清明、出会いの日 作:ゆづの
原作の雰囲気って難しいですね……!
「なんというか……雰囲気のある人だな」
帰りのホームルームが終わって、皆がそれぞれ動き出す。おれは、一人ぼそっと呟いた。
今日一日、皆の関心は転校生____皆川さんだった。それもその筈、彼女はまるでモデルのように容姿が整っていて、その上中性的。男女ともに惹かれる美貌だった。
そして何より、物腰柔らかな姿勢と声。聞いていると心が安らぐような声の彼女と、皆が話したがったのだ。きっと疲れているだろうに、笑みを絶やさず話し続けた彼女を、おれは内心尊敬した。
(あれ、まだ皆川さん帰ってない?)
ふぅと息をついて帰ろうと、北本と西村を探して辺りを見回せば、皆川さんの姿がふと目に入った。随分と、絵になる光景だ。
つい気になってじっと見つめる。
あ、今本を読んでるんだな。何を読んでいるんだろうか。
「なぁんだ夏目もやっぱ興味あんじゃーん!」
「ぅわぁっ?!」
驚いて声を上げ、身体を震わせる。声をかけてきたのは、北本と西村だった。
「びっくりした……」
「ごめんごめーん! それより、やっぱ気になってんじゃない? 皆川さんのコト!」
「それは……確かに、ちょっと雰囲気が変わってるし、きれいな人だから、そうかもしれない」
「それお前が言う……?」
「え?」
そういったやり取りをしている内に、皆川さんがスッと立ち上がった。本を鞄にしまって、キョロっとあたりを見回している。
(あ、今、目が合った)
彼女の目は不思議だ。何処となく、妖達を思わせるような神秘さを孕んでいる。だからだろう、彼女が気になってしまうのは。
それに、彼女の声も、何処かで聞いたことがあるような……
「……夏目? おーい、夏目?」
「っあ、どうした?」
「いや、ぼーっとしてたからさ。ま、帰ろーぜ。皆川さんも行っちまったし」
「そ……うだな」
こうして、おれ達は帰宅した。なんともいえない感情を抱えながら。
***
あれから数日後。皆川さんがやってきたからと言って、大きく日常が変わった訳ではない。ただ、少しクラスに人が押し掛けることが増えたくらいで……十分変わったな?
とは言えど、かなり皆川さんもクラスに馴染んできた。ちょっとだけおれも話したが、とても優しい人で、ずいぶん心が落ち着いたのを覚えている。
「夏目ぇー! 菓子だ、あの川下の菓子が食いたーい!」
「先生……最近食べ過ぎじゃないか? ……いや、元からか」
そういえば、あの川下で出会った鬼の妖と、あの声の妖らしきものはどうしているんだろうか。見知らぬ顔だったし、もしかしたらこっちに移ってきたのかもしれない。
ただ……あの人、ぼんやりとした美しい声のもの。何となく、最近あの声をどこかで聞いたような気がする。
「……うーん」
「何を悩んどる! 早く行くぞ!」
「……はぁ、分からないな。はいはい、今行くよ」
悩んでばっかりでも仕方がない。
きっとそのうち思い出すだろうと頭を切り替えた。
「ニャンコ先生、この間の妖、覚えてるか?」
「む?」
川沿いを、ただただ歩く。特段やる事が無いからか、再びあの声のことを考えてしまった。どうしても、気になるのだ。
「ほら、あの鬼の……」
「ああ、ヘラヘラとしたあの軽い妖か。それがどうした、今は居らんようだが」
「ヘラヘラとしたって……あの時に一緒にいた妖っぽいのの声、最近聞いたような気がするんだよな……」
「知るか、どうせこの辺りに越して来た新参者だろう」
(最近やってきた……そういえば、皆川さんと会ったのは次の日だったか)
ほんの少しだけ考えて、けれど首を横に振る。
まさか、皆川さんは短髪だったぞ。あの美しい声の妖らしきものは長髪らしかったし、違うだろう。
でも、声は似ているような気もする。
「うーん……」
「ええい! 鬱陶しい! そんなに気になるなら直接白黒つければいいでないか!」
「ええっ?!」
(そんなの、無理に決まってる!)
確かに、そうかもしれない。けれど、あの妖たちにはきっともう会えないだろうし、皆川さんに声をかけたところでなんて説明するべきかも分からない。もしかして、妖? だなんて聞いてしまえば、きっと不気味に思われてしまうに違いない。
だから、こんなにも悩んでいるんだ。
はぁ、と溜め息を吐いて歩き進める。そういえば、あの妖たちに出会ったのも、蛙の妖に襲われたのもこの辺りだったっけ。
「まぁ、もう諦めるか……」
「何を諦めるってぇんだい?」
「うわぁっ?!」
どすっ、と思わず尻もちをつく。驚いて周りを見渡せば、いつぞやの鬼の妖がいた。ニャンコ先生は、「まったく……」と溜め息を吐いてその妖をしっしっと追い払おうとしている。
「ああっ、ちょっと待て! 聞きたいことがあるんだ!」
「なに? それよりも私は菓子を食いたいんだ。こんなやつ、後でで良いだろう」
「もう一個、和菓子買っていいから」
「待つー!!」
ニャンコ先生をなだめて、鬼の妖に目を向ける。とうの妖は、どうしたんだ、と首をかしげてこちらを見ていた。
すうっと息を吸って、吐く。おれは、恐る恐る口を開いた。
「あの、ぼんやりと見えたあの影。妖なのか? それとも、人なのか?」
すると、鬼の纏う雰囲気が一変する。ニャンコ先生がじっと警戒していて、思わず息を呑んだ。
まずい、軽率だったか。
「妖だったらぁ、どうするんだ。祓おう、ってかぁ?」
「っちがっ! おれは、見えるだけでそういうのはやってないんだ! ただ、きれいな声だったから、ずっと気になってて……」
「はぁ?」
鬼の妖が驚いたように目を見開く。雰囲気は元通りの柔らかなものになっていて、本当に驚いたんだろう。
すると、鬼の妖から手が伸びてきた。思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。
けれど、次の瞬間に訪れたのは、頭にのせられた温かななにかだった。
「きひひ! 坊や、変わってんなぁ! おいそこの妖、こいつはずっと
「ああ、阿呆だろう」
「間違いない! ひひひ!」
そっと目を開けば、鬼の妖が大笑いしながらもおれの頭を撫でていた。ポカン、としていると、ニャンコ先生が呆れたようにこちらを見てきた。
「本当に、阿呆だ」
「はぁっ?! それ、どういう意味だよ! ニャンコ先生!」
「阿呆に決まっているだろうが! なぜこうも自分から危険に飛び込むのだおまえは! いちいち面倒なんだぞ?!」
「知るかよ、おれだってやりたいことがあるんだ! そもそも用心棒なんだから、ニャンコ先生は守っていればいいだけだろ?!」
「にゃにおーう?!」
ふーっ、ふーっ、と肩を上下させて言い合っていると、再び鬼の妖が大笑いを始める。
じっとニャンコ先生と二人見つめれば、「すまん、すまん」と笑いを収めて口を開いた。
「なんつぅか、警戒してたオレぁ馬鹿みてぇでな……しかし、面白えなあんたら。いいぞ、一つだけ教えてやる。お嬢は人さ。坊やと同じ、見える人。そうさな、大体坊やと同じくれぇは見えんじゃねぇかな」
「はぁ、笑った笑った」と腹を擦りながらも話す鬼の妖に、感謝を伝えるとまたしても頭を撫でられる。
すいぶんと、撫でるのが上手なやつだ。やり慣れてるんだろう。
思わず頬を緩ませていると、鬼の妖があっと声をあげて、おれの頭から手を離した。
「危ねぇ、忘れてたわ。オレぁちっと使いを頼まれててな。すまん、行かせてもらうわ」
「……それって、川下の菓子屋だったりしないか?」
「おう! ……あ? あんたらもそうなのか?」
「だったら、おれが買うよ。ほら、妖だから買うのも一苦労じゃないのか?」
手を差し出せば、ポカンとこちらを見つめる鬼の妖。どうしたんだろう、と思っていると、またしても笑い始めた。
「きひひ! 大丈夫だ、オレぁ人に化けれるんだよ。ほれ」
どろん、と辺りに煙が広がる。煙が晴れると、そこには美形な男性が立っていた。というよりかは、あの妖から角をなくしただけである。もとより人に近しかったその容姿は完全に人になっていて、なおのこと美貌が際立っていた。
簡潔に言うと、とにかく目を惹く。
「って、目立ちまくりじゃないか!」
「ええ?!」
人に化けれるにせよ、これほどの美形だと間違いなく視線が集まる。名取さんから学んだ事だ。鬼の妖は心外だ、という表情をしているが、やっぱりおれが買ってやるべきだろう。もし人が集まって、妖を知る人__それこそ、祓い屋たちのような人__が現れてしまえば、どうなることか。
「絶対人に囲まれるだろうし、やっぱりおれが買うよ。だから、一緒に行かないか」
そういって再び手を差し伸べる。鬼の妖はしばらく黙った後、ふにゃりと笑っておれの手を握った。握手をすれば、ニャンコ先生はふん、と鼻で笑ってくる。別にいいぞ、ということだろう。
「……ありがとうなぁ、坊や。じゃあ、頼むぜ」
「その……坊やっての、やめてくれないか? 夏目でいい」
「……そうかい。夏目、よろしくな。オレは
「ああ」
そうしておれたちは川下の菓子屋へと向かったのだった。
***
「ありがとな、夏目。お嬢も喜ぶぜ」
「いや、いいんだ。せっかく見えるのに、何もしないってのは嫌な質なだけだからな」
「それを人はお人好しってぇ言うんだぜ? じゃあな、夏目。それから、そこの妖。ちゃんと守れよ?」
「ふん……分かっとるわい」
「先生っ! はぁ。じゃあな、行」
行がすうっと消えゆくのを見届けて、おれたちは家へと歩き出す。
いいやつだったな、行。
ふっと笑いながら歩けば、ニャンコ先生がじっとこちらを見つめる。
きっと、お嬢と呼ばれるその人はさぞかし素敵な人なんだろう。だって、彼があんなにも優しい顔をしていたのだから。
「夏目……悩み事はもう良いな?」
「いや、全部解決したわけじゃない……けど、一旦置いておくよ」
「そうか」
「早く帰ろう。塔子さんたちが待ってる。それに、今日はエビフライらしいしな」
「にゃに?! えっびふらい、えっびふらい〜!」
ぴょん、と跳ね上がって喜んだ後に、るんるんと歩いていくニャンコ先生。
まったく、現金なやつだ。
その後ろ姿を見つめながら、おれは笑って駆け出した。