今回から時系列が数千年飛びます。流石に時系列が原作の前過ぎて書くのがキツくなりました。申し訳ないです。
我々は今に至るまで、多くの災厄に晒されてきた。他種族との戦争、謀略に裏切り。時には同胞達と殺し合うことすらあった。
我々が何をしたというのか?我々に何の罪があったというのか?
否、断じて罪など存在しない。罪有りきは忌々しき
故に我々は何人も手を取り合わない。取り合えない。我々が
───かの者を除いて。
かの者……否。
我々に言葉を教え、天の災厄や争いから逃げる家を与え、先民や神民との間に立ち、我々を護った。
だが何より、我々に対等に接し、他者に触れることすらない我々の手をあの方は優しく握ってくださった。我々を励まし、案じる言葉を掛けると共にだ。
憎悪や迫害を受けることはあれど、温かさを向けられることがなかった我々には、あまりにも優しく、心地良いものだった。
それこそ欺瞞だと、嘘偽りのものだと声を上げる者もいた。だがそんな彼らも、あの方が当代の魔王達との会話を盗み聞き、その牙を落とした。
かくして、我々は初めて心から信じられる存在を、敬愛を向けるべき者を知った。
それからの時間はまさに黄金期だった。あの方が当代の魔王達と共に歩み、国を起こし、民を纏め、先民や神民共と同じ土俵にまで押し上げたのを我々は今でも憶えている。
あの時の先民共の顔は実に見物だった。身体を持たぬ我々ですら、腹や顔を抑えながらも笑みを浮かべていたのだから。
こうして振り返れば幸福な時代である。間違いなくあの時代がサルカズに希望を与えた。
これから更に繁栄するだろう。我々こそがこの大地の支配者に返り咲くのだと、そう誰もが疑っていなかった。
しかし希望はいつかは終わる。覚めない夢は無かった。
あの方がカズデルを訪ねおよそ千年。突然、あの方がこの国から去ると宣言された。
始めは聞き間違いだと、冗談であると思った。あの方が我々から顔を背ける?そんなことはあり得ない。我々はあの方の期待に応えるべく、力を尽くしてきた。それは認めてられていた。不和が起きることもなかった筈だ。
ならば、何故───。
疑問が民達の間で膨らむ中、その答えは他ならぬ魔王達の口から告げられた。
"千年前の盟約により我々に手を貸し続けていたが、既に盟約は果たされた。これ以上この地に留まる理由はなく、早急にこの地から去る。"と。
これを聞き、国民が魔王達の下に押し寄せた。"盟約とは何だ。我々はそのようなことを聞かされていない。"と疑問を叩き付けた。だが魔王達からは話の続きがあった。
"この盟約は我々と《博士》との間で結ばれたものであり、十王庭の当主と言えど伝達を禁じていた。それも他ならぬ《博士》からの申し出であり、我々も断れなかった。"と。
魔王達の本意ではなかったと知り、我々は愕然とした。まさかあの方ご自身の選択とは、想定していなかった。
だがそこで挫ける程、我々は弱くなかった。あの方─博士への説得はその日から始まり、長く続いた。
───そうして説得は無駄に終わった。博士も我々と同じように生き、己の意思で動いていた。結局我々は、御仁の考えを変えるに至らなかった。
しかし、我々の行動は無駄ではなかった。最後の時まで博士は我々のことを憂い、考えていた。
博士は我々に三つの贈り物を与えた。一つ目は見たことのない模様が刻まれた球体。二つ目は持ち手が分離し耳に当てる謎の機械だった。どちらも我々には使い方が分からなかったが、博士は"役に立つ日がくる"と言い、それ以上説明をしなかった。
そして三つ目の贈り物は、遠い未来に向けた予言だった。
『君達はこれから幾つもの苦境に立たされ、他者に対し憎みや憎悪を抱く日がやってくる。自らの長が死する時も、王に使えし庭の者が死する時も、家を失くす時も、いずれはやってくるだろう。
だが心配することはない。同時に、君達に道を示す王たるものが必ず現れる。
そして、王になる者が真の冠を戴くに値す者ならば、祝福を授けに私は会いに行こう。
そうして祝福を授けると共に、その者と当代の国を見守り、少しばかりの手助けをしよう。これは決して欺瞞でも詐称でもなく、確かな契りである』
これを最後に、博士がこの国に現れることはなかった。
三王が死し、先民と神民による虐殺が起きた時も。
王庭の
我々は裏切られたのか?親愛なる博士に?我々は苦しみ、葛藤した。
我々の中で裏切られたと見切りをつける者もいた。あの方を忘れたサルカズも増えた。民は散り散りになり、今やカズデルは名だけを残すのみ。
それでも、我々は博士の残した予言を信じる。再び、我等に手を差し伸べることを。
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テラ歴90■年、ヴィクトリア、リターニア、ガリアからなる連合軍によりカズデルは崩壊。先代の魔王の首は落ち、連合軍に抗った六英雄の一人、テレジアの戴冠式が行われていた。
サルカズ十王庭の当主達や連合軍を率いたケルシー、テレジアの兄であるテレシスを含めた錚々たる面々が集まる中、それは始まった。
ジリリ……ジリリ………と、何処からか聞き慣れない音が鳴り響く。音を何かに例えるとするなら、黒電話の音が当て嵌まるだろう。
しかし黒電話がこの世界にある筈がない。加えて式の最中で大きな音を鳴らす無粋な行いをする者が、この面子の中にいるものか。
ならば何処から音が鳴っているのか?
その疑問の答え合わせをするように、その場に黒電話が落ちてきた。しかしよく目を凝らして観察すれば、それがただの黒電話ではないことに気付く。それは今の場所にカズデルに位置する遥か過去、
「………私が行きましょう。皆さんが覚えているかは定かでは有りませんが、私の記憶が正しければこれは予兆。恐らくは、時期が来たのでしょう」
金属と機械の顔をした男、ブリキは立ち上がり言った。彼はレヴァナントで現在まで長い時を過ごしたが、それ以上に
黒電話にブリキはゆっくりと近付いていく。式の最中よりこの場の空気は冷たい。聞こえる音が一人の足音と、未だ鳴り止まぬ黒電話だけなのがそれを強くしていた。
ブリキは黒電話の前で歩みを止め、徐ろに取っ手を本体から取り外し、口に近付けた。
少しの沈黙が続く中、不意に取っ手から、その場にいる全ての者に聴こえる大きさで、一つの声が発せられた。
『もしもし、聴こえているかね。あまり見えていないが、予想では誰かの式の最中だろうか。空気を壊す真似をしたのは申し訳ないが、後で幾らでも文句を言ってくれ。
それで、今これに出ている者は誰か、名を言って貰っていいだろうか?』
その声はあまりに低く、獣の咆哮を言葉に変換したような声だった。
………とても穏やかな声色でなければ、恐ろしいと感想もあったかもしれない。
声を聴いたブリキは、後ろで事の成り行きを見守る面々に視線を飛ばした。"答えますよ?"とでも言う表情に、腕を組み黙っているテレシスが小さく頷いた。
頷いたことを確認したブリキは、精一杯己の中で湧く感情を抑えた声で言葉を返す。
「ええ、構いません。私の名はブリキ。今は六英雄の一人だったテレジアさんの戴冠式の最中です。
私からも一つお伺いしたい。あなたは古き時代のカズデルを支え、未だ訪れない予言を遺した《博士》、で間違いないでしょうか?よろしければ真偽の程を確かめたいが故、お答え頂きたい」
投げ掛けられた問いは、沈黙や断絶等もなく返された。
『如何にも。私が三王が生きた時代、彼らと契約を結び、サルカズの繁栄とカズデルの発展に関わった者。通名を博士と呼ばれる者だ。
君のことも知っているとも、ブリキの男よ。君がその肉体を得るまでに大変苦しんでいたことも。
とはいえだ。私の存在を正しく証明する為にも、まずは
「…はい?それはどういう───」
ブリキが困惑の声を出す中、後ろからポンッと肩に手を置かれた。
ゆっくり、ブリキは後ろに振り向いた。
「ああ、そういうことですか。確かにあなたなら、ここに来ることも可能な筈です。────博士?」
ブリキの視線とかち合ったマナタン博士は、少しばかりの笑みを浮かべていた。
ここに何千年の時を経て、博士は予言を果たしにきた。