諸君、随分と待たせた。そうこの私、マナタン博士だ。数千年という月日が経ったが、遂にターニングポイントたる彼女─テレジアと接触することができた。彼女との邂逅はあまりに突発的なものとなったが、関係はこれからゆっくりと築いていくとしよう。
さて、私がテレジアと接触した後に何をしていたか。答えを出し渋るつもりもないので告げるが、新たなカズデルの移動都市の建造を行っていた。
前から認識していたが、カズデルへの侵攻が起きたことで、使用されていた移動都市は木っ端微塵に破壊され廃墟と化した。
そのためカズデルを復興する最初の一歩として、民が暮らし帰る家を新たに必要としていた。他にもカズデルの力を示すだの何だの別の意味が込められていたのだろうが、そこは割愛する。
それで、移動都市の原型を作った当人がその場にいるのだから、カズデル復興のお鉢が回ってくるのも当然の流れだった。
よって、私は移動都市の建造に着手することとなった訳だ。
しかし、折角新しい移動都市を造ると考えれば手を抜くなどあり得ない。それに、破壊された移動都市は元は私が造った物だ。それが三国の軍隊に破壊されるような完成度だったと想像すれば、過去の自分を乗り越えたくもなるだろう?
なので色々と建材の準備をしながら、私の趣味と必要なものを取り入れ建造した。
その結果、どうなったかというとだな………。
「…………博士よ、やはり私には理解できない」
「何か問題があったのかね?すぐに内部から修正するが」
「いや、そうではない。私にはこの移動都市に対し疑問がある。
何故このような、巨大で広大な面積を持つ設計にしたのか。私からすれば、余分な土地が多過ぎるように見える」
サイズはかのウルサス帝国が後に生み出す移動都市チェルノボーグの6倍、速度は最速で天災が降る地域を一週間以内に離脱できるシロモノができあがった。
各地のサルカズが集まっても暮らせる広さと、重量増加による移動速度の減衰・強度不足への対策でこのようになったが、無事に完成してなによりだ。
「全てのサルカズが暮らせるような場所を造るのだ、最低限の余白は必要だ。それに、デカいものはデカい程良いに決まってる。この巨体を動かすエンジンに異常は起きてもいないし、何より君達が、私に設計を主導するよう権限を付与したのだ。問題無いだろう?」
「我々の祖先が友と認めた方が、こうも自由な方だったとは…テレジア、そなたは博士を止めないのか」
「それはあなたも同じでしょう?彼の結論は私たちの予想と少しズレた結果になるけど、主軸を決して変えたりしない。それは今までと変わらないわ。それに、彼の行動に悪意があるようには思えない。彼は純粋に、皆を思って動いてるの。だから彼のことは、あるがまま受け入れるのが一番早い。そうだと思わない?」
「……同感だ。博士は常に我々の予想を超えてくる。今は甘んじて受け入れよう」
彼らは徐々に私の行動に慣れてきているようだ。私としては、そのまま仲良く会話するのを眺めていたいが、今日はあまり時間の余裕がない。
事実、それを示す様に、前からコツン…コツンと、
「二人共、どうやら彼女が到着したようだ。すまないが、少し席を外してもらっても構わないかな?ついでに人払いも頼みたい」
「ええ、勿論。あなたが彼女と話をしたいって言った時は驚いたけど、あなたも彼女と仲良くなれる筈。頑張って」
「既にこの地区への封鎖は完了している。内談が終われば解除命令を出すゆえ、存分に話すといい」
「感謝する。礼として、後で私特製のパイを準備するので目一杯食べてくれ」
二人は微かにぎょっとした表情を見せたが、すぐに普段の笑顔と仏頂面に戻り、早々に立ち去った。
そして、二人と入れ違いになるように、
「テレジア君を経由し遥々ここへ来てくれたこと、感謝する。今日はお互いを理解し、親睦を深められることを祈っている。
──────ケルシー君」
彼女の感情を断定することはできないが、私への警戒の色が滲んでいるのは容易に理解できた。
ケルシー。またの名をAma-10。先史人類が残した一つの遺産。彼女との直接の対話はこれが初めてだ。
まず前提として、彼女は私についての情報を殆ど持っていないと言える。仮にもし一つでも私の情報を握っていれば、ゴルドル達との千年の間に接触があった筈だが、それはなかった。
加えてテレジアの戴冠式の日、私を見た彼女の表情はどのようなものだったか。
困惑。先史人類達の言葉で"鳩が豆鉄砲を食らった顔"。まさにその通りだった。
自惚れるつもりはないが、私の存在は少し特殊であり、知ることで初めて本質が現れる。知識を持つ先史人類達が私を捕捉したなら、次は必ず協力か敵対のどちらかになるだろう。
それらの根拠を踏まえ、私はこの内談で、彼女との協力関係を結ぶことを目標に話を進めたいと考えている。
何故なら私は、後百年もしない内に
だから、私はそこに干渉する余白を作るために、彼女とは少なくとも接点を作りたい。つくりたい、のだが……。
「………………」
分かっていたが、彼女は私を強く警戒している。フェリーンらしく毛が揺れ動いているのもその証だ。ここはまず、空気を柔らかくするべきか。
「さて、私達が直接話し合うのは今回が初めてだ。ここは軽い自己紹介でも「必要ありません」……ふむ、そうか」
彼女はこれがただの内談ではないと理解している。先程よりも目が鋭くなり、
彼女は杯に注がれた水を一口程飲み干し、小さく息を吐く。
「あなたのことは知っています、マナタン博士。
今から五十年程前、テレジア殿下の戴冠式の最中、突然姿を現した。その後、殿下と何らかの契約を結んだ後、カズデルの復興作業を主導。現在はカズデルの技術分野監督官として、殿下やサルカズ王庭の者達と同じように、カズデルの政治に関わる人物である、と」
「成る程。確かに知っているとは嘘ではないようだ。「しかし、これらの経歴には続きがあります」……それは一体、何のことかね?」
とぼけたのが気に障ったのか、こちらの目をより凝視しながら彼女は言う。
「あなたは三人の魔王が存在したカズデルにおいて、千年に渡ってカズデルの発展と守護を行った存在。童話と予言にのみ語られる"賢者"、そのモデルとなった人物だと」
おっと、まさかそこに突っ込んでくるとは。しかしそれを知っているということは………。
「成る程、テレジア君達から教えてもらったようだね」
「はい。殿下に尋ねたところ、予言の内容や歴代魔王達の記憶と共に、事細かく詳細に」
ふむ、これは少し予想外だ。だがこの程度は知られても問題無い。問題は、彼女がそれを知ってどう考えたかだが。
「如何にも。私が賢者と呼ばれる存在であることは、変わらない事実だ。それで、君の疑問は晴れたかい?それだけではないのだろう?」
「率直に申し上げますが、あなたは何者なのでしょうか?
あなたから出てくる知識は、明らかに今の人類の水準を超えている。加えて数千年の時を生きれる種族は、この大地において数える程度しか存在しません。
ですが、あなたの身体的特徴は、その他どの種族の特徴にも当てはまらない。正確には、霧がぼんやりと掛かっているような、外見等から種族を断定する要素が見つけられない。
ですから、まずはあなたの素性について可能な限りお答えいただきたい。あなたとの協定を結ぶのは、それからでも遅くはない筈です。
それとも、何らかの答えられない理由があるのでしょうか。でしたらそちらも含めお答えいただきたい」
あーうん、これは少し困ったことになった。この姿だと誰にも外見を問われず過ごしやすく楽だったが、彼女には逆効果だったようだ。
仕方ない。ここは一つ、強引に押し通るとしよう。
「ふむ、確かに素性が分からない者に対して、警戒するに越したことはないか。
いいだろうケルシー君。全てを答える訳にはいかないが、可能な限り私について語ろう。だがその時は、君にも己の素性を語ってもらう必要がある。
君は私の経歴を過去の行動まで知っていた訳だが、私は依然として君について未知なことばかりだ。例え私が君に対し既知のことを挙げても、五十数年前にガリア・ヴィクトリア・リターニアと共にカズデルに侵攻したこと。当時の戦いで死んだ筈が生きており、フェリーンとは思えない程永く生きていることのみだ。
前置きが長くなったが、私が言いたいのはお互いが相手について知っている情報量に差があり、フェアではないということだ。だから私のことを知りたいなら、それ相応の情報を………」
「………………」
少しやり過ぎたようで、彼女は黙ってその冷たい表情を惜しみなく披露していた。
ならば謝礼も兼ねて、そんな顔をする余裕を消してしまおう。
「……すまない。折角の内談だというのに、互いが不快になる空気にしてしまった。
ところで、ケルシー君。もし知っているなら、今からする小さな質問に答えてもらいたい。先程のことは全くの無関係だから、落ち着いて聞いてほしい」
「…………何でしょうか」
「何、簡単な質問だとも。君にとってはね。
君にもし、自分だけでは解決できない問題が発生したとしよう。殿下やバベルの人員を活用しても問題は一向に改善しない、解決しない。
それではどうするか。普通なら解決を諦めるか、妥協して手を止める。その辺だろう。
だが君には、まだ手段が残されている」
「────君は舟で眠る彼を起こしてまで、今を生きる彼らを助けるのかね?」
僅かに彼女から視線を外した次の瞬間、緑色の鉱石の塊が私の視界を埋めた。