科学で恋は証明されているが実験は行われる。   作:ゆっくりシン

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サブタイトルの通りです。
真に受けないで下さい。


第2話 この回で語られている内容は半分くらいデマです。真に受けないで下さい。

 放課後、久我は深い溜息を吐きながら廊下を歩いていた。

 前日、無理やり入部させられた『科学実験部』の部室である第三理科室へと向かう足取りは重い。

 思い出されるのは強制入部後に合った一悶着だ。

 

『頼む! このまま入部して貰えないだろうか!』

 

 顧問である平塚が手をぴったり合わせてそう頼み込んできたのだ。

 話によれば四月の終わりまでに一人でも部員が入らなかった場合、廃部になる決定が出ていたらしい。

 そもそも、この学校では最初に『同好会』を立ち上げて一定の活動をしてから『部活動』としての申請を出して、承認される事で晴れて正式な部活として認められる。

 ただ、認められても部員が居なくなれば強制的に廃部。また、卒業等で部員が一名になった場合は新入生が入る四月の間に部員の合計を二人以上にしなければ廃部となってしまう。

 その為、部活を存続させる為にも久我に入部して欲しいのだという。

 大人、しかも教員に頭を下げられてそれを断れるほどに久我のメンタルは強くなかった。

 結果で言うなら、久我は入部する事になり、今こうして部室へと向かっているのだ。

 第二実験室の扉を開く。室内では新見が昨日と同じ席でペラペラと本を捲っている所だった。

 カバーがかけられているせいで表紙は見えないが、恐らく何かしらの学術的な本なのだろうと勝手に思う。

 

「お? 来たか、助手くん」

 

「なんで助手判定なんですか……。それで、何かやるんですか?」

 

 そう言いながら新見の向かいへと座る。

 入部したてで、いったい何をするのか分かっていない以上は新見に動きを一任するしかない。

 ただ、久我にできる事と言えば書類整理くらいが関の山だ。高度な事を要求されない事を祈る他ない。

 ふむ……、と新見は呟いてから久我に質問を投げかける。

 

「生物が子を成すのは何故かわかるかい?」

 

「え……? えっと、それが本能だから、ですかね……?」

 

「間違ってはいないね。生物が子を成すのは種の繁栄や種の存続の為というのは分かるだろうが、ここにはもう一つ重要な要因(ファクター)がある。それは自己増殖さ」

 

「????」

 

 久我の頭に疑問符が浮かぶ。

 種の繁栄や存続までは分かるが、自己増殖という言葉がピンと来ないのだ。

 単細胞生物は自らを複製して種族を増やすのだというのをテレビか何かで見た記憶はあるのだが、それはあくまでも原始的な単細胞生物の物であり、人間を含む多細胞生物に当てはまるようには思えない。それ故に久我の脳は新見の言っている事の意味を理解できていない。

 

「ふむ……、そうだね。じゃあ、人間はどうやって子供を作るのかは知っているかい?」

 

 ぼんっ、と久我の顔が爆発した。本当に爆発したわけではない、比喩表現である。

 当然ながら健全な男子学生である以上はそう言った行為についての知識が無いわけではない。っというか、中学生の頃には性教育として教えられている。

 だが、それを異性の前で言える程に久我は図太くないのだ。高校生と言ってもまだ成りたてほやほやのヒヨコでしかない。羞恥心だって当然ながらあるし、それ故に顔を真っ赤にしてしまい、しかも爆発したような感覚にすらなったのだ。

 

「えっと、その、あの……」

 

「答えられないのなら無理に答えなくても良いさ。男、性染色体XYを持つ個体の睾丸で作られる精子を女、性染色体XXの卵巣で作られた卵子との結合、受精をした上で子宮内膜へと癒着する事で妊娠をする。……さて、ここで問題だ。こうして生み出された子供の遺伝子はざっくりと表す場合どのような構造になっているかい?」

 

 さらっと、新見は言ってのけた。久我が羞恥心から言えなかった事を、一切表情を変化させる事なく一切の淀み無く。

 あまりにも堂々とした姿に呆けてしまっていたが、「助手くん?」とかけられた声に反応して久我の脳が回転を再開した。

 そして、

 

「えっと、両親の遺伝子を半分ずつ継いで、ます……?」

 

 オドオドとしながらもなんとかその答えをひねり出した。

 

「正解だ。そして、これが『自己増殖』だよ」

 

 新見は答えが出る事が当然と捉えていたように話を進めた。

 

「親を遺伝子1として考えた場合、生まれる子供は遺伝子0.5という事になる。つまり、子供というのは親の増殖個体とも考えられるのさ。……少しピンと来ていないようだね。じゃあ、古い話をしようか。そもそも我々生物は遥か大昔に生まれた一つの原核生物から始まったとされる。……そう、最初は一つだったのさ。そのたった一つの原核生物が行った事、それが自己増殖・自己複製。一つが二つに、二つが四つに、文字通りの鼠算式とはいかなかっただろうが、生物とはそこから始まっている。遥か大昔の最初の一つから既に我々には自己を増殖させるという性質が作られ、今に至るまで受け継がれているのさ」

 

 話が思いの外難しくなってきたことに久我の頭の中には「?」が浮かび続けている。だが、新見にそれを気にした様子はない。

 久我への容赦という物が無いままに一方的な話は続いて行く。

 眉を顰めながらなんとか話を聞こうとしながらも理解が及ばない、しかし新見にそれを一切気にした様子は無くさらに久我を置いて行く。その速度はまさに第二宇宙速度。

 

「原核生物から真核生物に、真核生物から多細胞生物に、そこから環境に合わせて多種多様な進化を遂げて多くの姿へと変化していく中でも変わらない物が確かに存在しているのさ。例を挙げよう。キミにも私にもある特徴、『こめかみ』さ。これは我々の先祖、『単弓類(たんきゅうるい)』の頃にあった頭部骨格にあった側頭窓の名残さ。分かるかい? 単弓類が地上に現れたのは何憶年も前の話だというのに、その頃の名残が確かに今も残っている。上げればもっとあるが、これ以上は話が逸れ過ぎるので止めておく。身体的特徴という形だけでなく、遺伝子という遥か古代から受け継がれた性質の設計図にもその名残は確かにあり、それが自己増殖という形に帰結する。ただし、名残というだけで変化は確かにある。我々多細胞生物が過酷な自然の中で生き抜くのに必要だったこと、それは『選択』と『多様性の確保』になる。……死滅回遊魚、と呼ばれる魚たちがいる。これは熱帯地域に生息する魚が海流に乗って本来の生息地とは違う寒帯地域に流れ着いてしまう自然現象で、こういた魚は冬の寒さに耐えきれずに死んでしまう。しかし、長い地球の歴史から考えると、こういった死滅の道を辿る中にたまにいるのさ。『寒さに耐えて生息地ではなかったハズの場所で子孫を残す個体』が。これが『選択』であり『多様性の確保』だよ。万が一に熱帯で一族が死に絶えようとも、寒帯に寒さに強い亜種が根付いて種を存続させることができているのなら遺伝子は絶えず、先へと繋がっていく。魚で例えてはみたが、これは魚以外にだって当てはまる。氷河期に地球全体を寒気が襲う中で僅かに毛が長く寒さに強い個体が生き残り繁殖を続けた結果、マンモスが生まれたように、僅かに首の長い個体が樹木の葉を餌として確保して生き残り繁殖を続けた結果、キリンが生まれたように。環境に合わせた『選択』が繰り返され、それが『多様性』として残っていく。当然だがホモ・サピエンスだってその『選択』の結果で誕生した生物であり、その根底にあるのは種・・・とりわけ自分と言う存在の遺伝子を先へと繋いで行く事に帰結する」

 

 ちんぷんかんぷん、といった表情で久我が首をかしげる。

 今まで興味もなく触れてこなかった学問を、ざっくりと掻い摘んだ説明のままに話しを進められて理解できる人間がいる訳がない。

 久我にとって新見の口から出てくるのは異世界ファンタジー系の小説に書かれている魔法の呪文以上に意味の分からないモノでしかない。

 しかも無駄に長い。長すぎる。それを一切噛まずにすらすらと言っている。

 仮にここでしている発言を文字起こしした場合、それを読む者は確実に目が滑るだろう。

 余程な暇人か真面目な学者でもない限りは流し見か、そもそも読まずに飛ばす事は確実と言える。

 しかしながら、新見には関係のない話だ。新見はただ自分の中の理論を展開し続ける。

 

「話を戻そう。親1に対して子は0.5である。つまり、三人程子供ができれば子供に受け継がれた遺伝子の合計は単純計算で1.5、つまり親よりも多くなるのさ。単位増殖という手段を失った代わりに得たのがこの半分ずつの増殖だよ。自分の半分と番となる相手の半分、これを受け継ぐ新しい自分を作るのさ。……ふふ、不思議かな? そう、親より遺伝子が多くなるだのと言ってはいるもののそれはあくまでも単純計算、理論値、どうしても受け継がれるのは半分だけになるし、何が受け継がれるかなんてのはランダムで決まる。アブラムシのメスのように単為生殖で自身のクローンを作っているような形ではなくどうやってもランダムに半分が振り分けられていく以上はそう簡単な話ではないのだけど、今は置いておこう。我々は進化の中で変化していくという選択を選んだが、それで変わってしまった部分も確かに存在する。それがこの半分ずつの増殖になる。変化していく為に自分の持たない優れた面を取り込むために選ばれた選択であり、単為生殖とは違い完璧に自分と同じもう一人を作れない生殖方法になる。そう、ここで重要になるのは『自分が持たない優れた面を取り込む』という部分なのさ。ふう、ようやく本題に入れる」

 

 久我の口があんぐりと口を開ける。

 ただでさえ長く、小難しかった話が前座も前座だったのだ。どこへ向かうのか、何を言いたいのかが分からなかった話の全てが、である。

 想定外も想定外な発言に久我の脳は追いついていなかった処理を放棄して完全にフリーズしてしまっていた。

 だが、新見はそれに気づかない様子で、凍った様に固まる久我を放置して本題へと話を進めていく。

 

「さて、助手くん、今までの話を踏まえて『恋』とは何だと思う?」

 

「は……?」

 

 いきなり話がスケールダウンした。

 遺伝子がどうこう、進化がどうこう、小難しい話の果てに出たあまりにも前の話と嚙み合わないその問いに久我の口が選択したのが「は」の一言であった。

 

「『恋』だよ。『恋』。……ん? もしかして脊索動物門(せきさくどうぶつもん)脊椎動物亜門(せきついどうぶつあもん)条鰭類(じょうきるい)コイ目コイ科コイ族に分類される淡水魚の方と勘違いしているのかな?」

 

「長い長い長い……」

 

 久我は反射的にそうツッコミを入れていた。

 先ほどまでの話に比べたら短い部類ではあるが、それでもそう口走ってしまっていた。

 

「ふむ。では、念の為にもう一度、今までの話を踏まえて『恋』とは何だと思う?」

 

 ゆっくりと息を吸う。胸が膨らみ、肺が満たされ、ヘモグロビンが脳に酸素を届ける。

 

「わからない、です……」

 

「ふむ……。まぁ、仕方ないか。『恋』とはつまるところ生存の為になる番を選択する本能によるものである。……と私は思っている。人間の中脳、つまり原始的な本能を司る部分が発する動物としての欲求というのはメカニズムとして解明されている。その際に分泌される神経伝達物質のフェニルエチルアミンを恋愛ホルモンと呼ぶ場合もあるのだとか。そう、恋と言うものは脳科学上で既に理屈付けられている物になる」

 

 話が終わった気がした。っというか、もうとっくに結論が出ているという事に久我は天を仰ぎそうになる。

 じゃあ今までの長ったらしい話は何だったのかと言いそうになるが、喉に引っかかるその言葉を何とか飲み込んで耐える。

 長話に付き合わされて色々と疲れを感じていた久我の心の中には、さっさと終わらせて帰りたいという気持ちしか残っていなかった。

 

 故に、反応が送れた。

 

 故に、それに意識が追い付くのに数秒を有した。

 

 新見が久我の両肩に手を置いてその動きを制限する。

 帰宅したい一心であったが故に触れられてもそれに意識を向けるのにはかなりのラグがあった。

 そんな刹那の事だ。

 

「んっ」

 

 新見が久我の唇に自身の唇を合わせた。

 ふわり、と久我の鼻孔に甘い香りと何かの薬品の匂いが飛び込んで来る。

 

「ふむ……」

 

 ゆっくりと唇を離してから新見は自身の左腕に付けている何かしらの機械へと視線を映した。

 それと同時に久我が椅子から転げ落ちた。

 

「な、なな、ななななななななななななななななっっっっ!!!?」

 

「ふむ、心拍数に変化は無し。やはりこれでは駄目か」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

「せめて日本語で喋ってくれないと分からないよ」

 

 新見は飄々とそんな事を言いながらノートに何かを書く。

 その堂々とした姿に、久我の脳は一周回って冷静になった。正確に言うならばパニックは継続中だが、パニックになりすぎて逆に落ち着いてしまったのだ。

 

「せ、先輩・・・、もしかして、痴女だったんですか……?」

 

「心外だなぁ。これが初めてだよ」

 

 タンッ、とペンをノートの上に置いてから新見は続ける。

 

「助手くん、私は今までに五四回は告白された事があるんだ。その内、一三回が高校入学後の話になる」

 

 自慢話が始まった。久我はそう確信した。

 

「何度も断っているのに、その度に告白をされた。そんな中に一人変なのが居てね」

 

 貴女が他人を変だと言う資格はない。久我は心の中で毒づいた。

 

「『転校するからせめて想いだけでも伝えたかった』なんて言うのさ。不思議だろう? 番になれなかった以上、その求愛行為に意味なんてない。なのに満足そうな顔をしていたんだ。・・・だから、私は気になったのさ。恋をするという気持ちがどんな物なのかを」

 

 やっぱり貴女の方が何一〇倍も変人だよ。口に手を当てて喉まで出かかった言葉を必死で抑える。

 

「だから、実験を始めようか。キミと私が恋人という関係になった者同士が行う行為をする事で、恋という感情の発現と自己体験によるデータ収集を!」

 

 強く、はっきりとそう宣言された。

 張り付いたような無表情は変わらない。なのに、何故か眼だけが真っ直ぐ輝いて見える。

 そこに、曇りなんてモノは無かった。

 

「助手くん、次の実験と行こう。ほれ、私の胸を揉んでみてはくれないか?」

 

 そんな言葉が久我の耳を通り抜ける。だが、そんなのは今はどうでも良かった。

 久我の視線が向く先にあるのは、新見のカバン。口が大きく開きそこに収められている本のタイトルが見えたのだ。

 恋愛系の小説から漫画、はてはタイトルが背表紙に書けないくらい薄い本の数々・・・。

 限界だった。もはや耐える事は出来なかった。敬語? 丁寧語? んなモンはクソ食らえだ。

 久我は心の底からの声を出力する。

 

「せめて学ぶんだったらこんな脳みそピンクな本じゃなくてマジメな学術書でも読んでくれぇぇぇえええええええ!!!!!!!」

 

 理科室に叫び声が響いた。二日連続であった。

 

 

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