清明、出会いの日 作:ゆづの
最近ハマりました。漫画は全部頑張って読みました。アニメは3期の的場さん登場シーンくらい。
出会いの季節、春の日のこと。
その日の空は、突き抜けた青色だった。雲一つ無い碧天、温かな風。春に相応しい、穏やかな日。
おれは散歩に出かけていた。珍しく大人しいニャンコ先生と、ゆるりと川沿いを歩く。
どうもこの川下に、新しく和菓子屋が出来たそうで。ニャンコ先生が強く勧めてきたために、今日はその和菓子屋まで歩いているのだ。
「なんか、良い日だな」
ポツリと、思わず呟く。そう思うことも仕方ないくらいに、今日は穏やかだ。そう、実際にこの道を歩いていても、妖たちには一度も出会っていない……
「……なぁ、ニャンコ先生。なんというか、変じゃないか?」
「む……確かに、妖の気配を一切感じん。これ程のことはそうそう無いな」
ふと突然気がついたその事実に、ほんの少しだけ恐怖を覚える。妖とこんなにも出会わないだなんて。知っている妖もいなければ、知らない妖もいない。ただ、草たちの生命の音がざわめくだけ。
正直、あまり良い気はしない。こういう時は、かえって不気味なものだ。なにか、不吉なことが起きる前兆。
とはいえど、今更引き返すような気にもなれない。けれど、まぁ、ニャンコ先生も側にいるし、大丈夫だろう。
そう思って歩くこと数分。
突然、ニャンコ先生がその瞳を鋭くした。
「夏目、気をつけろ。いるぞ」
「……ああ」
もはや無意識の内に、友人帳の入ったカバンへと手が伸びる。渡さない、たとえ何があろうと。
おれ達が警戒しだした途端、ごうと風が強く吹き付けた。
「……っ」
思わず目を瞑る。その風は春に似合わぬ冷風で、嫌に身体がぶるりと震えた。
やっぱり、来た!
「レイコォ……寄越せ……寄越せェ……友人帳を、寄越せェ!!」
体の芯から震えるような、低い声。蛙のような見た目の妖怪が、目をギラつかせておれに飛びつく。
ニャンコ先生が、退治しようとしたその瞬間____
「おいおい、こいつぁどういうこった。ガキを襲うなんざぁ、あほらし」
「ギャアーーッ!!」
何者かが颯爽と蛙の妖を蹴飛ばした。蛙の妖はなんとも言えない悲鳴を上げて、遥か向こうへと吹っ飛んでいく。
(誰だ、妖か?!)
カツン、とその妖らしき者が地へと降り立つ。下駄を履いた、和装の鬼のようだった。しかしその容姿は極めて人と近しくて、鬼であると分かるのはその額に生えた角のみ。
人間離れした彼の美貌に、ごくりと息を呑んだ。
「おい坊や、大丈夫か? 怪我はねぇか」
「あっ、はい」
声をかけられて、ハッと我に帰る。そうだ、この人は妖だ。いくらなんでも油断しすぎだぞ。気を付けないと、襲われるかもしれない。
……けれど、助けてくれた。
「……夏目、しっかりせぬか! なにをぼうっとしとる! こやつ、見知らぬ顔だぞ! 何をしでかすかも分からん!」
「!」
そうニャンコ先生に言われて、意識が戻る。一体どうしたんだ。いくらなんでも、変じゃないか、今日のおれ。
焦って後ろに下がれば、その妖はカラカラと笑い出した。鋭い牙がちらりと見えて、思わず背筋を凍らせた。ふと、妖の纏う雰囲気が激変する。
「へぇ、夏目。坊や、もしや噂の夏目かぁ? そこら辺の雑魚どもから聞いたぞ」
「まさか……この辺りに妖が少なかったのは、おまえか!」
キッと妖を睨みつけるけれど、全く持って動じていない。やはり友人帳狙いだったのか。
沸々と怒りを沸き立たせていると、目の前に白いモフモフが現れる。ニャンコ先生がいつの間にか姿を変えていたのだ。
ニャンコ先生はおれを守るように尻尾で隠していて、その表情はいつもと違って真剣だ。
(まさか、そんなに危険なのか?!)
「おお、久しぶりに見るなぁ、オレと近しい強さのヤツ……おまえ、強いなぁ……嬉しいなぁ……」
妖の笑顔が、徐々に歪なものへと変化する。なんとなく空気も重くなり、気分が悪くなってきた。
ニャンコ先生は変わらず妖を睨みつけていて、どうも相手の出方を伺っているらしい。
ああ、どうしよう!
「きひひ! 決めたぁ! ……おまえを喰って、坊やも喰ってやるよ!!」
(っ、ニャンコ先生!)
思わず目を瞑ったその瞬間。
「だめでしょう……
とても、とても美しい声を聞いた。
「げっ?!」
恐る恐る目を開けると、いつの間にかニャンコ先生は元の姿に戻っていた。その視線の先では、ぼんやりとした何かとあの妖が話している。
「あれは……?」
「知らん。ただ、あれは不可視の呪いだな、姿が見えん。が、大方あの妖の飼い主だろうな」
「まったく、主の言う事くらい大人しく聞けばよいものを」と溜め息を吐いたニャンコ先生。思わずジト目で見てしまう。
「ニャンコ先生がそれを言うか?」
「にゃにおーう?! きちんと用心棒しとるではないか!!」
ぷっ、と吹き出すと、向こうで言い合いをしていた妖がこちらを見てきた。つい反射で逃げ出しそうになってしまう。けれど、その妖からは、もう先ほどまでの邪悪な雰囲気はなくなっていた。
「えっとな……その、悪かったぁな。ちょっと最近ストレスが溜まっててよぉ」
「ふん、どうともないわ。貴様のような妖、私なら楽勝よ、楽勝」
「先生……! まったく……大変ですね、あなたも」
頭を抑えながら、ぼやけて見えるその妖? に話しかける。すると、目の前の鬼の妖とニャンコ先生が驚いたように目を見開いた。
「見えるのか……?!」
「夏目、おまえ見えてるなら言わんか!」
「えぇ……だって、先生も同じこと言ってただろ? ほら、あそこに。ぼんやりとだけど、いる」
そう言って指を刺すと、鬼の妖がはぁ、と溜め息をつく。ニャンコ先生が視界の端で、「言っとらんわ! 声が聞こえただけよ! 姿が見えぬと言っただろうが!」と訴えるが、さして重要ではないので無視をする。
「聞けー!!」
「まじかぁ……だそうですよ、お嬢」
「お嬢?」とおれが首を傾げると、ぼんやりとしたその人が歩き出す。長い、髪……だろうか、黒いもやっとした影がひらひらと揺れている。
そして、鬼の妖の頭をスパンッと叩いた。
「あいったぁ?!」
「罰です。せいぜい反省なさい……ええと、すみませんね、巻き込んでしまって。それでは、失礼いたします」
「あ、はい……って、待て!」
薄れゆくその妖らしきものに返事をしたが最後、鬼の妖は「すんませんっしたぁー!!」と声を上げながらその人とともに消えていった。呼び止めるけれど、それはもう遅かったようで。はぁ、と肩を落としてため息をついた。
(一体、何だったんだ?)
胸に残る疑問を抱えながら、おれはニャンコ先生に話しかける。
「……誰なんだろうな、あの妖っぽいの」
「さぁ。それより、さっさと行くぞ! 和菓子が私を待っとる!」
そうしておれは、あの美しい声の妖らしきものを思いながらも歩き出したのだった。
***
「全く、何をしている、行。新天地とは言えど許さんぞ」
「くっ、お嬢、許してくだせぇ……!」
「阿呆が、夕飯はやらんぞ」
「そんなぁ?!」
「それより早くしろ。皆待っているんだ」
「ひぇ〜!」
***
後日、学校で。
何やらクラスの皆が騒いでいた。聞けば、転校生が来るらしい。なるほど、確かに机が一つ増えている。
女子だと良いな、カッコいい男子だといいな、どこの席に座るのかな。そういった話題ばかりだ。
「よっ、夏目!」
「北本! 西村! おはよう」
ふぅ、と息を吐いて席に座ると声をかけられる。見れば、二人揃ってやけにニヤついていた。
「聞いたか、夏目?」
「何を?」
「転校生だよ、転校生!」
興奮した様子で腕をふる西村に、大きく頷く北本。なるほど、転校生は女子か。
「なんでもちょーカワイイらしくてさ! というよりかは美人らしいけど!」
「うちのクラスにその子が来るんだぜ?」
いいだろ? と相槌を求められたので、そうか、とだけ返事をする。
くねくねと身体を捻ってまだ見ぬ転校生を想像する二人の後ろに、一人の人影が近づいた。
「あっ」
「なんだよ、やっぱり夏目も気になるんだな?」
「へ〜、そうなんだ」
「「っげ?!」」
そう、後ろにいたのは笹田だった。なにやらメガネが光っている。明らかに二人の顔色は悪くなっていた。
「そうだよね、皆転校生気になるよねぇ?」
「ま、まぁ誰か気になるのは当たり前だし?」
「な、な?! 夏目!」
助けを求めるような目で見られたので、曖昧に答えると笹田がニッコリと笑った。
「ま、別に私も気になってるからいいんだけど」
へぇ、と声を上げた瞬間、チャイムが鳴る。一斉に椅子を引く音がして、少しうるさかった。
にしても、皆があれほど興味を持つなんて、一体どんな人なんだろうか。
頬杖をつきながら考えていると、担任が入ってきて声を上げた。
ぼんやりと聞き流していると、突然クラスから歓声が上がる。驚いて顔を上げると、ガラッと扉が開いた。
現れたのは、きれいな人だった。美しく、整った容姿。それこそ、名取さんのようなキラめきを纏っている。男女両方から黄色い歓声が上がった。髪が短く、中性的な面立ちのためかパッと見たらどちらかは分からない。制服を着ているお陰で、女生徒であることは認識できた。
そして、その人はツカツカと歩いて黒板の前に立ち、チョークを手に取った。達筆だった。
「みなかわ……せい? きよ?」
誰かがその字を読み上げる。そして、彼女は振り返って、口を開いた。
なんとなく、聞き覚えのある美しい声だった。
「私は
どこまでも深い、吸い込まれそうな黒の瞳が、おれを見ているような気がした。
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