第86話 バーチャルさんは見ている!????
2019年1月9日
株式会社ENTUM本社の会議室は、プロジェクターの光に照らされていた。白いスクリーンに映し出されるのは、TVアニメ『バーチャルさんはみている』のドタバタ劇。ベアトリクス、ニコラ、カタリーナ、ファルカの四人は、硬い椅子に座り、画面を見つめていた。部屋には、スピーカーから響くアニメの賑やかな声と、時折聞こえる誰かのため息だけが漂う。
《ここはバーチャルタウン……俺は馬だ。人型の馬。いや、馬型の人? とにかく、めっちゃ喋る馬さ! このバーチャルの世界には、そんな変な奴らがゴロゴロいる! たとえば、喋りまくるピーナッツとか、美少女のフリしたおっさんとか、即ミサイルぶっ放すヤツとか……お婆ちゃん、ゴリラ、狸の忍者……ハロー〇〇〇、〇〇〇〇……この辺でやめとかないと、そろそろいろんな人に怒られそう!》
ベアトリクスの目は冷たく、腕を組んだまま微動だにしない。スクリーンが次のシーンに移る。
《そして、今、目の前を駆け抜けるのはミライアカリ! 後輩にセクハラしまくりの、陽気でセクシーなお姉さん!》
《おおおおおおおおお! 思春期イエエエエエエエエエエエ!》
アカリの声が弾けるように響き、画面では派手なポーズをキメていた。
《こちらは電脳少女シロ。クレイジーサイコパス戦闘型シロイルカなんかじゃなく、めっちゃ可愛くて清楚なアイドルだ!》
《うほおおおお! 新しいモノ発見! やっほーい!》
シロの声はまるで爆発する花火のようだ。
《あの変なカニ歩きしてるのは、ヒメヒナの赤い方、田中ヒメ。お喋りが止まらないゲラ娘!》
《ぱんぱかカニ走りー! あははは!》
ヒメの笑い声が会議室にこだまする。
《それを追いかけてきたのは、ちょっとエッチなへそ出しルックのヒメヒナの青い方、鈴木ヒナ!》
《ヒメ、パンツ見えてるぞ! 隠せー! 規制入っちゃうから!》
ヒナの声は焦りと苛立ちが入り混じっていた。
《今、盛大にコケたのは、脱力系のボクっ娘、猫宮ひなた。ガンアクションの腕は超一流! でも、タンクトップはダルダルだ!》
《うぅ……痛いよぉ……ゲームがボクを待ってるのに!」》
ひなたの声は気だるげだ。
《そして最後に、黒髪ロングの委員長タイプ、月ノ美兎。バーチャルタウンの善意を守ろうとするけど、残念ながらクソ雑魚!》
《みなさん、走っちゃダメですよ。私みたいに清楚で品のある歩き方を……こう、こう! オラオラオラオラ!》
美兎の声が、清楚から一気に荒々しく変貌した。
《今日もバーチャル界は賑やかだ! はあい!》
ニコラは椅子の上で身じろぎし、カタリーナは眉をひそめる。ファルカはノートに何かを書き込み、無表情を貫いていた。
画面では、キャラクターたちが集まり始める。
《はい、みんな集まってー! か・い・ぎ♪ 会議するよー!》
アカリが元気いっぱいに叫ぶ。
《えー、会議?》
ひなたが面倒くさそうに呟く。
《なになに? パンチラ会議?》
ヒメがニヤニヤしながら言う。
《ちがうわい!》
アカリが即座にツッコむ。
《あ、わかった! アカリちゃんの煩悩をみんなで共有する会議でーす!》
シロが目をキラキラさせながら提案する。
《いいね!》
ヒメが手を叩く。
ファルカが小さく呟く。
「それ……本当にいいんですか?」
美兎の声が再び響く。
《確かに私、このVの世界では清楚オブ清楚として、みなさんから圧倒的な清楚の称賛をいただいております。ですが、アカリさんのような煩悩の塊と交わることで新たな境地に駆け上がれるなら、濡れ衣のひとつやふたつ、惜しくありません!》
ピッ。
ベアトリクスがリモコンを手に、プロジェクターを切った。スクリーンが真っ暗になり、会議室に重い沈黙が落ちる。
「つまらん。退屈すぎる」
ベアトリクスの声は、氷のように冷たく鋭い。
ニコラがビクッと肩を震わせる。
「!」
「このくだらない茶番劇、一発芸……そもそもミライアカリは『陽気でセクシーなお姉さん』なんかじゃない! バーチャル変態芸人よ! なぜそれに気づかない!?」
ベアトリクスは身を乗り出し、ニコラを指差す。
「ニコラ、陽気でセクシーなお姉さんと言えば誰だ?」
ニコラは目を瞬かせる。
「ハッ! 引退したユメノツキミとか!」
「全然違う!」
ベアトリクスが声を荒げる。
「もっとお色気要素が強い……」
カタリーナが口を開く。
「花野蜜……ですよね、同志少佐?」
ベアトリクスの唇がニヤリと上がる。
「その通り。肩書はバーチャル家庭教師だけど、本当は陽気でセクシーなお姉さん家庭教師よ。そう思わない?」
ニコラが慌てて頷く。
「はい! 御最もです!」
ファルカが静かに口を挟む。
「ハッカドール2号も含めるんですか?」
カタリーナが顔をしかめる。
「ファルカ、あれはパーソナルエンタメAIだから」
ハッカドール2号の声が、どこからともなく響く。
《陽気なお姉さんキャラ? いいわね~(´ω`)!》
カタリーナがため息をつく。
「はぁ…」
ベアトリクスが突然、テーブルを叩く。
「自主制作アニメを作る」
ニコラが目を丸くする。
「いきなり何ですか!? まだ始まったばかりですよ!」
「あんな茶番劇で視聴者が喜ぶと思う?」
ベアトリクスの目は燃えるように鋭い。
ニコラが言葉に詰まる。
「ぐ……!」
「いいか? VTuberは幻想だ。視聴者に夢を与える存在! 2次元と3次元の境界線にすぎない! 世の中には5000人以上のVTuberがいる! 視聴者は刺激がなきゃ、動画なんて面白く感じない! もちろん、あの茶番劇を喜ぶヤツもいる。だが、その大半はただのお笑い好きだ!」
ベアトリクスの言葉は、まるで刃のように突き刺さる。
ニコラが呟く。
「お笑い要素……ですか?」
「そうだ。例えば、嘘つき芸人のシロちゃん。あいつは企画で檻に閉じ込められて、視聴者が殺到した。近隣住民に迷惑かけても、まだ『モテ期到来だしん!』とかほざいてる。それと同じだ」
ベアトリクスは鼻で笑う。
カタリーナが慌てて割り込む。
「ちょっと待ってください! そんな嘘つき芸人とVTuberを比べたら……クレームが殺到しますよ!」
ベアトリクスは話を無視する。
「シナリオ」
ニコラが首を傾げる。
「はい?」
「『ミライアカリオルタネイティヴⅡ』のシナリオだ。完成したか?」
ファルカが静かに答える。
「すでに完成しています」
ベアトリクスが頷く。
「…前作の『ミライアカリオルタネイティヴ』が冬コミで好評だった事から2作目をゲーム制作する―――アージュさん…いや株式会社aNCHORの協力で今年の夏コミまでには出して売るわよ」
カタリーナが眉をひそめる。
「夏コミって……まだまだ先じゃないですか」
ハッカドール2号の声が再び響く。
《だからこそ今から作るんじゃない?》
ファルカが短く頷く。
「御最も」
ベアトリクスが続ける。
「シナリオが完成したなら、後は編集作業、ラフ画、絵コンテ……そして声優のアテレコだ」
ファルカが書類を差し出す。
「設定画はこんな感じです」
ベアトリクスが書類に目をやる。
「……凝ってるな」
「12月中に仕上げました。衛士強化装備はこんなデザインで」
ファルカが淡々と説明する。
「キャラ設定は?」
ベアトリクスが問う。
「これです」
ファルカが別の書類を渡す。
ベアトリクスが書類を眺め、くすりと笑う。
「ふふふ、よし! 描いた絵をパラパラ漫画みたいにつなぎ合わせて、声を当てるだけだな」
ファルカが立ち上がる。
「では、早速作業に取り掛かります!」
「ああ、頼んだぞ、ファルカ」
ベアトリクスの声には、確かな信頼が込められていた。
「ハッ!」
ファルカは敬礼し、会議室を後にした。
株式会社ENTUM 談話室
ENTUM本社の談話室は、いつものように賑やかだった。ソファに身を沈めたアカリ、ひなた、ひいろ、ソラ、蜜の五人は、壁掛けの大型テレビに映る『バーチャルさんはみている』の放送を見つめていた。テーブルの上にはスナック菓子の袋と飲み物の缶が散乱し、まるで気の抜けたパーティ会場のような雰囲気だ。
「おっ、アカリが映ってる!」
アカリが画面を指差し、目を輝かせる。テレビでは、彼女の派手なポーズがドアップで映し出されていた。
「ボクも……」
ひなたが気だるげに呟き、ソファの背もたれにぐったりと寄りかかる。
「いいなぁ……」
ひいろが少し羨ましそうに言う。彼女の声には、どこか物足りなさが滲んでいた。
「ツキミちゃんがいたら、めっちゃ喜んでるっすかね?」
ソラがポテチを頬張りながら、遠い目をする。
蜜が柔らかく微笑む。
「喜んでるんじゃない?」
「そうっすよね!」
ソラが勢いよく頷き、ポテチの欠片を床に落とした。
テレビでは、『バーチャルさんはみている!』のオープニングが流れ、キャラクターたちのドタバタ劇が繰り広げられていた。だが、突然、画面が切り替わる。
《番組の途中ですが、臨時ニュースです》
アカリが首を傾げる。
「あれ?」
ニュースキャスターの硬い声が響く。
《今日午前6時頃、東京都渋谷区で殺人事件が発生しました。容疑者の名前は宅間明、29歳。渋谷警察署によると、トラックで人をはねた後、降車して手に持っていたコンバットナイフで5人を殺害。容疑者は現在逃走中です。このような不可解で残虐極まりない事件は、決して許されるべきではありません! 引き続き、番組をお楽しみください。以上、臨時ニュースでした》
画面が元に戻り、電脳少女シロの声が弾ける。
《わぁい! わぁい!》
アカリが呆れたように突っ込む。
《何、喜んでるの?》
ひいろが眉をひそめ、テレビを凝視する。
「何? 今のニュース……」
「さぁ?」
アカリが肩をすくめ、気楽に答える。
蜜が冷静に口を挟む。
「逃走中って言ってなかった?」
アカリが明るく笑う。
「ははは、大丈夫だよ! どうせ犯人なんてすぐ捕まるって! うんうん、絶対そう!」
そこへ、ハッカドール3号の無機質な声が割り込む。
《……必ず捕まるとは限らないよ》
ひいろが振り返る。
「3号か……何? 必ず捕まらないって、どういうこと?」
3号が淡々と続ける。
《犯人が潜伏してるのは、空き家か廃工場……》
「あのさ―――」
ひいろがイラッとしたように声を上げる。
「万が一の場合、私が捕まえてやるから!」
アカリが慌てて制止する。
「やめといたほうがいいよ!」
ひいろが少し気まずそうに笑う。
「そだねー」
3号がさらに畳みかける。
《渋谷警察署から懸賞金100万円もらえるらしいよ》
ひいろの目がキラリと光る。
「行く! 懸賞金……!」
蜜が静かに、しかし鋭く言う。
「ひいろちゃん、今のあなたを見たら、ツキミちゃん悲しむわよ。」
ひいろがハッとして肩を落とす。
「あ……」
アカリがニヤニヤしながら聞く。
「行くの?」
ひいろが少し考えて答える。
「……今日はやめとく。明日、実行するよ。蜜せんせー! 家に泊まっていい?」
蜜が目を丸くする。
「え? ……ええ、構わないけど。ひいろちゃん、何考えてるの?」
「別に、怪しいこと考えてないよ!」
ひいろがムキになって反論する。
アカリが手を挙げて叫ぶ。
「アカリも行くー!」
「いいぜ!」
ひいろが拳を突き合わせるように笑う。
ソラが勢いよく身を乗り出す。
「俺もぜひ行きたいっす!」
蜜がきっぱり遮る。
「ソラ君はダメよ。女の子だけのお泊り会だから。」
「え、ちょっとくらいいいでしょ?」
ソラが食い下がる。
蜜が目を細め、意味深に微笑む。
「ダーメ。同人誌みたいな展開を狙ってるでしょ?」
ソラが慌てて手を振る。
「え!? そんなこと一ミリも考えてないっすよー!」
「本当は?」
蜜の声が一層鋭くなる。
ソラがうっかり口を滑らせる。
「今すぐ蜜先生を犯したい……って、な、何言わすんすか!?」
ひいろが冷ややかな目でソラを見る。
「つきみんがいなくなって、蜜先生のこと好きになるって……」
ソラが言葉を失い、顔を真っ赤にして黙り込む。
「……」
その時、談話室のドアが開き、ファルカが姿を現す。
「アカリさん、映像編集室に。」
アカリが弾かれたように立ち上がる。
「あ、はい!」
彼女は軽い足取りで部屋を後にした。
談話室には、微妙な空気が漂う。テレビでは『バーチャルさんはみている』の賑やかなBGMが流れ続け、誰もがそれぞれの思いを抱えていた。
映像編集室
映像編集室の薄暗い空間に、モニターの青白い光が揺らめいていた。壁一面に並ぶスクリーンには、爆音と火花が飛び交う戦闘シーンが映し出されている。アカリは椅子に座り、腕を組んでモニターをじっと見つめていた。一方のファルカは、キーボードを叩きながら、冷静に映像の最終調整を行っている。
スクリーンでは、アカリの声が力強く響く。
《ミライアカリ……94フルアーマー、行きます!》
画面に映るのは、圧倒的な存在感を放つ戦術機――94式重装備型戦術歩行戦闘機、通称「94フルアーマー」。不知火をベースに重装備化されたこの機体は、関節部にシーリング処理を施し、背部にはサブアーム付きの兵装担架を装備。尋常ではない火力を誇りながら、撃震や瑞鶴に匹敵する推力を維持している。頭部はデュアルアイではなく、鋭いツインアイが光を放つ。
武装:
突撃砲×4
近接戦用短刀(両腕部に2つ)
追加装甲(サブアームで保持、2つ)
近接戦用長刀(オプション装備)
92式多目的自律誘導弾システム
その94フルアーマーが、テログループのストライクイーグルやチボラシュカを相手に戦場を疾走していた。
《な、何だ!? あの戦術機は!?》
敵パイロットの声が焦りに震える。
《速い……!》
《抵抗しないでよ!》
バシュウッ!
突撃砲の咆哮が戦場を切り裂き、地面が爆発する。
ガガガガガガガガガガ!
無数の弾丸が敵機を追い詰める。
《総員回避! ……ぐぼぉ!》
敵の悲鳴が響き、ストライクイーグルが炎に包まれる。
ヴゥ……!
《いっちゃえ!》
アカリの声が弾け、94フルアーマーが一気に加速。敵の攻撃を紙一重でかわし、背後のチボラシュカに長刀を振り下ろす。
ガガガァッ!
《……!?》
《駒木さんは……ん?》
一瞬の静寂。戦場に不気味な気配が漂う。
《この気配……そこにいるな!》
アカリの声が鋭く響き、94フルアーマーが旋回。だが、敵の姿はすでに消えている。
《調子に乗るな!》
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
敵の猛烈な反撃が襲いかかる。
《!》
ビュッ……!
94フルアーマーは驚異的な機動性で攻撃を回避。敵パイロットの声が混乱に染まる。
《避けただと……ど、どこにいる!?》
再びの静寂。戦場の空気がピンと張り詰める。
《良くも動く! 化け物か!?》
その時、新たな戦術機が戦場に突入する。
《アカリちゃん!下がって!》
花野蜜の声が響き、彼女の操る不知火がストライクイーグルに突進する。
《蜜先生! 入りすぎです!》
アカリが叫ぶ。
蜜の不知火は、敵の弾幕をものともせず突き進む。
《人が作ったモノを……!》
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
だが、敵の反撃が蜜の機体を捉える。
《きゃあ!》
《蜜先生!》
アカリの声に焦りが滲む。
映像がそこで一時停止し、編集室に静寂が戻る。ファルカがモニターから目を離し、アカリに視線を向ける。
「どうです?」
アカリは眉をひそめ、気まずそうに答える。
「どうって言われても……」
「何かご不満な点でも?」
ファルカの声は冷静だが、どこか挑戦的だ。
アカリが少し身を縮こませる。
「アカリには良すぎる機体だよ……」
「それで?」
ファルカが一歩も引かない。
「タンクのほうが……」
アカリがぼそっと呟く。
ファルカの目が鋭くなる。
「昨日、『77タンクだけは嫌だから、もっとアカリが目立つ機体描いてよ』って言ったの、覚えてないわけじゃないですよね?」
アカリがバツが悪そうに目を逸らす。
「……うん、言った。」
ファルカが淡々と続ける。
「アージュさんも冬コミ落選で、残ったのは大手企業ブースと政党ブースだけ。我々はそれ以上のことをやらなきゃいけないんです!」
アカリが話題を変えるように、弱々しく言う。
「あの……『バーチャルさんはみている』の感想、聞きたいんですけど……」
ファルカは一瞬動きを止め、モニターに映る静止画を冷たく見つめる。
「クソつまらないアニメ作品です」
アカリの肩がガクッと落ちる。
「………」
編集室には、モニターの冷却ファンの音だけが小さく響いていた。戦場での熱狂と、目の前の現実の冷たさが、奇妙に対比を描いているようだった。
その夜
月夜ソラの自宅
月夜ソラの狭いアパートは、夜の静寂に包まれていた。窓の外では街灯がぼんやりと光り、部屋の中にはテレビの青い光がチラチラと揺れている。ソラはソファにどっかりと腰を下ろし、リモコンを手に取った。
「テレビでも見るか……」
ソラが呟き、リモコンのボタンを押す。
ピッ。
画面が点灯し、ドラマの緊迫したBGMが流れ出す。ソラの目がスクリーンに吸い寄せられる。
ジリリリリ!
電話の着信音が鳴り響く。画面では、若い男が受話器を手に取る。
ガチャッ。
《はい》
《あ、お兄ちゃん!》
女性の声が弾むように響く。
《リィズ……》
男の声には、どこか重いものが滲む。
《うん、あのね。明日……暇?》
《え?》
《もし空いてるなら、付き合ってほしいんだけど》
《……どこに?》
《病院》
《病院!?》
《うん! 産婦人科。ねぇ、いいでしょ?》
リィズの声は明るいが、どこか切実だ。
男が沈黙する。
《……》
《出産に当たっては、まず産むお母さんだけじゃなくて、お父さんも一緒にパパとママになる心構えとか、そういうのを教わるものだって。お兄ちゃんも一緒に……》
《ごめん……リィズ》
男の声が低く、断ち切るように響く。
《どうしたの?》
《俺……父親じゃないから。お前のことは義妹として好きだ!》
《……父親だよ。生まれてくる赤ちゃんの……どうしてそんなこと言うの?》
リィズの声が震え始める。
《もうやめよう……俺たちは義兄妹だ。ごめんな、リィズ。俺、アクスマンの子供ごとリィズを愛せる自信がないんだ》
《違うよ! お兄ちゃんのだよ! お兄ちゃんと私の赤ちゃん!》
《もういいから》
《……》
《じゃあな……切るぞ》
リィズの声が急に鋭くなる。
《あの女でしょ?》
《え?》
《ミヒャルケ大尉がお兄ちゃんに変なこと吹き込んでる》
《お、おい……吹き込むって……そんな……》
《お兄ちゃん……そんなこと言うわけないでしょ? ミヒャルケ大尉だけじゃない、お兄ちゃんの周りにいる女たちも……お兄ちゃんを誑かしてるんだ!》
《何言い出すんだ、リィズ! 確かにミヒャルケ大尉から話は聞いたけど、そういうことじゃ……》
《やっぱり……》
《おい! リィズ!!》
ブツ! ツーツーツー……
ソラが息を呑む。
「修羅場展開っス……」
画面が切り替わり、別のシーンへ。男――エーベルバッハ少尉が、ミヒャルケ大尉と向き合っている。
《エーベルバッハ少尉》
《あ、ミヒャルケ大尉……リィズ、いや、ホーエンシュタイン中尉と話しましたが…》
《ん?》
《夜、電話が来て、一緒に産婦人科へ行こうって言われたんです》
《―――行くのか?》
《いや……もうついていけないって言いました》
《そうか……》
《もうこれ以上、同志中尉に何か期待させたままズルズルと時間が経ったら……お腹の赤ちゃんにも良くないだろうし……》
《エーベルバッハ……そんなことが》
《そうしたら、ミヒャルケ大尉が俺に何か吹き込んでるとか、誤解したみたいで……もし、後で同志中尉に言われたら……》
ミヒャルケ大尉が静かに言う。
《私も彼女の告げ口を言ったまでだ。謝罪する必要はない……》
《遅かれ早かれ気付くことだったんですよ。同志大尉は何も悪くないですよ》
《でも……》
《それに、言ったはずですよ……俺は……同志大尉……二コラのことが……》
《……そう……だったな……》
《心配してるのは、リィズが二コラのことを逆恨みするんじゃないかってことだけです》
《そうだったのか……でも、それは仕方がないことだ》
《はい》
ミヒャルケ大尉の声が柔らかくなる。
《正しいとか正しくないとかじゃなく、好きな人が離れていく時に原因が誰かにあるって分かったら、誰だってその人のことが恨めしくなる。違うのか?》
《うん……》
《ホーエンシュタイン中尉に謝罪する。それで済むことだ……私、中隊長失格だな。他人の男を平気で手出ししたから……謝罪で済まなかったら、職権乱用するまでだ》
《……》
《リィズ・ホーエンシュタインは貴方の義妹である前に私の部下だ。貴様はベルンハルト大尉ではなくホーエンシュタインを選んだ。私は貴様とベルンハルト大尉が結ばれることを願ってたんだぞ……いつか分かり合える時が来て、この戦争が終わったら、私はカタリーナと一緒にどこかに家を建てて仲良く暮らすよ》
《そう……ですか……》
突然、駅のアナウンスが流れる。
《急行列車が参ります。ホームの後ろ側へお下がりください》
《同志大尉、危ないですから後ろに》
《ああ……》
ドス!
《あ!》
《!》
一瞬の静寂。画面が暗転し、緊迫した空気が漂う。
《(ホーエンシュタイン……貴様……!)》
《さよなら》
《同志大尉!》
《テオドー……》
メギャァァァ!
悲鳴が響き、画面が血の赤に染まる。
《きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!》
《何なんだよ!》
《ひぃええええええええええええええ!》
《嘘だろ……!? 二コラ……》
《あはは……はは……ははははは……ミヒャルケ大尉が悪いんだから……貴女が……お兄ちゃんと……はは……》
《二コラァァァァァァァッ!!!》
ソラの目が点になる。
「う……!」
その時、玄関のチャイムが鳴り響く。
ドダダダ!
ソラがトイレに駆け込み嘔吐する
「ぐぅおええええええええええええええええええ!」
!(^^)!
「誰っスか!?」
ソラが叫ぶ。
!(^^)! !(^^)!
「はいはい、今開けますよ!」
ソラが慌ててドアに向かい、ガチャリと開ける。
そこには、ニコラが仁王立ちしていた。
「企画書、提出しなさい。」
ソラが悲鳴を上げる。
「うわあああああああああああ! お化けええええええええええ!」
「誰がお化けだ!」
ニコラがムッとして睨みつける。
ソラが胸を押さえて息を整える。
「何だ……ビックリさせないでくださいよー……」
ニコラがソラの背後のテレビをチラリと見る。
「何を見てたのか知らないが、健全な作品じゃないってことは確かだな。」
ソラがバツが悪そうに目を逸らす。
「あはは」
そこへ、カタリーナがひょっこり顔を出す。
「何見てたの?」
「え? 疚しい内容じゃないっスよ!」
ソラが慌てて弁解する。
「ホントかなー?」
カタリーナがニヤニヤしながら近づく。
「本当っスよ!」
ソラがムキになる。
カタリーナが急に話題を変える。
「お腹空いたでしょ?」
ソラが少し戸惑う。
「え? まぁ……」
「じゃあ、勝手に入るわね!」
カタリーナがずかずかと部屋に踏み込む。
ニコラが眉をひそめる。
「むぅ」
「ちょっと、勝手に……!」
ソラが抗議する。
カタリーナが振り返り、ソラを指差す。
「あー、ちょっとアンタさ!」
「何スか?」
ソラが身構える。
「ニコラ」
カタリーナがニコラをチラリと見る。
ニコラが首を振る。
「カタリーナ」
「ニコラの分もちゃんとあるから!」
カタリーナが笑顔で続ける。
「いや、そういう意味じゃ……」
ニコラが呆れたように言う。
カタリーナがキッチンを覗き込んで叫ぶ。
「殆どインスタントばかりじゃない! 野菜は? 調味料は?」
「そんなモノないっスよ!」
ソラが肩をすくめる。
「買い出し行ってくる!」
カタリーナが颯爽と宣言する。
「俺も一緒に行きます!」
ソラが立ち上がる。
「アンタは大人しく家にいなさい。行こう、ニコラ!」
カタリーナがニコラの手を引く。
ニコラがため息をつく。
「しょうがないな……」
「手……」
カタリーナがニコラの手を握り、意味深に微笑む。
「?」
ニコラが怪訝な顔をする。
「ニコラ!」
カタリーナが甘えた声で言う。
「……全く、我儘だな。」
ニコラが苦笑し、カタリーナの手を握り返す。
ギュッ……
「ふふふ♪」
カタリーナが嬉しそうに笑う。
「ふふふ。」
ニコラもつられて小さく笑う。
ソラがポツリと呟く。
「いいなぁ……入る隙間ないっス。」
部屋の外に二人の足音が遠ざかり、ソラは再びソファにドサリと座り込む。テレビでは、ドラマのエンディングテーマが流れ始めていたが、ソラの頭の中は、さっきの修羅場と、ニコラとカタリーナの仲睦まじい姿でぐちゃぐちゃだった。
その夜
イオン板橋ショッピングセンター
イオン板橋ショッピングセンターの食品売り場は、夜の喧騒で賑わっていた。色とりどりの野菜や鮮魚が並ぶ棚の間を、カタリーナがカートを押しながら軽快に歩いている。彼女の手には、すでに山盛りの食材が詰まった買い物かごが揺れていた。一方のニコラは、カタリーナの後ろを少し離れて歩き、時折呆れたような視線を投げかけている。
「お惣菜も野菜も……あ! これ! WUG!ちゃんチップスだ!」
カタリーナが目を輝かせ、棚からパッケージをひったくる。
「探してたのよ♪ これも……!」
ニコラが冷静に突っ込む。
「カタリーナ……作る料理の材料も忘れるなよ?」
カタリーナがニヤリと笑う。
「今夜はキムチ鍋ね!」
ニコラの眉がピクリと動く。
「……。」
彼女の脳裏には、過去のカタリーナの“キムチ鍋事件”がチラつくが、口には出さなかった。
その時、背後から低く落ち着いた声が響く。
「貴女たちもここで買い物を?」
振り返ると、そこにはベアトリクスとアイリスディーナが立っていた。ベアトリクスの鋭い眼差しと、アイリスディーナの凛とした佇まいが、食品売り場のカジュアルな雰囲気と妙にミスマッチだ。
「同志少佐……偶然ですね。」
ニコラが軽く敬礼するような仕草で応じる。
カタリーナがニヤニヤしながら二人を見つめる。
「二人、仲良くここで……?」
ベアトリクスの唇がわずかに吊り上がる。
「何を想像してるのか大体理解できるが、違うと思うわ。」
アイリスディーナが淡々と続ける。
「私たちは真面目な食事をするだけだ。」
カタリーナが意味深に繰り返す。
「真面目な……。」
ベアトリクスは心の中でほくそ笑む。
(ふふふ……言い様ね、アイリスディーナ。)
一方、アイリスディーナの脳裏には、なぜか別の情景が浮かんでいた。
(ベアト……あぁん! そこはダメェ!)
彼女は慌てて頭を振って妄想を振り払う。
カタリーナがニコラに顔を近づけ、囁く。
「ニコラ。」
「?」
ニコラが怪訝そうにカタリーナを見る。
「帰ったら、やらない?」
カタリーナの声は妙に甘ったるい。
ニコラが一瞬考え、ニヤリと笑う。
「そうだな……やるか?」
「ふふふ……。」
カタリーナが満足げに笑う。
その会話を耳にしたベアトリクスが、アイリスディーナに目を向ける。
「アイリスディーナ、私たちも。」
アイリスディーナが冷静に頷く。
「晩御飯の材料と、明日の朝ご飯、昼ご飯の買い出ししないとな。」
「そうね……。」
ベアトリクスが同意しつつ、カートにトマトを放り込む。
一瞬、売り場に微妙な沈黙が流れる。カタリーナとニコラ、ベアトリクスとアイリスディーナ――二組のコンビは、それぞれのカートを押し、微妙な距離感を保ちながら野菜コーナーを進む。だが、カタリーナの脳内ではすでにキムチ鍋のビジョンが爆発し、ニコラはそれを静かに諦め、ベアトリクスはアイリスディーナの横顔をチラリと盗み見る。
イオンの蛍光灯の下、日常の買い物は、なぜか少しだけ非日常のスパイスを帯びていた。
数分後、月夜ソラのアパートは、まるで小さな祭りの会場と化していた。キッチンから漂うキムチ鍋のスパイシーな香りが部屋を満たし、狭いリビングには次々と現れるゲストたちでごった返している。テーブルの上には鍋を中心に、つまみのスナックや飲み物の缶が乱雑に並び、まるで即席のパーティー会場だ。
「ただいまー♪」
カタリーナが買い物袋を手に、鼻歌交じりで部屋に戻ってくる。
「お帰りなさいっス!」
ソラがソファから飛び上がり、勢いよく出迎える。
「鍋作るから、アンタはゆっくり寛いでね!」
カタリーナがキッチンに向かいながら言う。
ソラがムッとして反論する。
「寛いでねって、俺ん家ですよ!」
「煩いわね! 料理作ってあげてるんだから、ありがたいと思いなさいよ!」
カタリーナがフライパンを手に振り上げ、ニヤリと笑う。
ニコラが静かにキッチンに近づく。
「何か手伝うことあるか?」
「ニコラ、野菜切ってくれる?」
カタリーナが振り返り、柔らかく微笑む。
「ふふふ……任せろ。」
ニコラが包丁を手に、自信たっぷりに頷く。
「頼りになるわ!」
カタリーナがウインクを返す。キッチンでは、二人の息の合った作業が始まる。
その時、玄関のチャイムが鳴り響く。
!(^^)!
「誰だろ?」
ソラが首を傾げ、ドアに向かう。
ガチャッ。
「来ちゃった♪」
花野蜜が華やかな笑顔で姿を現す。
「蜜せんせー!」
ソラが目を輝かせる。
その後ろから、アカリと皆守ひいろが疲れ切った様子で続く。
「エイレーンさんの家でお泊り会する予定だったけど、ベイレーンさんが生物兵器使って滅茶苦茶になって……」 アカリがグチるように言う。
カタリーナが鍋をかき混ぜながら振り返る。
「どうやって生物兵器手に入れるのかはさておき、普通じゃないってことは分かったわ。」
ひいろがため息をつく。
「家中サリンだらけで、ガスマスク付けたよ……」
ソラが絶叫する。
「サリン!? ひえー! どんな家なんスか!?」
アカリが勢いよくまくし立てる。
「知らないよ! アカリも……う! うぅ……あー、エイレーンさんの家に行かなきゃ良かったぁ……ヤミはね、怒ってる! 怒ってるよ! サリンをばら撒く家って危険すぎるよ! ベイレーンさんもそうだよ。サリンの他にマスタードガス撒いたり、硫酸とか部屋に置いたり……地下は銃火器が山ほどあったんだから! あー面倒臭いー!」
ソラが目を丸くする。
「そんなに酷かったんスか?」
「すっごく酷かったんだよ! マジ卍! 卍卍!」
アカリが両手を振り回して強調する。
カタリーナがキッチンから明るく叫ぶ。
「みんなくそくらえー! 鍋出来たから一緒に食おうよ♪」
「おおっ! 鍋だ! 美味しそう!」
アカリが一瞬でテンションを切り替え、テーブルに飛びつく。
蜜がソラに微笑みかける。
「ソラ君、部屋借りていいかしら?」
「あ、はい。いいっスよ!」
ソラが慌てて頷く。
「いただきまーす!」
アカリがスプーンを手に、鍋に突撃する。
(´~`)モグモグ
「美味しい! そして辛旨!」
アカリが目を輝かせる。
「キムチ鍋よ。」
カタリーナが満足げに胸を張る。
「おいしー!」
ひいろもスプーンを口に運び、頬を緩ませる。
「ニコラ」
カタリーナがニコラに視線を投げる。
「ふふふ」
ニコラが小さく笑い、鍋を見つめる。二人だけの秘密の満足感が漂う。
その時、ファルカの落ち着いた声が響く。
「うむ、美味しいですね。」
隣に座るリィズが頷く。
「そうね。」
カタリーナが目を丸くする。
「ファルカ、いたの!? ホーエンシュタインまで……!」
「私が誘ったんです。」
ファルカが淡々と答える。
リィズがカタリーナをチラリと見る。
「来られたら何か困ることでも?」
「別に……特に何もないわ。」
カタリーナが肩をすくめる。
アカリがリィズを指差し、叫ぶ。
「あ! 金髪リボンの!」
リィズが冷たく返す。
「まだRMTとかやってるの?」
「やってない……。」
アカリがシュンとする。
「ふ~ん。」
リィズが疑わしげに目を細める。
「でもスクラッチはやってるよ!」
アカリが急に元気を取り戻す。
ファルカがため息をつく。
「はぁ……アカリさん、スクラッチで一攫千金を?」
「うん! 当選した暁には、みんなに一人100万円ずつ配るんだ!」
アカリが拳を握り、夢を語る。
「ZOZOTOWNの前澤社長の真似事ですか? それはやめといたほうがいいですよ。」
ファルカが冷静に釘を刺す。
「でも、お金に困ってる人たちがたーくさんいるから……!」
アカリが食い下がる。
リィズが呆れたように言う。
「何を考えてるのかは大体想像つくわ。」
ファルカが諭すように続ける。
「真面目な使い方をしてください。あの人は年収〇〇億円ですからこういうことできるんです。アカリさんは別に億単位で稼いでるわけでもないのに、後先考えずに……。」
アカリがしぶしぶ頷く。
「分かったよ。アカリ、真面目にお金使うよ。」
「(・ω・)(-ω-)(・ω・)(-ω-)ウンウン♪」
ファルカが珍しく満足げに頷く。
「でもスクラッチで一攫千金するぞー!」
アカリが再び拳を振り上げる。
ファルカが心の中で呟く。
「(全然わかってない……)」
リィズが肩をすくめる。
「やりたい奴はやらせとけばいいのよ」
ファルカがリィズを見つめる。
「(リィズ先輩……)」
リィズが静かに言う。
「……ファルカ、私の後輩でいてくれてありがとう。」
「おおっ! ラブラブー!」
アカリが茶化す。
「何を言ってるんです?」
ファルカが顔を赤らめる。
「削除されたいのかしら?」
リィズの声が一気に冷たくなる。
「ひぃっ! い、いえ!」
アカリが慌てて縮こまる。
!(^^)!
「はーい!」
カタリーナが玄関に向かう。
ガチャッ。
「アカリちゃーん!」
田中ヒメが元気いっぱいに飛び込んでくる。
「来ちゃった!」
鈴木ヒナがその後ろでニコニコと手を振る。
「おおっ! ヒメヒナ!」
アカリが立ち上がって歓迎する。
リィズが首を傾げる。
「何それ?」
「あの二人の愛称でありコンビ名です。」
ファルカが淡々と説明する。
「お笑い芸人ね。」
リィズが決めつける。
「いいえ、彼女たちはVTuberですよ。」
ファルカが訂正する。
「知らなかったわ……。」
リィズが少し興味を引かれたように呟く。
ヒメが鍋を見て目を輝かせる。
「!」
「ヒメ! 鍋ですぞ!」
ヒナが興奮気味に言う。
「キムチ鍋よ。よかったら食べてね!」
カタリーナが笑顔で勧める。
「いただきます!」
ヒメがスプーンを手に突撃する。
「いただきます!」
ヒナも負けじと鍋に飛びつく。
パク! (´~`)モグモグ
「ん! 美味い!」
ヒメが満面の笑みで叫ぶ。
「ヒメ! 美味いですなー!」
ヒナがスプーンを掲げる。
「喜んでくれて嬉しいわ!」
カタリーナが満足げに頷く。
!(^^)!
今度は電脳少女シロの声が響く。
「アカリ先輩! シロも交ぜてくださーい!」
「美味しそうな匂い……。」
ふくやマスターが鼻をクンクンさせながら現れる。
「シロちゃん、マスター! おおっ!」
アカリが手を振って歓迎する。
ソラが焦り始める。
「あ、ちょっと! 俺ん家、そんなに広くないから入りきれないっスよー!」
リィズが冷たく睨む。
「黙りなさい。削除されたいの?」
「どうぞ入ってくださいっス……。」
ソラが肩を落とし、弱々しくドアを開け放つ。
「はいはい、どんどん食べてね♪」
カタリーナが鍋をさらにかき混ぜ、盛り上げる。
「キムチ鍋!」
シロが目をキラキラさせて叫ぶ。
「OH YEAH!」
ふくやマスターが拳を振り上げる。
ニコラが鍋を覗き込んで呟く。
「ん? 具がなくなったぞ。」
「あー……。」
シロが気まずそうに目を逸らす。
カタリーナが颯爽とキッチンに戻る。
「残った具材にご飯を入れて、溶いた卵を……数分待つ!」
「おおっ!」
アカリが期待に目を輝かせる。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
ひいろがテンションMAXで叫ぶ。
「こりゃ美味そうだ!」
ヒメがスプーンを握り直す。
「うむ!」
ヒナが力強く頷く。
ソラの狭いアパートは、キムチ鍋の熱気と、VTuberたちの笑い声で溢れ返っていた。カオスな夜は、まだまだ終わらないようだった。
月夜ソラのアパートのリビングは、キムチ鍋のスパイシーな香りと、VTuberたちの笑い声でカオスな熱気に包まれていた。狭いテーブルを囲む面々は、鍋の底に残ったスープを見つめ、期待に目を輝かせている。キッチンでは、カタリーナが最後の仕上げに取り掛かっていた。
「完成! キムチ卵雑炊!」
カタリーナがドンと鍋をテーブルに置き、誇らしげに宣言する。鍋の中では、ふわっと溶き卵が広がり、ご飯がキムチの赤いスープにしっとりと絡んでいる。湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが部屋を満たす。
ニコラが無言で親指を立てる。
カタリーナがニヤリと笑い、同じく親指を返す。
二人の息の合った仕草に、まるで秘密の暗号のような絆が垣間見える。
田中ヒメが頬を緩ませ、前のめりに鍋を覗き込む。
「ヒメ! 美味しそうですなー!」
鈴木ヒナがスプーンを握り、目をキラキラさせる。
「うへへ!」
アカリがヨダレを垂らしそうな勢いで鍋に飛びつきそうになる。
「うほ!」
皆守ひいろが拳を握り、まるで戦士のような気合を入れる。
ファルカが珍しく柔らかい笑みを浮かべ、静かにスプーンを手に取る。
リィズもまた、クールな表情の裏でほんのり頬を緩ませ、鍋を見つめる。
ソラが慌てて叫ぶ。
「ちょっと、みんな! 俺ん家なのに俺の分がなくならないようにしてくださいっスよ!」
「黙りなさい。削除されたいの?」
リィズが冷たく一瞥し、ソラを黙らせる。
「は、はい……どうぞ食べてくださいっス……。」
ソラが肩を落とし、弱々しく呟く。
「はい、みんな遠慮なく食べてね♪」
カタリーナがスプーンを手に、鍋を掻き回しながら笑顔で言う。
テーブルを囲むVTuberたちは、キムチ卵雑炊を前に一斉にスプーンを手に取る。鍋から立ち上る湯気と、仲間たちの笑い声が、狭いアパートを温かな空間に変えていた。この夜、月夜ソラの自宅は、まるでバーチャルタウンの縮図のように、賑やかでカオスな一体感に満ちていた。
月夜ソラのアパートのリビングは、キムチ卵雑炊の熱気とVTuberたちの笑い声で溢れていたが、部屋の隅では少し異なる空気が流れていた。花野蜜はソファに座り、書類の束を手に何やら真剣に読み込んでいた。一方のソラは、テーブルの上の鍋をチラチラ見ながら、そわそわと蜜の隣に立つ。
「えーと、これがこれで……銃火器に関する注意は……」
蜜が書類に目を落とし、ペンを走らせる。
「蜜先生、雑炊食べましょうよ。早くしないとなくなっちゃいますよ!」
ソラが少し焦れたように言う。
蜜がハッと顔を上げる。
「あ、ソラ君、ちょうどお腹空いてたところなのよ。今行くわ。」
彼女が書類を閉じ、立ち上がろうとしたその時、ソラの表情がふと曇る。
「どうしたの? ソラ君。」
蜜が首を傾げ、柔らかい声で尋ねる。
ソラが一瞬目を逸らし、ポツリと呟く。
「ツキミちゃんがいなくなってから、俺の心は空っぽになって……正直言います! 寂しいっスよ!」
蜜の目が少し驚きに揺れる。
「? もしかして……甘えたいの? ふふふ……甘えさせると思った?」
彼女が軽く茶化すように笑う。
「ダメっスかね?」
ソラが少し拗ねたように返す。
蜜の笑みが一瞬深くなる。
「何を想像してるのかは理解できるけど、過度な期待はしないでね。」
「え?」
ソラが目を丸くする。
「何でもないわ! ……ソラ君ってさ……私のこと……好きなの?」
蜜の声が、ふと真剣な響きを帯びる。
「蜜先生……。」
ソラの声が震え、彼女の瞳を見つめる。
「貴方はツキミちゃんのこと好きだったんでしょ? 私のこと……好き……?」
蜜がそっと尋ねる。彼女の声には、どこか不安と期待が混じる。
ソラが深く息を吸い、声を絞り出す。
「……はい、蜜先生は俺にとって大事な、掛け替えのない女性っス!」
「ソラ君……貴方は……。」
蜜の頬がほんのり赤らむ。
「蜜先生!」
ソラが一歩踏み出す。
「!」
蜜が小さく息を呑む。
「俺と……せ……せ……せ……セック!」
ソラの声が途中で詰まる。
「ソラ君?」
蜜が怪訝そうに眉を上げる。
「俺と……!」
ソラが再び口を開きかけたその瞬間――
「S〇Xしよ♪」
カタリーナの明るい声が部屋に響き、ソラを遮る。
「おわぁ! ちょっと……ビックリさせないでくださいよ!」
ソラが飛び上がり、胸を押さえる。
カタリーナがニヤニヤしながら近づく。
「ふふふ……誤魔化しても無駄よ。」
その背後から、ファルカが無表情でiPhoneXを手に現れる。
「証拠はこのiPhoneXに……。」
ピッ。
再生された音声が部屋に響く。
《蜜先生!》
《!》
《俺と……せ……せ……せ……》
「うわあああああ! やめてくださいー!」
ソラが頭を抱えて叫ぶ。
蜜が目を細め、静かに言う。
「ソラ君……私を犯そうとしてたの?」
「ち、違うっスよ!」
ソラが必死に手を振る。
ファルカが冷たく続ける。
「これは何ですか?」
彼女が手に持つ小さな瓶を掲げる。
「!!!」
ソラの顔が青ざめる。
「媚薬ですよね? それを飲ませて花野蜜を犯そうとでも?」
ファルカの声は鋭い。
「あ……これは……これはドンキホーテで買ってきたんスよ! パーティーグッズの一種っス!」
ソラが汗だくで弁解する。
「そんなモノありませんよ! これは正真正銘……本物の媚薬です!」
ファルカが断言する。
「……。」
ソラが言葉を失う。
蜜がショックを受けたように呟く。
「そんなことを……。」
カタリーナが軽快に割って入る。
「付き合いたいなら、付き合いたいって言えばいいのよ!」
「え!?」
蜜が目を丸くする。
「ちょ、え!? な、ななななななな何を言ってるんスか!?」
ソラがパニックで声を裏返す。
「正直になってください。」
ファルカが冷静に畳みかける。
ソラが観念したように肩を落とす。
「……はい、実はそうなんス……俺は蜜先生が好きなんです!」
「ソラ君!? それ本気で言ってるの?」
蜜の声が震え、頬がさらに赤らむ。
「はい!」
ソラが真っ直ぐに蜜を見つめる。
「…!―――か、揶揄わないで……。」
蜜が恥ずかしそうに目を逸らす。
その瞬間、部屋の空気が一変する。どこからともなく、切ないメロディが流れ始める。まるでソラと蜜の心の揺れを代弁するかのような、詩的な歌詞が響く。
There is no forgiving you now.
But you are the one for me.
なぜに君は帰らない
なぜに愛は帰らない
君を嫌ってしまうには
あまりに理由がなさすぎる
ゆっくりねじれて行ったから
秒読みされてる気もするよ
寂しさから始まった恋
君と僕は似ていた 気づいていないだろうけど
なぜに君は帰らない 僕は走り出せない
なぜに君は帰らない
開いたままの 傷からつらい夜が来る
いつか負ける日も来る
そんなとき君がいなけりゃ…
とんでもない女だけれど
ひとりぼっちよりマシだよ
夜明けは沈黙のなかへ
沈みかけてる気もするよ
僕の視線を吸い込んだ
君が消えて行くのを 許すわけにはいかない
なぜに君は帰らない なにが愛を取り巻く
なぜに君は帰らない
ひとつ ひとつの 胸の痛みを連れて行け
曖昧な言葉を探っても 埃のように積もる時間
今夜も 今夜も 今夜もうごけない
忘れさせない 心の路地から駆け出して来る
なぜに君は帰らない 僕は走り出せない
なぜに君は帰らない
開いたままの 傷からつらい夜が来る
なぜに君は帰らない
なぜに君は
なぜに君は帰らない
なぜに君は
歌詞が消え、部屋に静寂が戻る。ソラと蜜は互いを見つめ、言葉を失う。カタリーナとファルカも、珍しく口を閉ざし、二人を見守る。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
「ふふふ、さぁ、雑炊食べよう!」
カタリーナが明るく叫び、場の空気を一気に切り替える。
ソラが気まずそうに笑う。
「は、はいっス……。」
蜜が小さく微笑み、鍋に手を伸ばす。
「そうね……いただきます。」
リビングの喧騒が再び戻り、キムチ卵雑炊を囲む笑い声が響く。ソラの心に残る蜜への想いと、歌詞の切ない旋律は、夜の片隅で静かに息づいていた。
2019年1月10日
ENTUM本社付近
朝のENTUM本社周辺は、穏やかな陽光に照らされていた。ビルの前の広場では、皆守ひいろが拳を握り、目をキラキラさせながら気合を入れている。彼女の隣には、花野蜜が少し心配そうな表情で立っていた。
「よーし、今日はやるぞ!」
ひいろが大きく腕を振り、ヒーローらしいポーズを決める。
「ホントに行くの?」
蜜が眉をひそめ、ひいろの勢いに若干引き気味だ。
「ああ、世界の平和を守るのがヒーローの役目だよ!」
ひいろが胸を張り、まるでアニメの主人公のような台詞を吐く。
その時、低く威厳ある声が割り込む。
「その必要はないわ。」
ひいろが振り返ると、そこにはベアトリクスが仁王立ちしていた。彼女の鋭い眼差しと、まるで全てを見透かすような微笑みが、朝の空気を一瞬で支配する。
「名誉会長!? 何故です?」
ひいろが目を丸くして尋ねる。
ベアトリクスが軽く鼻を鳴らし、片手で新聞を差し出す。
「新聞くらい読みなさい。」
ひいろが慌てて受け取ったのは、今日号の読売新聞だった。彼女がページをめくり、記事に目を走らせる。
「え……? 宅間明は昨日夜11時頃にキャバクラでキャバ嬢を強姦した未遂で逮捕された……!?」
ベアトリクスが冷たく続ける。
「新聞でなかったら、ニュースアプリを見なさい。情報を知るのが流儀よ。それもなかったら、テレビを見る事よ。」
ひいろが内心で呟く。
「(カッコいい……でも、名誉会長は皆を守るヒーローというより、世界征服を企む悪の秘密結社の首領に近いわね。)」
ベアトリクスがふと視線を上げ、ひいろに微笑みかける。
「こんな無駄知識知ってるかしら? アンパンマンは正義の味方で、それに対しバイキンマンは悪の味方よ。」
「へぇ……。」
ひいろが素直に感心する。
「原作者のやなせたかし先生がそう言ったのよ。」
ベアトリクスが続ける。
「そうなんですか!?」
ひいろの目がさらに輝く。
「後はどう足掻いても、ドキンちゃんと食パンマンは絶対に結ばれない……その作品に出てくるキャラクターは全部妖精だ。」
ベアトリクスが淡々と、しかしどこか楽しげに言う。
「知らなかった……。」
ひいろがポカンと口を開ける。
そこへ、軽快な声が響く。
「チーっス!」
「おはよう、ソラ君……」
蜜が振り返り、柔らかい笑顔で月夜ソラを迎える。
「蜜先生、おはようございます!」
ソラが少し照れながら頭を下げる。
「…(´ω`)」
蜜の頬がほんのり赤らみ、ソラを見つめる。
ひいろが首を傾げる。
「?」
その時、ベイレーンがひょっこり現れ、ニヤニヤしながら呟く。
「あれは付き合ってるな。」
「マジで!?」
ひいろが目を丸くする。
「しかも手を繋いでるお。隠し切れてないお。」
ベイレーンがさらにニヤつく。
ひいろが心の中で呟く。
「(ソラ君、ツキミちゃんがいなくなったから蜜先生と……。)」
「さ、動画撮影行うお!」
ベイレーンがカメラを構え、ソラと蜜に近づく。
蜜がソラにそっと囁く。
「ソラ君……今夜、私と……。」
「?」
ソラが首を傾げる。
「わた……」
蜜が言葉を続けようとしたその瞬間――
バタ……!
蜜が突然その場に倒れ込む。
「蜜先生!?」
ソラが慌てて駆け寄る。
「蜜先生! しっかりしてください! 蜜先生!」
ひいろが叫び、蜜の肩を揺さぶる。
ベイレーンが即座にスマホを取り出す。
「救急車を呼ぶだお!」
「蜜先生!?」
アカリがどこからともなく現れ、驚愕の声を上げる。
「しっかりしてください! 救急車を!」
エイレーンも駆けつける。
「もう呼んだお!」
ベイレーンが叫ぶ。
遠くから、救急車のサイレンが近づいてくる。ピーポー……ピーポー……。
誠実な救急隊員が駆けつける。
「大丈夫ですか!?」
「この人だお!」
ベイレーンが蜜を指差す。
「近くの病院まで運びますので、どなたかご同行する方は?」
救急隊員が落ち着いた声で尋ねる。
「俺が行きます!」
ソラが即座に手を挙げる。
「私も!」
ひいろが勢いよく続く。
救急隊員が頷き、蜜を担架に乗せる。ソラとひいろは、蜜の手を握りながら救急車に乗り込んだ。サイレンが再び響き、車は朝の街を疾走する。
残されたベアトリクスは、静かに広場を見渡す。
「……ふん。騒がしい連中だ。」
彼女の唇には、ほのかな笑みが浮かんでいた。
東京都保健医療公社大久保病院
東京都保健医療公社大久保病院の廊下は、消毒液の匂いと静かな緊張感に満ちていた。白い壁に反射する蛍光灯の光が、冷たく無機質な雰囲気を漂わせる。月夜ソラと皆守ひいろは、救急車の到着と共に病院に駆け込み、花野蜜が運ばれた処置室の前で立ち尽くしていた。二人の顔には、焦りと不安が色濃く浮かんでいる。
「蜜先生!」
ソラが処置室の閉ざされたドアに向かって叫ぶ。声は震え、普段の軽快な口調はどこにもない。
「蜜先生! 死なないで!」
ひいろが拳を握り、涙目でドアを叩く。彼女の声は、ヒーローらしい気概を失い、ただ必死に響く。
その時、背後から冷ややかな声が割り込む。
「君らはここまでだ。」
振り返ると、白衣を着た医者が立っていた。眼鏡の奥の目は無感情で、まるで事務的に二人を追い払うような態度だ。イヤミな雰囲気が漂うその医者に、ソラとひいろは一瞬言葉を失う。
「……蜜先生……。」
ソラが力なく呟き、処置室のドアを見つめる。ドアの向こうでは、蜜の生死を懸けた戦いが続いているはずだった。ソラの手は無意識に握り潰され、爪が掌に食い込む。
ひいろが唇を噛み、医者を睨む。
「どういうことですか!? 蜜先生は……!」
医者が冷たく遮る。
「家族以外はここで待つしかない。騒ぐなら出て行ってもらう。」
ソラが一歩踏み出し、声を荒げる。
「そんな……! 蜜先生は俺にとって――!」
だが、言葉はそこで途切れる。ソラの胸に、蜜の笑顔と昨夜の告白の瞬間がフラッシュバックする。彼女の柔らかい声、頬の赤らみ、そして突然の倒れ込み――。ソラの目が潤み、拳が震える。
ひいろがソラの肩を掴む。
「ソラ君……! 蜜先生は大丈夫だよ! 絶対に……!」
二人は互いの目を見つめ、言葉にならない決意を共有する。だが、処置室のドアは冷たく閉ざされたまま、二人を拒絶していた。病院の廊下に、救急車のサイレンの残響と、ソラとひいろの荒い息遣いだけが響く。
東京都保健医療公社大久保病院 手術室
手術室は、冷たく無機質な光に照らされていた。蛍光灯の白い輝きが、ステンレス製の医療器具に反射し、まるで時間が凍りついたような静寂を漂わせる。中央の手術台には、花野蜜が横たわっていた。彼女の顔は青白く、微かに呻き声が漏れる。手術室の空気は、命を懸けた戦いの緊張感で張り詰めていた。
カッ!
手術室の照明が一斉に点灯し、誠実な執刀医の声が響く。
「脳腫瘍の可能性が高い。バイタルチェックを!」
「はい!」
誠実な女医が即座に応じ、モニターに目を走らせる。彼女の指は素早くキーボードを叩き、蜜の生命徴候を監視する。
「うぅ……。」
蜜が微かに呻く。彼女の意識は、麻酔の霧に飲み込まれつつあった。
「麻酔を注入!」
執刀医が冷静に指示を出す。
「はい!」
女医が注射器を手に、正確な手つきで麻酔を投与する。
「う……(ここはどこ? 私は……い、意識が……遠退いていく……)」
蜜の心の中で、かすかな思考が浮かんでは消える。彼女の瞼がゆっくりと閉じ、深い眠りに落ちていく。
「心拍数、安定!」
女医がモニターを確認し、力強く報告する。
執刀医が頷き、声を低くする。
「これより、脳腫瘍を取り除く手術を開始する! メスを!」
「はい!」
女医が無駄のない動きでメスを渡す。
隣に立つ誠実な研修医が、緊張した声でモニターの数値を読み上げる。
「心拍数90……。」
執刀医の目は、蜜の頭部に集中している。メスを握る手は揺るぎない。
「95……100……110……心拍数上昇!」
研修医の声に焦りが滲む。
「酸素注入!」
執刀医が即座に指示を飛ばす。
「はい!」
女医が酸素マスクを調整し、迅速に対応する。
「92! 心拍数低下! ……正常値に!」
研修医が安堵の息を吐く。
手術室に一瞬の静寂が訪れる。モニターのピッピッという音と、医療機器の低いうなり声だけが響く。ヴゥ……。
その時、手術室のドアが静かに開き、薬袋カルテが現れる。彼女の白衣は清潔で、眼鏡の奥の目は鋭く、しかしどこか温かい光を宿している。
「脳腫瘍は?」
「摘出するところです。」
執刀医が簡潔に答える。
「あとは私が。」
薬袋が落ち着いた声で言う。
「はい!」
執刀医が一歩下がり、薬袋に場を譲る。
薬袋は蜜の頭部を覗き込み、脳の映像を映すモニターに目をやる。
「(ん? 大きさは2、3センチぐらい……誤って神経を切ればアウトよ……救わなければ……!)」
彼女の心の中で、決意が燃え上がる。薬袋の指は、まるで命の糸を紡ぐように、メスを握る。
手術室の時計は、秒針を刻み続ける。蜜の命は、薬袋と医療チームの手に委ねられていた。外で待つソラとひいろには知る由もないが、この瞬間、蜜の未来を懸けた戦いが静かに、しかし確実に進んでいた。
2時間後
東京都保健医療公社大久保病院 待合室
東京都保健医療公社大久保病院の待合室は、静かな緊張感に包まれていた。プラスチックの椅子に座る月夜ソラと皆守ひいろは、互いに言葉を交わさず、ただ手術室のドアを見つめ続けていた。時計の秒針がカチカチと鳴る音が、まるで二人の心臓の鼓動のように響く。ソラの手は膝の上で固く握られ、ひいろの目は赤く潤んでいる。
「ソラ君。」
ひいろが突然、沈黙を破る。彼女の声は低く、どこか試すような響きを帯びている。
「何スか?」
ソラが顔を上げ、ひいろの真剣な視線に気圧される。
「お前、本当に蜜先生のこと好きなのか?」
ひいろの言葉は鋭く、ソラの心を突き刺す。
「……。」
ソラが一瞬言葉を失い、目を逸らす。待合室の蛍光灯が、彼の顔に冷たい影を落とす。
ひいろが続ける。
「ツキミちゃんがいなくなったことは、確かに残念だ……でも、なんで蜜先生を?」
ソラが深く息を吸い、声を絞り出す。
「俺も同じこと思ってたっス! これしか言えないっスけど、蜜先生のことは家庭教師として好きで……。」
彼の声は震え、言葉が途切れる。
ひいろがじっとソラを見つめる。
「……。」
「女として意識してたっス……!」
ソラが勢いよく言い切る。待合室の静寂に、その言葉が重く響く。
ひいろの拳が一瞬震える。
「……ここでお前を殴ったら、ヒーロー失格だ。悪墜ちするのがオチだ。」
彼女の声には、怒りと悲しみが混じる。
「ひいろちゃん……。」
ソラが小さく呟く。互いの間に、言葉にならない感情が漂う。
その時、手術室のドアが開く。
カッ!
蛍光灯の光が廊下に漏れ、ヴゥ…… という医療機器の音が一瞬響く。
薬袋カルテが白衣のまま現れる。彼女の眼鏡の奥の目は疲れを滲ませつつも、確かな安堵を宿していた。
「あの……!」
ソラが立ち上がり、薬袋に詰め寄る。
「手術は無事成功です。あとは経過観察だけです。」
薬袋が落ち着いた声で告げる。
「良かった……うぅ……」
ひいろがその場に崩れ落ち、両手で顔を覆う。彼女の肩が小さく震え、涙が頬を伝う。
ソラもまた、膝から力が抜け、椅子にドサリと座り込む。
「……。」
彼の目には、溢れそうな安堵と感謝が宿っていた。
薬袋が静かに続ける。
「ただ、しばらくは動画撮影などは自粛するのもやむを得ないかと。」
「……。」
ひいろが顔を上げ、唇を噛む。
「……。」
ソラもまた、黙って薬袋を見つめる。
その時、待合室に重い足音が響く。
「いいや、それでも動画撮影はするわ。」
振り返ると、ベアトリクスが堂々と立っていた。彼女の鋭い眼差しは、まるで全てを支配する女王のようだ。
「我が社の看板娘の一人よ。そう易々と引退させるわけにはいかない。」
薬袋が眉をひそめる。
「しかし、それでは病態が――」
「連れて帰る……私の家に。」
ベアトリクスが遮る。彼女の声には、議論を許さない絶対的な力強さがあった。
「貴女、それでも会社のトップなんですか!?」
薬袋が声を荒げ、ベアトリクスを睨む。
ベアトリクスが冷たく微笑む。
「……帰るぞ。」
「はい……。」
ソラが力なく頷き、立ち上がる。
「……。」
ひいろもまた、黙ってベアトリクスを見つめる。
ベアトリクスが最後の一撃を放つ。
「花野蜜は連れて帰って、私の家で安静させる! それで文句はないわね?」
薬袋が深いため息をつく。
「……もう勝手にしてください。」
ベアトリクスは満足げに頷き、背を向ける。
「……。」
彼女の背中からは、圧倒的なカリスマと、どこか蜜への深い信頼が滲み出ていた。
待合室に再び静寂が戻る。ソラとひいろは、互いに顔を見合わせ、言葉にならない想いを共有する。蜜の無事を喜ぶ安堵と、ベアトリクスの決断による新たな展開への不安が、二人の心に複雑に絡み合っていた。
2019年1月 夕刻
六本木ヒルズレジデンス B棟 43階(最上階) ベアトリクス自宅
六本木ヒルズレジデンスの最上階、ベアトリクスの自宅は、都心の夜景を一望する豪奢な空間だった。ガラス張りの窓から見える東京の光の海が、部屋に静かな輝きを投げかける。リビングの中央には、黒革のソファに腰掛けるベアトリクスがいた。彼女の鋭い眼差しは疲れを滲ませつつも、決意に満ちている。
「ふぅ……あー疲れたわ。彼女を部屋で寝かせたのはいいが、代役を立てなければ……。」
ベアトリクスがソファに深く身を沈め、長いため息をつく。彼女の声には、蜜の無事を安堵する一方で、会社を背負う重圧が滲んでいた。
「少佐……。」
ニコラが隣に立ち、静かに声をかける。彼女の目は、ベアトリクスへの敬意と心配が入り混じる。
「いつもすまないわね。」
ベアトリクスが軽く微笑み、姿勢を正す。
「企業理念を加えようと思うが。」
「企業理念ですか?」
ニコラが首を傾げ、興味深く尋ねる。
ベアトリクスが立ち上がり、夜景を背に堂々と語り始める。
「そうよ……私たちは、一人でも多くの視聴者の尊厳と自立を守り、リスナー第一主義に徹します。私たちは、明るい笑顔、愛する心、感謝の気持ちを大切にします。私たちは、常にサービスマインドを心がけ、真心を込めて視聴者に夢を与え、様々な動画を投稿します。私たちは、責任を持って視聴者のプライバシーを守ります。どうかしら?」
ニコラの目が輝く。
「はい、最高に良い理念です!」
彼女の声には、ベアトリクスのビジョンへの共感が溢れていた。
ベアトリクスが満足げに笑う。
「ふふふ……元から良い理念よ。」
カタリーナがソファの端で呟く。
「良い理念……。」
彼女の声には、どこか感嘆が混じる。
「良い理念ですか……。」
ファルカが冷静に頷き、ノートに何かを書き込む。
「良い理念……ね。」
リィズが部屋の隅から静かに言う。彼女の金髪リボンが、窓から差し込む光に揺れる。
ニコラがハッと振り返り、声を荒げる。
「ホーエンシュタイン! 貴様が何故ここにいるんだ!?」
リィズがクールに答える。
「花野蜜回収のためにここへ来たのよ。あとは……。」
彼女がファルカに視線を投げる。
「私のサポートです。」
ファルカが淡々と補足する。
「貴様……会社の人間じゃないのに……!」
ニコラがリィズを睨みつける。
ベアトリクスが手を上げ、議論を制する。
「私が許可した。文句はないわね?」
「―――は! 同志少佐がそう言うなら……。」
ニコラが渋々敬礼し、矛を収める。
カタリーナが話題を戻す。
「代役は誰に?」
ベアトリクスが意味深に微笑む。
「……別の事務所にいるVTuberを連れて代役を立てるわ。」
「別の事務所!?」
カタリーナが目を丸くする。
「貴女たちも知ってるでしょ?」
ベアトリクスがニヤリと笑い、皆の反応を楽しむように見渡す。
ファルカがふと顔を上げる。
「……あ! そうか……一人だけ代役に相応しい人がいます。」
「誰なの?」
カタリーナが身を乗り出し、好奇心を隠さない。
ファルカが静かに、しかし確信を持って答える。
「かしこまりです!」
部屋に一瞬の静寂が落ちる。夜景の光が、ベアトリクスの瞳に映り込み、彼女の唇に自信たっぷりの笑みが浮かぶ。リビングに集う面々は、それぞれの思いを胸に、蜜の回復と新たな展開への期待を共有していた。六本木の夜空の下、ENTUMの物語は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
2019年1月11日
株式会社ENTUM アカリスタジオ
株式会社ENTUMのアカリスタジオは、まるで祭りの舞台のような熱気に包まれていた。色とりどりの照明がスタジオを彩り、カメラやマイクが所狭しと並ぶ中、スタッフとVTuberたちが慌ただしく動き回っている。中央のキッチンセットでは、かしこまりがピンクのリボンを揺らし、満面の笑みでカメラに向かって手を振っていた。
「はい、どうも皆さん、かしこまりです♪」
かしこまりの声が、スタジオ中に弾けるように響く。
「マネージャーのパンディでーす!」
パンディが隣で派手なポーズを決め、観客席(という名のスタッフエリア)から笑い声が上がる。
「パンディ!」
かしこまりがパンディに指をさす。
「ちゃんまーり!」
パンディがノリノリで応じる。
「へーい!」
かしこまりがさらにテンションを上げる。
「ちゃんまーり! ちゃんまーり!」
パンディがリズムに乗って連呼する。
「イエーイ!」
かしこまりが両手を振り、スタジオの空気を一気に盛り上げる。
「ちゃんまりー! おおっ、嬉しいよ!」
アカリがキッチンセットに飛び込み、かしこまりに抱きつく勢いで叫ぶ。
「アカリちゃん! 会えて嬉しいよー!」
かしこまりがアカリの手を握り、目をキラキラさせる。
「ちゃんまーり!」
アカリがニコニコで返す。
スタジオの隅で、皆守ひいろがポカンと口を開ける。
「……。」
月夜ソラが隣で呟く。
「何スか? これ……。」
アイリスディーナが眉をひそめる。
「分からん……」
エボラちゃんが冷ややかに言う。
「ただの茶番劇だよ。」
「うんうん。」
ZMAPPちゃんが頷き、相槌を打つ。
「同感。」
キュアちゃんがクールに一言。
「♪」
ベノちゃんが無言でメロディを口ずさむ。
「いいぞ! もっと撮るんだお!」
ベイレーンがカメラを構え、興奮気味に叫ぶ。
猫宮ひなたがガンカメラを手に呟く。
「うん!(ガンカメラなら……!)」
彼女の目は、まるで戦場を狙うスナイパーのように鋭い。
アカリがかしこまりに目を向ける。
「ちゃんまり、今日は?」
かしこまりがカメラにウインクし、元気いっぱいに答える。
「今日はね、冬真っ盛りに相応しい料理!」
「冬に相応しい料理?」
アカリが首を傾げ、期待に目を輝かせる。
「ちゃんこ鍋を作りたいと思います!」
かしこまりがドンと鍋をキッチンに置き、宣言する。
「鍋ええええええええええええええええ!!!」
アカリが飛び跳ね、スタジオ中に響く歓声を上げる。
ひなたがカメラを調整しながら呟く。
「角度調整……。」
エイレーンが隣で頷く。
「うん、いいですね。」
アカリスタジオのキッチンセットは、ちゃんこ鍋の湯気とVTuberたちの笑い声で熱気に満ちていた。かしこまりとパンディのハイテンションな掛け合いが一段落し、カメラが次のシーンへと動き出す。そんな中、アカリが突然キッチンセットの中央に躍り出て、満面の笑みで叫んだ。
「バーチャルさんはみている!」
アカリの声がスタジオ中に響き、照明の光を浴びて彼女の金髪サイドテールがキラキラと輝く。まるで番組のオープニングを飾るスターのような勢いで、両手を広げてポーズを決める。
スタジオの隅で、猫宮ひなたが無言でカメラのファインダーを覗き込む。
「……」
彼女のクールな瞳は、まるで戦場を見据えるスナイパーのように鋭い。ガンカメラを握る手は微動だにせず、アカリのド派手なパフォーマンスを冷静に捉えている。ひなたの唇はわずかに動くが、言葉は発せず、ただ静かにシャッターを切る。
アカリがカメラにウインクを飛ばし、くるりと振り返る。
「さぁ、ちゃんこ鍋パーティー、始めるよー!」
彼女の声に、スタジオのスタッフとVTuberたちが一斉に拍手と歓声で応える。
ひなたの心の中で、かすかな呟きが響く。
「(……騒がしいな。)」
スタジオの熱気は、まるでバーチャル世界そのものを映し出すかのように、止まることなく膨らみ続けていた。
六本木ヒルズレジデンスの最上階、ベアトリクスの自宅リビングは、夜景の輝きに照らされていた。黒革のソファに座るベアトリクスは、テーブルに置かれたタブレットで『バーチャルさんはみている』の最新話を再生し終えたところだった。彼女の鋭い眼差しには、満足とは程遠い不満が滲んでいる。ニコラ、カタリーナ、ファルカがソファの周りに集まり、彼女の次の言葉を待つ。
「『バーチャルさんはみている』を鑑賞したけど……。」
ベアトリクスがタブレットをテーブルに置き、ため息をつく。
「全く面白みがほぼ欠けている。」
ニコラが首を傾げる。
「どういうことですか?」
カタリーナが即座に反応する。
「冒頭での蟹股ポーズですか? 確かにあれはイマイチでしたね。」
彼女が両手を広げ、蟹股ポーズを真似ると、ファルカが小さく吹き出す。
「確かに……あの蟹股は面白みが欠けてますね。」
ファルカが冷静に頷き、ノートに何かを書き込む。
ニコラが少し興奮気味に続ける。
「オープニングの映像を見ましたが、どこかで見たようなロボットが……。」
ベアトリクスがニヤリと笑う。
「『メガゾーン23』のオマージュ?」
「そうです! 『メガゾーン23』の青いガーランド! あれはミライアカリ専用機と――」
ニコラの目が輝き、アニメ愛が溢れ出す。
ベアトリクスが指を軽く鳴らし、ニコラの言葉を遮る。
「本家は既にゲーム作品の中で青いガーランドが出ているが、あれは青色で、ミライアカリのは水色よ。」
「成程……ということは……。」
ニコラがハッと何かに気づき、ベアトリクスを見つめる。
「そうよ、これを活用するのよ。」
ベアトリクスがソファから立ち上がり、夜景を背に堂々と宣言する。彼女の声には、制作への情熱と確固たるビジョンが宿っていた。
「え? あの水色のガーランドを!?」
ニコラが目を丸くする。
「ああ……作り直せと制作会社にそう言え。」
ベアトリクスが腕を組み、自信たっぷりに命じる。
「了解しました!」
ニコラが敬礼し、即座にスマホを取り出してメモを始める。
ベアトリクスが満足げに微笑む。
「―――ふふ」
彼女の目には、番組をさらに輝かせるための新たな構想が渦巻いているようだった。
リビングに集う面々は、ベアトリクスの決断に引き込まれるように頷き合う。カタリーナがニヤニヤしながら蟹股ポーズをもう一度試み、ファルカが呆れたように首を振る中、ニコラは制作会社への連絡準備に追われる。六本木の夜空の下、『バーチャルさんはみている』の新たな進化が、静かに動き始めていた。
2019年1月16日
株式会社ENTUM 談話室
ENTUM本社の談話室は、いつものようにカジュアルな空気に包まれていた。ソファに陣取るアカリは、テーブルに置かれたスナック菓子の袋を手に、ワクワクした表情で壁掛けのテレビを見つめる。隣に座る猫宮ひなたは、クールな顔でガンカメラをいじりながらも、チラチラと画面に視線を投げている。
「そろそろ時間だね!」
アカリがリモコンを手に、ニコニコしながらボタンを押す。
ピッ。
テレビ画面が切り替わり、鮮やかなオープニングが流れ出す。
『バーチャルさんはみている!』のロゴがドンと映し出され、軽快なBGMが談話室に響く。
「♪」
アカリが頬を緩ませ、ソファで小さく跳ねる。
「♪」
ひなたもまた、珍しく口元に笑みを浮かべ、カメラを置いて画面に注目する。
だが、次の瞬間、画面が突然暗転。重々しい効果音と共に、緊迫した声が響き渡る。
《総員、傾注!》
「な!?!?!?!?!?」
アカリがスナック菓子の袋を落とし、目を丸くして叫ぶ。
「!!!!!!!」
ひなたがガンカメラを握り潰しそうになり、初めて見せる動揺でテレビを凝視する。
画面には、ノイルピーン市街地の荒廃した風景が映し出される。煙と炎が立ち込める中、チボラシュカ12機を率いるニコラの姿が現れる。彼女の冷徹な声が、まるで戦場を切り裂くように響く。
《ノイルピーン市街地で反乱分子を殲滅する!》
アカリがソファから飛び上がる。
「え、ちょっと!? これ『シュヴァルツェスマーケン』!? ニコラがホテルアルベルト襲撃するシーンじゃん!?」
ひなたが低く呟く。
「……何これ。」
彼女のクールな仮面が一瞬崩れ、困惑が顔に滲む。
画面では、ニコラの操るチボラシュカが、轟音と共に市街地を突き進む。爆発と銃撃音が響き合い、ホテルアルベルトのシルエットが炎に照らされる。アニメの緊迫感が、談話室のゆるい雰囲気を一気に飲み込む。
アカリがリモコンを握り潰しそうになりながら叫ぶ。
「待って待って! 『バーチャルさんはみている』のはずなのに、なんで急に『シュヴァルツェスマーケン』!? ベアトリクス名誉会長、絶対これ仕組んだでしょ!?」
ひなたが冷静さを取り戻し、ガンカメラを構える。
「……撮るべき?」
彼女の声には、微かな興奮が混じる。
「撮るに決まってんじゃん! こんなカオス、絶対バズるよ!」
アカリが目を輝かせ、ひなたに拳を突きつける。
談話室は、テレビから流れる戦場の爆音と、アカリのハイテンションな叫び声でカオスな熱気に包まれる。『バーチャルさんはみている』と『シュヴァルツェスマーケン』の奇妙な融合は、ENTUMの新たな挑戦の幕開けを予感させていた。