ENTUM23   作:マブラマ

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第43話 背中越しにセンチメンタル

2018年7月某日、株式会社ENTUMの名誉会長室。重厚な扉の向こうで、ベアトリクスは机に座り、書類を眺めていた。彼女の隣には、秘書のような役割を果たすニコラが控えていた。

「夜桜カノン?」

ベアトリクスが書類から目を上げてニコラに尋ねた。

「月夜ソラの親友で、その…ここに入ると」

ニコラが答える。

「うむ、ミライアカリの目覚まし時計…良いわね。次は花野蜜エロ目覚まし時計よ」

ベアトリクスは満足げに頷いた。

「例えば何を?」

ニコラが興味深そうに尋ねる。

「貴女がやってる事よ。『あ…起きて♪起きないと……起きないと……あぁん!あぁん!あぁん!は、早く…起きなさいよ……』とやってるでしょ?カタリーナと一緒にね?」

ベアトリクスはニコラの行動を見透かしたように言った。

「全てお見通しな訳ですね」

ニコラは苦笑いを浮かべた。

「ニコラ、今夜…久々にやらない?」

ベアトリクスが提案する。

「?」

ニコラは戸惑った表情を見せた。

「シラを切らないで…やりたいでしょ?カタリーナもよ」

ベアトリクスはニコラの心を見抜いているようだった。

「は、はい!今夜、お付き合いをします!」

カタリーナが勢いよく答えた。

その時、ピーピーという音が鳴り、インターホンのボタンが押された。

《名誉会長、夜桜カノンが来ました》

秘書の声が聞こえた。

「ああ、入らせろ」

ベアトリクスが指示を出す。

扉が開き、夜桜カノンが部屋に入ってきた。

「失礼します」と丁寧に挨拶する。

「貴方には役割を与えるわ。早速だが……」

ベアトリクスが話し始めたその時、再び扉が勢いよく開いた。

「た、大変だお!エイレーンがまた暴走してるお!」

ベイレーンが息を切らせて報告した。

「…………何処にいる?」

ベアトリクスは冷静に尋ねた。

「大ホールにいるお」

ベイレーンが答える。

ベアトリクスは立ち上がり、ニコラとカタリーナに目配せをした。

「行くわよ」

そう言うと、彼女たちは急いで大ホールへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUM 大ホール

大ホールに響き渡る悲鳴が、空気を切り裂いた。

「ひゃあん! やめてください!」

イングヒルトの声は震え、涙に濡れた瞳が必死に助けを求めていた。彼女の小さな体はエイレーンの前に縮こまり、逃げ場を失っている。

「いいじゃないですか。誰にも見られてません。ここでキャッキャウフフ(´艸`)を……」

エイレーンは妖しい笑みを浮かべ、イングヒルトにじりじりと近づいた。彼女の声にはどこか遊び心と執着が混じり、まるで獲物を追い詰める獣のようだ。

「だ、誰か助けてーーーーーーーーー!」

イングヒルトの叫びがホールにこだましたが、広大な空間に呑み込まれる。彼女の視線は宙を彷徨い、かすかに「アネット……うぅ……」と呟くのが精一杯だった。

エイレーンはさらに一歩踏み出し、舌なめずりをするように笑った。

「ペロペロ…ペロペロ」

その言葉に、イングヒルトの顔が恐怖で青ざめた。

その時、ガチャリと大ホールの扉が開いた。

「エイレーンさん、例の動画の資料が……」

ミライアカリの明るい声が響き、彼女は書類を抱えて軽快にホールへ足を踏み入れた。だが、その視線がエイレーンとイングヒルトの光景を捉えた瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。

「あ」

イングヒルトは嗚咽を漏らし、床にうずくまったまま震えている。

「うぅ……うぅ……」

直後、もう一人、扉から姿を現したのは猫宮ひなただった。

「アカリちゃん、何を見て……」

彼女の目はイングヒルトの姿を捉え、一瞬で状況を理解した。「誰か助けて……!」というイングヒルトの声に、ひなたの表情が硬くなる。

ガチャッ!

次の瞬間、ひなたの動きは電光石火だった。彼女は腰から取り出したAK-47を構え、銃口をエイレーンに向けた。金属音がホールに響き、緊張感が一気に高まる。

「何のつもりですか?」

エイレーンはひなたの行動に眉をひそめ、冷静な声で問う。だが、その瞳には微かな動揺が宿っていた。

「動くと撃つよ」

ひなたの声は冷たく、迷いがなかった。彼女の指は引き金にかかり、いつでも発砲する準備ができている。

「私は副社長です。身を弁えてください!」

エイレーンは役職を盾に威厳を保とうとしたが、ひなたは一歩も引かない。

「役職は関係ない。人としてのモラルが欠けてる……それが撃つ理由よ」

ひなたの言葉は鋭く、エイレーンの胸に突き刺さった。

エイレーンは不敵な笑みを浮かべ、余裕を見せつける。

「フフッ、私は不死スキル持ってるんですよ」

その一言に、ひなたの目がわずかに揺れた。

「!!」

ズカズカズカズカ。

ホールの奥から新たな足音が響き、複数の人物が姿を現した。ZMAPPちゃん、キュアちゃん、輝夜月、薬袋カルテ――それぞれが異なる空気を纏い、ホールに集結する。

エイレーンは呑気にZMAPPちゃんの名前を態と間違える。

「ソフマップさん、丁度良いところに」

「ZMAPPだ! いい加減覚えなさい!」

ZMAPPちゃんが苛立たしげに叫び、キュアちゃんは「フフッ」と意味深に微笑んだ。

アカリが輝夜月を見つけて声を上げる。

「ルナちゃんにカルテちゃん!」

輝夜月はアカリに視線を向け、どこか冷ややかな口調で言った。

「アカリちゃん、ごめんね。これもエイレーンの野望の為だから悪く思わないで」

「な、何言ってるの!?」

アカリの声には混乱と不安が混じる。彼女は一歩後ずさり、状況の急変に戸惑っていた。

その時、別の声がホールに響いた。

「イングヒルト? 何を……」

アネットが駆け込んできた。彼女の目はイングヒルトの姿を捉え、すぐにエイレーンへと向けられる。

「アネット!!」

イングヒルトが叫んだ瞬間、アネットの表情が一変した。

「よくも……よくもイングヒルトを…………うっ!」

アネットの声が途切れ、彼女は突然胸を押さえてうずくまった。

「うぐ…うぅ……ぅぅ…………うぅ……」

「アネット、どうしたの!?」

イングヒルトが慌てて駆け寄るが、アネットの体は震え、まるで何かに取り憑かれたように変貌していく。

「うがああああああああああああああああああああああああああああ!」

アネットの咆哮がホールを揺らし、彼女の姿は一瞬にして獣のような勢いを持った。

「何だ!? この速さは!?」

ZMAPPちゃんが驚愕の声を上げた瞬間、アネットは疾風のように動いた。

ボガァッ!

アネットの拳がZMAPPちゃんを吹き飛ばし、彼女は「うぶが!」と呻いて床に倒れた。

「エボラ打倒の為に私は……」

キュアちゃんが何か言いかけたが、ボガァッ! とアネットの攻撃が彼女を沈黙させた。

「がばび!」

輝夜月はアカリに近づき、囁くように言った。

「アカリちゃん…じっとしててね」

「ルナちゃん…嫌……やめてよ……」

アカリの声は震え、恐怖に支配されていた。

だがその瞬間、ドス! と鈍い音が響き、輝夜月が「ぐがあ!」と倒れた。

「わ、私はエイレーンに言われただけで動いたのよ!」

薬袋カルテが慌てて弁解したが、アネットの眼光が彼女を無視する。

「助けて……」

カルテの声は虚しく響いた。

エイレーンは後ずさり、恐怖に顔を引きつらせた。

「うわああああああああああああああ……た、助けてください……ひぃ……」

「うらわああああああああああああああああああ!」

アネットの咆哮が再び響き、彼女の拳がエイレーンに襲いかかる。

ボガァッ! バキィッ! ボゴォッ!

連続する打撃音がホールに響き、エイレーンは「びばぶ!」と呻いて倒れた。

アネットはなおも「うひゃひゃひゃひゃ」と狂気じみた笑い声を上げ、立ち尽くす。だが、倒れたはずのエイレーンがゆっくりと立ち上がった。

「うーん、痛いじゃないですか」

エイレーンは平然と笑い、服の埃を払う。

「私が不死スキル持ってる事をお忘れですか?」

アネットは「ぐるるる……」と唸り、再び構えた。

「フフフッ、相手になってやります」

エイレーンは不敵に笑い、突如としてStG44を取り出し、構えた。

その時、重々しい足音とともに新たな人物がホールに踏み込んだ。

「エイレーン、貴様はまだ性懲りもなくやるのか?」

ベアトリクスの声は氷のように冷たく、威厳に満ちていた。彼女の手にはルガーP08が握られている。

「私なりのやり方です!」

エイレーンは負けじと声を張り上げたが、ベアトリクスの視線に気圧される。

「やり方。か……」

ベアトリクスは一瞬目を細め、エイレーンの言葉を吟味する。

「イングヒルトとキャッキャウフフ……」

バン!

ルガーP08が火を噴き、エイレーンが「うぐ!」とよろめいた。

「ニコラ」

ベアトリクスが短く呼びかけると、ニコラが即座に応じた。

「―――は!」

「やれ」

ベアトリクスの命令が下り、ニコラが鋭く号令を発した。

「総員発砲!」

ガガガガガガガガガガガガガガガガ!

警備兵達が持つAK-47の銃声がホールに響き、煙と火花が舞った。

「射撃やめ!」

ベアトリクスの声で銃撃が止み、ホールに静寂が戻る。

「起きろエイレーン。貴女は不死スキル持ってるんでしょ?」

ベアトリクスは倒れたエイレーンを見下ろし、冷ややかに言った。

「それを知ってまで何故ここまで…………」

エイレーンは弱々しく呟き、立ち上がる力すら失っている。

「貴様を南北朝鮮国境線支部。別名:38度線支部に左遷よ」

ベアトリクスの宣告は容赦なかった。

「南北朝鮮国境線って韓国と北朝鮮の間じゃないですか! 酷いですよ!」

エイレーンは悲痛な叫びを上げたが、ベアトリクスは表情を変えない。

「今回ばかりは見逃せないな」

アイリスディーナが静かに加わり、ベアトリクスに同意する。

「頭を冷やしてきなさい」

ベアトリクスの言葉は最終的だった。

「あ、それと北朝鮮側のオフィスを3日間居ると不法滞在で逮捕されるからそこも頭通しておきなさい」

「嫌ですよーーーー!」

エイレーンの叫びが虚しく響いた。

アカリがエイレーンに近づき、優しく声をかけた。

「エイレーンさん、大丈夫ですよ。気をしっかり持って! ね?」

エイレーンは無言で俯き、ただ小さく頷いた。

こうして、エイレーンはイングヒルトを犯そうとした罪で38度線支部へと左遷された。

アネットは我に返り、呆然と立ち尽くす。

「あれ? あたし……」

「アネット!」

イングヒルトが駆け寄り、彼女の手を強く握った。

「イングヒルト……」

アネットは安心したように微笑み、イングヒルトを抱きしめた。

「ねえ、さっき聞いたけど38度線支部ってそんなに嫌な所なの?」

イングヒルトが無邪気に尋ねると、アネットは苦笑いを浮かべた。

「イングヒルト、知ってると思うけど38度線は北朝鮮と韓国の国境線だよ。かなり厳しい場所よ」

「あ、ごめんなさい。私の所為で……」

イングヒルトが申し訳なさそうに言うと、エイレーンが静かに口を開いた。

「いえ、貴女は悪くありませんよ。謝りたいのは私の方です。ごめんなさい」

彼女の声には後悔が滲んでいた。

アカリが心配そうに尋ねた。

「ホントに行っちゃうの?」

「明日から行きます。皆さんと暫く会えませんね」

エイレーンは寂しげに笑い、視線を落とした。

「LINEで連絡してくださいね」

アカリの言葉に、エイレーンは小さく頷いた。

「ええ」

翌日、エイレーンは本社を去った。彼女の姿が消えた後、大ホールには再び静寂が訪れた。だが、その静寂の中には、新たな物語の予感が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

株式会社ENTUMの会議室は、静かな緊張感に包まれていた。長大なテーブルを囲むように並んだ椅子には、会社の重役や関係者たちが座り、誰もが中央に立つベアトリクスの次の言葉を待っていた。窓から差し込む陽光が、彼女の背後に厳かな光の輪を作り、まるで舞台の主役を照らすスポットライトのようだった。

ベアトリクスは鋭い視線を会議室に集まった面々に投げ、ゆっくりと口を開いた。

「エイレーンは本日をもって38度線支部に左遷した。だがその代わりに、この方が副社長として就任する!」

彼女の声は力強く、会議室に響き渡った。

その言葉とともに、部屋の奥から一人の女性が堂々と進み出た。夏実萌恵――彼女の姿は、自信と落ち着きに満ちていた。彼女は軽く微笑み、流暢な英語で自己紹介を始めた。

「Nice to meet you, my name is Natsumi Moe. Although I am a bad person, I would appreciate your favor.」

その言葉にはどこかユーモラスな響きがあり、場に微妙な笑いを誘った。

だが、会議室の誰もが英語を即座に理解できたわけではない。アカリが首を傾げ、隣に立つ萌実が慌てて通訳を始めた。

「えっと……初めまして、私の名前は夏実萌恵と言います。不束者ですが宜しくお願いします、って」

萌実は少し緊張した様子で、姉の言葉を丁寧に日本語に変換した。

萌恵はベアトリクスに視線を向け、英語で続けた。

「You are Beatrix Brahme. I listened to your hearing at the Noilpine branch. I will ask for your continued support in the future.」

アカリが「?」と困惑した顔で萌実を見ると、萌実は即座に通訳した。

「貴女がベアトリクス・ブレーメですね。ご活躍はノイルピーン支部で耳で聞きました。今後とも宜しく頼みます、って」

ベアトリクスは満足げに頷き、短く答えた。

「ああ、宜しく頼む。同志副社長」

その呼びかけに、萌恵は軽く頭を下げ、プロフェッショナルな笑みを浮かべた。

萌恵の視線が会議室をゆっくりと巡り、シルヴィア、ヴァルター、アイリスディーナ、テオドール、アネット、ファムといった面々に次々と向けられた。

「Iris Dina Bernhardt, Theodore Eberbach, Annette Hozenfeld, Fam Ti Lan also ... Sylvia Kusashinska, Walter Kruger.」

彼女は一人ひとりの名前を正確に呼び、続けて言った。

「I was surprised that you were the president and shareholder of the company.」

アカリがまたしても「何て言ってるの?」と萌実に尋ねると、萌実は少し汗をかきながら答えた。

「まさか貴女方が会社の会長や株主だったとは驚きました、って言ってるよ」

萌恵はさらに言葉を続け、今度は多言語の能力を披露した。

「I can speak only English, but I can speak a little Japanese. In addition to Korean, Russian, German, Polish, French ... Then you can speak Thai and Manchurian in Vietnamese.」

「何て?」

アカリが目を丸くすると、萌実が慌てて通訳した。

「私は殆ど英語しか喋れませんが日本語は少し話せます。他に朝鮮語、ロシア語、ドイツ語、ポーランド語、フランス語に…あとはベトナム語にタイ語、満州語も喋れます、って」

萌恵の言葉は止まらず、今度はドイツ語が飛び出した。

「Ich würde gerne mehr über Iris Dinas Soldatenära und die Revolution von Ursula, die Revolution von 1989, erfahren.」

「え? ちょっと…日本語で喋ってよー!」

アカリが思わず声を上げると、カタリーナが穏やかにフォローに入った。

「アイリスディーナさんの軍人時代やウルスラ革命、1989年革命も詳しく聞きたいです、って言ってるわ」

アカリはカタリーナに目を向け、驚いたように言った。

「あ、カタリーナさんもドイツ人だったんですね」

「翻訳なら任せて♪」

カタリーナはウインクを返し、場を和ませた。

だが、萌恵の言葉はさらにエスカレートし、今度はポーランド語でシルヴィアに話しかけた。

「Sylvia i kariera romantyczna Waltera chciałbym prosić o więcej ...」

「????」

アカリは完全に置いてけぼりで、困惑の極みに達していた。

シルヴィアは眉をひそめ、冷たく返した。

「そんな事聞いてどうするの?」

萌恵は少しバツが悪そうに「Przepraszam ...」と謝ったが、シルヴィアはそっけなく言い放った。

「馴れ合いは結構よ」

次に、萌恵はベトナム語でファムに話しかけた。

「Tôi muốn ăn món ăn của chị em Fam.」

「何て何て?」

アカリがまたしても尋ねると、ファムがにやりと笑って答えた。

「ええ、今度作ってやるわね」

「え? ベイレーン社長ー!」

アカリが助けを求めるようにベイレーンを見ると、彼女は軽快に通訳した。

「ファム姉さんの料理、是非食べてみたいです、と言ってるだお」

会議室の空気が少し和らいだその時、萌恵が再びドイツ語でベアトリクスに問いかけた。

「Was ist der Grund dafür, hier anzurufen?」

ベアトリクスは即座にドイツ語で応じた。

「Das ist richtig. Ich habe dich ins Hauptquartier gerufen, um dir die Chance zu geben, eine Rolle zu spielen.」

「Zum Beispiel?」

萌恵が興味深そうに聞き返す。

「Aufrechterhaltung der Ordnung innerhalb des Unternehmens, die Aufgabe, die VTuber-Industrie zu unterstützen und bekannt zu machen.」

ベアトリクスの言葉は明確で、彼女のビジョンが会議室に響き渡った。

「Prozess.」

萌恵は短く答え、納得したように頷いた。

ベアトリクスは会議室を見渡し、力強く宣言した。

「そういう訳だ。以上、新たに就任した夏実萌恵副社長についての紹介を終わる。では解散!」

だが、萌恵が最後にぽつりと尋ねた。

「Wie wäre es mit Iren?」

ベアトリクスは軽く笑い、答えた。

「Oh, sie machte einen Übergang zu einer 38-Grad-Linie Zweig. Du hättest hören sollen, oder?」

「Oh, war das so?」

萌恵は少し驚いたように目を丸くした。

「とにかくだ。貴様には副社長としての役割を果たして貰う。いいな?」

ベアトリクスは日本語に戻り、萌恵に念を押した。

「Alles klar.」

萌恵は力強く頷き、その瞳に新たな決意が宿った。

会議室の扉が開き、参加者たちがぞろぞろと退出する中、夏実萌恵の新たな物語が静かに幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUM 38度線支部 北側オフィス

 

南北朝鮮国境、38度線支部の北側オフィスは、冷たいコンクリートの壁に囲まれた無機質な空間だった。窓の外には鉄条網が張り巡らされ、時折、遠くで哨戒する兵士たちの足音が響く。ここは、希望や笑顔とは縁遠い場所――エイレーンにとって、まるで別世界だった。

オフィスの中央に立つエイレーンは、緊張で顔をこわばらせていた。彼女の周りには、朝鮮人民軍の陸軍兵士たちが無言で座り、鋭い視線を彼女に突き刺している。その視線はまるで、獲物を値踏みする猛獣のようだった。

「あ、あの……」

エイレーンが震える声で口を開いた瞬間、兵士たちの目が一斉に彼女に集中した。

「ひぃっ!」

エイレーンは思わず後ずさり、背中が冷や汗で濡れるのを感じた。

その時、一人の兵士――潤うような瞳を持つ男が、抑揚のない声で言った。

「차를 넣어 라.」

「え?」

エイレーンは聞き慣れない言葉に目を丸くした。

隣に立つ通訳の李永吉が冷静に訳した。

「お茶を入れろ、と申しております」

「あ、はい! い、今すぐ淹れます!!」

エイレーンは慌ててキッチンコーナーへ駆け寄り、震える手で急須を手に取った。だが、彼女の心はすでに限界に近かった。

李永吉が兵士たちに穏やかに語りかけた。

「동지 여러분도 그렇게 단단하지 않고 간편하게 좋다」

「예!」

兵士たちが一斉に返事をし、少しだけ雰囲気が和らいだ。

エイレーンは急須を抱えて戻り、「お、お待たせしま…うあぁっ!」と叫んだ瞬間、足元でつまずき、トレイごと床に倒れた。

ベチャァッ!

熱いお茶が床に飛び散り、湯気が立ち上る。

「ご、ごめんなさい!」

エイレーンは顔を真っ青にして謝ったが、兵士の一人――粋がるような態度の大柄な男が立ち上がり、怒気を孕んだ声でまくし立てた。

「무엇을하는거야!」

「あわわわわ……」

エイレーンは言葉を失い、ただ震えるばかりだった。

「왜 기본적인 수가없는거야!?」

兵士の声がさらに大きくなり、エイレーンの心を締め付けた。

「(もう嫌だ! 日本に帰りたい…………)」

エイレーンの頭の中では、涙と共に故郷の風景がちらついた。彼女の不死スキルも、この圧倒的なプレッシャーの前では無力に思えた。

「알았 으면 빨리 차를 켜 와라!」

兵士が苛立たしげに命じると、エイレーンは「は、はい!」と慌てて立ち上がった。

その時、オフィスの奥からENTUMの朝鮮人女性社員が鋭い声で呼びかけた。

「エイレーン支部長! ちょっと来てください!」

「あ、はい!」

エイレーンが振り返ると、粋がる兵士が即座に吠えた。

「네놈, 어디 간다!?」

女性社員は一歩も引かず、兵士を睨みつけて言い放った。

「닥쳐!」

「네놈, 뭐라고 태도이다! 숙청되고 싶은가!?」

兵士が顔を真っ赤にして怒鳴り返すと、女性社員は負けじと応戦した。

「할 수있는 것이라면 해보고 하라구!」

エイレーンは二人の言い争いを呆然と見つめ、心の中で繰り返した。

「(日本に帰りたい……)」

その時、ジリリリリッ! とけたたましい電話の音がオフィスに響き渡った。冷静な雰囲気の兵士が受話器を取り、「예! 여기 38 지부!」と答えた。

電話の向こうから、聞き慣れた声が流れてきた。

「나츠미 모에입니다. 여기의 상황을 가르쳐 주실 수 없을까요?」

夏実萌恵の声だった。

「모에 짱!? 오랜만 이네요. 건강하고 있었습니까?」

冷静な兵士の声が一気に明るくなり、まるで旧友と話すような親しみがこもっていた。

「그래, 본사에서도 직원들과 사이 좋게 지내고 있습니다. 베이렌 연락 잡고있어?」

萌恵の声は穏やかで、オフィスの空気を少しだけ和ませた。

「네, 그것은 ... 최근 연락 취하지 않습니다. 다양한 바쁘다고 생각하고 있으니까」

兵士は少し申し訳なさそうに答えた。

「상당히. 에이렌 씨 바뀌하십시오. 그녀도 이야기하고 싶은 것이 있습니다。」

萌恵の言葉に、兵士は即座に反応した。

「예! 알겠습니다! ... 어이 네놈、모에 짱에서 전화이다。하고 싶은 이야기가」

「え?」

エイレーンは突然の展開に目を瞬かせた。

ENTUMの女性社員がフォローした。

「お話ししたい事があるそうです」

エイレーンは恐る恐る受話器を手に取り、声を絞り出した。

「もしもし…」

「エイレーン? 久しぶりだね。何年ぶりかな?」

萌恵の声は軽やかで、まるで日常会話のように自然だった。

「1年ぶりですね」

エイレーンは小さく答えたが、声には疲れが滲んでいた。

「左遷されたって?」

萌恵のストレートな質問に、エイレーンは「はぁ…」とため息をついた。

「こっちでは私が何とか纏めておくからアカリちゃんの事なら蜜先生が面倒見てくれてるからね。安心なさい」

萌恵の言葉は優しかったが、エイレーンの胸に小さく刺さった。

「私はミライアカリのプロデューサーですよ」

エイレーンは少しムキになって反論したが、声には自信がなかった。

「それ以前に百合百合パラダイスとか何か言って我の欲を抑えきられない1人の人間でしょ?」

萌恵の言葉は鋭く、エイレーンの本質を突いた。

「いえ、私は不死スキル持ってますから生身の…」

エイレーンが言い訳を始めると、萌恵はさらに畳み掛けた。

「いい? ミライアカリは貴女の欲望を解消するオナペットじゃないわ。蜜先生もひいろちゃんも…あとファム姉さんまで迷惑かけて……」

「すいません」

エイレーンは素直に頭を下げ、言葉を失った。

「とにかく、アカリちゃんなら私に任せて。貴女は38度線で北朝鮮と韓国の兵士と仲良くしなさいよ。じゃあ切るわね」

「あ、ちょ…」

エイレーンが何か言いかけた瞬間、ブツッと電話が切れ、ツー、ツーという無機質な音だけが残った。

「……………」

エイレーンは受話器を握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。

ENTUMの女性社員がそっと呟いた。

「お察しします」

その時、潤う瞳の兵士が再び口を開いた。

「기분이 바뀌었다. 커피를 넣어줘.」

「コーヒーですね! はい、今すぐ淹れてきます!」

エイレーンは慌てて動き出し、気を取り直したようにキッチンへ向かった。

女性社員は彼女の背中を見つめ、深いため息をついた。

「はぁ…先が思いやられるわ」

オフィスの空気は再び重くなり、38度線支部でのエイレーンの試練は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの名誉会長室は、重厚な静寂に支配されていた。壁に飾られた古風な肖像画と、磨き上げられた木製の机が、部屋に厳かな威厳を与えている。窓から差し込む夕陽が、カーテンの隙間を通って淡い光の筋を作り、室内に集う者たちの顔を照らしていた。

部屋の中央に立つベアトリクスは、名誉会長としての貫禄を漂わせていた。彼女の鋭い視線が、新たに副社長に就任した夏実萌恵に向けられる。萌恵は堂々とした姿勢で立ち、落ち着いた微笑みを浮かべていたが、その瞳には燃えるような決意が宿っていた。

「Ist Mondlicht Sora? ...」

萌恵が流暢なドイツ語で問いかけると、ベアトリクスは即座に応じた。

「Das ist richtig. Sie werden von Sora Mondlicht unterstützt werden. Du kannst es tun, oder?」

彼女の声には、期待と試すような響きが混じっていた。

萌恵は一瞬目を細め、自信に満ちた口調で答えた。

「Ja, ich verstehe. Ich werde definitiv erreichen, ohne Ihre Erwartungen zu erfüllen。」

その言葉は、まるで宣誓のように力強く、部屋の空気を震わせた。

だが、そのやり取りを横で聞いていたニコラが、わずかに眉をひそめて口を開いた。

「あの…同志少佐」

ベアトリクスが視線をニコラに移した。

「何かしら?」

ニコラは一瞬言葉に詰まり、沈黙した。

「……」

彼女の表情には、ドイツ語の応酬に置いてけぼりにされた微妙な苛立ちが滲んでいる。

その空気を察した萌実が、困ったように姉に訴えた。

「お姉ちゃん…日本語で喋ってよ。これじゃ何言ってるか皆には分からないよー」

萌恵は軽く首を振って、頑なにドイツ語で返した。

「Ich will nicht.」

萌実は肩を落とし、心の中で呟いた。

「(これからお姉ちゃんの翻訳しなきゃいけないのかな……)」

彼女の小さなため息が、名誉会長室の重い空気に溶けていった。

そこへ、カタリーナが穏やかだが鋭い声で割って入った。

「副社長」

萌恵が「?」と視線を向けると、カタリーナは冷静に続けた。

「皆に分かり易く話をしませんか?」

その言葉には、場をまとめるための静かな圧力が込められていた。

萌恵は一瞬考え込むように黙り、やがて頷いた。

「Es wird gut sein. Ich werde es jedem in einfachen Worten erklären。」

カタリーナは無言で彼女を見つめ、反応を待った。だが、萌恵の次の言葉は再びドイツ語だった。

「Von nun an wird diese Firma VTuber nacheinander folgen. Drei Leute kommen im nächsten Monat. Drei Leute sind hier drin。」

「3人?」

カタリーナが素早く反応し、確認するように聞き返した。

「Ja。」

萌恵は短く肯定し、自信に満ちた視線をカタリーナに返した。

「証拠は?」

カタリーナの声には、萌恵の言葉を試すような鋭さがあった。

「Dort。」

萌恵は机の上に置かれた書類を指し、静かに微笑んだ。

カタリーナは書類に目をやり、軽く口元を緩めた。

「ほぉ…それ程自信があるVTuberな訳ね。」

彼女の声には、半分感心と半分挑戦の響きが混じっていた。

ベアトリクスがそのやり取りを静かに見守り、ドイツ語で口を開いた。

「Was immer Sie tun, das ist eine Frage der Entscheidungen. Erneut sagte Unterstützung Sora Mondlicht。」

その言葉は、萌恵への信頼と同時に、彼女に課された責任の重さを示していた。

萌恵は背筋を伸ばし、力強く応じた。

「Alles klar. Für unser Unternehmen ... werde ich sicherlich Ihre Erwartungen an den ehrenwerten Präsidenten Breme zeigen!」

彼女の声は、まるで戦場での誓いのように響き、名誉会長室に新たな決意の風を吹き込んだ。

部屋に集う者たちの視線が交錯し、誰もがこれからの展開を見守っていた。月夜ソラを支える新たな物語が、今、静かに動き始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの談話室は、いつもとは少し違った賑わいに包まれていた。ソファに並んだクッションが柔らかな陽光に照らされ、壁にかけられたテレビからは、明るいBGMとともに人気番組『VTuber王国!』の声が響いている。部屋には、ミライアカリ、猫宮ひなた、花野蜜、そして月夜ソラが集まり、それぞれが思い思いにくつろいでいた。

「どんなVTuber出てくるのかなー?」

アカリはソファに寝転がり、ポテチの袋を片手にテレビ画面をじっと見つめた。彼女の声は、好奇心とワクワク感に満ちている。

隣に座るひなたは、いつものクールな表情で小さく呟いた。

「ほぉぅ…」

彼女の目はテレビに注がれているが、どこか計算高そうな光を宿していた。

テレビのナレーターが元気よく語り始めた。

『今回は株式会社ENTUMに入った家庭教師系VTuber、花野蜜さんについて語りたいと思います! まずは花野蜜と言えば…』

その声を聞き、花野蜜がソファから身を起こした。彼女の優雅な笑顔には、どこか誇らしげな色が浮かんでいる。

「あらあら? 遂に私も出てるわ♪」

蜜は髪をかき上げ、テレビに映る自分の姿を想像してくすりと笑った。

その時、談話室の入り口でゆるい足音が響き、月夜ソラがひょっこり顔を出した。

「ウィーっす…何見てんすか?」

ソラはいつものラフな口調で、部屋の面々に視線を投げた。彼女の手には、なぜかペットボトルのコーラが握られている。

アカリがポテチを口に放り込みながら答えた。

「VTuber王国だよ!」

「VTuber王国? あぁ…それ面白おかしく語る番組ですよね?」

ソラは少し興味なさげに言いながら、ソファの端にどっかりと腰を下ろした。

「そうだよ!」

アカリは目をキラキラさせ、テレビに映る派手なテロップに夢中だ。

ソラはコーラを一口飲み、ふと立ち上がった。

「あ、ちょっと行ってきます」

「何処に行くの?」

蜜が穏やかな声で尋ねると、ソラは振り返らずに手を振った。

「すぐ戻ってきますよ」

彼女の背中は軽快で、まるで何か企んでいるような雰囲気だった。

蜜はソラの去った扉を見つめ、首を傾げた。

「大丈夫かしら…?」

その声には、ほんの少しの心配と、ソラへの信頼が混じっていた。

テレビでは『VTuber王国!』がますます盛り上がり、花野蜜の特集が華やかに展開していく。談話室に残った三人――アカリ、ひなた、蜜――は、それぞれの思いを胸に、ソラの帰りを待ちながら番組に見入った。

だが、月夜ソラが何をしようとしているのか、その小さな謎は、談話室の明るい空気にそっと溶け込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの地下駐車場は、昼間の喧騒とは隔絶された静けさに包まれていた。蛍光灯の白い光がコンクリートの床に冷たく反射し、湿った空気がかすかにエンジンオイルの匂いを運んでいる。そんな薄暗い空間の中、月夜ソラの軽快な足音が響いていた。

「急がなきゃな」

ソラは独り言を呟きながら、ポケットに手を突っ込んで歩みを速めた。彼女の目はどこか遠くを見据え、まるで何かを企むような輝きを宿している。

その時、駐車場の奥から柔らかな声が響いた。

「ソラ君、ちょっと来て欲しいけど。いいかな?」

ソラが振り返ると、そこには夜桜カノンが立っていた。彼女の落ち着いた微笑みは、地下駐車場の無機質な雰囲気を一瞬和らげた。

「お、おう」

ソラは少し驚いた様子で答えつつ、カノンの方へ近づいた。

カノンは駐車スペースに停められた一台の大型バイクを指さした。

「このバイクだけどね」

ソラの目が一気に輝いた。

「おおっ! これって…?」

彼はバイクに駆け寄り、まるで宝物を見つけた子供のようにはしゃいだ。車体をじっくり眺め、銘板に目を凝らす。

「何処のメーカー? ん? バハムート……? 聞いたことないな」

カノンはバイクの側に立ち、軽く首を傾げた。

「あ、ホントだ。ホンダとかヤマハじゃなさそうだね」

彼の声には、ソラの興奮を静かに見守るような穏やかさがあった。

「特注品っしょ?」

ソラはニヤリと笑い、バイクのハンドルを握って跨った。彼女の指が愛おしそうに車体を撫でる。

「そうだね……」

カノンは少し曖昧に答え、ソラの行動を観察した。だが、その声にはどこか不穏な予感が混じっていた。

次の瞬間、ソラが勢いよく宣言した。

「ちょっくら借りるぞ!」

「ソラ君!?」

カノンが慌てて声を上げたが、時すでに遅し。

ギュルルルル!

エンジンが唸りを上げ、バイクが一気に動き出した。ソラの背中が風を切り、地下駐車場の暗闇を突き抜ける。

グオオオォォォー!

轟音がコンクリートの壁に反響し、バイクはまるで生き物のように唸りながら出口へと疾走した。ソラの笑い声が、遠くでかすかに響く。

カノンは呆然とその場に立ち尽くし、バイクのテールランプが消えるのを見送った。

「あぁ…行っちゃったか」

彼女の呟きには、呆れと、どこかソラへの信頼が入り混じっていた。

地下駐車場に再び静寂が戻り、カノンの小さなため息だけが残響した。月夜ソラがどこへ向かったのか、彼女が何を企んでいるのか――その答えは、疾走するバイクの先に隠されているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新宿アルタ前の広場は、昼下がりの喧騒に満ちていた。色とりどりの看板が陽光を反射し、行き交う人々の笑い声や車のクラクションが空気を震わせる。そんな雑踏の中、月夜ソラはバハムートと名付けられた大型バイクに跨り、キョロキョロと辺りを見回していた。

「ここで待ち合わせの場所の筈だけどな…」

ソラはヘルメットのバイザーを上げ、腕時計をチラリと確認した。彼女の声には、待ちくたびれた苛立ちと、どこかワクワクする期待が混じっている。

その時、弾けるような声が背後から響いた。

「お待たせー♪」

振り返ると、そこにはユメノツキミがいた。彼女の笑顔はまるで陽だまりのようで、色とりどりのリボンが風に揺れている。ツキミはソラの大型バイクに目をやり、キラキラした瞳で叫んだ。

「わぁー、まるでロボットアニメに出て来そうなバイクね♪」

ソラはニヤリと笑い、胸を張った。

「どう? 俺のバイク、最高にカッコいいだろ?」

彼女の手がハンドルを叩き、まるで相棒を自慢するような勢いだ。

ツキミは手を叩いてはしゃいだ。

「♪ 行くよー!」

「行こうぜ!」

ソラがアクセルを握ると、グオオオォアアアアアアアアッ! とバハムートが咆哮を上げた。エンジンの轟音が新宿の雑踏を切り裂き、二人は風をまとって走り出した。

「ひゃっほーい!」

ソラの叫びが空に響き、ツキミが後ろで両手を広げた。

「風が気持ち良いーーーーッ!」

ツキミの笑い声が風に乗り、まるで自由そのもののような輝きを放つ。

だが、その瞬間――ウゥーーーーーッ!

甲高いサイレンが二人の背後で鳴り響いた。

「げっ!」

ソラが振り返ると、赤と青のランプを点滅させたミニパトが猛スピードで迫ってくる。運転席には、門田さくらが眼光鋭くハンドルを握っていた。彼女の声が拡声器越しに響く。

「そこのバイク、止まりなさい!」

ツキミがソラの肩を掴み、焦った声で尋ねた。

「どうするの?」

ソラは一瞬目を細め、口元に不敵な笑みを浮かべた。

「撒くしかないっしょ!」

グアアアアアアアアッ!

バハムートが再び咆哮し、ソラはアクセルを全開にした。大型バイクは新宿の路地を縫うように疾走し、まるで黒い雷鳴のように加速する。

門田さくらは負けじと追いすがった。

「逃がすか!」

彼女のミニパト――スバル・R1フルチューン仕様――は、小柄な車体からは想像もつかないほどの馬力でバイクを追う。ガチ! ガコッ! とギアを切り替える音が響き、エンジンが獰猛に唸った。

グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

バイクとミニパトの追跡劇が、新宿の街を舞台に繰り広げられる。人々が驚いて振り返り、ネオンの光が二つの影を映し出す。

「ここで捕まったら会社から追放どころか免停喰らっちまう!」

ソラが風を切りながら叫んだ。彼女の声には、危機感とどこか楽しげな興奮が混じっている。

ツキミが後ろで身を縮め、慌てて言った。

「でもブレーメ名誉会長が…!」

「保障なんてしないさ! 『自分の事は自分でやれ!』と言われるオチだ!」

ソラは笑いながらハンドルを切り、路地の角をギリギリで滑り抜けた。バハムートのタイヤが地面を削り、火花が散る。

その時、遠くのビルの屋上から、誰かの視線が二人の逃走劇を捉えていた。

「あれは……?」

イルフリーデの声が静かに響く。彼女の瞳は、ソラとツキミの疾走する姿をじっと追い、まるで何かを予感するように細められた。

新宿のネオンが輝く中、バイクの咆哮とミニパトのサイレンが交錯する。月夜ソラとユメノツキミの行き先は、そしてこの追跡劇の結末は――まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新宿のネオンが眩しく輝く中、月夜ソラの駆る大型バイク――バハムートは、まるで黒い流星のように夜の街を切り裂いていた。エンジンの咆哮がビル群に反響し、後ろにしがみつくユメノツキミの髪が風に踊る。だが、二人の背後では、門田さくらのフルチューン仕様スバル・R1ミニパトが、執念のサイレンを鳴らしながら猛追していた。

「止まりなさい!!」

門田さくらの声が拡声器越しに轟き、新宿の雑踏を貫いた。彼女の目は獲物を逃がすまいと燃え、ミニパトのエンジンが限界まで唸っている。

「捕まってたまるか!」

ソラはハンドルを握りしめ、叫びながらアクセルをさらに捻った。彼女の顔には危機感と、どこかこの状況を楽しむような笑みが浮かんでいる。バハムートのタイヤがアスファルトを削り、火花が夜空に散った。

「ひゃあん!」

ツキミがソラの背中にギュッとしがみつき、思わず悲鳴を上げた。彼女の小さな体がバイクの振動に揺れ、恐怖と興奮が入り混じった表情が覗く。

「ちょ…何抱き付いてるんすか!?」

ソラが慌てて振り返り、ツキミの腕に戸惑いながら叫んだ。

「このままにして……!」

ツキミは顔を真っ赤にし、ソラの背中に頬を押し付けた。彼女の声は震えていたが、どこか信頼に満ちていた。

その時、ソラの視線がハンドルの見慣れないボタンに落ちた。

「何だこのボタンは?」

好奇心に駆られたソラは、迷わず指を伸ばす。

ポチッ。

瞬間、ゴゴゴゴゴゴゴゴ!

バハムートの車体が異様な振動を始め、金属が軋む音が響き渡った。車体のパーツが動き出し、まるで生き物のように再構築されていく。

「うぉああああああうぉああああああ!」

ソラが叫び、バイクの急激な変化に目を丸くした。

「ツキミさん、しっかり捕まっててくださいよ!」

「ソラ君!」

ツキミはソラの腰にしがみつき、驚きの声を上げた。

門田さくらがミニパトのハンドルを握りながら、信じられない光景に息を呑んだ。「な……何? ロボット!?」

彼女の視線の先で、バハムートはバイクから人型に近いメカへと変形を遂げていた。まるでアニメ『メガゾーン23』のガーランドのような、近未来的なフォルムだ。

「へ、変形した!?」

ソラ自身も状況に呆気にとられながら、変形したバハムートのコックピット内で操縦桿を握り直した。

門田さくらは無線に叫んだ。

「こ、こちら新宿34! スピード違反で逃走中のバイクが……!」

だが、その言葉は途中で遮られた。

ガガガガガガガガガガガガッ!

バハムートのライフルから放たれた120mm弾がミニパトに向けつつ道路に舗装されてるコンクリートを砕いた

「うわあっ!」

門田さくらがハンドルを切った瞬間、ボガァァッ! と爆音が響き、ミニパトが横に滑った。

「私のR1が……!」

門田さくらは車外に飛び出し、愛車のスバル・R1が煙を上げる姿を見て涙目になった。彼女の声は悔しさと怒りに震えている。

「やべぇっ!」

ソラはバハムートを再び加速させ、グアアアアアアアアアアアアアア! と新宿の路地を突き進んだ。変形メカの脚部が地面を蹴り、驚異的なスピードで夜の街を疾走する。

門田さくらは遠ざかるバハムートの背中を睨み、拳を握りしめて叫んだ。

「弁償しなさいよーーーーーーーー!」

その声は夜空に虚しく響き、ネオンの光に呑み込まれた。

ソラとツキミを乗せたバハムートは、新宿の雑踏を抜け、どこか知られざる目的地へと突き進む。彼女たちの冒険は、まだ終わらない――いや、むしろ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新宿のネオンがキラキラと瞬く中、月夜ソラとユメノツキミを乗せたバハムート――変形を遂げたバイク型ロボットは、まるで夜の獣のように街を疾走していた。金属の装甲が風を切り、脚部が地面を蹴るたびに、ゴゴゴという重低音がビル群に反響する。さっきまでのバイクチェイスの緊張感はまだ冷めやらぬまま、二人の心は新たな興奮で高鳴っていた。

「すっげー! まるで80年代のアニメ作品に出て来そうなバイク型ロボットだ!」

ソラはコックピット内で操縦桿を握りながら、子供のようにはしゃいだ。彼の目はバハムートのディスプレイに映る街の光景を追い、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいる。変形メカの振動が、彼の全身にアドレナリンを送り込んでいた。

後部座席でソラにしがみつくユメノツキミが、風に髪をなびかせながら叫んだ。

「何処に行くの!?」

彼女の声は恐怖とワクワクが混じり合い、まるでジェットコースターに乗っているような弾んだ響きを持っていた。

ソラは振り返らず、ニヤリと笑って答えた。

「ジョイポリスに行こうぜ!」

その言葉には、まるで冒険の地図を広げるような大胆さと自由さが込められていた。

「♪」

ツキミは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。彼女はソラの背中にギュッと抱きつき、風を浴びながら歌うように笑った。バハムートの装甲が夜の光を反射し、二人のシルエットを輝かせる。

グアアアアアアアア!

バハムートはさらに加速し、新宿の雑踏を抜けて次の目的地へ突き進んだ。ジョイポリスのネオンが、遠くで二人を待ち受けるように瞬いている。月夜ソラとユメノツキミの夜は、まだまだ終わらない――いや、むしろこれからが本番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの特設駐車場は、普段は静かなコンクリートの空間だった。鉄骨の天井に吊るされた蛍光灯が冷たく光り、整然と並ぶ車両の影が床に長く伸びている。しかし、この日、駐車場に響くのは、ニコラの動揺した声だった。

「ん? え? あれ?」

ニコラは駐車スペースの前で立ち尽くし、目を何度も擦った。彼女の視線の先には、本来そこにあるはずの青色のバイク型ロボット――ガーランドの姿がない。空っぽのコンクリートが、まるで彼女を嘲笑うように広がっている。

「ガーランドがない! え? まさか……」

ニコラの声は次第に高くなり、普段の冷静さをかなぐり捨てた焦りが滲んだ。彼女は慌てて周囲を見回し、駐車場の奥に消える通路や、他の車両の間を覗き込んだ。しかし、ガーランドの特徴的なシルエットはどこにも見当たらない。

彼女の頭に、月夜ソラのニヤリとした笑顔が浮かんだ。あの自由奔放なトラブルメーカーが、また何かやらかしたに違いない。ニコラは額を押さえ、深いため息をついた。

「月夜ソラ……貴様、どこまでやらかす気なんだ?」

彼女の呟きは、駐車場の冷たい空気に吸い込まれた。ガーランドの行方、そしてソラの突飛な行動が引き起こす波乱――その答えは、まだ遠くの街の喧騒の中に隠されているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの名誉会長室は、まるで時間が止まったような静寂に包まれていた。重厚な木製の机に積まれた書類、壁に飾られた古めかしい肖像画、そして窓から差し込む夕陽の光が、部屋に厳かな空気を漂わせる。そんな中、扉が勢いよく開き、ニコラの慌ただしい足音が静寂を破った。

「大変です! 同志少佐、盗まれました!」

ニコラの声は普段の冷静さを欠き、焦りと動揺に震えていた。彼女の額にはうっすらと汗が浮かび、瞳は名誉会長のベアトリクスにすがるように向けられている。

ベアトリクスはゆったりと椅子に座したまま、片眉を軽く上げた。

「ん?」

その声は落ち着きに満ち、まるで嵐の中の岩のように揺らがない。彼女の手には書類が握られたまま、ニコラの言葉を静かに待つ。

ニコラは一歩踏み出し、声を張り上げた。

「我がENTUMが開発した試作型可変二輪車『ガーランド』が盗まれたんです!」

彼女の言葉は、まるで雷鳴のように部屋に響き、書類の束を微かに震わせた。

ベアトリクスは書類から目を離し、ゆっくりとニコラを見据えた。彼女の瞳には、鋭い光が宿り、頭の中で状況を素早く整理しているのが窺えた。

「二輪車業界を導入したばかりなのに失態を犯す……」

ベアトリクスは呟き、顎に手を当てて一瞬考え込んだ。彼女の脳裏に、さまざまな可能性が駆け巡る。

「エイレーンは38度線にいるから盗むのは不可能。となると……」

突然、彼女の目が鋭く光った。

「ベノだ!―――彼奴の仕業だ!」

その名を口にした瞬間、部屋の空気がピリリと引き締まった。ベノ――エイレーンの妹であり、彼女もエイレーンと同じく百合が大好きだが、それは常軌を逸脱した行動であり下ネタを連発している問題児の一人だ。

ニコラは息を呑み、即座に応じた。

「では…」

「捕まえなさい」

ベアトリクスの命令は、冷たく、しかし確固とした力に満ちていた。彼女の視線は、ニコラを突き刺し、迷いを許さない。

「ハッ!」

ニコラは背筋を伸ばし、敬礼とともに踵を返した。彼女の足音が名誉会長室を去り、廊下の奥へと消えていく。

ベアトリクスは一人残された部屋で、窓の外に広がる夕陽を見つめた。ガーランドの盗難、そしてベノの影――この事件の背後には、ENTUMの未来を揺さぶる何かが潜んでいる。彼女の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

「さて、月夜ソラ……あなたはどう動くかしら?―――朽ち果てていくのが楽しみだわ」

その呟きは、誰もいない部屋に静かに溶け、物語の新たな幕開けを予感させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの営業統括部第3課は、普段の喧騒とは裏腹に、穏やかな空気に包まれていた。デスクの上には書類が山積みになり、モニターの光が社員たちの顔を淡く照らす。部屋の隅では、ベノちゃんとエボラちゃんが軽快な会話を繰り広げていた。

「エボラちゃん、例の書類を」

ベノちゃんはデスクに肘をつき、軽い口調で指示を出した。彼女の声には、どこか余裕と親しみが混じっている。

エボラちゃんは書類の束を手に、ニコリと笑った。

「ああ、全部纏めたよ!」

彼女の動きはテキパキとしており、仕事の合間のリラックスした雰囲気が漂う。

「ご苦労。次の休暇は海でも行こう」

ベノちゃんはウインクをしながら提案し、椅子をくるりと回転させた。

「いいね!」

エボラちゃんの目がキラリと光り、二人の間に小さな休暇の夢が膨らんだ。

だが、その和やかな空気は、突然の重い足音によって粉々に打ち砕かれた。

「ベノ! 貴様、極秘で開発したバイクの設計図やそのバイクを盗んだのは貴様だな?」

名誉会長ベアトリクスの声が、雷鳴のようにオフィスに響き渡った。彼女はドアを押し開け、鋭い視線でベノちゃんを射抜く。その背後には、ニコラが厳しい表情で控えていた。

ベノちゃんは椅子から飛び上がり、目を丸くした。

「バイク? 知らないよ!」

彼女の声は動揺に震え、両手を振って必死に否定する。

ニコラが一歩前に出て、冷たく詰め寄った。

「しらを切る気か!? 我が社が独自で極秘開発した試作型可変二輪車を!!」

彼女の言葉はまるで刃のようで、ベノちゃんの弁解を切り裂く勢いだ。

「知らないよ!!」

ベノちゃんはさらに声を張り上げ、額に冷や汗を浮かべた。彼女の視線は、ベアトリクスとニコラの間を泳ぐ。

ベアトリクスは目を細め、静かに言った。

「そう?」

その一言は、まるで獲物を追い詰める獣のようだった。

「ほっ…」

ベノちゃんは思わず息を吐き、肩の力を緩めた。だが、その安堵は一瞬で吹き飛んだ。

「貴様も38度線に左遷よ」

ベアトリクスの宣告は、冷たく、容赦なかった。彼女の声はオフィスの空気を凍りつかせ、ベノちゃんの顔から血の気が引いた。

「ええええええええええええええええええ!!!!????」

ベノちゃんの絶叫がオフィスに響き、デスクの書類が震えた。彼女は両手で頭を抱え、まるで世界が終わったかのような表情でベアトリクスを見つめた。

その時、部屋の奥からファルカが息を切らせて駆け込んできた。

「少佐、監視モニター室で調べたところ、夜桜カノンが地下駐車場に!」

彼女の声は緊迫感に満ち、ベアトリクスの注意を一気に引きつけた。

「何だと!?」

ベアトリクスの瞳が鋭く光り、彼女の頭の中で新たな疑惑が渦巻き始めた。夜桜カノン――その名前が、ガーランド盗難の新たな手がかりとして浮上する。

ベノちゃんはすかさず声を上げた。

「では左遷は!?」

ベアトリクスは一瞬ベノちゃんを見やり、淡々と告げた。

「取り消すわ。疑って悪かったわね」

その言葉は素っ気なかったが、ベアトリクスの視線はすでに次の標的――夜桜カノンに向けられていた。

「…………」

ベノちゃんは呆然と立ち尽くし、放心したようにデスクに崩れ落ちた。エボラちゃんがそっと肩を叩くが、彼女の心はまだ動揺の嵐の中にあった。

オフィスの空気が再び重くなり、ガーランド盗難の真相を巡る新たな追跡が始まろうとしていた。夜桜カノンの行動、そして月夜ソラの関与――ENTUMの闇に潜む謎が、静かにその姿を現しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの映像編集室は、静かな電子音とモニターの光に満たされていた。壁一面に並ぶスクリーンには、カラフルな映像やグラフィックが映し出され、編集ソフトのウィンドウが忙しく点滅している。そんな部屋の中央で、夜桜カノンはデスクに座り、ストレッチをしながら大きく息を吐いた。

「……うん! これでよしっと!」

カノンはモニターに映る完成した映像を確認し、満足げに頷いた。

「あー疲れたな…」

彼女は椅子に背を預け、肩をぐるりと回しながらリラックスした笑みを浮かべる。長時間の編集作業を終えた達成感が、彼女の顔に穏やかな輝きを与えていた。

だが、その穏やかな空気は、扉が静かに開く音とともに一変した。

「夜桜カノン、少しいいかしら?」

ベアトリクスの声が、冷たく、しかし落ち着いた響きで編集室に満ちた。彼女は名誉会長の威厳を纏い、ゆったりとした足取りでカノンの前に立つ。その瞳は、まるで心の奥底を見透かすような鋭さを放っている。

カノンは椅子を回転させ、軽い驚きを隠しながら応じた。

「何です?」

彼女の声には、ベアトリクスの突然の訪問に対する好奇心と、ほんの少しの警戒が混じっていた。

ベアトリクスはカノンをじっと見据え、探るような口調で尋ねた。

「あなた、バイクとか乗れる?」

「まぁ…バーチャル世界では年齢とか関係ないから乗れると思いますよ。ロリキャラ除いて」

カノンは軽く笑いながら答えたが、その目はベアトリクスの真意を測るように動いた。彼女の言葉は冗談めかしていたが、どこか慎重な響きを帯びている。

「ふ~ん……」

ベアトリクスは意味深に目を細め、顎に手を当てた。彼女の表情は一瞬の沈黙を漂わせ、編集室の空気を微妙に重くした。だが、次の瞬間、彼女の声が鋭く切り込んだ。

「では話を変えるわ。月夜ソラは何処にいる!?」

カノンは一瞬目を丸くし、素直に答えた。

「ソラ君ならツキミちゃんと一緒にデートに…」

だが、言葉を言い終える前に、彼女はベアトリクスの異様な迫力に気づき、口をつぐんだ。

「ありがとう。それだけ聞けば充分よ」

ベアトリクスは短く言い放ち、踵を返して編集室を後にした。彼女の背中からは、月夜ソラを追い詰める決意が滲み出ているようだった。

カノンは扉が閉まる音を聞きながら、ポツリと呟いた。

「ソラ君、何したんだ?」

彼女の視線は、モニターに映る映像に落ちたが、心はすでにソラの突飛な行動と、ベアトリクスの追及が引き起こす嵐を想像していた。

映像編集室の静寂が再び戻る中、月夜ソラを巡る新たな騒動の予感が、カノンの胸にそっと広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京ジョイポリスの館内は、色とりどりのライトと興奮した歓声で溢れていた。アトラクションの轟音と笑い声が交錯し、まるで夢の世界に迷い込んだような活気が漂う。そんな中、ワイルドウィングのアトラクションに並ぶ月夜ソラとユメノツキミの姿があった。二人はシートにしっかりと固定され、目の前でカウントダウンが始まる。

「3、2、1――GO!」

グオオオッ!

ワイルドウィングが急加速し、ソラとツキミを乗せたシートが宙を舞った。まるで本物の飛行機が空を駆けるように、風が二人の頬を叩き、視界が一気に開ける。

「うおおおおおっ…空飛んでる!」

ソラは目を輝かせ、両手を広げて叫んだ。彼女の声は風に乗り、純粋な興奮と自由に満ちている。ジョイポリスの光景が眼下に広がり、まるで自分が鳥になったかのような錯覚に浸っていた。

「ソラ君♪」

ツキミはソラの隣で笑顔を弾けさせ、風になびく髪を押さえながら叫んだ。彼女の瞳はキラキラと輝き、恐怖よりも楽しさが勝っているようだった。

ソラはツキミの声に振り返り、彼女の少し震える手を気づいた。

「ツキミちゃん…怖いのか?」

彼女の声には、いつもの無鉄砲な調子に代わって、優しさと気遣いが滲む。

ツキミは首を振って、ソラをまっすぐに見つめた。

「ううん、ソラ君が一緒にいれば私…怖くないわ」

その言葉は、風の音にも負けない確かな響きを持っていた。彼女の頬はほのかに赤らみ、ジョイポリスの光がその笑顔を一層輝かせた。

ソラの胸に、温かいものが広がった。彼女はツキミの手をそっと握り返し、心の中で呟いた。

「(良い思い出に残る初デートだ)」

ワイルドウィングはなおも空を舞い、二人の笑い声がジョイポリスの喧騒に溶け合う。月夜ソラとユメノツキミの初めてのデートは、風と光に包まれながら、かけがえのない瞬間として刻まれていった。

だが、この二人の冒険がどこへ向かうのか――それは、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京ジョイポリスの一角に広がる「妖屋敷 ~大江戸百鬼夜行奇譚~」は、薄暗い照明と不気味な効果音が織りなす怪奇の世界だった。古びた提灯が揺れ、壁には妖怪の影がチラチラと踊る。空気にはほのかに湿った土の匂いが漂い、どこからともなく聞こえる幽霊の囁きが背筋をゾクゾクさせた。そんな中、月夜ソラとユメノツキミは肩を並べてアトラクションの通路を進んでいた。

「おお…」

ソラは周囲の不気味な装飾に目を輝かせ、まるで冒険の舞台に飛び込んだ少年のようだった。彼女の手にはジョイポリスのパンフレットが握られ、時折、妖怪の解説を読み上げては楽しげに笑っている。

だが、その瞬間――ガタン! と不意に鳴り響いた音とともに、暗闇から白い影がスッと現れた。

「キャァッ!」

ユメノツキミが小さな悲鳴を上げ、思わずソラの腕にしがみついた。彼女の顔は真っ青で、普段の明るい笑顔はどこかへ消えていた。

「おぉっと! 大丈夫?」

ソラはすかさずツキミを支え、彼女の震える肩にそっと手を置いた。彼女の声には心配と、どこかこの状況を楽しむような軽やかさが混じっている。

ツキミはソラの腕の中で小さく頷き、恥ずかしそうに呟いた。

「うん………」

彼女の頬はほのかに赤らみ、暗闇の中でソラの温もりが心強かった。

ソラはツキミの怯えた表情を見て、くすりと笑った。

「(かわいいな、ツキミちゃん)」

彼女の心の中でそんな思いが弾け、口元にいたずらっぽい笑みが広がった。

妖屋敷の通路はまだ続き、遠くで妖怪の笑い声や鎖の音が響く。ソラはツキミの手を握り、二人で次の恐怖に立ち向かう準備をした。初デートのこの瞬間は、ホラーアトラクションのドキドキと、二人の絆で織りなす特別な思い出として、しっかりと刻まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京ジョイポリスの「生き人形の真 赫」は、ただのホラーアトラクションではなかった。薄暗い通路には不気味な人形が無数に並び、赤い照明が血のような光を投げかける。空気は冷たく、どこからか聞こえるガタガタという音が、心臓を締め付ける。月夜ソラとユメノツキミは、肩を寄せ合いながら、この恐怖の舞台に足を踏み入れていた。

突然、暗闇の奥から異様な人形がスッと動き出し、赤い目が二人を捉えた。その瞬間――

「嫌ああああ!」

ユメノツキミの悲鳴が通路に響き渡った。彼女はソラの背中に隠れるようにしがみつき、顔を真っ青にして震えている。普段の明るい笑顔は消え、恐怖に支配された瞳が人形の動きを追っていた。

「ほぉああああああああああああああ!」

対照的に、ソラの叫びは恐怖というより、まるで遊園地の絶叫マシンに乗ったような興奮に満ちていた。彼女は目をキラキラさせ、人形の不気味な動きにむしろ前のめりだ。「すっげぇ! これ、めっちゃリアルじゃん!」

ツキミはソラの腕をギュッと掴み、涙目で訴えた。

「ソ、ソラ君! こ、怖いよぉ…!」

ソラは振り返り、ツキミの怯えた表情にニヤリと笑った。

「大丈夫だって、ツキミちゃん! 俺がいるからな!」

彼女は大げさに胸を叩き、まるでヒーローのようにツキミを庇う姿勢を見せた。だが、その目は明らかにこのホラーアトラクションを楽しんでいる。

生き人形がガクガクと不自然な動きで近づいてくる中、ソラはツキミの手をしっかりと握った。恐怖と笑顔が交錯するこの瞬間は、初デートの忘れられない一ページとして、二人の心に刻まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京ジョイポリスの「フォーチュンフォレスト」は、まるで別世界に迷い込んだような神秘的な空間だった。薄暗い通路には青と紫の光が揺らめき、木々の間を漂う霧が幻想的な雰囲気を醸し出す。どこからか聞こえる水のせせらぎと、遠くの鳥の囀りが、訪れる者を不思議な物語へと誘う。月夜ソラとユメノツキミは、手を繋いでこの魔法のような場所を歩いていた。

「神秘的だね…」

ツキミは周囲の光景に目を奪われ、囁くように呟いた。彼女の声は柔らかく、まるでこの場所の空気に溶け込むようだった。

「そうだね……」

ソラはツキミの横で頷き、普段の無鉄砲な様子とは裏腹に、静かな笑みを浮かべた。彼女の視線は、ツキミの横顔と、フォレストの幻想的な光が織りなす美しさに引き寄せられている。

だが、ツキミが突然立ち止まり、ソラの手をギュッと握った。

「?」

「どうしたの?」

ソラが首を傾げて尋ねると、ツキミの視線が通路の奥に固定されているのに気づいた。

「山姥が…」

ツキミの声は震え、指差す先には、霧の中に立つ人影があった。

「?」

ソラが目を凝らすと、その影がゆっくりと近づいてくる。シルエットは確かに不気味で、フォーチュンフォレストの雰囲気に溶け込みすぎていた。

「?」

人影――シルヴィアが姿を現し、冷ややかな視線で二人を見つめた。

「うおあああああああああああああああ! や、山姥だ!!」

ソラが思わず叫び、ツキミを庇うように一歩前に出た。彼女の声はフォレストの静寂を切り裂き、鳥のさえずりが一瞬止まる。

シルヴィアは眉をピクリと動かし、静かに言った。

「他人に向かって失礼よ」

その声には、冗談を許さない鋭さと、どこか楽しむような余裕が混じっていた。

ソラはハッとして手を振った。

「何だ人間っすか……」

彼女の言葉には安堵と、ちょっとした気まずさが滲む。

「殴られたいの?」

シルヴィアが一歩近づき、冷たく微笑んだ。彼女の目はソラを射抜き、まるで本気で拳を振り上げそうな勢いだ。

「いいえ! あ、あの…1人でここに?」

ソラは慌てて話題を変え、汗を拭う仕草でごまかした。

シルヴィアは軽く首を振った。

「いいえ、付き添いがいるわ」

「そうっスか」

ソラはホッと息をつき、ようやく緊張が解けた。

その時、ツキミが小さな声で口を開いた。

「あの……」

シルヴィアが視線を移す。

「何?」

ツキミは恥ずかしそうに頭を下げ、声を絞り出した。

「…………すいませんでした! シルヴィアさんの事を山姥って呼んで…面目ないです」

彼女の頬は赤くなり、フォレストの光がその照れを優しく照らした。

シルヴィアは一瞬驚いたように目を見開き、やがて柔らかく笑った。

「別に良いわよ。気にしてないから」

その言葉には、意外な優しさが滲んでいた。

その時、別の声が響いた。

「ん? お前たちは…」

ヴァルターがシルヴィアの背後から現れ、落ち着いた視線で二人を見やった。

ソラは咄嗟にツキミの手を引き、胸を張って答えた。

「え……と…俺の彼女っスよ!」

「え? ソラ君!?」

ツキミは目を丸くし、ソラの腕を軽く叩いた。彼女の顔はさらに赤くなり、恥ずかしさと驚きでいっぱいだ。

「俺に任せて」

ソラはツキミにウインクし、自信満々にヴァルターに視線を返す。

シルヴィアは二人のやり取りを見て、くすりと笑った。

「2人揃ってデート……って事は貴方達は初めてな訳ね」

ヴァルターは頷き、渋い声で言った。

「若い者は体力あるからな」

シルヴィアがヴァルターの腕をつつき、からかうように言った。

「ヴァルターもまだまだ若いわよ」

「……シルヴィアも……いつも若々しいぞ」

ヴァルターは少し照れくさそうに答え、視線をそらした。

「フフッ……」

シルヴィアの笑顔が、フォーチュンフォレストの光の中で一層輝いた。

ソラは二人のやり取りを見て、突然ひらめいたように声を上げた。

「良かったら付き合いませんか?」

シルヴィアは片眉を上げ、興味深そうに尋ねた。

「別に構わないけど……?」

「『ストームジー』で勝負ですよ!」

ソラは拳を握り、挑戦的な笑みを浮かべた。

シルヴィアの目がキラリと光った。

「面白そうね……受けて立つわ」

「負けてられないっすね!」

ソラはツキミの手を握り直し、意気揚々と次のアトラクションへ向かう準備をした。

フォーチュンフォレストの神秘的な光の中、四人の笑い声が響き合う。月夜ソラとユメノツキミの初デートは、意外な出会いと新たな挑戦によって、ますます忘れられないものになっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社ENTUMの第3スタジオは、録音ブースのガラス越しに響く微かなノイズと、機材のLEDが放つ冷たい光に支配されていた。壁には防音パネルが張られ、スタジオの空気はどこか張り詰めている。中央のコントロールルームでは、アイリスディーナが腕を組み、時計の秒針を睨みつけていた。彼女の眉間には、苛立ちの皺が刻まれている。

「遅いな…」

アイリスディーナの声は低く、静かな不満を帯びていた。彼女の視線は、スタジオの入り口に固定されているが、そこに現れるべき姿はない。

ミライアカリがそっと近づき、気遣うように尋ねた。

「どうしたんですか? 会長」

彼女の声は明るさを保とうとしているが、アイリスディーナの重い空気に少し萎縮している。

アイリスディーナは視線をアカリに移し、淡々と答えた。

「ユメノツキミが来ないんだ」

その言葉には、遅刻に対する苛立ちと、予定の乱れへの焦りが滲んでいた。

アカリは一瞬目を瞬かせ、口を開いた。

「ツキミちゃんならソラ君と…」

だが、彼女の言葉は途中で止まり、どこか複雑な表情が浮かんだ。ソラとツキミのデートを思い出した瞬間、彼女の胸に小さな波が立った。

その時、スタジオの扉が勢いよく開き、ベアトリクスが堂々とした足取りで入ってきた。彼女の存在感は、スタジオの空気を一瞬で支配する。

「来ない奴を待っても時間の無駄よ」

ベアトリクスの声は鋭く、一切の妥協を許さない響きを持っていた。彼女の視線はスタジオに集まる面々を一瞥し、即座に次の指示を下した。

「ひいろ、貴女の出番よ」

皆守ひいろは、コントロールルームの隅で待機していたが、突然の指名に目を丸くした。「え? 歌うんですか!?」

彼女の声には驚きと緊張が混じり、手に持っていた台本がカサリと震えた。

ベアトリクスはひいろを冷ややかに見据え、静かに問いかけた。

「不服なの?」

その一言は、まるで氷の刃のようにひいろの心を突き刺した。

ひいろは慌てて首を振った。

「いえ、やらせてください!!」

彼女は気合を入れるように拳を握り、緊張を押し殺してブースへと向かった。彼女の背中には、期待とプレッシャーが重くのしかかっている。

アカリはひいろの姿を見送りながら、静かに立ち尽くした。

「…………」

彼女の瞳には、ソラとツキミの不在を巡る複雑な思いが揺れていた。スタジオの空気が再び張り詰める中、皆守ひいろの歌声が響き始める――だが、月夜ソラとユメノツキミの物語は、別の場所でまだ続いているのだった。

 

 

 




今更ながら、エイレーンさんとミライアカリさんの間にどんな事情があったのかは、外から見ているファンには分かりません。

ミライアカリは元々エイレーンさんがプロデュースしたVTuberであり、その後ENTUMに所属。事務所解散後は再びフリーとして活動していました。

その後GOOM STUDIOに関わるようになりましたが、活動の方向性が変わっていったこともあり、最終的にはフェードアウトという形になってしまいました。

大手レーベルに所属すると活動の自由度が変わることもありますし、もしかしたら彼女はもっと自由に音楽や配信を続けたかったのかもしれません。

引退してからすでに時間は経ちましたが、ファンの一人として彼女への敬意を込めて『ENTUM23』を書きました。

そして――ENTUM23はここからが本番です。

この物語では、ミライアカリはエイレーンと共に再び暴れます。

次回をお楽しみに。
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