな?」
アカリが振り返ると、そこには見知らぬ三人の女性が立っていた。
「え、誰ですか?」
「幹部のニコラ・ミヒャルケだ」
ニコラが穏やかに微笑む。
「隣にいるのが――」
「カタリーナ・ディーゲルマンよ」
カタリーナが軽く手を振る。
「ファルカ・ミューレンカンプです!以後お見知り置きを!」
ファルカが元気いっぱいに敬礼した。
アカリは三人を見つめ、心の中で安堵する。
「(みんなくそ優しそうじゃん……!)」
ニコラが静かに続ける。
「何か意見があるなら、私たちが聞く。どうだ?」
アカリは一瞬躊躇したが、意を決して口を開いた。
「あの……社内の信頼関係を築き上げるには、どうすればいいですか?」
ニコラが怪訝そうに眉を上げる。
「信頼? 何だそれは?」
「え?」
アカリが目を丸くすると、ニコラの声が急に鋭くなった。
「貴様、消えるぞ!」
「ひっ!?」
アカリが一歩後ずさる。だが、ニコラはすぐに表情を和らげ、言葉を続けた。
「確かに信頼は大事だ。だがな、時には裏切り行為をする社員も出てくる。貴様はまだ未熟だ!」
アカリは唇を噛む。
「(言ってくれたな……!)」
カタリーナが遠い目をして呟く。
「あの時は大変だったわ。ある女が私たちを見捨てて、殺されそうになったのよね……」
ファルカが小さく頷く。
「ウルスラ革命……ですか?」
「ウルスラ革命?」
アカリが首を傾げると、ニコラが冷たく遮った。
「貴様が知る必要はない!」
アカリは言葉を失い、黙り込む。カタリーナが場を和ませるように笑った。
「期待してるわよ、アンタ。可愛いしね。あ、その衣装、普段着?」
「はい、そうですけど……」
アカリが少し照れながら答える。
カタリーナが何かを取り出し、差し出した。
「ほら、これ着なさい」
「コートですか?」
「ジャケットよ! 早く着なさいって!」
カタリーナの勢いに押され、アカリは慌ててジャケットを羽織る。
ファルカが目を輝かせる。
「よくお似合いです!」
ニコラが頷く。
「アルファインダストリーズのジャケットだ。貴様のものだ」
アカリはジャケットをそっと撫でながら呟く。
「ありがとうございます……(高そう! 大事にしなきゃ!)」
その時、背後から重々しい声が響いた。
「ニコラ、カタリーナ、ファルカ。何してる?」
三人揃ってピシッと敬礼する。
「同志少佐!」
アカリの心臓が跳ねた。
「(うわ、設立式の怖い人だ……! どうしよう!)」
ベアトリクスがアカリに視線を向ける。
「貴女がミライアカリね」
アカリは緊張を押し隠し、精一杯の笑顔で答えた。
「はい! ハロー、ミライアカリだよ♪」
ベアトリクスは彼女をじっと見つめ、僅かに口元を緩める。
「なるほど。ベイレーン社長に抜擢されたのも納得だ」
「名誉会長!」
萌実、ヨメミ、ベノちゃんが一斉に声を上げる。
ベアトリクスはアカリに静かに告げる。
「期待を裏切るな。貴女にはもっと活躍してもらわなきゃ困る」
アカリは胸を張り、力強く頷いた。
「はい! 名誉会長のために動画投稿して、期待を裏切らず、誠意と精神で励みます!」
萌実とヨメミが笑顔で頷き、ベノちゃんが「これからだね!」と明るく言う。
だが、その瞬間――
「百合百合パラダイスです!」
エイレーンがどこからともなく飛び出し、場をぶち壊した。
ベアトリクスの目が一瞬で氷のように冷たくなる。
「摘み出せ! 社内の反乱分子だ!」
「ハッ!」
誠実な警備員が即座に動く。
「ぎゃああああ!」
エイレーンの悲鳴が廊下に響き渡り、アカリたちは呆然とその光景を見送った。ENTUMの未来は、希望と混乱が交錯する中で、まだ始まったばかりだった――。