やはり、彼女の心を揺らすには
落ち着いて観察しながら、バックステップでMon3trの突進を避ける。服が汚れては
「おや、どうしたのかね?随分と急ではないか。私はただ、彼としか言っていないが、その様子からして心当たりがあるようだ。
安心したまえ、彼はまだ穏やかに眠っている。本当だとも。
それを信じず、私を害し得るものがあると考えるなら、
「…………Mon3tr」
こちらを睨み微かに震えるMon3trは、一声吠えた後、彼女の内に戻った。立ち上がっていた私達は、再び席に着く。
「それでは、建前はここまでにしよう。ケルシー君にとって、間違いなく疑問が湧いている筈だ」
「………あなたは此方について、何処まで把握している?」
「大体は把握している、と言えばいいだろうか。君が想像する彼が、今ロドス艦でコールドスリープの状態であること。君と彼が特別な関係にあること。
そして何より、彼は君が把握する前人類の一人だということ。……君の疑念が少しは解消されたかね?」
数分前と同じように、彼女はこちらを凝視したまま動かない。だがその内面では、私について頭をフル回転させている。畳み掛けるには今が好機だ。
「さて、話を戻そう。ケルシー君の言うように、私は君に協定を結びたい。だが、今のままではそれも難しい。ここまで情報が知られている相手を、例え
「……………」
「そこで、だ。私個人を信用してもらうのではなく、カズデル技術部門代表・マナタン博士として、ケルシー君に一つ贈り物をしたい。それを見れば、きっと私を少しは信用してくれる筈だ」
そう言って、私は懐から一枚の端末を取り出し、彼女に差し出した。
そうして、彼女は画面を覗き込み────。
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「────では、これで失礼します。次に会う時は彼が目覚める頃だと思いますが、それまでは組織として、ご協力お願いします」
「ああ、構わないとも。一先ずこれで協定は結ばれた。明日にでもうちのところの者を送るから、存分に使い倒すといい」
彼女がその言葉に反応することはなく、こちらを一瞥した後、ゆっくりと船のハッチが閉まった。彼女を乗せた船は、キャタピラの駆動音と共に地平線の彼方に沈み消えて行く。
その様子を確認し、テレジア達の元に協定について等の報告へと向かう。
何とか、ケルシー君と私との間で協定を結ぶことができた。これで私は後に発掘されるバベルの船、もといロドス艦に入る権利を得た。
加えて彼が起きる時の現場に立ち会う許可や、彼と個人的に話をする機会も結ぶに至った。その時が来たら存分に活用させてもらおう。
さて、どうやってかのケルシー女史の信用を勝ち取ったか。気になる筈だ。
普通の贈り物では彼女の心は動かない。例え彼や先史人類の遺産の情報を流しても、情報の出処を言えないのも含め効果は薄いだろう。
だから、彼女の記憶を刺激する物を贈らせてもらった。
『これは……』
『それは、彼が眠りにつく前に保存された映像記録だ。生憎保管環境が劣悪だったので、復元できるかどうか怪しかったが、上手くいったようだ。ケルシー君と彼の関係を考えれば、これを持つに相応しいのは君の筈だ』
『何故あなたが、これを……』
『ケルシー君。君が私を信用しない、それは当然のことだ。私も、無理に信用されようとは微塵も考えていない。だがそれでも、これだけは伝えておく。
私は今でも、あの日常が恋しい。例え絶望の最中であったとしても、あの場所には温かい時間があった。
だから私は、あの温かさを取り戻したい。だがその温かさは、少数派の者だけが享受するべきではない。
できるだけこの大地に住まう全ての人間が、同じ様に、同じ温かさを掴めるように。そんな場所を再び、殿下達と共に築きたいのだよ』
とまあ、振り返れば恥ずかしい言葉を口にしたが、彼女は見事私を信用するに至った。ある意味、恥の晒し場所とはこういう時なのだろう。
さて、明日からは人員の移動等で忙しくなる。それを楽しみながら、辛抱強く彼の目覚めを待とう。
……一つだけ、私の発言を訂正しておこう。私がケルシーに語った言葉は紛れも無く本当だ。だが、語る全てが常に真実であり続けるとは、決して限らないものだ。
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ケルシー君と協定を結んで暫く時が経ち、1031年の夏。私が視ていた通り、ガリア、リターニア、ヴィクトリア、ウルサスによる四皇会戦が勃発。ガリアは滅亡し、カズデル戦争議会はカズデル軍事委員会へ名を変え、テレシスが指導者の席に座った。そして………。
「バベルの創設者として忙しくなると思うが、本当に大丈夫かね?テレシス君に仕事を投げるか、私が代わりに進めても構わないのだぞ」
「いいの、これは私が選んだことだから。あなたはゆっくりと、私達が作る明日を見ていて」
テレジアを創設者とし、バベルが設立。私はケルシーとの協定に従って、テレジア達の活動を支援する立場に収まった。
遂にバベルの設立を見届けた私は、そのまま誰にもバレない様カズデルからフェードアウト──分かりやすく言えば、カズデルから離脱し外へと旅立った。
私が他地域の暮らしの視察に行ったこと、定期的に帰還し報告を行うことを記した手紙を残してな。
そうしてカズデルから離れ、私は様々な場所へ赴き、様々なことをした。
シラクーザに行った時は、無理矢理十四家目のファミリーを作り、ミズ・シチリアとの大きな抗争を引き起こした。そのせいで私はシラクーザで裏切り者以上の厄介者扱いをされている。
その後に地理的に近いリターニアに行った時は、何故か巫王や双子が目の前で口論を繰り広げている最中で、私は流れに攫われ3名の間を取り持つことになった。お陰で私はリターニアでは3人の意見を纏めることができた男として歌が作られたとのことだ。
そこから遠く離れたラテラーノで新たな教皇の式典を見物しに行った時は、私の存在が少し問題だったのか、教皇騎士達に追い掛け回され反撃で彼らを地面に埋めてしまった。埋められた彼らはイヴァンジェリスタXI世が直々に引っこ抜いたとか。
と言うように、私は他にも色んな場所へと行ったりしたが、締めるとこは締めた。
例えば、リターニア出身のバベルメンバーへの襲撃。あれがあった為に、バベルと軍事委員会は亀裂が入り始めた。そこに私の様な中立的立場が差し込まれるとどうなるか。
被害がなかった訳ではないが、それでも私の行動が功を奏したのか、両組織の溝は本来の時よりも深くならなかった。
とはいえ、これは微々たる減少。根本的には変わらない為、亀裂はゆっくりと鋭く入っていくだろう。こればかりは仕方無いことだ。
さて、色々とやらかしも含めて行動してきたが、これらは今この場においてまだマシだ。ここからは少々真面目に取り組む必要がある。
1076年、ウルサス。"大反乱"の収束間近。この事実は然程問題ではない。問題なのは別にある。
今この戦場に、後に
彼が死ぬことでボジョカスティはウルサスから離反し、
だが、捨てる神がいれば、拾う獣もいると言う。その獣は、実験が大変好きな困った奴だがね。ボジョカスティには申し訳ないが、実験も兼ね、彼の運命に変化を打ち込むことにした。
手始めにボジョカスティが味わった喪失の一つ、妻ヘレンの死。それを幾つか先手を打ち、潰した。
どうやって変えたか等の詳細は省くが、結果としてヘレンは今も生きており、ボジョカスティとグロワズルの帰りを待ってもらっている。
ここで重要なのは、この事実をボジョカスティが知らない。あるいはヘレンは死んだと思い込んでいることだ。彼がヘレンの生存に気付けば、その時点で世界の進む先は微々たるものだが変わってしまう。バラす時は、世界がその変化に対応できないよう、ある程度の時間を空ける必要がある。
さて、こんなに話が長くなったが、既にこの場での仕込み───グロワズルの生存は終わっている。彼は既に気絶させ、ヘレンの元に送ってある。無論、彼の偽の遺体や死亡報告書等、諸々の準備も施してある。後は彼等を隠し、時が来るまで待っていればいい。
………しかしこの戦場にはまだ、頑固で不器用なウェンディゴの男がいる。
───彼には少しばかり、お灸を据える一撃を叩き込んでやるとしよう。
そして、その日を生き残ったウルサス軍人は後にこう語った。
"私達は真の意味で大尉の偉大さを知った。"
"大尉は紛れも無く、この国の英雄であった"
"あんな化物を相手に、大尉はただ一人で立ち向かったのだ"
こうしてウルサス大反乱は幕を閉じた。英雄ボジョカスティの消息不明と共に。だが同時に、数多の喪失を経験する筈だった男の運命も、変わろうとしていた。